【イベントレポート】企業価値向上を実現するグローバル経営管理の要諦

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2025.04.03
  • 人材/組織マネジメント
  • 財務会計/経営管理

アビームコンサルティングは、2025年1月から2月にかけて、マーサージャパン株式会社、マーシュジャパン株式会社と共同で、3回シリーズの「企業価値向上を実現するグローバル経営セミナー」を開催した。
第1回は、「企業価値向上を実現するグローバル経営管理」と題して、アビームコンサルティング 顧客価値創造戦略ユニット長・企業価値向上戦略ユニット長の斎藤岳が、多数のグローバル企業支援経験に基づくグローバル経営管理のポイントを指南するとともに、同社エグゼクティブアドバイザーである元オムロンCFOの日戸興史氏、20か国以上に事業展開を行っているグローバル化学メーカーの株式会社レゾナック・ホールディングスCFOの染宮秀樹氏、マーサージャパン株式会社 組織・人事変革コンサルティング部門代表 山内博雄氏を交え、「企業価値向上を実現するグローバル経営管理のあり方」に関するパネルディスカッションを行い、各社の事例と具体的なアプローチについて議論した。

(本稿は、2025年1月21日開催セミナーをもとに再構成しています。)
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写真:左からマーサージャパン 山内氏、レゾナック・ホールディングス 染宮氏、アビームコンサルティング エグゼクティブアドバイザー 日戸氏、同社 斎藤 写真:左からマーサージャパン 山内氏、レゾナック・ホールディングス 染宮氏、アビームコンサルティング エグゼクティブアドバイザー 日戸氏、同社 斎藤

グローバル経営管理の要諦

近年、政府や東証から日本企業に対して、PBR1倍割れ問題への対応や資本効率性の改善等の問題提起がなされており、企業価値向上への注目度が高まっている。アビームコンサルティングが2023年10月に実施した「進化するROIC経営の実態調査」では、企業価値が高い企業は、「事業の選択と集中」および「収益・効率性指標を管理指標として展開」を通じて稼ぐ力を創出し、「人材投資」「デジタル投資」「研究開発投資」によって成長期待を醸成していることが明らかになった。企業価値向上に向けては、①資本効率を意識したマネジメントにより収益力を向上し、投資余力を創り出す、②新たな成長の芽および競争力の獲得に向けた投資を行い、将来の事業拡大や収益力向上を図るというマネジメントサイクルを回していくことが肝要となる。(図1)

図1 企業価値向上のマネジメントサイクル

企業価値向上を実現するためには、企業は全社もしくはグループ全体として、企業価値向上サイクルが効果的に機能しているかを管理し、効果の最大化に向けた改善を継続的に実施することが必要である。しかし、グローバル展開を行っている場合、市場環境や文化、経営資源の違いによって企業価値向上サイクルを回す難易度が高くなり、グローバルでの事業ポートフォリオの最適化、海外拠点の「稼ぐ力」強化、在外子会社に対するガバナンス強化と経営の権限移譲の両立といった点に課題を抱える企業は多く存在する。

セミナーの第一部では、アビームコンサルティングの斎藤が、「価値創出経営を実現させるグローバル経営管理の要諦」について講演を行い、グローバル経営管理における3つのポイント、①「稼ぎの単位」のデザイン、②戦略・文化のアラインメント、③人材/組織・データ活用基盤の整備について解説した。

まず、メリハリのある経営資源配分/ポートフォリオ経営を実現するためには、事業/地域を管理する粒度を適切に設定する必要がある。事業の競争優位性や成長段階、買収・統合/分離などの歴史を踏まえた最適な①「稼ぎの単位」のデザインと、稼ぎの源泉を伸ばしていくような、単位ごとにメリハリをつけた経営管理が重要である。(図2)

図2 「稼ぎの単位」の設定

そして、「稼ぎの単位」の自律的な経営を目指すためには、「稼ぎの単位」のリーダーとの信頼関係構築も重要になる。数値目標の達成状況に意識が向きがちだが、その前提として、「稼ぎの単位」のリーダーと、②戦略・文化のアラインメントができない限り、事業/地域の置かれている状況を踏まえた、あるべき経営管理は難しいだろう。
また、グローバル経営管理を円滑に進めるために、③人材/組織・データ活用基盤の整備も重要だ。各事業・地域の経営状況を正しく把握するための仕組みづくりに加え、データ集計や情報の整理だけでなく、「稼ぎの単位」のリーダーのパートナーとして戦略立案・推進ができるFP&A(Financial Planning & Analysis)の役割も求められるのだ。

セミナーの第二部のパネルディスカッションでは、先述のポイント①~③について、元オムロンCFO 日戸氏、レゾナック 染宮氏、マーサージャパン 山内氏を交え、オムロン、レゾナックでの事例と具体的なアプローチについて議論した。

ポイント①:「稼ぎの単位」のデザイン

オムロン※1とレゾナック※2の2つのグローバル企業において、企業価値向上に向けた経営管理をどのように実践しているのか。まず1つ目の問いとして、「稼ぎの単位」をどのようにデザインしているかを日戸氏と染宮氏に伺った。

「オムロンは、4つのビジネスカンパニーで構成されており、商品・顧客・競合の違いによって、さらに60のストラテジックビジネスユニット(SBU)に細分化されます。各事業で競争力を高め、自主自立した経営をするため、地域横断で事業ごとに収益を管理しています。一方で、グループとしてのリスク管理・効率化のため、コーポレート機能は本社が統括し、事業横串で管理しています。内部統制、税務、情報セキュリティ、経営人材の選定などの管理機能は本社で統制し、エリア本社が各地域への全社方針の説明・浸透などを担い、事業を支える基盤としての役割を果たしています。」と日戸氏。(図3)

図3 稼ぎの単位と管理方法の事例|オムロン

「レゾナックでは、7つの事業本部を稼ぎの単位とし、さらにその配下に21の事業部を持っています。2社の統合と変革に向けて、事業の入れ替えを積極的に実施できるよう、人材やアセットを管理しています。オムロン同様、全社として、地域軸よりも事業軸を重視して収益管理を行っています。コーポレート機能(CxO組織)は全社横串での機能連携をするとともに、4地域にRHQ(地域統括会社)を設置し、内部統制やシェアードサービスセンターなどの守りの機能を配置しています。コーポレート機能の中でも、財務・人事機能については、全社の人事権をCxOが持ち、強い統制を利かせています。」と染宮氏は語った。(図4)

図4 稼ぎの単位と管理方法の事例|レゾナック

では、稼ぎの単位ごとにどのような指標を管理していたのか。アビームコンサルティングの「進化するROIC経営の実態調査」によると、優良企業ほど「事業」「連結」カットでROICを算出しているという結果が示されているが、事業ごとにBSやROICを管理することの難しさも一般的にはよく聞かれる。

染宮氏は、「レゾナックでは、簡易的に算出する場合も含め、21事業部全てのBS、ROICを算出しています。また、21事業部のROICをランキング化し、全事業部のトップが集まる場で毎クォーター共有し、資本効率の改善に向けた意識づけをしています。ただし、事業のライフサイクルに応じて管理レベルを調整しており、安定収益事業やコア成長事業ではROICを指標として活用する一方、次世代への先行投資事業ではROICを重視した管理は行っていません。」と話す。

そして、日戸氏は「ROICをどこまで分解して分析するかは、明確な意思をもって判断すべきだと考えています。むやみに配賦をすると、かえって実態が見えにくくなります。オムロンにおいては、4つのビジネスカンパニー単位ではBSまで管理している一方で、SBU単位では共通している資産も多いため、PLまでの管理にとどめています。」と話した。
ROICを活用する目的を明確化し、事業の目的・位置づけに照らして、重点的に管理すべき領域とそうでない領域にメリハリをつけて管理を行うことがポイントになるのだ。

※1 オムロン株式会社
制御機器やヘルスケア機器、社会システム事業などを展開し、約130の国と地域で製品やサービスを提供するオートメーション技術のリーディングカンパニー。企業理念経営とそれを支えるROIC経営を実践する先進企業として知られている。

※2 株式会社レゾナック・ホールディングス
2023年1月に昭和電工と旧日立化成が統合して誕生し、電子材料やモビリティ、機能材料など幅広い分野で事業を展開するグローバル化学メーカー。統合によるシナジーを活かしながら、事業ポートフォリオの最適化やイノベーションの創出を加速し、持続的な成長を目指している。

ポイント②:戦略・文化のアラインメント

競争優位の源泉に投資を振り向け、自律分散化した経営ができるようにするためには、戦略・文化のアラインメントが重要となる。オムロン、レゾナックにおいて、戦略・文化のアラインメントを取るためにどういった取り組みをしているのか。

「オムロンの根本は企業理念経営です。採用・育成・配置を行う際も、企業理念に重きを置き、経営幹部には企業理念に対する深い理解・共感を求めます。また、企業全体だけでなく、事業によってどうより良い社会を作るか、社会における事業の価値・存在意義や当社の競争力を事業のリーダーと共に議論しています。企業理念を浸透・実現することで、グローバルにおいても、理念に共感しオムロンにコミットする人が自然と集まってくる、そこに地域差はあまりないと感じています。」と日戸氏。

「レゾナックでは、昭和電工と旧日立化成の統合にあたり、高橋秀仁社長を中心とした新たな経営チーム“チーム高橋”を発足しました。チーム合宿を実施するなどしてチーム内での心理的安全性を高めることで、反対意見も含め意見を自由に言い合える経営チームを築きました。経営理念および戦略の再構築に向けて侃侃諤諤の議論を重ねた結果、半導体事業への大胆な投資を行うべきという結論に至りました。半導体以外の部門長から『自部門の投資を抑えてでも半導体に投資すべき』という意見も出るようになり、部門長がレゾナック全体の企業価値向上に向けた各部門の役割を認識できるようになってきています。」と染宮氏。また、別々の会社が統合し、社内でも様々な意見がある中で、グローバル本社の経営陣が意見を自由に言い合える関係を築き、一枚岩になることが重要であると語った。

マーサージャパンの山内氏からは、戦略・文化のアラインメントをとるために人材・組織面でどういった工夫をしたか、と両名に質問を投げかけた。
まず、日戸氏は「従業員にとっては結局のところ、自分がどう評価・処遇されるか、というのが大きな関心事です。事業ごとに評価・報酬制度があまりに異なると不公平感が生じるため、グローバル共通の評価ポリシーと評価テーブルを策定し、競争力を持った評価・報酬制度の構築に努めました。また、経営層における組織運営の観点では、全社方針について侃侃諤諤議論した上で、ただし一度合意に至ったからには、きっちりと方針に従い、実行することを求めました。」と話す。

次にレゾナックでは、「評価・報酬制度を一から構築するにあたって、階層を減らし、ジョブディスクリプションを明確にすることで、階層の整合性が横断的に取れるよう根本から見直しました。また、文化の観点では、社長自らが事業所や子会社を訪問し、年間約70回タウンホールミーティングやラウンドテーブルを開催しています。現場と双方向のコミュニケーションを取り、社長に意見しても良いという心理的安全性を構築し、文化の変革に挑んでいます。」と染宮氏。

オムロン、レゾナックともに、戦略・文化をアラインメントするために、経営理念の浸透、経営チームの連携強化に加え、制度設計のアップデート、組織風土の改革など、あらゆる角度からの工夫を行っていた。また、取り組み自体が目的化することなく、目指す姿を明確化した上で両社の実態に即した取り組みがなされていることが伺えた。

ポイント③:人材/組織・データ活用基盤の整備

グローバル経営管理を円滑に進めるための基盤の一つとして、FP&Aの存在は非常に重要であり、データ集計や情報の整理だけでなく、「稼ぎの単位」のリーダーのパートナーとしてインサイト/示唆を出すという役割が求められるようになっている。
FP&Aに必要な資質について日戸氏は、「私がCFOに就いていた際、まさにFP&Aの役割を担っていたと思います。資金の流れは業務の結果として生じるものであり、戦略と財務・経理は切り離せない関係にあると考えています。FP&Aは、資金の流れや業務全体を俯瞰し、各部門間で取りこぼされているような課題をすべて自分事化し、自ら拾って解決していけるような人であるべきだと思います。」と話す。

また、染宮氏は「日戸氏の意見に同感です。FP&Aは、数字を理解した上でビジネスの改善提案ができるのみならず実行まで推進できる人であるべきです。モータースポーツに例えるならば、事業部長がドライバーの車の助手席に乗り、ともにリスクを背負いながら、ベストナビゲーターとして適切な指針を示せる存在です。そうした覚悟を持つ人材こそがFP&Aに求められると考えます。」と語った。

一方で、そのような人材の確保や育成は容易ではないのが現実である。FP&Aとなる人材の育成には、営業などの事業部門での経験を積ませること、また越境経験を通じて当事者意識を醸成させることが重要になるのだ。

グローバルでの企業価値向上サイクル実現に向けて

アビームコンサルティングでは、企業価値に繋がる競争力の源泉を特定し、社内での共通認識を醸成するためのフレームワークとして、Enterprise Value Mapの活用を支援している。また、グローバル経営管理を円滑に推進するための、組織設計・人材育成の戦略立案~実行や、データ活用基盤の構築・整備も多数の支援実績を持つ。

当社は、企業価値向上への要請が高まる中、アジア発のグローバルコンサルティングファームとして多くの日本企業の海外進出を支援してきた知見を基に、グローバルでの企業価値向上サイクルの実現という難題に向けて、戦略から実行まで包括的なサポートを支援していく。


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