日本のスポーツはビジネス化したのか?今考えるべき今後の方向性 第4回 これからのコンテンツホルダーが「自ら売って稼ぐ」ための仕組み

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2024.05.09
  • スポーツ&エンターテインメント
  • マーケティング/セールス/顧客サービス

本シリーズの第1回では、今後、コンテンツホルダーには「自ら“売る”ためのDtoC(Direct to Consumer)への転換」が必要と述べた。コンテンツホルダーの価値の源泉は間違いなくコンテンツであり、コンテンツをファンやスポンサー、メディアに価値あるものとして売り込む必要がある。そのためには放映権や肖像権などの権利に関する知識や、最新テクノロジーを活用した販売の仕組みを知る必要がある。外部の専門家に任せるだけでは自ら稼げる組織にはなりえず、中間マージンによって売上も目減りすることになる。
シリーズ最後となる今回は、コンテンツホルダーが考えるべき「稼ぐ仕組み」について我々の提言を紹介する。

「勝利」以外の魅力を創る

コンテンツホルダーがお金を稼ぐ方法は、他の業界と同様、「資金を投資して新たな魅力(商品・サービス)を創り出し、それを売る」というシンプルな話である。(図1)

図1 クラブの経営サイクル 図1 クラブの経営サイクル

現状、多くのコンテンツホルダーは「魅力」の部分で、強さという魅力を追求しがちである。勝利は最も重要なことであり、強くなるための投資は惜しまない。優勝すれば多くのファンが生まれ、スポンサー営業もしやすくなる、だから稼げるようになるという考えである。しかし、リーグであれば、優勝するのは1チームしかない。

これはある意味ギャンブルともいえる。大多数のチームが優勝を目指すが、1チーム以外は優勝できない。そして翌シーズンにはまた同じ賭けに挑戦する。勝利に賭けるだけでは大幅な成長は難しいだろう。

この状況から脱するためには、強さ以外の魅力(収入源)を創るべきというのが我々の考えである。選手そのものの価値、クラブのブランド、ホスピタリティー、試合以外のエンタメコンテンツ、地域や地元企業とのネットワーク、コミュニティなど、ファンやスポンサー企業から見て魅力となるものは多くある。

こうした魅力を磨く、あるいは新たな魅力を創るために投資することが重要となる。例えば、Tリーグ(卓球リーグ)に所属する琉球アスティーダは、沖縄県内で複数のバルを直営とフランチャイズで経営している。沖縄県唯一のプロ卓球クラブというブランドを活用し、「スポーツ×健康×飲食店」というコンセプトで飲食業に進出している。

このような「スポーツ×〇〇」という組み合わせは、新たな収入源として大きな可能性を秘めている。英国プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドは金融会社を設立し、マンチェスター・ユナイテッドとコラボした金融商品をファンに販売し、収益の安定化を図っているのは有名な話である。

このようにスポーツの興行で稼ぐことだけではなく、保有するアセットを活用して飲食業、金融業、不動産業など他業種に参入することが、これからのスポーツビジネスの発展の道筋となり、ブランド価値をさらに高め、ファン層を厚くすることにも繋がっていくだろう。

“自ら売って稼ぐ”

一方、現状のコンテンツホルダーの売上は、放映権、チケット、グッズ、スポンサー収入から成り立っているが、ほぼすべての項目において、外部事業者が介在しており、コンテンツホルダーが自ら仕組みを構築して販売しているケースはほとんどない。

そのため、外部事業者に手数料を支払うことで利益が縮小しているのが実態である。もちろん自前では対応できない知識やテクノロジーが必要な場合は外部事業者に依頼する必要があるが、近年のテクノロジーの発展などを踏まえると、これまで外部事業者に依頼していたことを、コンテンツホルダー自身で対応できないか検証することには意味がある。

例えば、放映権については、代理店はメディアとの交渉ノウハウを保有しているため、コンテンツホルダー側に知見がなければ依頼するしかない。野球、サッカー、バスケットボールといったメジャースポーツは配信するメディアの数も増えるため、自ら交渉することも難しいと想定される。

一方、マイナースポーツでは、新興OTT(インターネット放送など)が交渉相手であり、プレイヤーの数も少ないため、自ら交渉することも可能である。近年普及し始めているAIカメラや映像配信機器(PixellotやDejeroなど)を調達し、自社で配信することもできる。そのためには放映権についての知識や国内事例を把握し、価格の相場観を掴む必要がある。

また、グッズ販売については、近年、Shopifyなどの安価なECテンプレートが普及している。こうしたECテンプレートを使えば、自らECサイトを容易に構築することもできる。
こうしたテクノロジーについても、最新の知識や事例を把握しておき、普及するタイミングで乗り遅れないように準備すべきである。

さらに、近年は“パルス消費”として、ライブコマースの発展も見られる。まだまだ日本では普及しているとはいえないが、東南アジアではライブコマースで商品を購入するケースは非常に増加している。瞬間的に買いたくなる衝動(パルス)を呼び起こし、購入に至ることであるが、この考え方はスポーツコンテンツに非常にマッチしていると考えている。なお、このような考えに基づき、我々は「Sports Fun Portal」というライブオークションプラットフォームを構築し、琉球アスティーダと共同運用している。

例えば、サッカーの試合終了後に、ロッカールームのライブ映像とともに、選手が着ているユニフォームをその場で出品することができれば、その選手のファンはパルスを感じて購入する可能性は高い。こうした仕組みもそれほど難しくなく構築できる。実際に我々は既にいくつかのスポーツクラブでライブコマースを構築・実施しているが、想像以上の手応えを感じている。今後、ファンやサポーター向けの商品については、“パルス消費”を喚起する仕組みの構築がカギになると思われる。

また、「自ら売って稼ぐ」ためには、法的な知識は欠かせない。スポーツビジネスは、「権利ビジネス」と言われる。権利に関する法律を知らなければ、自らが権利を侵害する可能性や侵害される可能性もある。また、「こんな商品をつくってみたい」と考えたときに、それが法的に問題ないのかという感覚を持つことは、スピードにも影響する。最終的に法律に関する事項は弁護士に相談することになるが、知識を持っていればあらかじめ論点を押さえることができ、より良い商品やサービスを創るための意見交換を弁護士ともできる(図2)。

なお、スポーツビジネスにおける各種権利と根拠法令については、西村あさひ法律事務所スポーツプラクティスグループ「DX時代のスポーツビジネス・ロー入門」(中央経済社)に非常に分かりやすく纏まっている。

図2 自ら“売る”ためのコンテンツ別ポイント

コンテンツ ポイント 必要な知識 必要なテクノロジー
映像 メジャースポーツは需要が多く交渉先も多いため自ら対応することは難しいが、マイナースポーツであれば新興 OTT との交渉や配信システム構築を自ら行うことも可能 放映権
著作権
映像配信システム(AIカメラなど)
選手の肖像 写真、シャツ、グッズ、CM などへの展開。米国ではNFT(非代替性トークン)として選手のレア動画などが販売されており日本でも展開の動きあり パブリシティ権
肖像権
著作権
通信販売システム(Shopify、Base などのEC)
ブロックチェーン(NFT の場合)
クラブロゴ 拠点となる地元企業がコラボグッズなどでロゴを使ってもらうための分かりやすいプロセスの構築(地元企業は使いたくても権利と聞くだけで敬遠) 商標権 通信販売システム
個人スポンサー権利 FT(代替性トークン)を活用した新たな資金調達やクラウドファンディングの活用。法規制対応の難易度が高いため外部事業者の活用が現実的 景品表示法
商法
ブロックチェーン(FTの場合)
クラウドファンディングシステム
企業スポンサー権利 看板やユニフォームへの企業ロゴ掲出やチケット拠出など定型の権利以外、企業の課題に合わせてカスタマイズされた権利の開発 提供する権利によって様々

コンテンツホルダーと企業の連携による顧客視点の実現

「自ら売って稼ぐ」の実現を語る上で、テクノロジーを外すことはできない。ご存じの通り、テクノロジーは急速に発展しており、特にスポーツは新しい物事への感度が高い消費者(=ファン)が多いことから、新しいテクノロジーを活用するショーケースの役割にもなるため、最新テクノロジーを導入した取り組みが数多く行われている。しかしながら、その中でビジネスとして成功しているものは、まだまだ少ない。

AR/VR、AI、IoT、ブロックチェーン、メタバースなど、いずれもスポーツ界では他業界に先んじて導入されるケースが多い。これはこの業界特有の価値といえる。

ただし、一方で、コンテンツホルダーが留意すべきことは、こうした新しいテクノロジーを使えばすぐに稼げるわけではないということである。重要なことは、そのテクノロジーを使うことで、どのように顧客体験が変化し、新しい価値をもたらすことができるのかを明確にすることであり、この点についてはテクノロジーを提供する企業ではなく、顧客を理解しているコンテンツホルダーの方が考えるべきことである。

したがって、今後のスポーツビジネスの発展においては、コンテンツホルダーと企業が緊密に連携して、顧客視点に立った商品・サービス開発を行うことが必要不可欠だろう。

2023年7月18日には、スポーツDXの推進を目的とした、「一般財団法人スポーツエコシステム推進協議会」が発足され、スポーツビジネスの発展に向けて多くの民間企業が参画できる仕組みも構築された。我々も幹事企業として参画しているが、数多くのスポーツに関連する企業が参画し、これからの日本のスポーツをどのように稼げるように変革していくかを議論している。

多くの企業がスポーツビジネスへのポテンシャルを感じ、その発展に取り組もうとしている。コンテンツホルダーには、顧客視点を持って自ら売って稼ぐ仕組みづくりのために、このような動きをタイムリーに捉え、積極的に企業側に対して連携・協力を打診していただきたい。

  • 本インサイトは2022年04月13日にHALF TIMEマガジンへ寄稿したものを一部改訂・追記したものです。

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