デジタル地域通貨
~地方自治体、地域金融機関が発行する上での検討ポイント~

2023年3月3日


自治体、地域金融機関を中心に、近年、地域通貨の発行に注目が集まっている。一方、地方自治体や地域金融機関が地域通貨に取り組む意義がどこまであるのか、事業としてどう収益性を考えれば良いのかといった点は、大きな論点として存在する。実際、事業化を検討するに際して、このような論点は我々にも度々寄せられるものである。
本インサイトは、「デジタル地域通貨」をテーマにしたシリーズの第2回として、地域通貨の発行と運営に関して、特に重要な4つの検討ポイントについて考察していく。
(地域通貨を取り巻く環境変化、地域通貨の定義および意義を考察した第1回はこちら

1. 地域通貨を発行する目的の精査

1つ目の検討ポイントは、「何のために地域通貨を発行するか」という点である。というのも、地域通貨はあくまで手段であり、地域通貨を用いて何を目指すかが重要となるためである。
第1回でも触れた通り、地域通貨の意義には、経済面と社会面とがあり、その発行目的は多様である。そのため、目的の精査、可視化、関係者間での合意形成および検証が重要となってくる。実際に地域通貨を発行した後も、発行体が能動的および有機的に目的を問い直していくことが重要である。
逆に言うと、地域通貨の発行自体が目的化した場合、他の決済手段との違いが不明瞭になったり、補助金に依存した構図になったりと、継続運営していくことが困難になる可能性が高まる。

アプローチの1つとして、地域通貨発行の目的を構造化する方法が挙げられる。例えば、地域通貨発行の目的を、コミュニティ活性化と地域経済活性化という二側面から精査していき、細分化していく形が例として挙げられる(図1)。

図1 地域通貨発行の目的(例)

図1 地域通貨発行の目的(例)

目的を精査していく上では様々な観点からの検討が必要になるが、特に重要になると考える観点を3点挙げる。

(1)受益者 -地域通貨により誰が価値を得るのか-
例えば、住民、観光客、地元企業、自治体、金融機関など、地域通貨の関係者は多様である。そのため、発行する地域通貨の受益者は誰なのか、各受益者から見て使うに値するインパクトがあるかと問うことが重要である。地域通貨自体は使われないと意味がない。

(2)優先順位 -どの目的が最優先か-
これは、地域通貨の発行体に依存する観点でもある。つまり、行政が発行する場合は、例えば「住民/企業支援」など、コスト削減や業務効率化が優先になることがしばしある。一方、地域企業がコンソーシアムなどを組んで加盟店となり、その中の代表企業が発行主体になるような場合、例えば「データ活用」が優先になることも多い。

(3)KPI(重要業績評価指標) -何を持って目的達成とするか-
KPIは定量化して、関係者間で共通認識を持つ必要がある。「地域参画」であれば、地域イベントの開催数、参加者数、その中で地域通貨を契機とした参加がどの程度あったか、取引量がどの程度あったかなどである。構造化した各目的に紐づけてKPIを設定する手法をとることも可能である。KPI設定の上でPDCAを回していくことになるため、月次や年次などでの推移の確認も必要となる。

2. 持続可能な事業設計

2つ目の検討ポイントは、事業としての持続性である。地域通貨で実現したい有意義な世界観があっても、事業自体が続かないと、当然ながらそれは達成されない。特に、経済的なインセンティブとして、地域通貨のチャージ時や決済時にプレミアムを付ける場合、どうしても財源確保という壁に行き着いてしまう。また、地域通貨の導入当初に補助金などを得ている場合、その財源がなくなってからも地域通貨を持続させていく仕組み作りが特に必要になる。

まず、最初に関係者間で共有すべきことは、地域通貨事業単体では大きな収益は見込めない、あるいは相当ハードルが高いということである。地域通貨は、公益性や社会的意義を兼ね備える決済インフラである。事業単体でのメリットというよりは、地域全体での中長期にわたるメリット享受を認識すべきである。

図2 地域通貨事業の収支イメージ

図2 地域通貨事業の収支イメージ

持続可能な事業設計をしていく上では様々な観点からの検討が必要になるが、特に重要になると考える観点を3点挙げる。

(1)地域通貨事業単体での黒字化をまずは目指す
まずは事業として最低限持続できるような目標設定をするという観点が重要になる。黒字化なのか、あるいは大きな赤字回避なのかは試算次第となる。
そこにおいて、重要になるのが、各種料率の設定である。地域通貨に住民や地域企業支援という側面がある以上、加盟店手数料や個人間の送金手数料に高い料率を設定することは現実的ではない。一方、地域通貨の普及、利用促進の観点で、チャージ時や決済時に例えば1.0%のプレミアムをつけるなどの工夫をすることも必要である。また、地域通貨へのチャージ方法として、クレジットカードやコンビニATMなどを設ける場合、それらに対する手数料の支払いも必要になってくる。
そうなると、全体の取引量を考慮した上での、各種手数料率が重要になってくる。例えば、地域通貨から現金に引き出す際の手数料は高く設定するなどし、一度地域通貨になったらなるべくその中で循環させるような工夫をする。
また、いかに地域通貨を転々流通させて、その効果を波及させるか、つまり乗数効果を得られるかという観点が重要になってくる。そのため、一回の取引で現金に換金されてしまう割合を減らし、企業間取引を増加させるなどの仕掛けが必要となる。

(2)間接収益の確保を狙う
地域通貨の発行体として、直接的な収益だけではなく、間接収益を想定することも重要な観点である。間接収益とは、例えば、口座開設の促進、それによる融資の実行などが挙げられる。地域通貨に関するプランを複数用意し、チャージ上限額や有効期限などに機能差を持たせ、上位のプランに移行するためには口座開設を必須とする方法などである。特に金融機関が発行体になる場合は、この点が顕著になってくる。

(3)地域全体のメリットを可視化し関係者を巻き込む
行政や地域企業とも協議しながら、例えばスマートシティや観光誘致といった街全体の文脈の中に、地域通貨を組み込んでいくことが重要になる。特に地方自治体が発行体になる場合は、この点が顕著になってくる。その場合、地域通貨発行の目的も、経済性というより、社会性の追求が優先になる傾向がある。そうなると、システムの構築費用および月額利用料は最小化し、加盟店開拓や問い合わせ応対も既存業務と統合して対応するなど、運用コストを可能な限り最小化することがポイントになってくる。

3. 最適な通貨媒体の選択

3つ目の検討ポイントは、地域通貨の媒体である。地域通貨にはどのような選択肢があるか、地域通貨の基本的な媒体種類を紹介していく。
まずはアナログ型とデジタル型に分けて考えることができる。アナログ型とは、紙幣を用いた紙媒体のことであり、地域特性を紙面に反映したデザインになっている場合が多い。ただ、発行・管理の手間とコストが膨大になってしまう懸念がある。
一方、デジタル型は、上記アナログ型の課題を払拭できる可能性がある。つまり、QRコード決済などモバイルの活用により発行・管理の手間が削減され、より効率的な運営が可能になる。
デジタル型は、さらに口座型とトークン型に分けて考えることができる。
口座型は、価値の移転はあくまで銀行口座で実施するものであり、実際の決済より後のタイミングで銀行振込などが必要になる。すなわち、利用者が店舗決済で地域通貨を使用し、店舗側が地域通貨を受け取った場合でも、即資金化されるわけではない。例えば「月末締め翌月払い」などのサイクルで、地域通貨の発行体から店舗側へ精算されるようなイメージとなる。
一方、トークン型は、現金と同様、決済時に価値が移転するイメージとなる。即資金化されるため、例えば、店舗は受け取った地域通貨をそのまま仕入れに利用できる。転々流通とはその意味においてなる。

図3 地域通貨の媒体種類

図3 地域通貨の媒体種類

今後、資金決済法の改正などにより、ステーブルコイン(価格の安定性を実現するように設計されたデジタル通貨。法定通貨による償還が行われる)が2023年にも解禁される見通しとなっており、トークン型の地域通貨にとっても追い風になるのではないかと考える。一方、トークン型には性能面での懸念や、事例が少ないことに起因する初期導入コストの増加の懸念などが存在する。地域通貨の導入目的、導入する地域の規模や、導入予算、スケジュール、法規制の影響なども考慮に入れて、最適な地域通貨の媒体を選択する必要がある。

4. 安全性を追求した機能設計

4つ目の検討ポイントは、精査した目的・事業設計に沿って、業務プロセスやシステム機能を設計していく点である。地域通貨に関する業務プロセスは多いが、特に重要となるのがセキュリティに関するプロセスである。

まず、地域通貨の利用開始に際して、申込受付時のチェックが必要である。不正利用、不正受給、AML(アンチマネーロンダリング)など、チェックすべき観点は多い。また、類似のチェックは利用者だけでなく、加盟店に対しても実施される場合が多い。前払式支払手段として地域通貨を発行する場合、必ずしも本人確認を行うわけではないと考えられるが、チェックする範囲と方法を決めて事業として一定対応するべきであると考える。
次に地域通貨の利用時のチェックである。有効性や残高といった最低限のチェックとは別に、不正検知やモニタリングをどこまで実施するかが論点となり得る。

このようなセキュリティ事項は重要な観点であり、不備があると事業自体の存続性にも関わる。一方、チェックしていく運用が重厚になると、組織的・人員的な負荷となり、限られた予算やリソースの中で運用していくことが難しくなってくる。また、これらの安心安全とは別に、利用者目線での利便性の追求も必要になってくる。
検討すべき業務プロセスやシステム機能は多いが、いずれも地域通貨の発行、運営に関して必要となるものであるため、十分な検討が必要である。

図4 地域通貨の業務プロセス(例)

図4 地域通貨の業務プロセス(例)

地域通貨の発展に向けて
本インサイトシリーズでは「デジタル地域通貨」をテーマに2回に渡り、地域通貨に関する意義や、事業としての検討ポイントを考察してきた。検討ポイントとして代表的な4点を上述したが、関係者が多く複雑な事業であるため、他にも多くの検討事項は存在する。しかし、そうした検討を乗り越えた先には、地域経済や地域コミュニティの活性化という大きな可能性が存在する。
アビームコンサルティングでは、金融・決済に関する知見と実績を元に、地域通貨の発行者に対する構想策定、ソリューション評価、業務整備、プロモーション企画や、サービス関係者全体にかかわるプロジェクトマネジメントなど、幅広いご支援を行っている。興味のある方はぜひお問い合わせいただきたい。

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