【イベントインサイト】欧州・日本のサステナビリティ情報開示規制の最新動向~SSBJ基準対応と企業価値向上のポイント~

インサイト
2025.08.08
  • サステナビリティ経営
  • GX
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欧州では「企業サステナビリティ報告指令」(CSRD)や「企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令」(CSDDD)などの規制強化が進む一方、競争力回復を目指すオムニバス法案により規制緩和の動きも出ている。日本でも2027年3月期から、サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)の適用が始まり、企業は新たな開示要求への対応を迫られつつある。これらの規制動向を概観・整理し、企業が取り組むべきSSBJ基準対応と企業価値向上を実現するためのポイントを解説する。
(本稿は2025年5月28日 株式会社 新会社システム総合研究所主催セミナーでの当社講演「サステナビリティ情報開示ルールを踏まえた 企業における脱炭素推進のポイント〜欧州・日本の規制動向と企業価値向上〜」をもとに再構成しています。)

執筆者情報

  • 北村 健一

    北村 健一

    Senior Manager

1. サステナビリティ情報開示の必要性の高まり

サステナビリティ情報開示を巡る議論がグローバルで加速しており、中でも主に注目されているのは、「気候変動」「生物多様性」「人権」「人的資本」の4つのテーマである。
まず気候変動においては、2015年のパリ協定以降、世界全体でカーボンニュートラルへの動きが加速しており、日本でも2020年のカーボンニュートラル宣言を受け、第7次エネルギー基本計画では大幅なCO2削減目標が掲げられた。また、世界経済フォーラムの「グローバルリスクレポート2025」では、経営層が考える今後10年間の世界リスクの上位4つを異常気象、生物多様性の喪失と生態系の崩壊、地球システムの危機的変化、天然資源不足といった環境分野が占めている。 

次に生物多様性は、生きものたちの豊かな個性と繋がりのことを指し、気候変動とも密接に関連している。具体的には、開発や資源の過剰消費といった人間活動による自然や動植物の喪失のほか、気温上昇による生息地の喪失や食物の喪失、災害発生による生物の喪失であり、気候変動により生態系が崩れると生物多様性が失われる。この生物多様性の喪失は、植物のCO2吸収能力を低下させ、気候変動を加速させる負のループを生むことになる。

3つ目の人権については、2011年の国連「ビジネスと人権に関する指導原則」を受け、各国で法制化が進んでいる。具体例として、強制労働や児童労働に服さない自由、雇用及び職業における差別からの自由、人種・障害の有無、宗教、性別・ ジェンダーによる差別からの自由など「人権尊重」の取り組みの対象は広範囲に及ぶ。ここで重要なポイントは、サプライチェーン全体での取り組みが求められている点であり、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」に則ると、直接的な取引先だけでなく、間接的な取引先も含めて人権への配慮が必要になる。

そして4つ目の人的資本とは、従来「コスト」と捉えられていた人材を「資本」として認識し直す考え方を指す。現在は少子高齢化、AIの普及、働き方の多様化などで、人材戦略の重要性がかつてないほど高まっている。2011年国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」により、企業の果たすべき人権保護・尊重における役割と責任、企業に求められる行動が明確化されており、日本でも、2023年から有価証券報告書での人的資本開示が義務化されたのは周知の通りだ。

サステナビリティ情報開示の必要性が高まる背景には、①機関投資家からの圧力、②若年層のサステナビリティ意識の高さ、③社会課題の顕在化といった3つの要因がある。2006年の国連による責任投資原則(PRI)発足以降、足元では国際競争力確保のため揺り戻しはみられるものの、総じてESG投資は拡大基調であり、株主資本主義からステークホルダー資本主義への転換も進んでいる。
また、これからの将来を担うミレニアル世代・Z世代のサステナビリティに対する意識が高く、サービスの価値訴求や優秀な人材の確保にはサステナビリティに関する取り組みを強化する必要がある。そして、地球温暖化の実感や、生物多様性への関心、強制労働問題の報道など社会課題が身近になり、企業への取り組みの要請が強まっている。

こうした情報開示の必要性の高まりも受け、企業が情報開示に取り組む意義としては、「説明責任」「長期的な未来オプションの創造」「投資の呼び込み」「優秀な人材の獲得」の4点が挙げられる。これらは相互に関連しており、サステナビリティへの取り組みを単なる「コスト」ではなく、企業価値向上の機会と捉えた意識が問われるだろう。(図1)

図1:サステナビリティ情報開示の意義

2. 欧州における規制動向

欧州のサステナビリティ規制を理解する上で、まず法体系について知っておく必要がある。EUの法令には一次法と二次法があり、一次法とはEUの設立条約や改正条約にあたる基本条約のことである。二次法には「規則」「委任規則」「指令」などがあり、一次法と比べて細かく分類され、それぞれに適用範囲や法的拘束力の有無が異なるため、位置づけを理解して対応することが肝要だ。(図2)

図2:欧州における法令の体系

その法体系の軸となるのは、2030年までに温室効果ガス排出量を55%削減し、2050年までに実質ゼロを目指す「欧州グリーンディール政策」である。欧州は今、こうした環境政策を通じて競争力を高めようとしている。

・企業サステナビリティ報告指令(CSRD)
企業におけるサステナビリティ情報の開示に関する指令で、2023年1月に発効された。具体的な要求事項については、委任規則にて定められた欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)に記載されており、このCSRDの開示基準であるESRSは12項目から構成され、「ガバナンス」「戦略」「インパクト・リスク・機会管理」「指標と目標」の4項目について開示が義務づけられている。

ESRSにおいて特に重要なのが、「ダブルマテリアリティ」の概念だ。まず「財務マテリアリティ」は社会・環境が企業に与える影響、もう一方の「インパクトマテリアリティ」は企業が社会・環境に与える影響を指す。CSRDでは、この両面の観点から重要性を評価する。財務マテリアリティのみを対象とする日本のSSBJ基準と、ここが大きな違いとなる。(図3)

図3:ダブルマテリアリティ評価

CSRDが日本企業に与える影響は無視できず、EU域内の子会社がEU域内で4.5億ユーロ以上売上げる場合、企業は開示義務の対象となる可能性がある。今年2月に提出されたオムニバス法案において、当初の1.5億ユーロ以上から4.5億ユーロ以上に引き上げることが提案されたが、最終的な対象企業の確定については最新情報を注視していく必要がある。

・デューデリエンス指令(CSDDD)
人権・環境のデューデリエンス実施や開示等を義務付ける指令であり、2024年7月25日に発効された。加盟国は2026年7月26日までに国内法を制定することが求められている。
対象企業は、人権と環境に関するデューデリエンス実施に加え、気候移行計画の採用・実施の義務が課され、企業は「方針策定」「リスク特定」「負の影響の防止・軽減」「ステークホルダーエンゲージメント」「苦情処理」「モニタリング・公表」といった6つのステップを実施する必要がある。その対象は、自社だけでなく、上流・下流のバリューチェーン全体に及ぶ点も見逃せない。

・オムニバス法案
欧州では、グリーンディール政策を出発点として様々な環境政策を進めてきており、欧州規制のスタンダード化(ブリュッセル効果)を通じて、欧州の覇権を強化していく戦略をとっている。しかし、規制の強制力が強すぎて、むしろ企業競争力という観点で足かせになっているという意見が強まってきていた。こうした声を踏まえ、2024年9月にドラギレポートが発表され、2025年2月にはサステナビリティ規則の簡素化を求めるオムニバス法案の提出に至った。(図4)

図4:オムニバス法案提出の背景

オムニバス法案により、CSRDは大企業で2年延期、CSDDDは1年延期となる。報告内容についても、CSRD、CSDDDだけでなくCBAM、EUタクソノミーに関しても簡素化される方向だ。
CSRDに関しては、簡素化として必須データポイント数の大幅削減やセクター別ESRSの削減等が予定されているが、ダブルマテリアリティの原則は維持される見込みで、本質的な要求事項に大きな変更はない。CSDDDでは、間接的なビジネスパートナーがデューデリエンス対象から除外されるほか、モニタリング頻度が1年に1回から5年に1回に削減される等の変更が予定されている。

3. 日本における規制動向

日本のサステナビリティ情報開示は、国際的な流れを受けて急速に制度化が進んでおり、「サステナビリティ基準委員会」(SSBJ)は、国際的なISSB基準を踏まえながら、日本の実情に合わせた開示基準を策定している。

SSBJは、金融審議会での検討を経て、2027年3月期から東証プライム上場企業を対象に、段階的に適用が始まることが決まっている。まず時価総額3兆円以上の企業から開始し、1兆円以上、5000億円以上と拡大していく。
初年度は気候関連のリスクと機会のみの開示でよく、比較情報やScope3の算定も任意となる。ただし、2年目からはScope 1・2の排出量とガバナンス・リスク管理が第三者保証の対象となるほか、3年目からは財務諸表との同時開示が求められる予定だ。保証水準は限定的保証で、「虚偽表示がないことを確認する」レベルにとどまる。
法令の定めに基づく場合と任意の場合において、年度の経過にともない開示しなければならない内容が異なるため注意が必要だ。(図5)

図5:サステナビリティ開示基準(SSBJ)経過措置適用例

実務上の最大の課題は、報告タイミングだろう。SSBJでは、有価証券報告書提出にあわせて提出が必要なため、排出量の算定を例にとると、算定から第三者保証、開示までのプロセスを3カ月以内に完了させる必要がある。(注:金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ中間論点整理(25年7月17日)で、有価証券報告書の提出期限を4か月以内に延長する可能性についても触れられている)その際、温対法の報告期間とフロン類の算定期間が異なることにも配慮する必要がある。フロン類は暦年(1月~12月)で算定されているため、4月~3月決算の企業では期間調整が必要となるからだ。
今後は法定開示のなかで保証も要請されることから、情報の正確性や網羅性、社内の内部統制整備・運用が重要となってくる。

では、企業は何をどのように、そして誰と取り組むべきかを次の章で詳しく説明する。

4. 企業におけるサステナビリティ情報開示の取り組みポイントと企業価値向上 

2027年以降規制対応が順次導入され、SSBJやCSRD域外適用にも取り組んでいく必要があるが、開示対応に終わらせることなく、各種戦略やアクションプラン、投資計画・資源配分、組織体制も含め包摂的な対応としていくことが重要であると考える。

では、企業はどのように規制対応を効率的に進めるべきだろうか。
サステナビリティ対応を担う部門を中心にプロジェクトを推進することが多いと思われがちだが、CEO、COO、CFO、CIOといったC-Suite、事業部門も巻き込み、全社プロジェクトとして推進することが重要になる。
また、SSBJ基準に対応するための業務・システム構築の確立とともに、SSBJ基準対応で収集したデータをこれからのサステナビリティ経営を見据えてどう活用するか、戦略策定や仕組みの構築も必要になるだろう。そして、規制対応による業務負担の軽減や現場の混乱を避けるため、業務プロセスの標準化や効率化、証憑の統一化などの「効率化」の取り組みもポイントになる。そのためには、戦略・オペレーション・ITソリューションに長けた外部パートナーとの共創も不可欠だ。

この先、企業にとってはサステナビリティ情報開示の取り組みをいかに企業価値向上に結びつけるかが、生き残りと成長に向けた重要な鍵となってくる。情報開示は重要だが、それだけでは不十分であり、サステナビリティ活動が企業価値にどう貢献するかを可視化し、ビジネス機会として活用することが本質と認識する必要がある。

今後に向けて興味深いのは、非財務価値と企業価値の関連性だ。気候変動対策や人材投資などの非財務活動が、最終的に売り上げやROEといった財務指標にどう影響するのか、その因果関係を定量化できれば、投資家への説得力は格段に高まる。
アビームコンサルティングでは、企業の事業活動が生み出す社会的インパクトを拡大させることが企業価値の向上に寄与する要素と捉えている。事業戦略の遂行に最適な資本増強の配分・積み上げと、将来的に企業価値を高める要素となる顧客/ステークホルダーへの提供価値の定義に合わせて事業戦略に基づく事業KAI(重要行動指標)の構造を分解し、事業上のどのポイントでどのような社会的インパクトを創出することが重要かを可視化する必要がある。(図6)

図6:非財務を活用した企業価値向上

サステナビリティ情報開示を巡る環境は、この1年足らずで大きく変化した。欧州ではオムニバス法案による規制緩和の動きがあるが、本質的な要求は変わらない。日本でも2027年3月期からSSBJ基準の適用が始まる。重要なのは、これらを単なる規制対応と捉えるのではなく、企業価値向上の機会として戦略的に活用することだといえる。
そのためには、サステナビリティを企業戦略の中核に据えて、持続的な成長を実現するための積極的な取り組みが不可欠だ。

アビームコンサルティングは、SSBJ/CSRDの開示向けて、情報開示戦略の立案、マテリアリティの分析、第三者保証とのコミュニケーションといった報告体制の実装、そしてデータ収集に必要な情報基盤の構築(構想策定、要件定義~導入)を一貫して支援する。企業の持続的な成長の伴走者として、サステナビリティ経営力と企業価値向上に貢献していく。


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