【イベントレポート】サーキュラー・エコノミーで環境貢献と事業収益性を両立。そのポイントと課題

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2025.11.10
  • サステナビリティ経営
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気候変動や資源枯渇の深刻化、サステナビリティ経営への関心の高まりを背景に、環境保全と企業の持続的成長を両立するサーキュラー・エコノミー(循環経済)に注目が集まっている。EUでは先進事例もあり関連する法整備も進んでいるが、実現は容易ではない。これまで多くの企業が取り組んできたリサイクルなどの限定的な施策だけではなく、ビジネスモデル自体の変革が求められるからだ。

2025年9月8日に開催された「環境課題解決と収益向上を両立する サーキュラービジネスのすすめ ―トレーサビリティで切り拓く、持続可能な製造―」では、アビームコンサルティング サステナブル戦略SCMユニット サーキュラー・エコノミー エグゼクティブフェローの遊佐昭紀と、Circularise Japan株式会社 プロジェクト・オペレーション・リード 上野浩太郎氏が登壇。循環型ビジネスモデルへの転換に踏み出した企業の最新事例とともに、環境貢献と事業収益性両立のポイントを解説した。
(本稿は、本セミナーを再構成しています。)

写真:左からアビームコンサルティング 遊佐 昭紀、Circularise Japan株式会社 上野 浩太郎氏、
久米 彩花氏(モデレーター)

サーキュラー・エコノミーの社会実装に向けた懸念事項

セミナー冒頭では、アビームコンサルティングの遊佐昭紀が登壇。従来の経済活動とサーキュラー・エコノミーの違いを改めて紹介した。

図1が示すように、リニア・エコノミーは、原料の調達・生産・消費から廃棄まで一方通行となる旧来の経済活動を示しており、リサイクリング・エコノミーは、このうちの生産と消費の工程にリサイクルを取り入れた「リニア経済のオプション」との位置づけになる。サーキュラー・エコノミーとの違いは明確だとして、次のように説明する。

「単にリサイクルによって廃棄物を減らすにとどまらず、サーキュラー・エコノミーはさまざまなプロセスの変革を経て、新規の資源を極力使わず循環させて『モノの価値の最大化』を目指す社会システムです」(遊佐)

図1 サーキュラー・エコノミーの概要

その上でサーキュラー・エコノミーは、従来の製造業に見られる「経済活動の活発化=環境負荷の増加」という構図から脱却し、経済成長と環境負荷の分離(デカップリング)を実現する経済成長モデルであると位置づける。

日本は先行する欧州各国に追随し、製造業に対する法規制をクリアすることで、サーキュラー・エコノミーの高度化につながるというのが、基本的な方向性となる。

さらに遊佐は、サーキュラー・エコノミー理解促進の道しるべとして「R-Ladder」というフレームワークを示し、サーキュラー・エコノミーに取り組む上で懸念される点を視覚的に示した(図2)。R-Ladder(Rは「再資源化」を指す)にはR-0からR-9までのステージがあるが、すでに「製品・部品の長寿命化」に資するR-3からR—7の活動を取り入れてリサイクリング・エコノミーに取り組む企業は多い。

ただ、これをサーキュラー・エコノミーに引き上げるには、上位の視点である「より賢い製品の使用と製造」(R0からR-2)の実現を目指す、「方針の検討と実行」が伴わなければならない。これはサーキュラー・エコノミーに取り組む企業にとって、事業戦略そのものであり、先述のデカップリングにもつながるものだ。遊佐は、このステージを認識し実行できている企業は、現状ではまだ少ないと懸念を示す。

図2 サーキュラー・エコノミーを9つのステージに分けて視覚化したR-Ladder

サーキュラー・エコノミーを実装しビジネスを推進するための備え

続いて遊佐は、R-Ladderのフレームワークを踏まえ、サーキュラー・エコノミーを目指す企業がリサイクルやリユースなど限られた手法で臨むと、リサイクル材の高コストや良質な素材の安定調達の難しさといった課題に直面しやすいことに触れた。

このような課題は、特定の手法に限定してサーキュラー・エコノミーに臨むことで生じやすくなる。サーキュラー・エコノミーの目的を「製品の価値最大化」と再定義し、リユース、リペア、リファービッシュ(初期不良や中古の製品を整備して販売すること)など、多様な手法の網羅的な組み合わせによって実装することが重要とアドバイスする。

各産業、各企業での取り組みがこうして高度化することで、徐々に資源循環と持続性のある事業収益性の両立(デカップリング)が見えてくる。遊佐はこれを4つのPhase(図3)に分けて説明し、未だ日本の製造業の多くは、Phase1または2の状態にあると言及。

図3 サーキュラー・エコノミーの資源循環と事業モデルの成熟度の関係性

より多くの企業の到達が望まれるPhase3では、新品同様の品質保証を備えた再生品を顧客が選択可能となり、Phase4では新品・再生品の区別を超えたサービス提供型ビジネスモデルへの移行が進む。この段階では、ユーザーに新たな価値体験を提供し、それに見合った収益を得ることで、資源循環と事業収益性の両立が現実的な選択肢となり得る。

このあと遊佐は、欧州や日本国内の先進的な取り組み事例を示しながら、そこから抽出できるサーキュラー・エコノミー実践の要点を2点に集約した。

1点目は、先のR-LadderのR-0からR-2にあるように、サーキュラー・エコノミーにもとづく方針の検討と実行を経営戦略に組み込んだ上で、これまで取り組んできたことも含めて製品・部品の長寿命化(R-3からR-9)の施策を、部分最適ではなく戦略にひもづいた全体最適を意識したものとして再定義、網羅的に組み合わせて実装すること。

2点目として、先行事例ではリユース製品(リファービッシュ、リマニュファクチャリングなどを含む)と新規投入製品の品質上の差を最小にとどめ、顧客が両者の差を意識することなく利用できる「残存価値の最大化」を理想とすることを挙げた。

アビームコンサルティングは、多様な企業が新規の資源を極力使わず循環させ、『モノの価値の最大化』を図るサーキュラー・エコノミーに取り組む際のさまざまな課題に、これからも寄り添って支援していくことを結びとして、遊佐はセッションを終えた。

欧州におけるデジタルトレーサビリティの動き

続いてCircularise Japan株式会社(以下、Circularise社)の上野氏が登壇し、循環型ビジネスにおけるトレーサビリティの意義について紹介した。

Circularise社はオランダハーグに本社を置くソフトウエア企業であり、サーキュラー・エコノミーにおけるデジタルトレーサビリティを主な事業内容として、トレーサビリティプラットフォームを提供している。

上野氏は、これまで欧州の環境規制は製品の再利用、再生・回収といった「静脈」工程に重点を置いていたと指摘。近年は設計・製造などの「動脈」工程も含めたライフサイクル全体を対象とする方向へとシフトしており、サーキュラー・エコノミーの高度化が進んでいると分析している(図4)。

図4 今後の欧州の環境規制

例として、EUのエコデザイン規則(ESPR)やバッテリー規則を挙げ、製造業は製品のライフサイクル全域における準拠を意識していく必要があるとした。特に施行が迫るバッテリー規則について、2027年の2月18日以降、欧州域内で販売されるEV(電気自動車)用のバッテリーは、製品ごとにQRコードなどの識別子を添付し、これを読みとることで製品のライフサイクル情報を可視化する対応が義務づけられていると説明。さらに順次、規制適用エリアを広げていく可能性があることも明かした。

デジタルプロダクトパスポート(DPP)は、製品のライフサイクル全体に及ぶさまざまな情報をデジタルデータとして記録、関係するサプライヤー間で共有するものとしてESPRに追加された規則だ。DPPによるトレーサビリティが、今後のサーキュラー・エコノミーの基盤となる中、最初に活用される規制がEUバッテリー規則である。

トレーサビリティがもたらす企業成長

上野氏は、サーキュラー・エコノミーの浸透にはトレーサビリティがカギを握るとして、重要なポイントを2つ挙げる。

1つ目は、サプライチェーンの可視化による「リスク軽減」と自動化による「業務効率化」だ。「業務効率化」は、完成品製造業では、原料や部品を調達する際に関連データも取得することで物の流れを可視化し、取引の最適化が可能になるが、同時にトレーサビリティによって得られたデジタルデータを活用することで、認証や監査業務の効率化ができる点を指摘している。逆に「リスク」として挙げるのは、サーキュラー・エコノミー実装に関する規制やルールを順守せずに事業活動を行った場合、コスト削減や売上向上の機会を失う可能性がある点だ。

2つ目は、サステナブル製品の販売による収益性の向上である。サプライチェーンのトレーサビリティによって得たデジタルデータは、サーキュラー・エコノミーの推進だけでなく、自社取引の適正さや製品の信頼性を示すエビデンスとして機能し、社会的評価の向上を通じて収益にも貢献する。

上野氏は、デジタルトレーサビリティに取り組むことで、新たな収益構造を実現している事例を紹介した。スーツケースなどで知られるサムソナイトは、2025年春より再生素材を活用した新モデル「エッセンス サーキュラー」と「プロクシス サーキュラー」を発売。前者は廃棄スーツケース由来の再生プラスチックを外装の35%以上に使用し、製品全体の70%以上を再生素材としている。後者は、使用済み食用油を原料としたバイオ素材を外装の75%以上に使用し、環境認証であるISCC PLUSを取得している。

また、両モデルとも製品内部にQRコードが付属しており、これを読みこむことで利用者自身が行えるメンテナンスの情報が得られる他、将来的には修理・回収に関する案内を受け取ることができるようになるという。

こうして、サーキュラー・エコノミーの高度化に伴う事業変革や新たな収益構造の模索にデジタルトレーサビリティは欠かせず、ベストプラクティスも今後さらに増えていくと予想される。

経営層への説得が組織を動かし、市場をつくる

セミナーの最後では、モデレーターの久米氏より、遊佐と上野氏に対する一問一答のセッションが行われた。まず問われたのは、サーキュラー・エコノミーに取り組むに当たり、経営層の理解をいかに得るかというものだ。遊佐は、「経営者の関心は『これをやって収益を得られるか』に尽きます。サーキュラー・エコノミーで収益性が向上した事例やシミュレーションを示し、自社のものづくりをどのように変革すれば、環境負荷低減と収益性を両立できるかを具体的なシナリオで示す必要があります」と回答。

また、法規制の動向ばかりに気を取られると、取り組みに遅れが出かねないが、企業はどんなモチベーションで、サーキュラー・エコノミーやデジタルトレーサビリティに取り組むべきか、との問いが発せられた。これには上野氏が次のように答えた。

「ESPRやEUバッテリー規則など、ヨーロッパは規制先行の傾向があり、企業の姿勢には後ろ向きなところも見受けられます。そんな中、前向きなモチベーションになり得るのは『ブランド価値の向上』の観点でしょう。サムソナイトの事例はそれに当たります。企業のサステナブルな事業活動への取り組みに、DPPを通じて生活者と直接つながり、信頼をベースにしたロイヤルティー醸成と結果としてのブランド価値向上が、収益にもつながっていきます。」(上野氏)

生活者のグリーンリテラシーは徐々に向上し、「安さ」だけが価値ではないという意識が広がりつつある。サーキュラー・エコノミーに共感して選ばれる市場の兆しが見えたセミナーとなった。

アビームコンサルティングは、サステナビリティをこれからの企業経営における土台と考え、環境負荷軽減と企業成長の両立を実現すべく、事業戦略立案から新業務プロセス、DX基盤の構築までを、これまで通り伴走支援していく。


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