シンガポール金融機関におけるData Governance and Management Practices高度化に向けた考察

インサイト
2025.04.14
  • 銀行・証券
  • テクノロジー戦略&マネジメント
  • 人材/組織マネジメント
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SEAの中でも金融が主要産業となっているシンガポールにおいて、2024年5月にMAS(Monetary Authority of Singapore)よりデータガバナンス&マネジメントプラクティスに関するInformation Paperが発行された。本Information Paperでは、ガバナンス、データマネジメント組織、品質管理を含む金融機関向けの期待・改善要望が整理されている。現時点での位置付けはInformation Paperに留まるものの、シンガポールおよびSEAの金融機関においては、データガバナンス・マネジメントの強化が求められてくる可能性があり、早めの対応が望ましい。しかしながら、期待・改善要望を実現するにあたって、課題を抱える金融機関も少なくない。本インサイトでは、MASが提示するデータガバナンス・マネジメントの高度化に向けた期待・改善要望を題材として、主要な課題の分析、および、課題の乗り越え方を考察する。 

  • Eiji Matsumoto

    Senior Manager
  • Daisuke Kuge

    Daisuke Kuge

    Senior Manager
  • Naoaki Saeki

    Naoaki Saeki

    Manager

1. 課題分析

まずはMASがInformation Paperで示しているデータガバナンス&マネジメントプラクティスに関する期待・改善要望を概説する。

Monetary Authority of Singapore 「Data Governance and Management Practices」を基にアビームにて作成

上記の通り、MASは、金融機関に対し、データガバナンス&マネジメントに関するプロセスや体制の構築・強化、及びデータ品質のモニタリングやデータ課題の改善を期待しており、データガバナンス&マネジメントにおけるあるべき姿が示されている。しかしながら、MASが示すようなあるべき姿の実現は容易ではない。個社毎にあるべき姿の実現にあたっての課題は多岐に渡るが、本インサイトではこれまでの支援を通じて散見される実務上の3つの課題を取り上げ、解決アプローチを考察する。

課題1:ハイレベルなTo-Be像を咀嚼して実行計画を立てられるリーダーが必要

MASのInformation Paperでは、データガバナンス&マネジメントのあるべき姿を示している。しかし、多くの金融機関では、このTo-Be像を具体的な実行計画に落とし込めるリーダーが不足している。MASのハイレベルなTo-Be像を組織のTo-Beとして定義し、Gapを解消するにあたっては、データガバナンス&マネジメントの理論と勘所を熟知していることはもちろんのこと、IT・ビジネス・リスク管理をはじめとする多岐に渡る領域を含めた業務・システム・データの理解が欠かせない。しかしながら現実的にはそのような要件を満たす人材を選出するのは容易ではなく、リーダー不在が一因となりデータガバナンス&マネジメントの高度化が進まない場面も少なくない。

課題2:データマネジメント組織を設置した際の体制図や既存の組織との役割分担の定義

データマネジメント組織を設置するにあたっては、組織の位置づけ・役割を定義する必要があるが、既存組織とのコンフリクト等により円滑に進まないケースが見られる。例えば、データマネジメント組織をIT部門内に設置するのか、ビジネス部門内に設置するのか、あるいは独立した部門として設置するのか等、組織の位置づけには複数の選択肢があるが、位置づけによってデータマネジメント組織が持つ影響力や部門間連携のしやすさ、各部門の負担は大きく異なる。IT部門内に設置した場合、技術的な知見がIT部門内に集約できる一方で、ビジネス知見が不足するため、ビジネス部門からの円滑な支援が不可欠となる。加えて、組織設置にあたっては複数のステークホルダー間で役割・負荷の調整も必要となるため、各部門からの要望・意見が多数発生し、組織の位置づけ・役割に迷いが生じる場面も散見される。

課題3:EUCを含めた品質管理対応の負荷軽減

多くの金融機関では、業務効率化や柔軟性向上を目的としたEUC(End User Computing )が乱立しており、品質管理の難易度を上げている。各部門で独自に作成・運用されているため、どのようなEUCが導入されているのかを正確に把握することは困難で、品質管理の対象から漏れやすい。また、仮にEUCを把握できたとしても、仕様の理解・改修等を行うにあたり、EUCの作成者が既に退職している、度重なる機能追加で仕様書・マニュアルが古くなっている、現行機能で重要業務が回っており手を加えることのインパクトが計り知れない等、EUCに関連するデータ品質管理においては特有の課題も多い。

2. 課題解決のアプローチ

解決アプローチ1:リーダーが満たすべき要件の組織としての補完

要件を完璧に満たすリーダーの選出は難しいが、不足する要件を組織として補いながらリーダーを育成することは可能だ。例えば、当社が支援したプロジェクトでは、データガバナンス&マネジメントを推進するリーダーとして銀行のシステムに詳しいIT部門の出身者を任命し、不足するビジネス知見・規制要件知見を組織として補った事例がある。具体的には、経営層に対して、データガバナンス&マネジメントの重要性を説明し、リーダーに対して必要なリソースの確保を促すとともに、現場の担当者に対しても業務知見の共有や、規制要件の解釈・具体的な対応方法に関するワークショップや個別指導を実施した。結果、リーダーは不足する知見・経験を補いつつ、データガバナンス&マネジメントの高度化を推し進めることができ、その過程でデータマネジメント組織は不足する知見を段階的に習得することに成功した。

解決アプローチ2:データマネジメント組織の体制・役割定義

データマネジメント組織の設置にあたっては各金融機関の特性を踏まえた組織の位置づけの定義から始めるのがよい。例えば、データマネジメント組織の位置づけの選択肢として、既存の部門内に設置、独立した部門として設置の2パターンに対してPros/Consを比較するといった手法だ。
比較的小規模で既にデータマネジメントの一部を既存の部門(例:IT部門・ビジネス部門)が担っている場合は前者が適するだろう。組織規模が大きくトップダウン・スピーディにデータマネジメント施策を推進する必要がある場合は独立したデータマネジメント組織に十分な権限を持たせる後者がよく機能するだろう。このような比較を行ったうえで組織の位置づけ・役割を定義することができれば、各行のデータマネジメント課題へのアプローチに適し、かつ、現場の納得感も得やすい組織設計がしやすくなる。

解決アプローチ3:効果的なEUC管理の導入

EUCの品質を管理するためには、多くの工数を要すが、工夫次第で効率化は可能だ。例えば、ローコード/ノーコード・RPAプラットフォーム上でEUCを開発・メンテナンスすれば、一時的な作り変えの負荷は発生するものの、中長期的には開発工数を削減できるだけでなく、EUC一覧の把握や、仕様の透明化、データ品質担保にも寄与する。実際に、当社の事例ではローコード/ノーコードプラットフォームを活用し、金融機関におけるEUCを複数廃止し、データ品質向上および継続した保守の効率化を実現した。他にも生成AIによるコーディングを活用すれば、EUC管理を更に効率化できる余地もある。例えば、現行のEUCを生成AIに読み込ませることで設計書の作成やテストケース・データの生成を自動化/効率化することができれば、EUCを活用する業務におけるデータ入力・処理・出力が容易に可視化できるようになり、EUCにおけるデータ品質担保やEUC廃止の検討もより推進しやすくなる。

3. おわりに

アビームコンサルティングでは、データガバナンス・マネジメントのTo-Be像を示すのみならず、その実現に向けた伴走支援の実績・知見がある。MASの規制に限らず、データガバナンス・マネジメント高度化の実現における課題解決が必要な際にはお声がけをいただきたい。


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