強靭でサステナブルな調達戦略の実現と
AIを活用した調達領域の生産性向上

2024年2月28日

グローバル規模のサプライチェーンの混乱・途絶を招く事象の頻発、欧州を中心とした環境・人権問題の法制度化など、調達領域を取り巻く外部環境は激しく変化している。その中で複雑化・多様化するサプライチェーンリスクへの対応は、経営アジェンダに直結する課題の一つだ。今後、競争力を維持するために不可欠となる強靭でサステナブルな調達の長期戦略の策定と実現に向けた取り組むべき課題について解説する。
(本稿は2023年12月15日クアルトリクス+アビームコンサルティング共催ウェビナー「強靭でサステナブルな調達戦略の実現 とAIを活用した購買業務の生産性向上」の講演「強靭でサステナブルな調達戦略」をもとに再構成しています。)

目次

調達領域を取り巻く環境と対応の方向性

コロナ禍、米中貿易摩擦、ロシア-ウクライナ侵攻など、近年、グローバル規模でサプライチェーンの混乱・途絶を招く事象が頻発している。また直近では、中国など一部の国家による希少鉱物への規制が、サプライチェーンを脅かすリスクとして懸念されている。一方で、パリ協定に掲げられた「気温上昇1.5度目標」を契機に環境に関する法制度の整備が進み、欧州を中心にサプライヤーに対してSBT目標(Science Based Targets)を設定させる動きも出てきている。こうした調達環境の変化は、製造業にとって競争力の低下につながりかねない。
このような外部環境の変化において、調達部門では具体的にどのような課題が生じているのかをPEST(Politics:政治、Economy:経済、Society:社会、Technology:技術)の観点で整理してみると、まず政治面では、カーボンニュートラル宣言、人権デューデリジェンス、デジタル製品パスポート(DPP)など、さまざまな規制や法整備に伴って、自社だけでは解決できない領域が増大していることが分かる。そのため、他のサプライヤーとのリレーション強化や、そこで収集した情報を、ESG経営や外部発信に生かすことが求められる。
次に経済面では、半導体供給逼迫や原油・エネルギー価格高騰などのサプライチェーンリスクを検知し、確実な部材調達、コストダウン、安定的な資源調達を実現しなければならない。社会面では、少子高齢化や労働人口の減少、人材の流動化などの問題が挙げられる。調達人材を育成する一方で、業務生産性向上、組織改革、ESG経営の推進などが必要となる。そして技術面においては、AIなどの最新技術をいかに取り込むかが鍵となり、情報量過多の時代において調達プロセスのデジタル実装、AI活用、調達関連データ基盤の整備などが、大きな課題として挙げられる。

これらを踏まえると、調達部門が抱える課題の根源には、「正確な情報をリアルタイムでキャッチし、コントロールしていく」という、情報戦略の要素があることが分かる。情報戦略のために管理・統制すべき情報量は膨大だが、大きくは従来のQCDに、BCP(B)、サステナビリティ(S)の観点を加えた「BSQCD」に整理できると考えられる。

BCPは、サプライヤーや部材リスク、物流経路に関するサプライチェーン情報、ハザードや物流混乱に関するリスク情報、被災時情報、インフラや組織の整備、経済安全保障などで構成される。サステナビリティは、環境、社会、ガバナンスそれぞれの情報をタイムリーに捉える必要がある。またQCDは、取引先に関するコーポレート情報を、引き続き精度高く収集することが求められる(図1)。

 

図1 BSQCDの観点で捉えた調達部門の情報戦略

図1 BSQCDの観点で捉えた調達部門の情報戦略

BSQCD長期戦略の必要性と立案・実行に向けたシナリオ

先述のようにPEST分析によって整理した調達部門が取り組むべきテーマは多岐にわたり、根幹となる領域は、「BSQCD長期戦略」と「AIを活用した調達領域の生産性向上」が特に重要テーマだといえる。
ただし、BSQCDの情報要素は膨大で、一朝一夕に全体を把握・対応できるものではない。例えば、2030年に向けた長期ビジョンなどで定義されるBSQCDの情報をもとに、「BSQCD長期戦略」を立案し、足元を固めながら実行していくには「AIを活用した調達領域の生産性向上」が欠かせない。詳しくは後述するが、AIなどを最大限に活用したプロセス改革、業務目的に照らしたデジタル武装によって生産性を向上できれば、余力の創出が可能になる。取り組みの優先順位を見極め、そこにAI活用で生まれた余力を振り向けていくことで業務高度化につながり、BSQCD長期戦略の実現に結びついていくのである(図2)。

 

図2 PEST分析で明らかになった調達部門の課題

図2 PEST分析で明らかになった調達部門の課題

BSQCD長期戦略は、論点を定めて在るべき姿を具体化した上で、現在に向けてバックキャストして進める必要がある。ロードマップのイメージとして、2030年までに全社ビジョンの「ステークホルダー対応力の強化」をゴールとして設定した場合、2024年には「サプライヤー情報取得強化」「情報可視化」、2026年には「サプライヤー評価・選定」「協働による改善活動」といったマイルストーンを設定し、ゴールまでの道筋を立てていく。

BSQCD長期戦略の実行には、各種データを活用するための情報統合基盤の整備も必要だ。まず、BCP、サステナビリティ、QCDの各システムでデータを収集・分析し、サプライヤー情報統合基盤として統合・一元化、社内の各部門が活用できるようにする。次に、各システムはできる限り既存の資産を活かしながら各々のデータを連携・統合し、各部署が必要なデータを必要なメッシュで見られるようにすることが肝要である。当社では、情報収集・分析、蓄積、統合を効率化、高度化するツールの導入支援を行っており、クアルトリクス社の「XM for Suppliers」など多くの導入実績がある(図3)。

またESG経営の実践においては、ESG経営モデルに準拠して、活動が企業価値向上と連動していることを定量的に示すことも重要だ。例えば、当社のESG Data Analyticsでは、「柳モデル」(当社顧問の柳良平氏が提唱したESG経営定量化のモデル)の理論を用いて、活動の経過年数が企業価値にどの程度影響を与え得るのかを可視化できる。分析結果の一部として、「女性管理職比率を1%増やすと、5年後のPBR(株価純資産倍率)が5.6%向上する」「温室効果ガス排出量を1割減らすと、8年後のPBRが3.4%向上する」などである。

 

図3 BSQCD長期戦略実行に欠かせない情報基盤のアーキテクチャ

図3 BSQCD長期戦略実行に欠かせない情報基盤のアーキテクチャ

AIを活用した調達領域の生産性向上で余力を生み出す

従来の調達領域では、非効率な業務プロセスが人員不足を生み、人員が不足しているが故に業務効率化ができないという悪循環が見られた。それは人海戦術やベテランのノウハウに頼った業務形態、陳腐化したシステム、形式的なBCP対応、慢性的な人員不足による過重労働、高度戦略の実行力不足、優秀人材流出による士気の低下など、複数の要因が連鎖している。
これらの課題解決の鍵となるのが、AI活用によるデジタル武装である。もちろん、ツールの導入だけではなく、業務目的に即した改革構想や組織改革、人事施策などの連動は必要だが、AI活用で生み出した余力が、他の改革の推進力となることは間違いない。

例えば、多くの企業が共通の悩みとして抱える見積もり作成業務は、AI活用でどのように効率化できるのだろうか。
まず、要求部門やサプライヤーとのやりとりは、チャットGPTに代表される生成AIに代替させる。また、ベテランのノウハウに頼りがちなソーシング業務にも、AIによる該当案件のリコメンド機能を充てることができる。サプライヤーとの交渉では、AI議事録などを活用し省力化することで、人的リソースをロジック作成などの高度な業務に集中することが可能になるのである。

AI活用・デジタル実装の際には、ツールありきではなくプロセス全体を俯瞰し、業務負荷や課題感の大きな部分を見極めた上で、適切なデジタル技術を適用していくことが肝要だ。概して業務量の多い領域のAI活用やアウトソースの効果は大きく、余力を生み出しやすい。こうした改革は、プロジェクト体制をつくった上で、基本構想、設計、実現とフェーズを切り分けて進めるのが基本だ。なお、最初期に改革機会算定のアセスメントを行うと、ある程度の費用対効果を見通すことができ、具体化しやすくなる。
また、AI活用で創出した余力をBSQCD戦略に振り向ける前に、現状を明らかにすることが重要である。在るべき姿と現状のギャップを分析・可視化し、組織的な課題を明確にして優先順位をつけながら適切な打ち手を策定できるようにするためである。
当社では「BSQCD対応力診断」を用意し、現状の可視化、あるべき姿とのギャップ(課題)抽出、あるべき姿の実現に向けた施策の検討までを有機的にとらえ推進している。
事例としてある電気機器メーカーで診断を行った結果、まず部材別対応力において、現状と在るべき姿のギャップが大きいことが分かった。GHG排出目標量に関して経営層と現場の認識に大きなギャップがあったり、導入済みシステムにおける担当間での認識の違いがあったりしたことも判明した。すでに始めている取り組みが、組織内に浸透していないという課題をあぶり出した点で、「BSQCD対応力診断」は有用なツールの一つである(図4)。

 

図4 BSQCD対応力診断の概要

図4 BSQCD対応力診断の概要

最後に、今後、BCP、サステナビリティの観点を加えた調達戦略はさらに重要性を増し、ここに後れを取った企業は、競争力を低下させることになるだろう。BSQCD実現に向けた長期的なシナリオを描き、AIなどの最新技術で余力を生み出しながら診断によって取り組みの優先順位を明確化し、効率的に在るべき姿を目指してほしい。

アビームコンサルティングは、数多くのDX戦略立案から実行までの支援実績を強みにBSQCD長期戦略を伴走している。また、日系製造業向け案件における多くの成果創出支援実績を背景に、AI生産性向上やBSQCD診断といった状況に応じた地に足の着いた策を提言している。更に、日本初のESG経営モデルを確立し市場の信認を得ているという強みを活かし、現場のBSQCD活動と経営層による投資家へのコミットとを一致させながら、長期戦略を実現に導いていく。

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