東南アジアの金融機関における生成AIの活用状況と導入のポイント

インサイト
2024.09.27
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生成AIは新しいデータやコンテンツを生成する人工知能技術の一つである。人のように文章を理解、生成できることから、業務効率化を目的として、世界中の各企業で利活用が推進されている。
近年、人件費の高騰が続く東南アジアにおいて、業務効率化による人件費の削減は重要なテーマである。その中でも銀行・保険などの金融業界は、審査、契約、調査業務など、従来機械による代替が困難であった業務が多く存在しており、生成AIによる業務効率化がより期待できる領域といえる。
実際にシンガポールの大手銀行では、文章作成、リサーチ、アイデア出しなどの基本的な業務への活用に加えて、社内資料検索やコンタクトセンター音声のテキスト化並びに会話内容の分析など、多様な業務で生成AIが活用されている。
本インサイトでは、東南アジアの金融業界での生成AIの利活用を検討している方を対象に、実際にクライアントと議論する中で見えてきた生成AIの活用事例や、利活用を進めるうえでのポイント、並びにアビームコンサルティングが提供する生成AIソリューションを紹介する。

  • Atsuyuki Mori

    Director Head of Insurance sector in Southeast Asia
  • Eiji Matsumoto

    Senior Manager
  • Kentaro Yagi

    Senior Consultant

1.東南アジアの金融業界における生成AIの活用事例

各金融機関における生成AIの利活用状況は様々である。多くの場合、その活用範囲は文章生成、アイデア出しなどの汎用的なユースケースに留まっており、深い専門性を必要とする業務には生成AIを活用しきれてない金融機関が多い。こうした業務は、これまで自動化が不可能と考えられていた領域であるため、人が担当している工程が多いほか、育成や採用にもコストがかかるため、非常に大きな効率化が期待できる。
図1に東南アジアを拠点とする各金融機関(銀行・保険)と議論する中で見えてきた生成AIの活用事例を示す。
銀行での活用事例の一つとしてAML業務の効率化が挙げられる。例えばKYC(本人確認)における新規顧客調査業務や、疑わしい取引に対する不正判定業務がこれに該当する。これらの業務では、Web情報、金融監督当局などのガイドライン、過去の調査レポートなど、大量の情報を収集し、意思決定を行う必要があるが、生成AIを用いることで、これらのプロセスを効率化できる可能性がある。
保険業界では、従来の自動化ソリューションや技術では実現が難しかった、高度な意思決定が求められる業務への生成AIの活用ニーズが多い。例えば、自動車事故が発生した際の損害査定の自動化や、アンダーライティング業務の高度化・自動化がこれに該当する。加えて、約款作成やリスク評価業務時のレポート作成など、業務知見や専門的な知識を要するドキュメントの作成・校正の効率化、意思決定の補助となる領域には依然として需要が大きい。

図1 東南アジアの金融機関における生成AIの活用事例

2.東南アジアの金融機関における生成AI導入のポイント

生成AIを用いてビジネスプロセスを改善するためには、単にシステムそのものを導入するのではなく、対象業務を深堀し、解決したい課題や、期待する効果を定義したうえで取り組みを始めることが重要である(図2)。
加えて、業務独自の情報を生成AIに与えるためのデータカスタマイズや、ユーザ教育やガバナンス策定などシステム利用者に対するアプローチ、ROI評価や利用状況のモニタリングなど導入後の効果測定も非常に重要となる。

図2 生成AI導入時のポイント

以下に金融業界、東南アジアという観点で特に注意すべきポイントを4点示す。

(1) セキュリティ
金融業界は顧客の財務情報など機密性の高いデータを扱っており、セキュリティやデータ保護には十分注意する必要がある。入力したデータが外部に漏洩しないよう、強固なセキュリティを構築することに加え、業務ごとに入力してよい情報を制限するなど利用者に向けたルールやガバナンスの整備も重要となる。弊社では複数のクラウドサービスにおけるセキュアな環境構築の実績があり、ルール・ガバナンス策定の支援も行っている。

(2)ハルシネーション対応
生成AI利用時のリスクとしてハルシネーションと呼ばれる、AIが誤った情報を生成してしまう現象が挙げられる。厳密性や正確性が求められる業務では、このリスクへの対応は必要不可欠となる。生成AIの出力結果を人が確認するプロセスを設ける、RAGと呼ばれる外部データを参照させる技術を用いるなど、人が誤りに気づける仕組みや、そもそもAIが誤った回答を生成しづらくなるような仕組みが必要である。例えば保険会社のCS業務の効率化支援ではAIが生成したメール文章を人がレビューを行うプロセスを設けている(3(2) Abeam LLM Partner導入事例参照)。

(3)ローカル規制対応
各国の法規制やガイドラインによって、提供できるソリューションに制約が生じることがある。例えばインドネシアでは個人情報を国外に保存することが禁じられており、利用できるAIモデルに制限が生じた事例がある。アビームコンサルティングではGPTのようなファーストオプションとなる生成AIモデルに加えて、OSSモデルの調査も進めており、業務要件にあったモデルの選択が可能である。

(4)多言語対応
東南アジアでは複数言語への対応がシステム要件となることが多く、各言語で回答の妥当性や精度を評価する必要がある。生成AIシステムの開発では、回答の精度を評価し精度改善するプロセスが必須であり、できる限り各言語のネイティブ話者を巻き込み、正しく回答の妥当性を評価することが重要である。
また、複数言語のドキュメントが存在する場合、ナレッジベースの構築をどの言語で行うか検討が必要である。入出力時点で主言語に統一して出力する方法や、ナレッジベース自体を言語ごとに用意するといった方法が考えられるが、業務要件やデータの特徴に合わせて最適な手法を選択する必要がある。
加えて、対象言語によっては、そもそも生成AIモデルが対象言語に対応していない場合もあり、特定言語に特化した生成AIモデルが必要になることもある。

※ ナレッジベース : 生成AIが企業独自の情報をもとに回答を生成できるよう、参照情報をまとめたデータベースのこと

ここまで述べたように、生成AIはこれまで機械での代替は難しいと考えられていた、多様な業務に対して適用できる可能性がある。その一方で、導入にあたっては、業務知見、生成AI、インフラなど多様な専門性が必要であり、単純に既存のサービスを導入するだけでは、効率化に繋がらないケースも多い。アビームコンサルティングは金融業界に対する深い業務知見と、生成AIやクラウドに関する技術力を組み合わせ、生成AIによる業務課題解決を推進している。

3. アビームコンサルティングの生成AI導入サービス

アビームコンサルティングでは各クライアントが抱える課題や、生成AI利活用の状況に合わせた様々なソリューションを提供している。以下に一部ソリューションを紹介する。

(1) 業務価値/ 顧客体験の創出支援プログラム
アビームコンサルティングでは、新しい業務価値/顧客体験の創出支援プログラムと題して、生成AIに関する勉強会や、ユースケース創出のためのワークショップを提供している(図3)。
「生成AIを業務に活用したいが、既存の業務にどう活用できるかイメージが沸かない」という課題を持ったクライアントは非常に多い。生成AIを効果的に業務活用するためには、生成AIのケイパビリティに対する知見と、既存業務に対するナレッジを組み合わせることで、最大限生成AIを利活用できるユースケースを特定していく必要がある。
本ソリューションでは、生成AIに関するトレンド、能力、リスクについて講義を提供した後、デザインシンキングに基づいたワークショップを実施することで、ユースケースアイデアの創出を行う。その後、生まれたアイデアに対してプロトタイプアプリの構築を行い、生まれたアイデアの評価を行う。本取り組みによって、「とりあえず生成AIを導入する」のではなく、課題解決に直結するソリューションの提供を実現する。
また生成AIの導入効果を最大化するためには、システム環境やデータマネジメントも重要な観点となる。本ワークショップで生まれたアイデアに対して、クライアントが保持するシステムやデータに対する課題を整理し、AI利活用を目指したIT戦略ロードマップの策定も、本プログラムの後続の取り組みとして提供している。

図3 業務価値/ 顧客体験の創出支援プログラムの実施イメージ

(2) ABeam LLM Partner
生成AI利用時の課題として、学習データに基づいた一般的な回答しかできないということが挙げられる。ABeam LLM Partnerは本課題に対して、クライアント独自の文書やデータに基づいて回答を行う生成AIソリューションを提供する(図4)。これにより、業務知見が必要となるような、専門性が高い業務への生成AI利活用を可能となる。

図4 ABeam LLM Partnerのイメージ

例えば、過去の社内レポートを一か所に集約し、生成AIにナレッジとして参照させることで、生成AIが過去の資料に基づいてレポートを作成する、レビューする、ユーザの質問に対して回答を行うといったことが可能となる。これにより工数削減や、品質向上、属人化の解消を図ることができる。
ABeam LLM Partner導入に当たっては、まずPoCを実施し導入効果の見積もりを行うことを推奨している。最短1.5か月でのPoCが可能であり、構築したトライアルアプリの業務利用を通じて、定性的、定量的に導入効果を評価することが可能である(図5)。

図5 ABeam LLM Partnerの導入スケジュール例


■ABeam LLM Partner導入事例
保険会社:メール生成によるCS(カスタマーサポート)業務の効率化支援

【概要】

東南アジアの保険会社に対して、生成AIを用いたCS(カスタマーサポート)業務の効率化ソリューションを提供した事例を紹介する(図6)。契約情報や商品情報など顧客独自の情報をもとに回答を生成するシステムを構築し、これまでのAI技術やChat GPTなどでは解決できない、より複雑な問い合わせ応答業務の効率化を実現した。

図6 生成AIアプリケーションのイメージ

【取り組みのポイント・想定効果】
本取り組みでは、生成AIをCS部門のアシスタントという位置づけで活用している。現在の生成AIの技術では100%正しい回答をすることは難しいため、メールの生成から送信までを自動化するのではなく、CS部門のスタッフがAIの回答を確認し、修正するプロセスを設けている。

加えて、生成AIが作成した回答の妥当性が判断できるよう、メール生成に当たって、生成AIがどのドキュメントの、どの文章を参考にしたか併せて提示する仕組みを採用している。こうした工夫により、誤った回答を生成しうるという制約を考慮したうえで、回答の品質を損なうことなく、最大限業務効率化が図れる仕組みを実現した。
また、生成した回答に対してユーザがフィードバックできる機能も実装している(図7)。生成AIソリューションは試行錯誤の中で精度を改善していく必要があり、フィードバック収集から、回答精度のモニタリング、精度改善まで一貫した支援を行っている。
本プロジェクトでは複数回の精度向上の取り組みを経て、最終的に約8割のメールにおいてお客様への返信文作成作業を効率化することができた。

図7 フィードバック画面

アビームコンサルティングは、日本・アジアにおける生成AI導入支援実績を踏まえ、金融業界の各種業務に対して、生成AIを適用すべき業務の特定から、その実行まで、一貫した支援を行っている。ご興味のある企業担当者の方はディスカッションや意見交換の実施など、問い合わせいただきたい。

参考文:SEA-LION - AI Singapore


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