調達コスト削減を阻む5つの壁と突破のカギ
第3回 仮説思考の壁と突破のカギ

2022年12月12日

1. はじめに

本インサイトシリーズの第1回では、企業の調達コストを取り巻く環境とその削減を阻む5つの壁が存在すること、それらの壁を突破するカギを紹介し、第2回目以降で、それぞれの壁の詳細について解説してきた(図1)。
第3回では、「仮説思考の壁と突破のカギ」の詳細について事例を交えながら解説する。

図1 調達コスト削減における5つの壁

図1 調達コスト削減における5つの壁

ここの仮説思考の壁には、選定した品目の削減余地を算出する際にぶつかることが多い。
そもそも、調達コスト削減において、削減余地の診断は、コスト削減の対象品目の選定や取組優先順位付け、取り組みを担当するリソース配分などの実行計画づくりの要となる。
しかし、過去の経験や購買データベースを用いた仮説での診断(クイック診断)は、購買規模や取引条件等が購買実態と異なり、信ぴょう性が乏しいため現場の同意を得にくい。
第1回でも紹介した通り、削減余地の診断では、過去の経験や購買データベースをもとに仮説のみに依拠すると、購買規模の違いや固有の取引条件などの経費データ上は現れてこない品目の諸元が埋もれてしまう。すると、購買実態を伴った分析とならないため、現場が余地の信ぴょう性に疑問を抱き、実現に向けた勢いが低下して変革の停滞を招く「仮説思考の壁」にぶつかる。この壁を突破するカギは、現場の納得を得られるような購買実態を反映したリアリティのある削減余地の追求にある。
リアリティのある余地診断は、①品目特性の現地現物による把握と、②サプライヤーの懐に入ることで追及できる。
具体的に把握すべき情報としては以下のようなものがある。

①品目特性を現地現物で把握すること

  • ERP(基幹システム)の設計上、経費データには反映されないが、削減余地診断に必要な仕様や取引条件など、数量・単価以外の品目の諸元を押さえる         
    • 仕様              
      • 物品購買でのグレードや型番
      • 業務委託での業務要件(品質や業務範囲、作業者のスキル要件)など
    • 取引条件              
      • 物品購買での納品条件・リードタイムや在庫の持ち方、短納期購買の有無
    • 業務委託での業務実施期間(時間帯)や緊急対応要請の有無 など 

②サプライヤーの懐に入ること

  • 過去知見やデータベースに頼るあまり見過ごされがちな、業界の需給バランスやコスト削減に寄与する業界・技術の最新動向・仕様を押さえる 
    • 業界の需給バランス
    • 自動化やデジタル化などの新技術

2. 一度は頓挫した取り組みをリアリティある削減余地によって再始動した事例

続いて、実際に①品目特性の現地現物による把握と、②サプライヤーの懐に入ることを通して現場にとって納得感のある削減余地を診断した2つの事例を紹介する。

事例1:品目特性を現地現物で把握し品目の諸元を紐解き、削減余地のリアリティを追求
大手インフラ企業A社では、対象品目の取り組み優先順位を検討すべく、外部知見を活用して削減余地を診断した。外部知見者は、過去の削減実績から仮説を用いて各品目の余地を分析した。ところが、仮説ベースの分析結果は、A社固有の仕様や取引条件が考慮されておらず、調達部門や主管部門からは、分析した削減余地や削減アプローチは机上の空論に過ぎないとして、分析結果の妥当性に関する議論に終始してしまい、取り組みを前進できずにいた。
A社から相談を受けて我々は、経費データ分析や購買データベースからの仮説構築に加えて、契約書や請求明細などの資料精査や、調達担当者、主管部門の現場担当者へのインタビューを行うことで、各品目の特性を把握し仮説検証を進めていった。具体的には、同じ品目での事業所やサプライヤーの違いによる仕様・取引条件の違いや、他社事例と比べた時のサービスレベル適正化の可能性を検討した。
更に、A社のケースでは、特に支出金額の大きい品目で、サプライヤーとの取引関係から切り替えが困難、かつサプライヤーから値上げ要請を受けているものがあった。このケースでは、契約書や図面、サプライヤー側の作業員勤務シフト表を分析して、サプライヤー側に業務効率の改善余地があることを特定、実際にサプライヤー訪問を行って業務改善策の立案と、それによるA社にとっての余地診断まで踏み込んだ。
このような取り組みの結果、多数のサプライヤーから購買していた品目でのサプライヤー集約によるボリュームメリットの拡大や仕様・取引条件の適正化、サプライヤーとの協働による業務効率化など、購買実態を踏まえた具体的なコスト削減の打ち手が策定できた。これにより精緻な余地の診断が可能となり、当初の削減余地よりも約1割(プラス数億円規模)上乗せできた。

事例2:サプライヤーから鮮度の高い情報を獲得し、削減余地のリアリティを追求
大学法人B社では、大学間競争の生き残りや長期的な国内市場の縮小に対する経営基盤固めを目的に、外部知見者の力を借りてコスト削減を始めとする経営効率化プログラムに着手した。コスト削減の取り組みでは、外部知見者は購買データベースをもとに削減余地を仮説立てして総務の現場担当者に示すも、現場担当者からは、サプライヤーとは毎年交渉しており、これ以上の余地があるとは思えないとして、活動が停滞してしまった。
B社から相談を受けた我々が話を伺うと、確かに現場担当者はサプライヤーと毎年交渉を行っているものの、交渉主体はB社グループ会社で、サプライヤーとの交渉は現行サプライヤーに留まっていることや、業界の最新動向を追えていないことが交渉記録から明らかになった。
このようなケースでは、品目特性の現地現物を把握することに加えて、サプライヤーから業界の需給バランスやコスト削減に寄与する最新技術・仕様の情報収集を行い、削減余地のリアリティを一段高めることが有効と言える。
我々が実際に携わった例では、建築設備保全の業務委託品目において、現行サプライヤーに加えて新規サプライヤー複数社にインタビューを実施した。インタビューでは、サプライヤー側の案件引き合いや人員確保といった需給バランスに関わる情報を得て、サプライヤーと買い手企業の交渉力を確認。また、業界の需給だけではなく、仕様・技術動向の情報も得て、現行仕様に対する見直し余地の検証に繋げていった。
インタビューの結果、人手不足と人件費の上昇によって競争深耕による一層の単価削減は困難なことが判明した。一方、仕様・技術面では、清掃ロボットを用いた作業自動化によって、作業員の大幅な省人化とコスト削減が図れることが判明した。他大学でのロボットの採用事例は増えていることや、サプライヤー側のサポート体制も充分に組まれていることから、我々はB社においてもロボット活用に問題ないと判断。実際の採用にあたっては、対象施設毎にロボットを活用する部分と人手を残す部分を細かく設計し、トライアル期間の設定を条件とすることで施策の実現性を一段高めた。これにより、当初は約1割と見込まれていた削減余地は、約3割と2割強(プラス数千万円)の上乗せができた。また、この品目での信ぴょう性の高い削減余地算定をきっかけに、現場担当者の士気が向上して、コスト削減の取り組み全体の加速化にも繋がった。

3. クイック診断の過信は禁物。リアリティの追求が取り組みを前進するためのポイント

今回の事例では①品目特性の現地現物による把握と、②サプライヤーの懐に入ることを分けて紹介した。実務では、これらを個別に行うこともあれば、組み合わせることもある。いずれの取り組みも仮説を用いたクイック診断に比べると業務負荷が大きいと避けられがちだが、上で述べた削減余地の診断に必要な情報に絞ることで実行しやすくなる。さらには、信ぴょう性の高い削減余地を示して、主管部門の現場担当者に納得してもらい、取り組みを前進させるには、実は削減余地診断で手間を惜しまないことがとても重要なのである。

次回、第4回では、主管部門との実行計画の合意形成でぶつかりがちな現場主義の壁とその壁を乗り越えるカギを、事例を交えて紹介する。

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