価値創造を加速するAIトランスフォーメーション ~トレードオフからトレードオンへ:本質的なAI活用と変革のためのロードマップ~

インサイト
2026.01.14
  • 経営戦略/経営改革
  • AI
970170366

今やAIはビジネスにおいて不可欠な存在となり、活用することが当然視される時代である。その一方で、「ROI(投資利益率)の不透明さ」や「現場定着の難しさ」、「PoC疲れ(概念実証の繰り返しによる疲弊)」や「成果が見えづらい」といった課題が顕在化している。こうした背景には、AIを単なる「現場の効率化ツール」として捉え、経営や事業の変革と切り離してしまっている現状がある。AIが事業変革と十分に結びつかないまま導入されると、その価値は限定的となり、期待した成果を生みにくい。
本インサイトでは、経営企画・DX推進・事業変革を担うリーダーに向けて、AIを「価値創造を加速する経営OS(Operating System)*」と再定義し、収益性・成長性・規律性を同時に高める「トレードオン」構造への転換(AIX:AIトランスフォーメーション)と、その実行ロードマップを提示する。
*企業の意思決定・業務プロセス・価値創造を統合的に支える基盤を指す。

執筆者情報

  • 藤田 欣哉

    Principal

1. AIが変える経営の前提 ―トレードオフからトレードオンへ(Why)

AIの進化は、経営の前提を根本から変えつつある。従来の企業経営は、常に「限られた資源との戦い」であった。品質を上げればコストが増え、スピードを求めればガバナンスが弱くなる―。成長と収益性、スピードと規律は両立しないという前提が、長らく経営の常識として受け入れられてきた。
企業価値を高めるドライバーとしては、一般に「収益性」「成長性」「規律性」の3つが挙げられる(図1)。しかし、これらはしばしばトレードオフの関係にあると見なされてきた。例えば、成長投資を優先すれば短期的な収益性は悪化し、ガバナンスを強化すれば事業スピードが鈍化するといった具合である。

図1 企業価値向上のドライバー

従来、このトレードオフは「人の判断力・処理能力・組織運営コスト」という制約によって不可避とされてきた。一方で、AIは、従来の経営における「トレードオフの限界」を根本から変えつつある。図2に示すように、収益性と成長性、成長性と規律性、規律性と収益性という3つの対立軸で、AIは同時達成を可能にする。例えば、営業リストや提案書の自動生成による売上拡大や、世界中の工場稼働データの常時監視によるガバナンス強化など、従来は相反すると考えられていた目標を両立しうる。こうしたAI活用による「トレードオン型」の経営は、欧米の製造業や日本企業で現実化し始めている。

図2 トレードオフからトレードオンへの転換構造

実際、シーメンス社やシュナイダーエレクトリック社などの欧米の先進製造業だけでなく、日立製作所やトヨタ自動車といった日本企業においても、AIとデジタルを核とした工場・サプライチェーン変革が進んでいる。生産性向上と新サービス創出、品質・安全性の向上を同時に実現し、「トレードオン型」の経営を体現し始めている(図3)。

図3 AIXによってトレードオンを実現した製造業の事例

2. なぜ日本企業はAIを活かしきれていないのか ― 4つの構造的ボトルネック(What)

こうしたポテンシャルがあるにもかかわらず、日本企業の多くではAI活用が依然として局所的かつ実験的な段階に留まっている。トレードオンどころか、限定的な業務効率化にとどまり、企業価値へのインパクトも曖昧なままである。その背景には、相互に絡み合う4つの構造的ボトルネックが存在する。

① 組織:変革エンジンの不在

社内にAI人材がそもそも不足しているうえ、IT部門(技術重視)と事業部門(技術への関心が薄い)の間には深い溝がある。その結果、AIをテコに事業変革を牽引する「オーナー」が不在となり、「点」でのPoCは実施できても、「面」での構造的な変革へとつながらない。

② 業務:適用領域の矮小化

既存の複雑な業務プロセスを前提に、「どこをAIに置き換えられるか」という発想に偏っている。本来メスを入れるべき「人が担う高度な業務」の再設計や、AI前提の抜本的なオペレーティングモデル変革に至らず、結果としてインパクトの小さい領域に閉じた取り組みに終始してしまう。

③ 人材:活用リテラシーの空洞化

AIそのものは導入できても、大多数の従業員がAIを「自身の能力を拡張する相棒」として使いこなせておらず、使い方にも大きな個人差がある。研修やAI関連の資格取得は義務付けられるものの、実務と切り離されており、「学んだが使わない」状態が常態化している。

④ 財務:「余力」の使い道が定まっていない

最大の問題はここにある。AI導入で工数削減には成功しても、日本では「解雇やリスキリング、配置転換もしづらい」という構造的な制約を理由に、「P/Lに十分な利益貢献が見込めない」と本質的な収益構造改革から目を背けがちである。しかも、AI投資は決して少額ではないにもかかわらず、そのROIを最大化するための「浮いた人・時間・金を、どこに再投資するか」という戦略が十分に検討されていない。

このように、組織・業務・人材・財務の4側面が互いに絡み合い、AIトランスフォーメーションのフルポテンシャルを引き出すことを妨げている。しかし、これらを一つずつ個別最適で解消しようとしても限界がある。これらのボトルネックに共通するのは、いずれも「個別施策」では解消できず、全社横断で知見を蓄積・展開し続ける“中枢機能”の不在に起因している点である。では、これらの構造的課題を打破するために、どのような仕組みが必要なのか。次章では、その答えとしてAI CoEを据えたアプローチを提示する。

3. ボトルネックを突破するアプローチ ― AI CoEを軸とした実践主導の学習サイクル(How)

これらのボトルネックを打破するには、全社横断組織である AI CoE(Center of Excellence) を司令塔として設置することが有効である。AI CoEとは、AI活用に関する専門知識・技術・ベストプラクティスを全社的に集約し、標準化・高度化を推進する中核組織である。これにより、AI導入・運用・ガバナンスを統合的に支援しながら、組織全体の変革能力を高める役割を担う。 AI CoEのリードのもと、以下の4つの処方箋により「学習サイクル」と「組織の新陳代謝」を同時に加速する仕組みが求められている。

① 組織:AI CoE × 外部知見の活用による「異文化の触媒化」

まず、本社にAI CoEを設置し、各事業部には「出島(サテライト組織)」として機能する小規模部門を展開する連邦型ガバナンスを構築する。CoEは全社共通の標準・ナレッジのハブとして機能し、出島は現場での実装・検証を担う。
さらに、組織に新しい視点を取り入れるため、外部エキスパートとの協業やAIネイティブ企業の買収などを戦略的に活用し、その人材をCoEの中核に「触媒」として配置するのも一手である。異なる価値観や意思決定の視点を組織に組み込むことで、既存の慣習を打破し、変革を加速する。

② 業務:人起点のプロセス再設計

業務プロセスを「人が何に時間と判断力を使っているか」という観点で棚卸しし、「AIが担う領域」と「人が担う領域」を再定義する。そのうえで、AI前提で業務とシステムを再設計し、既存システムの制約に縛られる発想から脱却する。こうした再設計により、「AIを使わない言い訳」を構造的に排除する。

③ 人材:実践から始めるリスキリングと外圧の活用

座学中心の研修ではなく、AI CoEと出島が企画するプロジェクトへの参画を通じてスキルを獲得する実践型スタイルに切り替える。同時に、市場や製品の変化を前提にした実践機会を通じて、AI活用を前提とした「仕事の型」を作り込んでいく。さらに、ベンチャー企業の買収や外部パートナーとの協業などを通じて「外圧」を加え、変革スピードを高める。

④ 財務:逃げ場のない「トレードオン指標」による動機付け

最終的に、これらの取り組みが経営変革として成立するかどうかは、財務インパクトとして可視化・回収できるかにかかっている。
「効率化により生み出された時間」といった曖昧な指標を排除し、余剰人員の配置転換先での新規売上や外注費削減など、P/Lに直結する財務インパクトをKPIとして設定する。これにより、現場と経営に「AIで稼ぐ」規律を植え付ける。もちろんKPIだけでは人は動かないが、単なる数値目標を超えた「トレードオン」という企業価値の非連続的シナリオを旗印に、従業員の動機を鼓舞する。

これら4つの処方箋をAI CoEがハブとなって有機的に連携させ、この仕組みを継続的に運用することで、AI活用は局所的な効率化から企業価値ドライバーをトレードオンに導くAIXへと進化していく。では、具体的にどこから着手し、どの順番で投資していくべきか。次章では、その優先順位付けの考え方を示す。

4. AI実装の優先順位とロードマップ(Where)

AI適用領域は多岐にわたるため、優先順位の設定が不可欠である。我々は、理想的な価値(トレードオン)を追い求めるだけでなく、確実な実行を担保するために、「総合ROI(トレードオン価値を含む)」×「実現容易度」の2軸によるポートフォリオ管理を提唱する。
総合ROIのReturn(分子)については、目先の「経済的価値」だけで判断せず、「戦略的価値」を加味して評価することが重要である。経済的価値とは、業務効率化や省人化によるP/L上の確実な定量的成果を指し、戦略的価値とは、競争優位の構築や事業リスクの回避(ダウンサイドの極小化)を意味する。「トレードオン効果」はすべてを定量化できるわけではないが、戦略的価値を加味することによって、投資の判断基準に織り込むことができる。
一方のInvestment(分母)については、AI導入施策に要する人件費や業務委託費が注目されがちだが、むしろ大きいのは推論コスト(生成AIのトークン課金を含む運用コスト)である点に留意する必要がある。これをあらかじめ織り込んだうえで、持続可能な運用モデルを設計しなければならない。
また、「実現容易度」については、技術的な成熟度(枯れた技術か最新技術か)、データの整備状況、そして業務プロセス変更のハードルを総合的に評価する。

図4 優先順位付けポートフォリオ

こうした評価軸に基づき、日本企業は以下の3ステップでAI実装を進めるべきである。

Step1: Quick Win(高ROI × 容易)

まずは「原資」と「自信」を稼ぐフェーズである。「自信」とは、成功体験を積み、小さな成果を重ねることで、現場や経営層にAI活用への確信を醸成することを意味する。調達・購買における査定自動化や、法務・経理などのコーポレート業務、営業支援といった領域は、生成AIの活用により技術的ハードルが劇的に下がっている。ここで早期に成果(コスト削減や業務品質向上)を出し、AI変革への社内機運を高めるとともに、次なる投資原資を確保すべきである。

Step2: Strategic Core(高ROI × 困難)

次に、経営の「本丸」を攻める。製造業を例に挙げると、真の競争優位は、需給予測に連動した生産計画(SCM)や工場オペレーションの高度化にある。これらはデータ連携や現場調整の難易度が高いが、成長と規律を両立する「トレードオン」の核心部分でもある。Quick Winで得た余力をここへ集中投下し、時間をかけてでも構造改革を成し遂げなければならない。

Step3: Continuous Evolution(継続的進化)

組織・業務・人材の「学習サイクル」を回し続け、Step2の領域を拡大・深化させるフェーズである。技術やビジネス環境の変化を前提に、ポートフォリオ全体を定期的に見直しながら、トレードオン効果を継続的に強化していく。重要なのは、AI活用を「完了するプロジェクト」と捉えず、経営アジェンダとして定期的に再評価・再配分される仕組みに組み込むことである。

Strategic Bet(将来投資)とIgnore(見送り)

なお、R&Dなどの不確実性が高い領域は、将来のゲームチェンジを見据えた「賭け(Bet)」として別枠で管理する。一方で、ROIが低く実現も難しい領域は、勇気を持って「やらない」と決める選別も重要だ。

重要なのは、単に「できるところからやる(容易)」だけでも、「理想を追う(高ROI)」だけでも不十分という点である。容易な領域で足場を固めつつ、最終的にトレードオンを実現する高み(Strategic Core)へと登る道筋を描くことが、経営者及び参謀スタッフの責務であり、AIを経営のOSとして定着させる要諦である(図4)。

図5 業務プロセス別AI適用範囲と優先順位(製造業の例)

AIはもはや単なるアプリケーションではなく、「経営のOS」「価値創造の加速器」である。だが、単に導入すれば効果が出るわけではない。本インサイトで示したように、AI活用により価値創造を加速するには、組織・業務・人材・財務という四重の領域を束ねた「学習サイクル」を設計し、トレードオン効果も含むROIの観点で実行優先度を明確にした戦略的配置が肝要である。先進企業が示す「トレードオン型」のAI活用に学びながら、日本企業も次なる成長を描くべきときに来ている。

今後もアビームコンサルティングは、個社の目的や推進ステージに沿ったコンサルティングサービスを提供することで、AI活用による価値創造を加速させ、スピーディーかつ確実な企業変革の実現を支援していく。


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