医療・ドラッグ業界を激変するオンライン医療改革と
推進すべき DX・ラストワンマイル戦略とは

【連載 第1回】オンライン医療改革に伴う
医療・ドラッグ市場の変化
(DRUG magazine)

2022年10月7日

 近年のDXの潮流・事業環境の変化を受け、医療・ドラッグ業界でもデジタル化の取り組みを進めている。さらに政府による規制緩和が後押しとなり、オンラインを始めとした新たな医療形態への対応の必要性が急速に高まっている。
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により露呈した日本の医療体制の脆弱性。無限と思われた医療資源は枯渇し、必要な人に必要なタイミングで適切な治療や薬が届けられない事態が多発した。
 特に医療機関では経営環境の悪化に加え、デジタル化の遅れも顕在化。さらにはそこで働く人々の過重労働や人材不足の課題も深刻度を増している。
 また、調剤薬局やドラッグストアでは、人々の外出控え等の影響で店舗での販売機会が減少した。経営環境は厳しさを増す一方、多様化する販売チャネルへの対応や地域包括医療ケアといった新たな役割への貢献も求められている。さらには異業種等の参入により差別化要素を見いだすための新たな戦略立案も必須となっている。
 特に患者との強い接点を持つ医療・ドラッグ業界では、まさに生き残りをかけた変革が必要になる。本稿では今後起こりうる変化を見極めながら、オンライン医療改革に伴って、医療・ドラッグ業界が対応すべき課題とDX(デジタルトランスフォーメーション)実現の重要成功要因、更にはポイントとなる「ラストワンマイル戦略」について3回にわたって解説する。

 

急速な拡大が予想される オンライン診療・服薬指導

 昨今、医療・ドラッグ業界は大きな変化点にある。
 日本では、2020年4月にCOVID-19影響下でオンライン診療による初診を解禁する規制緩和(以下 0410対応)が行われ、「電話再診」「遠隔健康医療相談」「オンライン受診勧奨」「オンライン診療」の特例措置が開始された(図表①)。これはCOVID-19が収束するまでの時限的な法令である。
 21年6月には、厚生労働省(厚労省)推進の規制改革実施計画で、オンライン診療および服薬指導の特例措置の恒久化という方針が閣議決定し、21年中に0410対応を恒久化する指針をまとめ、22年内に実施することが決定した(厚労省「令和4年度調剤報酬改定の概要」22年3月)。
 23年には、紙で運用していた処方箋を電子的に管理する「電子処方箋」の運用が開始され、事実上のオンライン診療・オンライン服薬指導が全面解禁となる予定である(厚労省「電子処方箋について」2022年1月)。
 また、22年4月施行のオンライン診療報酬と調剤報酬改定も影響するとみられる。
 図表②が示すとおり、対面式とオンライン式の報酬点差は診療・調剤共に縮小していることから、従来の対面式からオンライン式を推奨する医療現場・薬局も増えていくことが考えられる。
 リフィル処方箋*1の規制緩和も変化点である。
 慢性系疾患などの急を要さない治療では、オンライン調剤の機会が増えることが予想され、ドラッグストアはリフィル処方箋対応を事業機会と捉えて、積極的に推進していくことが考えられる。
 これらの政策の後押しにより、 国内のオンライン診療・服薬指導市場は、今後急速に拡大していくことが想定される。

図表① オンライン医療改革の流れ

図表① オンライン医療改革の流れ

 

図表② 法令の図解(薬機法、診療点数、調剤点数)

図表② 法令の図解(薬機法、診療点数、調剤点数)

 

デジタルとリアルの融合で新たな顧客提供価値が生まれる

 この改革の流れは、業界全体のバリューチェーン(図表③)においても大きな変化をもたらす。
 以下、バリューチェーンの各工程で予測される変化について解説する。

① 製薬 

 まず最上流の「製薬」では、リアルワールドデータ*2の利活用促進が期待される。
 現状、さまざまな課題に直面する医薬品メーカー。いまだ治療法が確立されない疾患に対する創薬ニーズが日々世界中から届く中、研究開発費は増額し続けながらも開発成功率は年々低下している。
 また、メガ・ファーマの存在感はより強まり、グローバル競争も激しくなる一方で、国内市場は医療費高騰を背景とした薬価引き下げ政策等の影響により縮小傾向が続いている。
 今回の変化は、これらの課題解消の機会となることが予測される。
 具体的には、現場活用が主であった治療や服薬指導に関する患者データの収集と共有がより進化されるだろう。また未病段階や予後のデータ取得の期待も高まる。
 そして、患者との直接接点を持つことが難しかった医薬品メーカーでも、これらの活用機会が増えることで、新薬開発時の治験効率化や承認プロセスの早期化など、多くの効果が期待される。
 結果、将来的にはより多くの革新的な新薬開発、そのスピードの加速へとつながると考えている。

② 運搬

 「運搬」では、医薬品の在庫最適配置に向けた動きが活発化すると予測している。
 医療機関への医薬品配送を担う医薬卸や物流業者は、各種規制や業界固有の商習慣への対応に加え、相次ぐ自主回収による業務負担も重荷となっており、多くの企業は利益率の低下に苦しんでいる。
 一方、流通時の品質保証を強化していくことが期待されている。各医薬品特性に応じた温度・湿度等の状態管理、偽薬混入防止やトレーサビリティの確保がその例である。
 加えて、安定供給への貢献も重要かつ緊急性の高い課題である。一部メーカーの不正製造に始まった後発医薬品の供給不足において、在庫切れにより必要な薬が提供できない状態を解消すべく、代替品手配や必要在庫量の確保、廃棄ロス防止等への対策も必要になる。
 そして、この点でも規制緩和による変化が期待される。
 これまで事前に把握することが難しかった治療や、処方に伴う医薬品の提供実績や需給予測情報をタイムリーに把握することができれば、その情報を基に各地域における在庫状況の可視化と適正配置、さらには予測に基づく所要量確保といった安定供給に向けた取り組みも強化できると考えている。

③ 診療

 「診療」は、現状では多くの課題を抱えている。
 コロナ禍で顕在化した医療資源の枯渇の問題は、必要な時に必要な治療を受けることができる、従来の医療提供の在り方を過去のものとした。
 「患者の搬送先が決まらない」「入院が必要な患者も病床不足により自宅待機を余儀なくされる」「治療に必要な医療機器の確保も十分にできない」事態が多発した。また地域間の医療格差も広がっている。
 居住地により受診可能な医療サービス、治療機会の提供にも差が生じている。
 加えて、各医療機関では診療控えによる収入減、感染防止のための設備投資コスト増などが重なり経営状態は悪化している。
 また、医療従事者は、従来の人材不足や長時間労働の問題に加え、COVID-19の患者数に比例して増加する業務量や感染リスクへの対処に追われ、厳しい状態が続いている。
 そして、今回の規制緩和によって、まず期待される変化は、オンライン診療の拡大による「リアル・デジタルを組み合わせた新たな医療提供方式の確立」である。デジタル化に伴い、現状オペレーションの改善機会も生まれるだろう。
 さらには地域内の病院や診療所、薬局間の連携もオンライン化を機に、より一層シームレスな情報共有が推進されることも予測される。そして何より、「場所や時間の制約を受けずに多くの患者へ必要な医療を届けること」が実現できる。

④ 提供

 医薬品の「提供」は、規制緩和を機に最も大きな変化が見込まれる領域と捉えている。
 具体的には、異業種参入や業界再編、特定の地域に集中的に店舗を出店するドミナント戦略の加速により、店舗間の競争は一層激化している。
 また、人々の外出控えやインバウンド需要消滅等の影響によって、対面での販売機会も減少している。
 一方、ドラッグ業界の求められる役割はより大きくなっている。人々の健康意識の高まりを背景としたセルフメディケーション需要への対応、患者個々人の薬歴管理・服薬指導の強化、さらには地域内での病院間、病院・薬局間の連携強化による包括的サポートへの貢献である。
 だからこそ、この変化を機会と捉えた次なる動きが期待されている。
 例えば、診療から処方、服薬指導と薬の受け取りまでを一気通貫で、必要な時に必要な薬を確実に受け取れる。未病段階ではオンライン・店舗双方の薬剤師のサポートによって、自身の健康維持を目的とした商品提供やアドバイスを受けられる。
 不調の際は、医療機関受診の推奨に加えて、OTC を含む医薬品の処方も選択肢とされ、自身の体調や薬歴にあった適切な薬を自宅で受け取ることが可能になる取り組みである。

 このように、今後オンライン診療や服薬指導が一層普及することで、デジタルとリアルの融合による新たな顧客提供価値が生まれてくると考えている。そして最も患者と向き合う機会の多い薬局・ドラッグストア業界こそ、この顧客接点の変化へ迅速に対応し、DXによる付加価値の向上、そして販売から配送までのシームレスなサービス提供の実現が重要であると考える。
 

図表③ 医療・ドラッグ業界のバリューチェーン上の変化

図表③ 医療・ドラッグ業界のバリューチェーン上の変化
  • *1 2022年の診療報酬改定で導入。症状が安定している患者について医師および薬剤師の適切な連携の下、処方箋の反復利用が可能(最大3回、各処方箋は最大30日間利用可能)
    *2 医療現場で得られる電子カルテやレセプト(診療報酬明細書)などの患者情報を蓄積した医療系ビックデータ。保険や介護情報と組み合わせることで、今後多くの機会で活用が期待される。

深谷和史

アビームコンサルティング
素材・化学ビジネスユニットDirector /
ヘルスケア Sub Industry Lead

深谷 和史(ふかや・かずし)

製造業を中心に、全社業務改革、グローバルでの経営基盤整備等のプロジェクトリード経験多数。近年は、大手日系企業でのDX企画とその推進に加え、ヘルスケア業界における企業横断・バリューチェーン全体での新たな価値創出や社会課題解決に向けた企画にも従事。

松岡欣秀

アビームコンサルティング
素材・化学ビジネスユニットSenior Consultant

松岡欣秀(まつおか・よしひで)

大手日系製薬企業・製造業を中心に、原料調達・ 製造を中心としたバリューチェーン改革、経営管理基盤整備、IT/デジタル施策推進等に従事。 近年は、コロナによる生活/ビジネスへの影響調査・ インサイト発信の取組にも多数従事。

 

  • ※株式会社ドラッグマガジン発行「DRUG magazine 2022年10月号掲載」

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