リスキリング(学び直し)からリアクティベーション(再活性化)へ
~シニア社員活用の処方箋~

2024年2月1日

世界でも類を見ない急速な少子高齢化が進む日本において、シニア社員が活躍できる環境の整備は急務である。シニア社員の活用に、デジタル領域での人材不足の問題が加わり、国内各企業においてもリスキリングへの注目が高まっている。一方で、研修制度などが整備され受講者も増えたが、獲得した知識やスキルを実際の業務や事業に活用するには至らず、なかなか期待した成果が出ないケースも散見されるようになった。
本インサイトでは、アビームコンサルティングの支援事例を基に、日系大手企業におけるシニア社員特有のキャリア志向や心情に着目し、事業部門主体のシニア社員活用手法について解説する。

目次

シニア社員の活用に悩む企業

今、多くの日系大手企業では、シニア社員の活用に頭を悩ませている。バブル期の大量採用、バブル崩壊後の極端な新卒採用抑制(就職氷河期)を経て、50代以上の社員が極端に多く、対照的に40代の社員が少ない、いわゆる「ひょうたん型」の年齢構成になっていることが原因である(図1)。さらに、2021年4月1日に施行された高年齢者雇用安定法の改正では、これまでの65歳までの雇用確保(義務)に加え、70歳までの就業機会の確保が努力義務として設けられた。1987年~1992年に入社したバブル世代は、2023年現在、53歳~58歳。企業は、向こう10年以上、この世代を雇用し続けることになる。

 

図1 企業における「ひょうたん型」年齢構成比の一例

図1 企業における「ひょうたん型」年齢構成比の一例

世界でも類を見ない急速な少子高齢化が進む日本において、シニア社員が活躍できる環境を整備することは急務である。高年齢者雇用安定法の改正においても、その目的として「少子高齢化が急速に進展し人口が減少する中で、経済社会の活力を維持するため、働く意欲がある高年齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境の整備」を掲げている。つまり、法改正の目的は、シニア社員の雇用確保自体ではなく、「能力を十分に発揮して活躍できる環境整備」である。企業側から見ても、利益を創出できる「戦力」として雇用することができなければ人件費負担が増える一方であり、必ずどこかで行き詰まる。また、シニア社員自身も「やりがい」をもって働くことができなければ、豊かな社会にはならないだろう。
こうしたシニア社員の活用に、デジタル人材不足の問題が加わり、国内各企業においてもリスキリングへの注目が高まった。リスキリングとは、簡単に言うと「新しい業務に必要な知識やスキルを習得・学び直しする(させる)こと」を意味する。国の政策としては、2022年10月に岸田首相が「リスキリング支援に5年で1兆円を投じる」と表明したことを皮切りに、2023年5月には政府の「三位一体の労働市場改革の指針」においてリスキリングによる能力向上支援が改革の柱の1つとして挙げられた。多くの企業においても、デジタル時代における人材戦略の目玉としてリスキリングが盛り込まれ、シニア社員の新たなキャリア開発が進められている。

新しいことへのチャレンジを求めない層の存在

リスキリングが各社で推進される中で、クライアントから「新たな知識やスキルを学ぶことに意欲的ではないシニア社員も多い」という相談を受けることが増えた。シニア社員と話をすると「今まで、会社に言われた通りに、会社のために尽くしてきた。スキルも会社に必要と言われたことを身に付けてきた。それなのに、今更、リスキリングと言われても正直受け入れがたい」「今までやってきた仕事に誇りをもっている。私は最後までこの仕事を全うしていきたい」という本音が漏れる。
50代以上の社員の特色として、会社へのロイヤリティが高いことが挙げられる。この世代は、「会社のために尽くせば、会社は定年退職まで守ってくれる」という終身雇用の風土のもとで若手時代を過ごし、会社人間として仕事第一で働いてきた人が多い。会社は家族のような存在であり、会社と社員のつながり、社員同士のつながりも今とは比較にならないほど強かった。会社に言われた通りに、会社に尽くしてきた社員からすると、いきなり「新しいことを学べ」と言われても、なかなか受け入れられないという心情がある。さらに、新しく学んだことをビジネスレベルで実践するためには相当なパワーがいるので、躊躇している状態ではなかなか本気で取り組むことはできないだろう。
そのため、リスキリングを一律に押し付けるのではなく、シニア社員のキャリア志向に合わせた選択肢を提示することも重要になる(図2)。シニア社員の中には、新しいことにチャレンジしたい人もいれば、今までやってきたことを全うして「自分はこの仕事をやってきた」という誇りをもって卒業したい人もいる。また、新たな刺激を求めるよりも、今の生活を大事にしたい人も多いだろう。こういった社員に対しては、新しいことにチャレンジしてもらうのではなく、「今まで取り組んできたことを全うする」という方向性のもとに社会・企業の役に立つ機会を提供し、その支援をすることも企業の役割の1つではないだろうか。

 

図2 シニア社員におけるキャリア志向の違い

図2 シニア社員におけるキャリア志向の違い

増加する「担当部長・担当課長」

日系大手企業で働く多くのシニア社員は、既にライン役職から外れ、担当部長・担当課長といったポジションに置かれているが、その多くは機能していないのが現実である。例えば、ライン役職から外れたシニア社員に、その経験・知見を活かし、さらにモチベーションを維持してもらうために、若手社員の相談役としての役割を与える企業も多い。しかし、これがうまくいっていないと嘆く声をよく聞く。経験・知見を活かすがゆえに、また、自分の存在価値を示したいという気持ちから、若手に対して自分のやってきた仕事のやり方や価値観を押し付け、場合によっては若い頃の武勇伝を語ってしまうのである。年功序列や”昭和なスタイル”を嫌う若手社員にとっては、これが会社に対する失望感となり、退職にまでつながっているケースもある。
ライン役職から外れたとはいえ、本来であれば、担当部長・担当課長は、今までの経験や社内外のネットワークを活かして一担当者として高いパフォーマンスを発揮することが求められる(図3)。人手不足で悩んでいる企業側からしても、中途採用で他社から引っ張ってくるよりも、自社でOJTを何年も受け、業務や商材、社内・業界事情に精通した人材の方が即戦力として期待できるはずである。しかし、ライン役職から外れたことで、本人のモチベーションは下がり、さらには組織全体のモチベーション低下にまでつながっているケースも多いのが現状である。

 

図3 担当部長・課長が求められる役割

図3 担当部長・課長が求められる役割

できないことにチャレンジするよりも「できることを活かす」

では、どうすれば、シニア社員が本来の期待通りに一担当者として高いパフォーマンスを発揮することができるのだろうか。
そのための解決策を探るために実際の成功例の1つを紹介したい。アビームコンサルティングでは、クライアントの戦略策定に留まらず、実行まで伴走した支援を行っている。そのため、実行フェーズにおいては、提案書資料の作成からプレゼンテーション原稿やトークスクリプト作成、リハーサル、営業の同行、ネクストアクションの検討・実行といったところまでクライアントと一緒に取り組んでいる。
アビームコンサルティングが支援した新規事業立ち上げのプロジェクトで、クライアントのシニア社員がリーダーではなく一営業担当者して参画し、活躍した事例がある。このシニア社員は、営業のキャリアは長かったが、他のシニア社員と同様、提案資料の作成やプレゼンテーション、顧客の潜在的ニーズの見極めなどのスキルが低いというのは否めなかった。そのため、モノ売りからコト売りへのシフトで、新たな発想や仮説思考が求められる戦略策定フェーズにおいては、なかなかパフォーマンスを発揮できず、苦労していた。
ところが、驚くことに、新規事業の実行フェーズでもっともパフォーマンスを発揮したのが、そのシニア社員であった。シニア社員は、提案型営業における仮説思考や資料作成などが苦手な反面、長い営業キャリアの中で培った製品知識はもちろん、素材レベルに至るまで深い知見があった。また、幅広い社内外のネットワークを活かした社内調整力や交渉力にも長けているといった強みがあった。結果的に、このシニア社員の苦手な部分を我々が補完することになり、若手社員よりも圧倒的にスキルが高い商品知識や社内調整力、交渉力が活きたのである。
懇親会で、シニア社員は「私はこの仕事がおそらく最後の仕事になる。だから、悔いのないよう、良い仕事がしたいんだ」と話していた。会社のために尽くしてきたシニア社員は、会社に対するロイヤリティが高い。活躍できる機会さえあれば、会社のために、まだまだ第一線で仕事がしたいという人も多いはずである。新たなスキルを身に付けることがうまくいかないシニア社員でも、今できることを活かすことで生産性を格段に高めることができると感じた瞬間だった。
加えて、「自分の会社の年下が上司だと、なかなか素直に言うことを聞けないんだよね」という本音も漏らしていた。年功序列で育ってきた世代にとって、年下上司というのは想像以上に受け入れ難いのであろう。また、年下上司から見ても、自分が入社してきたときに先輩だった社員に指示することはかなりの抵抗感がある。評価においても、「先輩社員に悪い評価をつけることはできない人が多く、結果、成果重視の評価制度が全く機能しない」という人事担当者の声も多い。我々のような外部の人間との協業だからこそのパフォーマンスもあったといえるだろう。

事業部門主体のシニア社員活用へ

アビームコンサルティングでは、事業部門主体でシニア社員のスキルを把握し、最適配置を検討することもシニア社員活用に有効な手段と考えている。現在、シニア社員の活用は、人事や人材開発の側面が強いため、人事部主導で行われている企業がほとんどである。しかし、日本企業が今後10年以上取り組み続けることになるシニア社員活用の解決策は、人事部主導のリスキリングだけだろうか。日本企業の多くはOJTによる人材育成が中心で、現在のシニア社員の多くが事業部門の現場で育てられてきた。だからこそ、シニア社員の活用も現場に目を向けるべきではないだろうか。我々は、シニア社員が育ってきた各事業部門起点で、現場が主体となり、今まで培ってきた知見を既存事業で再活性化すること(=リアクティベーション)も1つの処方箋と考える。
アビームコンサルティングでは、「戦略を描く」「成果を出す」に留まらず、伴走型支援という形により事業部門の現場と一緒に取り組むことで「組織能力・社員能力の強化」まで実行してきた。上述のように、シニア社員との協業事例も数多くある。シニア社員の苦手な面を補うことで得意な面を最大限発揮させることが伴走型支援の1つのモデルとなっている(図4)。向こう10年の年齢構成に危機感をもち、シニア社員の活用がうまく進んでいない企業の方にはぜひご相談いただきたい。

 

図4 伴走型シニア社員活用モデル

図4 伴走型シニア社員活用モデル

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