“安さ”依存からの脱却:ベトナム工場を“止まらない高効率”に変える実装戦略 ~ベトナム転換期における戦略思考と改革施策~

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2025.11.13
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ベトナムでは製造業を含めて賃金がこの10年で実質約2倍に上がり、「低コスト優位」は確実に揺らぎつつある。外国直接投資(Foreign Direct Investment:FDI)も高水準で推移し、工場の新設・増設が加速する一方、人材競争と離職の圧力が増している。いま必要なのは人員削減の議論ではなく、「高効率オペレーション」への転換である。本稿では、現地特有の特質を活かし、属人化や現場特性を乗り越えながら継続的に改善が回る状態―― “止まらない高効率”に変える施策実行のポイントを解説する。

執筆者情報

  • Hiroshi Ohno

    Hiroshi Ohno

    Director

揺らぐコスト優位、転換期を迎えるベトナム

ベトナムは、長らく安価な労働力を強みに成長してきた。しかし、米中対立によるサプライチェーン再編や外資の進出拡大を背景に、ベトナム国内の人材獲得競争は激化し、最低賃金もこの10年で2倍近く上昇している。企業にとって、単純な「低コスト拠点」としての魅力は薄れつつある。

図1 ベトナム製造業の賃金は2013年から10年間で2倍に増加

こうした中、政府は経済の高度化を目指し、半導体やAI、グリーン産業といった高付加価値産業への支援を強化している。かつて重視されていた繊維や履物などの労働集約型産業への注目度は相対的に低下しており、政策転換の局面にあることは見逃せない。

さらに米国では、ベトナムからの輸入製品に対しても追加関税を課す方針が示されている。ただし、中国製品に比べれば関税水準は依然として低く、中国企業によるベトナム進出は引き続き活発である。ベトナムは依然として「チャイナ・プラスワン」の中核候補地に位置づけられている。

製造業FDIの急拡大とプロジェクト件数の急増

図2は、2015年から2024年にかけての製造業向け FDIにおける投資額とプロジェクト件数の推移を示している。これを見ると、2023年には投資総額が急激に回復し、2015年以降で最大の伸び率を記録していることが分かる。2024年はさらに増加しており、製造業への投資意欲が依然として高い状況である。また、折れ線で示したプロジェクト件数は 2022年にいったん落ち込んだ後、2023年に急増し、1,200件近くまで回復している。これは、パンデミックで停止していたプロジェクトが一気に再開してきていることを示している。

図2 製造業向け FDI投資額とプロジェクト件数の推移

加えて、投資は北部のバクニン省やハイフォン省、南部のビンズオン省など、既存の工業団地が集積する地域に集中している点が特徴である(図3)。これらの地域では工場建設や設備増強が相次いでおり、稼働前倒しを見据えた採用計画が活発化していると読み取れる。

図3 省別製造業 FDI投資額(上位10省)

非日系と日系で異なる「人件費・コスト」への姿勢

工場の新設や拡張が進む中、企業間での人材の獲得競争も激しさを増している。こうした中で、他国企業と日系企業では、人件費に対する考え方に大きな違いが見られる。他国企業は、労働市場や物価の変化に柔軟に対応して賃金を引き上げ、成果に応じた処遇制度を積極的に導入している。賃上げを「人材への投資」として捉える姿勢が強く、その結果、現地人材からの支持も高まっている。ベトナムの労働者は、仕事内容や企業文化よりも高い賃金を重視する傾向があるため、こうした企業が選ばれやすい状況にある。

一方、日系企業では、年功序列に基づく賃金体系や業界内で足並みを揃えた給与水準が依然として主流であり、労働市場の実態とのズレが生じやすい。その背景には、慎重な投資判断、本社主導の意思決定体制、長期雇用を前提とした人事制度がある。こうした体制のもとでは、韓国系・中国系企業への人材流出が続き、新たに人を採用しようとしても応募が集まらないといった課題が生じている。

ベトナム拠点を“学習する工場”へ――属人化を力に変えるスマート運営

賃金の上昇は避けられない現実である。だからこそ、適正な賃金を前提に、人員規模を見直し、一人ひとりの生産性を高める発想が欠かせない。そのためには、スマートファクトリー化やテクノロジーによる省人化と効率化といった王道的な施策が必須となるが、施策を進める際に押さえておくべきベトナム特有のポイントを整理して解説する。

(1)ベトナム特有の属人化を踏まえた現状把握

ベトナムでは、日本以上に「自分の仕事を守る」意識が強く、手順やノウハウが共有されにくい傾向がある。したがって現状把握の起点は、可視化ツールの導入ではなく“安心と信頼”の設計である。効率化は人を減らすことではなく役割を進化させる取り組みであり、共有行動は評価面で加点となることを、トップ自らベトナム語で明言する。加えて、共有によって実際に得られるメリット(残業の削減、手当やスキル評価への反映など)を前出しで約束し、心理的安全性を確保する。こうした前提整備を経て初めて、現場の実態に沿ったプロセス可視化が可能になる。

基本的な進め方としては、共有が「出せば損」にならないよう“見返り”を先に設計する。具体的には、標準化・引き継ぎへの貢献を評価・報酬(バッジや月次表彰、ボーナス原資の配分など)で可視化し、責任と支援の役割を明確化する。その上で初めて現状業務の可視化が可能となり、目指す姿とのギャップ抽出、優先度と実現可能性に基づくロードマップ策定、小規模PoCでの効果・運用課題の検証、本導入といった工場の高度化に必要な施策実行に向けた素地が整うのである。

(2)若手と熟練の潜在力を同時に引き出す現場設計

ベトナムの工場では、20~30代の若手技術者が中心的な役割を担っており、新技術への適応力や学習意欲が非常に高い。現地の製造現場では、設備の導入や改善活動にベトナム人エンジニアが積極的に関与し、自ら考えながら取り組む事例も増えている。このようなポテンシャルを活かすためには、単なる操作教育にとどまらず、「改善提案」や「機械設定」といった現場改善に関する権限を早期に委譲し、当事者意識を醸成することが不可欠である。

加えて、現場のキーパーソンをプロジェクトの推進役に据え、「影響力を失う」のではなく「変革を主導する」立場として巻き込むことが、現場の抵抗を前向きな変化へと転換する決定打となる。年長者を重んじる文化の強いベトナムにおいて、長年の勘所に依存する工程を標準化する際、権限を握る熟練者は影響力低下を懸念しがちである。そこで彼らを改善委員やラインリーダーとして巻き込み、「知見を移植する主役」というポジションを付与すれば、知識移転と心理的抵抗の両方を解消できる。この若手と熟練工両方を施策実行の両輪として回せる体制を敷くことで、改革が加速度的に進んでいくことになる。

(3)“まず動く”を戦力化する - 可視化×報奨×日越ハイブリッドで属人化を資産化

ベトナムの現場に根づく「まず動いてから学ぶ」特性は、改善活動の強力なエンジンである。計画段階では日本流の綿密さで投資対効果(ROI)とリスク仮説を可視化し、実行段階では週次の小さな実験、隔週デモ、月次の振り返りという短いリズムでPDCAを高速に回す。成果と未達を隠さず共有し、未達は次の仮説修正の材料として称える――この“軽いリズム設計”と“失敗の見える化”は、これまで当社がベトナムの現場で工夫してきた運営作法であり、慎重さ(日本)と速さ(ベトナム)を衝突させず並走させる土台となる。

また、改善を持続させるには、人事・評価を運用と一体でデザインすることが不可欠である。現場の貢献は、改善ボードやKPIダッシュボード、提案の採用・再現件数などで常時可視化し、その可視化が評価・報奨(月次表彰、生産性ボーナスの原資配分)と直結する仕組みにする。前項でも説明したように、若手には改善提案や小規模な機械設定の権限を早期委譲し、年長者には監督・レビュー・教育の役割進化を明示して影響力の“質”を高める。これらの施策の後ろ盾として、スキルマトリクスと等級・手当を連動させ、「共有すると得をする」状態を制度として担保する――これらの貢献の可視化と報奨の設計も、ベトナムにおいて施策を確実に進めるために「効く」工夫点である。

最後に、意思決定の分担を明文化したガバナンスを敷く。設計・投資判断・リスク管理は日本側が、実装・運用・改善の優先付けはベトナム側が主導する、といった役割を定義し、変更管理や標準改定のフローを規程化する。本社と現地はシームレスに二言語にて両者を橋渡しし、数字(ROI・品質・リードタイム)で合意を更新し続ける――この日越ハイブリッド運営の枠組み自体が、当社の支援現場で培った実装ノウハウであり、意思決定の明確化と現場の自律性向上を通じて、ベトナム拠点を“低コスト工場”から“学習し続けるイノベーション拠点”へと押し上げるのである。

まとめ

省人化・自動化の導入において多くの企業が直面するのは、「属人化」「非定量的運用」「現場の固定観念」といった、現場に根づいた運用上の構造的な壁である。ベトナムでも特定の作業がベテラン社員の経験や勘に依存し、標準化や自動化が困難なケースは少なくない。さらに、非定量的な運用ゆえに業務の効率や問題点を数値で把握できず、改善を阻む要因となっている。加えて、工場や現場に残る旧来の常識や変えることを嫌う傾向が、新技術や改革への抵抗につながっている。

これらを乗り越えるには、ベトナムならではの現場特性を鑑みた施策設計と経営トップの覚悟が不可欠である。現場の不安を取り除きながら改革の意義を理解できるよう、経営トップが明確かつ丁寧なメッセージを発し主体的に関与してこそ、取り組みは実効性を帯びる。また、部門横断チームや外部パートナーとの協働体制を構築し、客観的視点と専門性を取り入れることも有効である。何より重要なのは、ロボットやツール導入を目的化せず、業務と組織の再設計から着手し、小さくとも成功体験を積み重ねる姿勢である。こうしたアプローチを継続することで、省人化の改革は現場に定着し、持続的な成果へと結実する。

アビームコンサルティングは、日系製造業における業務改革の支援において、東南アジアにおいても豊富な実績を有している。戦略策定から導入、運用定着に至るまで一貫した支援体制を整えており、クライアントの状況に応じた最適なユースケースの提案が可能である。今後もテクノロジーとコンサルティングを掛け合わせ、企業変革の実現に向けて貢献していく。


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