なぜ「使われないプロダクト」が生まれるのか -UXリサーチで見直す要件定義の常識-

インサイト
2025.10.27
  • 新規事業開発
  • CX(マーケティング/セールス/サービス)
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デジタルプロダクトの開発現場では、限られた期間とコストの中で成果を出すことが求められている。その一方で、スピードを優先するあまり「誰のどんな課題を解決するのか」という根本的な問いが曖昧なまま進行し、結果として「使われないプロダクト」が生まれてしまう事例も少なくない。本稿では、その背景にある要件定義フェーズでのユーザー理解の不足に焦点を当て、解決策としてのUXリサーチの役割を解説する。さらに、UXリサーチを実際のプロダクト企画や改善に活用した事例を交えながら、ユーザーに支持されるプロダクトを生み出すための実践的な視点を提示する。

執筆者情報

  • 滝本 真

    Senior Manager
  • 羽田 康孝

    濱口 菜々

    Manager

1. なぜ「使われないプロダクト」が生まれるのか

市場が目まぐるしく変化し、多様なニーズが生まれる昨今、プロダクト開発には「限られた期間・コストで成果を出す」ことが求められている。しかし、スピードや効率を優先するあまり「誰のどんな課題を解決するのか」が曖昧なままプロジェクトが進行し、結果としてリリース後にふたを開けてみると、利用率が低い、あるいはユーザーの不満が積み重なるといった事態が生じることは少なくない。実際、当社にも「プロダクトの評判が芳しくないため改善したい」という相談が寄せられることがある。調査を行うと、ユーザー課題を十分に捉えられておらず機能がニーズと合致していない場合もあれば、必要な機能は存在しているにもかかわらず導線に問題があり、ユーザーがその存在に気付かないという事例も多い。

これらに共通する原因は、要件定義フェーズにおける「ユーザー理解の不足」である。「誰のどんな課題を解決するのか」、さらに「その人が課題解決を試みるときの思考や行動はどうなっているのか」という点を十分に把握しないまま開発を進めると、ユーザーに本当に必要とされる機能や利用を支える導線を見落とすことになる。結果として「使われないプロダクト」が生まれてしまうのである。

2. ユーザーの理解を深めるUXリサーチ

この問題を回避するために有効な手段が、ユーザー自身やその体験を深く理解する「UXリサーチ」である。ユーザーのニーズに合致するプロダクトを新たに企画する場面や、ユーザーの利用目的・シーンに沿った導線をデザインする設計のフェーズにおいては、ユーザーインタビューや現場観察を通じて業務・行動・感情の文脈を解像度高く捉え、本質的な課題を見出す探索的リサーチが欠かせない。UXリサーチを適切に実施することで、初期仮説では見えていなかった重要なインサイトを発見でき、解決策検討および導線設計の質を大きく左右する。

当社では Human Centered Design(HCD:人間中心設計)のアプローチを採用し、「ユーザーの観察と理解」を解決策検討に先立つ必須プロセスとして位置づけている(図1)。

図1 Human Centered Design(HCD:人間中心設計)のアプローチ

短期間で開発を進める際、真っ先に削減の対象となりやすいのがこのプロセスである。実際、省略されたケースやデスクトップリサーチのみで対応しているプロジェクトも存在する。しかし、これを省略・簡略化すれば、結果として「使われないプロダクト」を生み出す可能性が高まる。UXリサーチを開発の初期フェーズで入念に実施することで、大きな手戻りを防ぎ、結果的に短期間で「使われるプロダクト」を生み出すことが可能となる。

3. UXリサーチの実践のポイントと活用事例

UXリサーチの手法は大きく、

  • 定性調査(ユーザーインタビュー、ユーザビリティテストなど)
  • 定量調査(アンケート調査、A/Bテストなど)

に分類される。目的やプロジェクトのフェーズに応じ、適切に選択・実行することが求められる。

とりわけ新規プロダクトの企画や設計には、探索的アプローチが必要である。この段階では「まだ見えていない課題を発見する」ことが目的となるため、ユーザーの言葉や行動を深く理解することに適した定性調査が有効である。代表的な流れとしては、まずデスクトップリサーチで概況を把握し、課題領域に関する仮説を立て、その後ユーザーインタビューを通じて理解を深め、課題を具体化していくプロセスが挙げられる。

インタビューの誤用による弊害

よく見られる誤用として、課題探索を目的とすべきインタビューを、初期仮説の検証にのみ用いてしまうケースがある。この場合、ユーザーが仮説を支持するかどうかを確認するだけに終わり、仮説が外れていれば再びリサーチや論理を見直して新たな仮説を立てることになる。これでは仮説の外にある新たな発見を得ることができない。新規プロダクト企画段階でのインタビューは、あくまで探索的に実施し、仮説を検証すること以上に「新しい課題を発見すること」に重きを置くべきである。重要なのは、「仮説の外にこそ重要な発見がある」という姿勢である。

成功するための3つのポイント

探索的なユーザーインタビューを行い、仮説の外にある課題やニーズを発見するためには、設問設計やファシリテーションに工夫が求められる。特に重要なのは以下の3点である(図2)。

図2 ユーザーインタビューを成功させるための3つのポイント

1. 対象領域に対するユーザーの思考・行動を多方向から捉える

想定しているニーズや課題のみに焦点を当てて確認したくなる場合もあるが、それでは発見の幅が狭まる。重要なのは、視野を広げ、プロダクトの対象領域についてユーザーの思考・行動を多角的に把握することである。

例えば家計管理アプリを企画している場合、「普段管理している対象は何か」「なぜ管理したいのか」「現状どのように管理しているのか」「ツールを使っているとすれば何か」「そのツールのどこが良いのか、なぜか」といった点を確認する。こうしてさまざまな方向から対象領域に対するユーザーの思考・行動を捉えることで、ユーザーが「家計管理」に抱く価値観が浮き彫りになり、想定外のニーズや課題を見つけ出す可能性が高まる。

2. 対象者の具体的な行動プロセスに沿って課題を深掘りする

ユーザーが自覚している顕在化した課題であれば、直接尋ねることで回答を得られる。しかし、本人も意識していない潜在的な課題を探るには、普段の行動や思考の流れを振り返らせる必要がある。

そのため、まず対象者の具体的な行動プロセスを確認し、その行動に沿って「何を考えているか」「現状に満足しているか」といった観点で掘り下げる。そうすることで、本人も意識していなかった課題やニーズを浮かび上がらせることができる。

また、顕在化している課題であっても、質問の仕方によってはユーザーが気を遣って「ある」と答えてしまう場合がある。このようなバイアスを回避するためには、行動プロセスを基盤にした質問が有効である。仮にバイアスのかかった回答が得られたとしても、行動や思考に関する具体的記述が含まれていれば、後の分析において「ここでは課題があると答えているが、実際には不満を感じていない」といった矛盾を発見することができ、回答の妥当性を見極めることが可能になる。

3. 対象者の頭に浮かんだことから先に聞く

インタビューは限られた時間の中で多くの項目を確認するため、事前にヒアリング項目を整理して臨むことが一般的である。しかし、計画に過度に依拠した進行は、インタビュアーが会話の主導権を握る構造を生みやすく、対象者の自由度が低下する。その結果、対象者は聞かれた内容にのみ回答する傾向が強まり、仮説の外にある情報を得ることが難しくなる。

したがって、対象者が話しやすい流れに柔軟に合わせ、頭に浮かんだことを自由に話してもらうことが重要である。インタビュアーは会話の流れを柔軟に入れ替えながら、仮説として想定しているニーズや課題についても、まずはオープンに「この場面で困っていることはありますか」と尋ね、それで出てこなければ仮説を提示する、という順序が望ましい。

以上の3点を意識することで、ユーザーインタビューから得られる発見の幅が格段に広がり、真に有効なインサイトを抽出することができる。

UXリサーチを活用した事例

これらのノウハウを含むUXリサーチを活用した事例の一つとして、クライアント企業の社員向けの「社内情報を検索するモバイルアプリ」を紹介する。

もともとはPCで社内情報を効率よく検索するアプリを検討していたが、モバイル版も作りたいという要望が挙げられた。しかし、PCとスマホでは利用シーンが異なり、検索したい情報も異なることが予想されるため、PC版の機能をそのままモバイル版に実装しても使われない可能性が高い。そこで、スマホは業務のどのような場面で活用し、何を目的としているのかを明らかにするためにインタビューを実施し、インサイトの発掘を行った。

複数人へのインタビューから導き出されたのは、クライアント企業の社員は「絶えず新しい情報を求めており、移動のスキマ時間は次の業務に向けたヒントを探している」ということである。特定の情報を検索してその答えを得に行くのではなく、情報を広くザッピングし、いつか役に立つかもしれない情報をストックしようとしていることが判明した(図3)。

図3 UXリサーチにより導き出された結果の一例

このインサイトをもとに「AIにより新しい情報に『出会える』」というコンセプトを策定し、ユーザージャーニーおよび技術的な実現方法を検討した上で、モバイル版アプリの機能・画面を設計した。

このように、UXリサーチを企画の初期フェーズで取り入れてプロダクトを企画・デザインすることにより、ユーザーのニーズに即したプロダクトの創出が可能となる。

4. UXリサーチの価値を最大化するために

UXリサーチは、単なる調査ではなく、プロダクト開発における課題発見の基盤的プロセスである。一見すると省略できるように見えるが、実際にはプロジェクト全体の成否を左右する投資であり、軽視すれば大きな手戻りや「使われないプロダクト」を生み出すリスクにつながる。

本稿で述べたように、プロダクトが使われなくなる主な背景の一つには「ユーザー理解の不足」が存在する。この理解不足は要件定義の段階で生じやすく、そこでの判断を誤ると、後工程で多大なコストをかけても挽回することは難しい。言い換えれば、企画初期にUXリサーチを導入し、ユーザーの課題や行動プロセスを深く理解することで、後の開発フェーズにおける仕様変更やそれにともなうスケジュール遅延を未然に防ぐことができる。

UXリサーチの方法は多様であるが、新規プロダクトの企画段階において特に有効なのは探索的な定性調査である。ユーザーの言葉や行動を丁寧に観察し、仮説の外にある課題を見つけ出すことこそが、真に価値あるプロダクトを生み出す出発点となる。そして、このプロセスを入念に踏むことによって、ユーザーにとって使いやすく、継続的に利用されるプロダクトの実現につながる。

プロダクトを「作る」こと自体は容易になった時代だからこそ、重要なのは、「作れるかどうか」ではなく「使われるかどうか」である。その鍵を握るのがUXリサーチであり、ユーザーにとっての体験を深く理解する営みである。

アビームコンサルティングは、多くの経験から蓄積したこのUXリサーチの知見を活用し、クライアントとプロジェクトの初期段階から伴走し、社会や人々に求められる、使われるプロダクトの創出に貢献していく。


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