サービス多角化が招く“見えない経営リスク” ~企業の持続成長を支えるデザインシステムという経営資源~

インサイト
2025.11.20
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  • CX(マーケティング/セールス/サービス)
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デジタルテクノロジーの進展により、企業がサービス多角化を急速に推進する現代、見過ごされがちだが深刻な経営リスクがある。それは、ユーザー体験と開発の分断がもたらす、企業基盤の脆弱化だ。
同じ会社が提供するにもかかわらず、サービスごとに操作方法が異なる。用語も揃っていない。こうした断片的な体験は、ユーザーに戸惑いと不信感を与え、やがてブランドそのものへの信頼低下につながる。
その裏では、各プロジェクトが独自に設計を繰り返すことで知見が共有されず、開発の非効率が蓄積していく。一見スピーディに見えても、基盤がなければ調整や再設計に追われ、やがて持続的な成長を阻む要因となる。
本インサイトでは、この二重の課題――ユーザー体験の分断と組織・開発の非効率――を解決する有効な仕組みとして、サービスや組織を横断して共通の基盤を築く「デザインシステム」を取り上げる。それは単なるUIデザインの統一や開発効率向上を超え、企業が継続的に成長し、変化に強い体制を築くための“経営資源”としての役割を果たすものである。この考え方のもと、アビームコンサルティングが自社で取り組んだ実践を通じて、その可能性を考察する。

執筆者情報

  • 滝本 真

    Senior Manager
  • 羽田 康孝

    濱口 菜々

    Manager

1.サービス乱立が生むユーザー体験の分断

近年、多くの企業がデジタルサービスを急速に拡大している。クラウド技術や生成AIの登場により、新規サービスの立ち上げスピードは飛躍的に高まった。かつては数か月を要した開発が、今や数週間で形になることも珍しくない。こうした状況は企業にとって大きなチャンスである一方、ユーザーにとっては新しいリスクを生んでいる。
サービスが増えれば増えるほど、ユーザー体験は分断されていく。同じ企業が提供しているにもかかわらず、アプリごとにボタンの配置が異なる。用語が統一されておらず、操作フローもバラバラ。ユーザーはそのたびに新しい使い方を学び直さねばならず、時間や労力、リソースといった学習コストが増大する。
こうした状況が続けばどうなるか。慣れてきたと思った矢先にまったく異なるユーザーインターフェイス(UI)に出会い、戸惑いとストレスを覚える。結果として利用をやめるユーザーが現れる。さらには「同じ会社のサービスなのに毎回違う」という不信感が生まれ、ブランドそのものへの信頼低下に直結する。
つまり、サービス乱立は単なる“見た目の違い”では済まされない問題である。ユーザーに余計な学習コストを強いることは、体験価値を損なうだけでなく、ブランド資産を毀損するリスクをはらんでいる。ユーザーが感じる不便は、やがて顧客離れという形で企業に跳ね返る。

図1:サービス乱立が招くユーザー体験の分断 図1:サービス乱立が招くユーザー体験の分断

2.サービス多角化が招く組織・開発の非効率

ユーザー体験の分断は表面的な課題にすぎない。その背後には、より深刻な「組織・開発側の非効率」という問題がある。
企業が新技術を取り込みながら多角的にサービスを展開することは、成長戦略としては正しい。生成AIやIoTといった新しい領域を積極的に開拓することは、顧客に新しい価値を提供し、競争優位を確立する有効な手段だ。しかし、そのたびに各サービスが独自のルールでUIを設計し始めれば、全体として統一感は失われ、結果的に開発現場で深刻な非効率が発生する。
具体的には、あるサービスで得た改善知見が別のサービスに共有されない。開発チームそれぞれがゼロからUI設計を繰り返し、学びが横展開されない。外部ベンダーを活用する場合も、ベンダーごとにコード規約やデザインルールが異なり、成果物を組み合わせるたびに摩擦や不整合が生じる。その修正や調整には膨大な工数が必要となり、保守・運用コストも増大する。
つまり、こうした動きは組織の知見共有を阻み、開発スピードを低下させる。市場競争が加速するなかで、これは致命傷になる。一見して“スピード”を手に入れたように見えても、その裏で統一基盤が欠けていれば、いずれ持続的成長は不可能になる。つまり、個々の成功体験が積み上がっても、全社的な基盤がなければ企業全体としての競争力は脆弱なままである。

図2:サービス多角化が招く組織・開発の非効率

3.デザインシステムという“体験の基盤”

では、この二重の課題をどう乗り越えるのか。こうした「外の課題(ユーザー体験の分断)」と「内の課題(組織・開発の非効率)」を同時に解決する仕組みこそが、デザインシステムである。
誤解されがちだが、デザインシステムは単なるUIパーツのカタログでも、色やフォントのガイドラインでもない。その本質は、ユーザーがどのサービスに触れても一貫した体験を得られるようにする“体験の基盤”である。見た目の統一にとどまらず、コンポーネントの利用ルール、情報設計の原則、インタラクションの統一までを含めて体系化する。
その狙いは効率化だけではない。ユーザーに「このサービスはこの会社らしい」と感じさせ、安心感や信頼感を増幅させることにある。統一された体験は、ユーザーに学習コストを強いず、利用を継続させる力になる。そして開発現場にとっては、再利用性と一貫性をもたらし、スピードと品質を同時に実現する。
言い換えれば、デザインシステムは「ユーザーに信頼されるブランド体験を提供する仕組み」であると同時に、「企業が市場のスピードに耐え得る開発基盤」でもある。ユーザーと組織双方の課題を架橋する存在として、デザインシステムの戦略的重要性は年々高まっている。

4.アビームコンサルティングが挑んだ“自社実践”

当社ではクライアント向けにとどまらず、自社でも複数のデジタルサービスやソリューションを開発・提供している。
その過程で直面したのが、プロジェクトごとに異なるデザインルールが乱立する問題だ。大規模な組織では、それぞれのプロジェクトがユーザーニーズや市場特性をもとに独自に方針を定める。合理的に見えても、全社的には「同じ企業のサービスなのに見え方や操作感がバラバラ」という矛盾を生む。
この課題に向き合うため、デザインシステムを構築し全社で共有可能な仕組みを整えた。目指したのは開発の効率化に加え、「どのサービスでも同じユーザー体験を届ける」ことだった。デザインシステム導入を進めるなかで、実務的に大きな成果を生んだのは「プロジェクト横断でのユーザー体験統一」と「外部パートナーとの共通化」である。

プロジェクト横断でのユーザー体験統一

初期段階では、各プロジェクトは当然「検討スコープは自分たちのプロジェクトのみ」と考えており、デザインの視点から俯瞰すると、全体最適ではなく、部分最適に陥っていた。各プロジェクトは他プロジェクトの全容を把握するのは困難であり、プロジェクト概要を把握・連携しつつも、一貫したユーザー体験を検討・提供するのは難しい状況であった。
この課題を解消する鍵となったのが、人間中心設計(Human-Centered Design: HCD)をベースとしたユーザー視点の考えである。「なぜ同じ会社のサービスなのに操作感が違うのか」「用語が統一されていないため混乱する」といった将来的に顕在化し得る問題を事前に察知し、ユーザー視点を共通の判断軸とし、統一的なデザイン・ユーザー体験の原型=デザインシステムを構築することで、プロジェクトを超えたユーザー体験の統一化を実現した。さらに重要なのは、ユーザー体験を統一して長期的な信頼を築くという時間軸の広がりを共有できたことだ。単なる開発効率化ではなく、ブランド戦略の基盤づくりとしてデザインシステムを位置づけられた。

外部パートナーとの共通化

デザインシステムを「共通言語」として整備したことで、外部パートナーや新規参画メンバーが短期間でキャッチアップできるようになった。
定量効果としては、UI開発の工数を約4割削減した。これはパーツの再利用による効率化に加え、プロジェクト立ち上げ時の意識統一が容易になったことが大きい。毎回ゼロから議論せずに済み、短期間で共通方向を描けるようになった。
定性効果としては、新規メンバーやパートナーが早期に馴染むことでチーム全体の一体感が高まり、同じ目標に向かう仲間として動けるようになった。
さらに二次効果として、この仕組みは個別プロジェクトにとどまらず、他サービス展開や追加開発にも再利用できるようになった。結果として、単発の効率化が全社的な資産へと昇華し、ユーザー体験の統一感を持ったサービス群を実現する基盤になった。

図3:デザインシステムを活用して制作したアプリケーション例

5.企業を未来へつなぐ経営資源

この経験から得た結論は明確だ。デザインシステムはデザイン部門だけの話ではなく、変化に強い経営資源である。
市場環境は常に変化し、新しい技術やサービスが次々に登場する。そのたびにゼロからデザインをやり直していてはスピード競争に勝てない。共通基盤があれば、新しいサービスを追加しても体験の一貫性を維持し、開発効率と品質を両立できる。
導入に必要なのは「プロジェクト横断的な取り組み」と「ユーザー視点の優先」だ。プロジェクトごとの最適化を優先すると分断が強まる。組織横断的な議論を通じて「ブランド体験をどう定義するか」を合意し、デザインシステムに落とし込むことが不可欠だ。
また、デザインシステムは人材育成や技能継承にも寄与する。新任メンバーや外部パートナーが短期間でキャッチアップできる仕組みは、知見を組織資産として蓄積するものであり、人材不足の時代において重要な意味を持つ。
複雑化するサービス群の中で、ユーザーが安心して使い続けられるのは、どのサービスに触れても同じ体験が得られるからである。
デザインシステムは、その一貫した体験を支え、ブランドへの信頼を積み重ねる仕組みであり、企業を未来へとつなぐ経営資源といえる。
アビームコンサルティングは、自社における実践を通じて、この考え方が開発効率や品質の向上にとどまらず、組織全体の信頼性と持続的成長を支える基盤となることを実感している。
こうした知見を踏まえ、クライアントに対しても、サービスや組織が複雑化する中でユーザー体験の一貫性を守りながら、開発効率とブランド価値を同時に支えるための仕組みづくりを支援している。
それは単にデザインや開発の効率化にとどまらず、事業戦略・組織運営・人材育成を含む“全体の体験価値”を再設計する取り組みである。
デザインシステムという枠を超えて、「体験の一貫性を基盤とする経営のあり方」を再構築することこそ、当社が目指す共創の姿である。
アビームコンサルティングは、自らの実践を通じて得られたこの知見を活用し、デザインシステムを核とする共通基盤を築き、クライアントとともに、社会の持続的な未来を築いていく。


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