グループ再編は単なる手続き的な対応が必要とされるのではなく、対象事業の企業グループ内における位置づけやグループ全体のビジョン検討も必要となるケースが多い。本インサイトでは、グループ再編に伴う諸問題やその対応ポイントについて考察しており、前編では組織文化の統合にかかる問題について触れた。後編である本稿では、各種経営方針やビジネスプロセスの統合で起こる諸問題とその対処方法について述べる。
グループ再編は単なる手続き的な対応が必要とされるのではなく、対象事業の企業グループ内における位置づけやグループ全体のビジョン検討も必要となるケースが多い。本インサイトでは、グループ再編に伴う諸問題やその対応ポイントについて考察しており、前編では組織文化の統合にかかる問題について触れた。後編である本稿では、各種経営方針やビジネスプロセスの統合で起こる諸問題とその対処方法について述べる。
田邉 俊史
和田 光正
永井 淳
子会社の取引条件が親会社に比して緩和されていることなどはどの企業でもあり得ることだと考える。その為、子会社と親会社の統合においては、コンプライアンスリスクやガバナンスの違いが重大な問題となることがある。特に、取引先の契約内容やコンプライアンス基準の相違が統合プロセスに与える影響は無視できない。そのため、統合の初期段階で取引先の契約条件を精査し、リスク管理の視点から適切な対応策を講じることが求められる。
とりわけ、取引先の契約内容やコンプライアンス基準の相違(与信、下請法対応などが多い)が親子会社間で大きい場合、統合作業の負荷について法務部や経理部など関係者の合意を得られず、統合対応時に抵抗勢力が生じる可能性がある。このようなリスクを最小限に抑えるためには、統合時の作業負荷を事前に検証し、統合責任者が出席する定例会で関係者と十分な議論を行い、合意を得ることが重要である。具体的には、取引先との交渉や契約の巻き直しなどの検討に必要な取引先数や契約数などを定量的に把握し、期限を定めた実行計画を立案し遂行に対して関係部署からのコミットメントを確保する必要がある。
特に、取引継続の可否を検討し、リスクが高い取引先については早期に特定し、代替策を検討することが求められる。例えば、基本契約の新規締結やCOC規定への対応が必要な契約の見直しを進めるとともに、従来は対象外であった下請法の遵守に向けた契約再構築が必要となるケースもある。これらの対応を怠ると、統合後に法務リスクが顕在化し、企業価値の毀損につながる可能性がある。
さらに、売上構成の大部分を占める主要取引先に関しては、与信管理の観点からも慎重な評価が求められる。例えば、売上構成比率が80%以上を構成する取引先群については、統合後の契約条件や信用リスクを精査し、取引の安定性を確保することが必要である。このように、取引先と取引条件の棚卸しを徹底し、コンプライアンスリスクとガバナンスの整合性を確保することで、統合後の事業運営を円滑に進めることが可能となる。
前述の通り、親会社の与信管理基準や契約条件が子会社の既存のものと異なる場合、適切な対応を講じなければ大きな法務リスクを抱える可能性がある。
特に、統合の準備期間が短い場合、被合併企業の契約内容や取引条件を十分に把握できず、重要なリスクを見落とす可能性が高まる。
例えば、親会社の購買契約では特定の品質基準や支払条件が厳格に規定されているが、子会社の既存契約ではそれらが緩やかである場合、統合後に契約条件の調整が必要となる。
このようなリスクを回避するためには、契約を体系的に分類し、契約タイプ毎に統合までに必要な対応事項を明確にすることが重要である。まず、取引先の種別(顧客、仕入先、委託先、販売代理店など)や契約の種類(業務委託契約、製造委託契約、販売代理店契約、ライセンス契約など)ごとに契約を分類し、親会社の基準と照らし合わせる。次に、COC(行動規範)規程への適合や下請法の遵守に向けて、必要な調整事項を整理する。これにより、契約の見直しが必要な案件を明確化し、統合後の法務リスクを最小限に抑えることができる。
また、すべての取引先を短期間で確認することが困難な場合は、リスクの高い契約や影響の大きい取引を優先的に精査する必要がある。そのためには、法務部門や経理部門と連携し、影響度の高い契約を特定し、重点的に見直しを進めることが求められる。特に、売上の大部分を占める様な主要取引先については、担当部門がリストアップし、取引内容の詳細を資料化し法務・経理部門等と密に検討した上で統合後の契約条件を慎重に設定し、取引継続の安定性を確保することが不可欠である。
企業統合において、ビジネスポリシーやブランドマネジメントの統一は重要な課題である。統合後に一律の基準を導入した結果、被合併企業の競争力が損なわれるリスクがある。特に、被統合企業が持つ独自の事業運営ポリシーや品質管理基準が統合企業の基準と異なる場合、変更によって製品やサービスの品質が低下し、顧客満足度の低下を招く可能性がある。
このような問題を回避するためには、統合前にビジネスポリシーやブランドマネジメントの違いを整理し、統一すべき項目と個別運用可能な項目を明確にすることが求められる。例えば、製造・販売プロセスにおいて、被統合企業の基準が特定の市場ニーズや顧客要求などマッチしている場合、それを一律に統合企業の標準的な基準に合わせることで市場競争力が低下する可能性がある。そのため、例外規定や時限処置など柔軟に導入する対応が必要となる。
また、業務プロセスの一部は統合企業の標準ルールに準拠しつつも、例外的に独自業務プロセスを残すことで、被合併企業の持つ競争力を維持する方法もある。例えば、統合企業が標準化された品質管理プロセスを持っていたとしても、被統合企業が特定市場で高評価を得ている独自の品質管理プロセスを維持することで品質の差別化が可能となる。こうした方針を統合前に整理し、被統合企業のケイパビリティを活かした業務プロセスとすることで、統合後のブランド価値の維持と競争力の確保につながる。
企業統合において、決算時期や勘定科目の統一は重要な課題の一つである。被合併企業が統合企業と同時期で決算対応をするためには、経理業務の標準化と統一が不可欠となる。これらが不十分なままだと、被合併企業の経理担当が合併企業の決算プロセスや会計基準を十分に理解できず、決算処理の遅延や誤差を招き、経営管理の精度が低下する恐れがある。
この問題を回避するためには、統合前の段階で経理プロセスの差異を分析し、必要な変更点を明確にすることが重要だ。例えば、合併企業の経理担当者が被合併企業の経理担当者や営業担当者と連携し、決算プロセスの流れや会計システムの運用ルールについて詳細な説明したうえで、新たな月次決算業務フローを構築することで決算早期化に必要な対応を徹底することができる。また、システムの入力方法や勘定科目の分類基準を統一することで、経理処理の整合性を確保し、業務の混乱を防ぐことが可能となる。
さらに、決算の早期化に加え、業務フローの改善も有効である。例えば、被合併企業において決算処理が分散管理されている場合、データ管理体制を一元化し、経理部門がリアルタイムで財務状況を把握できるようにすることで、迅速な決算処理が可能となる。また、月次決算の精度を高めるには、営業部門や管理部門との連携を強化し、決算前のデータ整理や調整作業を標準化することが求められる。
このように、決算時期や勘定科目の統合に伴う影響を最小限に抑えるためには、経理業務の標準化、システムの統一、そして関係部門との密接な連携が不可欠である。適切なプロセス設計と徹底した業務フローの見直しを通じて、統合後の財務管理の精度を、企業全体の経営基盤を強化することができる。
企業統合において、人事制度や給与体系が表面的に統一されていたとしても、従業員の受け止め方によっては、不利益や不公平感が生じる可能性がある。特に、異なる企業文化を持つ組織が統合される場合、従業員のモチベーションやエンゲージメントの低下、役割の不明確さ、情報不足などの課題が発生しやすい。
こうした文化の統合を進めるうえでは、ワークショップや研修を通じて、統合前の組織文化の違いを相互に理解し、共通の価値観を醸成することが重要である。また、異なるバックグラウンドを持つ従業員同士が協力できる環境を整えるために、異部門間のプロジェクトやチーム編成を通じて相互理解を促進する施策が効果的である。
従業員のモチベーションを維持するためには、不安や疑問を適切に解消できる環境を整えることが重要である。カウンセリング制度や1on1ミーティング、部門横断的交流会などを導入し、上司と部下および統合・被統合双方の従業員が混在した形での対話機会を増やすことが求められる。また、統合後の目標達成を後押しするためのインセンティブプログラムを導入し、従業員のモチベーションを高める仕組みの整備も有効策のひとつである。
役割の不明確さに対処するためには、ジョブディスクリプションの再定義に加え、業務分担の明確化と業務プロセスの標準化、定期的な職務フィードバックの実施が施策として挙げられる。各チームや個人の責任範囲を具体的に示した業務分担表を作成し、誰がどの業務に関与するのかを明示することで、責任の所在を明らかにすることができる。また、業務フローを必要に応じて改善し、新しい業務手順として統一することで役割の混乱を防ぐとともに、定期的な職務フィードバックを通じて上司と部下の間で業務の進め方や期待される成果についての対話を深めることで、適切な役割分担を維持し、必要に応じて業務の調整や改善を図ることができる。
さらに、情報の透明性を確保するためには、統合プロセスや組織変更の影響について、定期的なコミュニケーションを双方向にて行うことが不可欠である。例えば、経営層からのメッセージを明確に伝えるタウンホールミーティングの開催や、統合に関するFAQの作成・共有が有効な手段である。従業員が統合の目的や影響を正しく理解することで、不安を軽減し、組織としての一体感を高めることが可能となる。
このように、統合後の人事制度や組織文化の融合には、表面的な制度の統一にとどまらず、従業員の心理的側面にも配慮した綿密な施策が求められる。適切な対話制度やエンゲージメント施策を導入し、統合に伴う不利益感や不公平感を最小限に抑えることで、組織全体の安定と持続的な成長を実現することができる。
企業統合において、ITシステムの統合は業務の効率化やデータ整合性の確保において重要な要素である。しかし、システムの移行が単なる技術的な作業ではなく、組織内の業務プロセスや運用ルールと密接に関係するため、慎重な対応が求められる。特に、統合企業の標準システムへ移行する際、被統合企業が利用している特定のシステムモジュールが統合企業の標準システムに適合しない場合や、業務プロセスの違いにより現場から抵抗が生じるケースがある。
このような問題を防ぐためには、まず統合対象となるシステムの機能要件と実際の運用状況を精査し、移行の影響範囲を正確に把握することが重要である。その上で、合併企業のITシステム担当者と被合併企業の業務担当者との間で十分な議論を行い、双方が納得できる形で移行方針を策定する必要がある。
例えば、親会社がスクラッチ開発した販売管理システムがあり、その設計思想やビジネス要件が親会社独自の業務プロセスに最適化されている場合、親会社のシステム担当者が被合併企業のシステム統合に難色を示すケースがある。これは、親会社のシステムが特定の商習慣や取引条件を前提として設計されており、被合併企業の業務プロセスが微妙な差異がある場合、そのまま統合するとシステムの一貫性が損なわれる懸念があるからである。加えて、スクラッチ開発に対するシステム担当者の強いこだわりが、既存の設計思想の維持を志向させ、統合の合意形成が一層困難にする場合もある。
このような状況では標準システムへの移行を強行するのではなく、被合併企業のシステムと親会社の標準システムを一時的に並行運用し、段階的に統合を進める対応が考えられる。
例えば、被合併企業の販売データを親会社のシステムへ連携するためのインターフェースを開発し、データ整合性を確保しながら業務プロセスの適応を進める。また、特定の業務においては既存システムの一部機能を残しつつ、新しいシステムの利用に徐々に切り替えることで、統合による業務負担の増加を抑えることができる。
統合のDay1(統合開始日)を適切に設定できない場合、統合対応の遅延や業務負荷の集中を招き、統合全体の計画に大きな影響を及ぼす可能性がある。そのため、統合に向けた準備期間を十分に確保し、通常業務の繁忙期や他の経営イベントと重ならないように慎重に日程を調整することが求められる。
特に、年度末決算対応や重要なビジネスイベント(大規模なプロジェクトの開始・終了、取引先との契約更新時期など)が重なると、統合作業に必要なリソースを確保できない可能性が高まる。例えば、決算対応に多くの時間を要する経理部門や、取引先との交渉が集中する営業部門などの影響を考慮し、関係部門の業務負荷を適切に分散させることが重要である。
また、被合併企業の業務統合やシステム移行を円滑に進めるためには、関係者の理解を得ながら計画的に実行する必要がある。統合プロセスには少なくとも3か月程度の準備期間が必要とされるが、業務の複雑性や関係部署の状況によってはさらに長期の準備が求められる。統合期間が長引く場合は、被合併企業の事業や顧客対応への影響を最小限に抑えるため、統合の優先順位を明確にし、段階的な実施が望ましい。
さらに、Day1の設定にあたっては、被合併企業と合併企業双方の業務スケジュールを総合的に考慮し、無理のない移行計画の策定が不可欠である。年度決算時期や繁忙期を回避しつつ、統合後の安定した業務運営が可能となるタイミングを見極めることが、統合成功の要点となる。
最後に、前編・後編を通じた子会社統合成功へのポイントをまとめる。
思い返せば日本において本格的な連結経営が志向されたのは2000年代に入ってからであり、それ以前まではブランドポリシーやリスクコンプライアンス/ガバナンスポリシーを使い分ける目的で設立された子会社も存在していたのではないだろうか。
連結経営が大原則となった現在においては、これらのポリシーがグループで統一されることは当然のこととして求められている。グループ再編を検討する際には本稿にてとりあげたポイントが参考となれば幸いである。
アビームコンサルティングでは、子会社戦略策定から事業計画・新設子会社企画、統合実行まで、一貫した支援を提供している。手続き面だけにとどまらず、吸収合併、事業分割/子会社化対象事業の企業グループ内での位置づけやグループ全体のビジョンも検討をご支援できることが特徴である。また、再編後の子会社の役割明確化や抵抗勢力への対応方針、業務やシステムの統合を通じて、再編後の統合がスムーズに進むようにご支援する。
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