スマートコントラクト化する未来:ゼロタッチ経理時代の企業戦略とは

インサイト
2025.12.09
  • 銀行・証券
  • テクノロジー・トランスフォーメーション
  • サプライチェーンマネジメント
1158607726

経理の“あるべき姿”はいま再定義の局面にある。人手に依存しない「ゼロタッチ経理」がスマートコントラクト(ブロックチェーン上で契約を自動的に実行する仕組み)により現実味を帯び、先進企業はデジタル化で業務を根本から刷新し始めている。ブロックチェーン基盤の技術は普及初期にあるものの、銀行と民間企業の協業による業務変革は着実に前進している。先行企業が自動化の恩恵を享受する一方、対応が遅れた企業は競争優位を毀損しかねない。

本インサイトでは、グローバルで活躍する企業を対象に、経理業務において今後見込まれる変化とスマートコントラクトによる自動化のメリットを解説し、そのメリットを企業が享受するために今後取るべきアクションを探る。

執筆者情報

  • 渡部 拓也

    渡部 拓也

    Director
  • 新名 聡

    新名 聡

    Senior Manager
  • 古川 理恵

    古川 理絵

    Manager
  • 中村 亮

    中村 亮

    Senior Consultant

1 トークン化預金とステーブルコイン

ゼロタッチ経理の要は、ブロックチェーン上で動く2つのデジタルマネーである。両者は、ブロックチェーン上で移転・決済できる点は同じだが、発行主体や利用ネットワークが異なる。トークン化預金は、銀行預金を“そのまま”デジタル化したマネーである。発行主体は銀行で、銀行が運営する許可型ネットワークで流通するため、社内統制やERP連携に親和性が高い。一方、ステーブルコインは法定通貨と等価を目指して設計されたデジタルマネーで、発行主体は規制に適合した民間企業が主である。誰でも参加可能な公開ネットワークで流通するため、接続先の裾野が広い。共通のメリットは、従来の決済に比べたコスト削減・迅速性・到達範囲の拡大・取引の透明性である。さらに、スマートコントラクトを活用して、「検収完了で即時支払」「期日到来で自動振替」「遅延時は自動減額」といった条件付き処理を自動化できる。お金を“条件で動くデータ”に変える。このマインドチェンジが、ゼロタッチ経理の根幹である(図1)。

図1 トークン化預金とステーブルコインの比較

ブロックチェーン決済の潮流

クロスボーダー決済の中枢であるSwift(国際銀行間通信協会:Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)に加え、各国の中央銀行や大手行が、トークン化預金/ステーブルコインを前提とした決済プラットフォームの構築に動いている。決定打となったのは、2025年7月に米国で成立した連邦ステーブルコイン法(GENIUS法:Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act)である。同法がステーブルコインの準備資産、開示、監督要件などの枠組みを示したことで、制度面の不確実性が大幅に低減した。基軸通貨国による制度の明確化は、銀行・決済事業者・大企業が“実装に踏み切る”動きを強く後押ししたといえる。さらに2025年9月時点では、Swiftが独自のブロックチェーン決済網構想を掲げた。16か国・30超の大手行が参画し、24時間365日のリアルタイム決済を初期ベンチマークに据える。こうした動きはグローバル領域だけでなく、国内の即時決済や、地域・業界コンソーシアムによるクローズド環境、企業グループ内の閉域ネットワークまで広がっている。
なお、決済インフラの革新については、既インサイト「クロスボーダー決済の地殻変動:企業と銀行の関わり方への影響」でも詳しく解説しているためご参照いただきたい。

上記の潮流から導かれる示唆は明快だ。今後、決済レールの標準がオンチェーン(ブロックチェーン上)へ寄るにつれ、プラットフォームは単一ではなく複線化する。ブロックチェーン決済の採用が進むほど、スマートコントラクトが“走る場所”もグローバルのみならずローカル/クローズドまで飛躍的に広がる。
(参考)Swift introduces blockchain-based ledger | Swift

2 スマートコントラクトのいま:実装期の到来

あらためて、スマートコントラクトとは、「ブロックチェーン上で定めた条件が満たされると処理を自動実行する仕組み、コード化された“デジタルの約束”」である。これを用いれば、検収完了・期日到来・契約違反といった業務イベントをトリガーに、トークン化預金/ステーブルコインを自律的に動かし、支払や照合を無人化(=ゼロタッチ化)できる。2016年から2018年頃にはそのポテンシャルに注目が集まり、各地で実証実験が活発化した。しかし、国境をまたぐ法制度の未整備や、既存システムとの接続コスト、処理性能や手数料変動といった運用上の制約が重なり、商用展開は限定的であった。

国主導の土台整備で社会実装が現実に:ステーブルコイン法が相次ぎ施行

近年になり、スマートコントラクトの社会実装を押し上げた決定打の一つが、各地域で進むステーブルコイン制度の明確化である。すなわち、「誰が」「どの条件で」発行し、「誰に」「どの範囲で」提供・利用できるのか、さらに償還・準備資産・開示の要件までが規則として定義された。特に、2025年7月に米国で施行されたGENIUS法は、関連する制度整備の進展と相まって、ステーブルコインの発行と流通を加速させ、スマートコントラクトを前提とする自動化を構想段階から実装段階へと押し上げている(図2)。

図2 各地域のステーブルコイン制度概要

商用稼働と実証実験が進むトークン化預金

ステーブルコインが新たな制度設計を要したのに対し、トークン化預金は法的に“預金”そのものであり、既存の銀行規制レール上で実装できる。結果として制度面のハードルは相対的に低く、中央銀行や大手行を中心に大規模な実証実験が累積し、商用稼働に到達した事例も少なくない(図3)。
さらに、ステーブルコイン制度の確立がオンチェーン決済の需要を顕在化させ、トークン化預金の社会浸透も一段と進展させる。コスト削減や即時性といったオンチェーン特有の価値を、銀行レールの安心感と両立できる点がメリットであり、発行銀行と事業会社の協業による活用検討は今後さらに本格化していく見込みである。

図3 トークン化預金を活用した主要プロジェクト

加えて、SAPを中核に構築してきた社内システムは、ECC 6.0の保守期限を機に抜本見直しの局面に入っている。レガシーからモダン基盤(SAP S/4HANA®/SAP® Cloud ERP)への移行は、単なる更改ではなく、業務プロセスをゼロベースで再設計する好機だ。この再設計の文脈で、オンチェーン決済やプログラマブル・ペイメント(事前に設定したルールに従い自動支払する機能)といった新しい決済レールの活用を検討する動向がみられる。

3 経理業務が限りなくゼロに近づく世界

デジタルマネーが広く社会に行き渡り、スマートコントラクトの自動化価値が認知された後、次に見えてくるのは経理業務が限りなくゼロに近づく世界だ。従来のBPOやRPAは社内の定型タスクには有効だったが、例外処理・照合・内部統制は人手依存が残った。これに対しスマートコントラクトは、取引条件をコード化して企業の境界を越えて自動執行できる。取引先や銀行を巻き込み、検収、支払、入金、監査証跡までを一貫して行うことで、手入力・二重チェック・手動消込といった非付加価値作業をゼロタッチ化する。その結果、締め処理の短縮・誤計上の抑止・内部統制の強化を同時に達成できる。

以下では、自動化後の経理業務の一部(支払・入金)を具体的な処理ステップとともに解説する。

「検収完了=即時支払」で従来の支払業務をゼロタッチ化

従来の支払業務は、検収完了後に請求書(紙・電子)を受領し、必要書類を経理へ回付。経理が三点照合と承認を経て支払伝票を起票・計上したが、人手と待ち時間は避けられず、誤計上リスクも残った。一方、スマートコントラクトでは「検収完了=支払実行」などのルールを事前にコード化する。ERPが検収完了を確定すると、APIでオンチェーンのプラットフォームへ通知し、条件判定を通過し次第、人手を介さず支払が自動実行される。検収遅延時の自動減額など、企業の商慣行に沿ったロジックも組み込み可能だ。さらに、支払完了をトリガーにERPへ自動仕訳を登録し、取引記録はブロックチェーンに改ざん困難な形で保存されるため、監査証跡の保管まで一貫して自動化できる(図4)。

図4 従来型とスマートコントラクト型の比較(支払)

入金業務は“待ち”“照合する”から、“自動で流れる”仕組みへ

入金業務もゼロタッチ化の未来を描くことができる。従来は、請求書発行後に入金を待ち、銀行明細とERPを人手で突合・消込。遅延や不備があれば督促、延滞金計算、差額調整が発生し、手間とリードタイムが膨らんだ。一方、スマートコントラクトでは、請求を請求トークンとして発行し、金額・期日・割引/遅延条件・許容差・受取先などの入金条件をオンチェーンに埋め込む。入金はトークンの判定を通過したものだけ受け付け、条件不一致の送金は自動で保留、拒否。これにより、条件合致時に入金が確定し、売掛金が自動で消し込まれ、仕訳登録が無人で完了する。支払側と同様、取引の状態遷移は改ざん困難な形でブロックチェーンに記録され、そのまま監査証跡となる。そのため、入金業務は“待ち”“照合する”仕事から、“条件が整えば自動で流れる”仕組みに変わる。例外だけ人が関与し、日常の入金消込は不要になる(図5)。

図5 従来型とスマートコントラクト型の比較(入金)

4 先行事例と成果

一部の先進企業は、すでにゼロタッチ経理に踏み出している。本章では、銀行提供のブロックチェーンプラットフォームを活用し、支払業務を条件駆動で自動化した事例を紹介する。

Siemens AG×J.P. Morgan:プラグラマブル・ペイメントの導入

ドイツ大手シーメンスは、JPモルガンと共同でプログラマブル・ペイメントを導入した。2021年に検証を開始し、2023年11月6日に初回決済が実行された。ブロックチェーン基盤はJPモルガンのKinexys、決済手段は同行のBlockchain Deposit Account(預金債権をオンチェーン上で移転可能にしたもの)を用いる。同社はJPモルガンが提供するオンライン・トレジャリーポータル上でIf-This-Then-That型のルールを事前設定し、納品や検収などの契約履行イベントをトリガーに24時間365日で支払を自動執行する。さらに、残高が閾値を下回れば親口座から必要額を自動振替する資金移動の無人化も可能だ。これにより、担当者が行っていた期日管理、振込指示、残高振替といった定型作業は大幅に削減され、リアルタイムかつ確実な支払運用が実現する。以下にスマートコントラクトを活用したIf-This-Then-That型ルールのサンプルを示す(図6)。

図6 スマートコントラクトのサンプル

(参考)Application-of-Programmability-to-Commercial-Banking-and-Payments.pdf

スマートコントラクトにより、銀行営業時間や時差、経理担当者の就労時間に縛られないリアルタイムの自動執行が可能になった。国境を跨ぐ支払タイミングの最適化が無人で実現され、これにより支払遅延リスクも大幅に低減する。資金面では、過剰な準備資金を積み上げる必要が薄れ、日々の残高モニタリングと振替の属人作業も削減される。結果として、グローバルでの資金滞留が抑制され、運転資本効率も向上。さらに、ルールベースの自動執行により入力・転記等の人為的なミスが最小化し、事後の調査・修正といった手戻りコストも縮小する。

プログラマブル・ペイメントの導入社数は非公開だが、2023年には米国大手FedExが導入予定を公表。その後も、インドのAxis BankやQatar National Bankが、JPモルガンのブロックチェーン基盤であるKinexysへの接続を相次いで発表している。2024年11月時点で、Kinexys累計取扱高は約1.5兆ドルに達したと報告され、決済網の拡大は着実に進んでいる。
(参考)
JPM Coin launches programmable payments
Axis Bank Launches 24/7 USD Clearing with Kinexys | J.P. Morgan
Kinexys Blockchain Flourishes in MENA Region | J.P. Morgan
Introducing Kinexys | J.P. Morgan

5 おわりに

本インサイトでは、拡大するブロックチェーン決済網と、その上で稼働するスマートコントラクトの自動執行を解説し、当社が金融機関・グローバル企業を支援して得た知見から、企業が描くべき次世代の経理像を示した。
従来型と比較し、スマートコントラクトの優位性は明快だ。自動化の境界を社内から社外(銀行・取引先)へ拡張し、稼働を24時間365日へ、そしてヒューマンエラーをルール駆動の無人化で最小化する。その結果、資金の流れは最適化され、経理リソースは高付加価値業務へ再配分できる。逆に、この潮流を見過ごせば、数年で競合の後塵を拝する結果となりかねない。バックオフィスの効率化は、もはや単なるコスト削減ではなく、成長と資本効率を左右する経営の中核課題である。いまこそ、企業自らがあるべき経理の姿を定義し、実装に踏み出すべきだ。

ブロックチェーン決済網の接続先選定も戦略である。例えばSwiftが構想する大規模・公共性の高いチェーンと、地域・業界コンソーシアム型の小規模チェーンでは、実現可能な自動化の範囲が異なる可能性がある。前者は多様な利害を調整するため機能は最小限だが普及度が高い。後者は参加者の要件に合わせ小回りの利く構成を取りやすい。現時点では、大規模チェーンでどこまでプログラム可能な仕組みを実装できるかは未定であり、商業銀行やステーブルコイン発行体が提供する小規模チェーンの方が、ゼロタッチ経理に求められる要件を取り込みやすい。自社の将来像に照らし、どのチェーンで何を自動化するかの方針決定が勝敗を分ける。

アビームコンサルティングは、国内外の金融機関・事業会社に対するクロスボーダー資金管理/DX支援で豊富な実績を持ち、銀行と企業の両視点から実装をリードしてきた。さらに、ブロックチェーン接続の要となるERPベンダーとの関係性も深く、協業実績も多数。スコープ設計から本番展開まで一貫して伴走支援する基盤がある。
ブロックチェーン決済網への接続と、ゼロタッチ化の実装をご検討の際は、ぜひご相談いただきたい。


Contact

相談やお問い合わせはこちらへ