デザイン思考と事業開発②:観察するとはどういうことか

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2022.04.18
デザイン思考と事業開発②:観察するとはどういうことか

デザイン思考のフレームは理解したものの・・・感性が大事なのはわかったものの・・・

前回のコラム「デザイン思考と事業開発①:パーパスドリブン事業開発」にて、デザイン思考という言葉自体やそのフレームワークは浸透しているものの、本質的な意味については腹落ちしている人は少なく、そしてフレームをなぞるだけでは何も生まれないことをお伝えしました。一方で、デザイン思考を活用し、事業に「意味をつくること」の重要性を述べました。そして、意味をみつけるには、世の中における『違和感』をみつけることから始まること、この違和感をみつけるのに観察が大事という点も述べました。
今回のコラムでは、この観察について、デザイン思考のそもそもの出自に立ち戻り、アーティストたちがどのように観察、着想しているのかの例を挙げつつ、事業開発の局面では、どのように観察を行い、意味をつくっていけば良いのかについて考察します。特に、「直感や感性が大事なのは分かったけれど、具体的にはどうすれば良いの?」という悩みを持つ方々に少しでもヒントになれば幸いです。  

Don’t think, feel! = 思考の正体は五感?

“Don’t think , feel!”
映画『燃えよドラゴン』でのブルース・リー氏さんの名言として、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。「細かいことは考えずに直感で勝負!」という意味に捉えて、思考を止めるための言い訳に使ってしまっている方もいるようですが、実はこのセリフには続きがあります。
このセリフの後段は、“It is like a finger pointing away to the moon. Don’t concentrate on the finger, or you will miss all that heavenly glory.” (訳:それは月を指差すようなものだ。指先ばかり見ていては栄光は掴めない)。このことから、前段の “Don’t think , feel!” は、むしろ、「自分がどんな技を出すのか考えるのではなく、相手がどう出るかを感じることに集中せよ」と言っているのだと推測できます。
すなわち、相手を観察し、五感で感じること、これがすべてを変えていく大事な一歩目であるということを伝えているのではないでしょうか。

また、勝間和代さんは、自身が運営する『勝間和代が徹底的にマニアックな話をするYouTube』の中で、このように語っています。「思考の正体は五感である」と。

「普段私たちは、考えることと感じることというのを別々に考えていると思うんですけれども、実は感じていることのほんの一部が考えていることになると思えば分かりやすいと思います」「人工知能と人間は逆向きに考えているんです」「人工知能はロジックがあってロジックから分解して思考している」「それに対し、私たち人間は、ロジックは後付けであって、普段の空気感とか、身振り手振りとか、感情とかと組み合わせてボトムアップで理解している」「ソムリエの仕事も、舌で感じたことを、皆さんの感じたことのある音楽や風景で組み替えて、言葉で説明しているんです」「“重要”の重は、重いじゃないですか。つまり、重いたいものは重要、要なんです。」
(引用:勝間和代『勝間和代が徹底的にマニアックな話をするYouTube』 「思考の正体は五感です。人工知能に対抗するためには五感を鍛え、大事にしましょう。」https://www.youtube.com/watch?v=P1W-prslJEE

何かを観察しようとした際、文字になった言葉から得られるものは、五感から得られるものの中のほんの一部であり、われわれ人間は五感から得られる膨大な情報から思考を開始している、ということです。言葉だけでなく、ビジュアル、さらには、聴覚(オーディトリー)、体感覚(キネティック)などの五感を活用し、膨大な世界の情報を認識し、観察をする感覚を研ぎ澄ませること、これが、デザイン思考が大事にしていることなのです。すなわち、五感をフル活用して観察を行い、多くの『違和感』のストックを溜めていくこと、これが事業のデザインに役立っていくのです。

絵を描く = 観察する?

『ブルーピリオド』という山口つばささんの漫画をご存じでしょうか?絵を描くことの楽しさに目覚めた主人公が東京藝術大学を目指し、美術を学んでいく姿を描いた人気作品です。この中で、主人公の八虎が、絵を描き続けたいと母親に話をする名シーンがあります。

絵ってさ(中略)、世の中には面白いモノや考えがたくさんあるって気づけるんだよ。「見る」以上に「知れて」、「描く」以上に「わかる」んだよ。
(八虎の描いた料理をする母親のうしろ姿の絵を指しながら)描いているうちに気付いたんだよ。熱いお湯で食器を洗うから母さんの手はささくれているとか。買い物の荷物は重いから意外と筋肉がついているとか。・・・そうやって描いているとだんだんと思いだして来るんだよ。食事はいつも肉と魚が1日おきだよなあとか。一番盛り付けが悪いおかずはいつも母さんが食べてるよなあとか。この人本当に家族のことしか考えてないんだって。
(引用:『ブルーピリオド』山口つばさ)

この『ブルーピリオド』の話でも、絵を描くというのは五感で相手を観察することから始まるのだ、ということを伝えているのではないでしょうか。そして、「母親」という文字にするとたった二つの記号でアイコン化されるものを、絵を描く際は、もっともっと丁寧に、そして視覚や記憶を組み合わせて観察をしているということがわかります。五感をしっかり使って、そして目の前には見えない過去や背景までを丁寧に観察することで、「意味」であり「テーマ」を発見していっているのです。
事業開発においても、文字で情報を集めるだけでなく、例えば、顧客について、直接、視覚・聴覚・触覚などを用いて観察を行うこと、顧客の文脈や背景、目指しているもの、日常などなど、目に見えないものとも組み合わせて考えることがとても大事なのです。これまで、数多くの事業開発のトレーニングプログラムを実施してきた中では、事業開発経験が浅い方ほど、この直接観察する回数や、顧客の背景に想いを馳せる量が少ないということが多いように感じます。

観察⇒違和感⇒疑問⇒仮説⇒新たな観察⇒新たな違和感

近所の公園に行くだけでも五感からいろいろな刺激が伝わってきます。
例えば、鳥のフンが落ちていることがあります。白いです。
「白い?」違和感です。通常、哺乳類のフンは茶色や黒っぽいのに、鳥は白い。なんでそんな違いがでるのだろうか?食べ物が違う?こんな仮説をもって、もう一度、鳥のフンを観察してみると、実は白いフンの中に黒っぽいものが観察されます。「あれ、フンは黒っぽいものであって、白いのはもしかしてフンではない?」「そうすると、この白いものは何?」
このように、五感で観察をしていると、何かしらの違和感が出て、疑問点が生まれ、仮説が生まれてきます。そうした仮説をもって観察をすると、また新たな違和感を発見し、新たな疑問や仮説が生まれてきます。観察慣れしている人は、例えば、深い海をどんどん潜るように、五感から得られた膨大な刺激をもとに、思考が深く潜行していきます。このように思考を深め、それをアイディアのかけらとしてため込んでおくと、別のアイディアのかけらと組み合わされ、新しいアイディアが生まれていくのです。
前回のコラム「デザイン思考と事業開発①:パーパスドリブン事業開発」では、Amazonのビジネスの設計図を、ジェフ・ベソス氏が紙ナプキンに描いた話を紹介しました。紙ナプキンには、「顧客の新しい体験⇒新たなトラフィック⇒供給者の増加⇒新たな品揃え⇒顧客の新しい体験」という成長ループが描かれてあったと言います。その着想の素になったことがどのような観察からもたらされたのかは公開されていませんが、例えば、もしかしたら、ベソス氏が自身の新たな体験したときのドキドキ感を覚えていたり、何かの資料の中で、ネットの世界は1次関数でなく、指数関数の世界だという図表を見ていたりしていて、これらが組み合わさって成長ループ図として頭に浮かんだのかもしれません。五感を活用して膨大な情報を観察し、違和感を見つけ、疑問や仮説をたて、これをまた新しい仮説と組み合わせていく、これらの積み重ねが新たな事業アイディア、事業の意味、事業の設計図への展開へと繋がっていくのではないでしょうか。

今回は、デザイン思考を文字だけでも出来るだけ理解しやすいように、身近な例とともに紹介しました。これらの物語をヒントに、みなさんが五感で感じて、それが新たな思考に繋がってくれたのだとしたら幸いです。

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