web3 Finance ~DeFiに起因する保険会社の機会と脅威~

インサイト
2022.06.01
  • 保険
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2022年4月、自由民主党のデジタル社会推進本部は、デジタル施策に対する具体的な提言を示す「デジタル・ニッポン 2022」を発表した※1。「誰もが成長と幸せを実感できる持続可能な社会」の実現に向けた成長ドライバーの一つとしてweb3を掲げ、新しい資本主義の実現に向け様々な政策検討に繋げていくことが期待される。
本インサイトでは、このweb3のユースケースのひとつであるDeFiについて、特に保険機能に焦点を当て、保険会社に対する機会と脅威を考察し、保険会社がとるべき対応について示す。

注記:

  • web3関連は変化が早く、本インサイト執筆時点から状況や動向が変化している可能性があります
  • 本インサイトは、web3やDeFiに関するインサイト発信を目的としており、DeFi投資を推奨しているものではありません

1. 新しい資本主義の実現に向けたweb3

web3とは、ブロックチェーン技術を基盤にしたインターネットの概念である。1991年にインターネットが誕生すると、テレビやラジオ、新聞・雑誌といったマスメディアに頼ることなく、誰でもホームページやメールマガジンを通じて情報発信が可能となった(Web1.0)。2000年代に入るとインターネットが更に発展し、SNSやブログといったプラットフォーム上での双方向コミュニケーションが可能となった(Web2.0)。それによって、人々の暮らしを豊かになった一方で、サービス提供プラットフォームがなくてはならない存在になり、ユーザーの行動を含む様々なデータが、Big Techとも呼ばれる一部の特定企業に集中するという課題をもたらした。本来、情報の民主化を目的に生まれたインターネットが一部の巨大な企業に牛耳られ、ユーザー自身が意図しない形でデータが蓄積・利用され、プラットフォーム企業に富が集中したのである※2
こうした現状に対するカウンターカルチャー(対抗文化)として、2021年以降、web3という概念が急速に台頭してきている。ブロックチェーンにより、中央集権的ではなく分散的にデータを管理するとともに、NFT(Non-Fungible Token/ブロックチェーン上に記録される一意で代替不可能なデータ、非代替性トークン)により、クリエイターがデジタルコンテンツを所有できる世界※3の実現に向けて、様々な企業や投資家が注目している(図1)。

図1 インターネット概念の変遷 図1 インターネット概念の変遷

このweb3への注目度の高まりは、具体的な数字でも見て取れる(図2)。
例えば、web3の世界でお金や株式の役割を果たす暗号資産の2021年時点における上位30銘柄の時価総額はおよそ290兆円であり、これは同じ時期の日本の国内株式の時価総額上位30銘柄の250兆円よりも大きい。また、NFTの世界上位10取引所での取引総額は合計2.7兆円で、国内のデジタル系B2C市場(動画やマンガなどのデジタルコンテンツ)の取引総額2.5兆円よりも大きい。このようにweb3の市場は、日本の経済規模に比肩するほど大きく成長している。※4

図2 web3の市場規模 図2 web3の市場規模

2. web3を金融面で支えるDeFi

このように注目されるweb3の代表的なユースケースの一つとしてDeFiがある。DeFiとは、Decentralized Financeの略で、取引所や銀行といった中央集権的な金融仲介者に頼らず、ブロックチェーン上のスマートコントラクト(ブロックチェーン上で契約を自動的に実行する仕組み)を利用する分散型金融サービスのことである。

従来型の金融(Centralized Finance)では、例えば銀行が利息をつけてユーザーからお金を預かり、資金需要者への貸し出し(預金/融資)や、他国通貨との交換(外国為替)などのサービスが提供される。これをブロックチェーン上のユーザー同士で行うのがDeFiである。

例えば為替であれば、暗号資産保有者がDEX(Decentralized Exchange:分散型取引所)の流動性プールといった巨大な両替機のような場所にビットコイン(BTC)とイーサリアム(ETH)をペアにして暗号資産を預け、借りたいユーザーは、この両替機にBTCを入れてETHを受け取るという仕組みである。この時に発生する手数料を、暗号資産を預けたユーザーで分配するというのが基本的な仕組みになっている。

中央集権的な仲介者がいないため、業務コストや取引手数料が安いことや、誰でも参照可能なスマートコントラクトに基づき運営されるため、取引の透明性が高いことなどのメリットから、2021年11月時点で、このDEXには約20兆円分の暗号資産が預けられており、今後もますます拡大していくと考えられる※5

また、DeFiは近年、単純な暗号資産における金融機能の提供に限らず、例えばNFTを預けることにより利息を得るNFT-Fiや、ブロックチェーン技術を利用して作られたゲームで収益を得るGameFi(Play to Earnとも呼ばれる)などに発展を遂げており、web3全体のエコシステムにおける重要な一翼を担ってきている。

図3 主なDeFiの種類 図3 主なDeFiの種類

3. DeFi上の資産に対するリスクの高まり~DeFi保険

DeFiにおける別のユースケースに、DeFi保険がある。本インサイト執筆時点では「DeFi上の資産に対するリスクを補償する保険」といった狭義のDeFi保険から、「スマートコントラクトベースのプロセスやガバナンスを有する保険」としての広義のDeFi保険まで、その定義は様々ではあるものの、従来型の保険と比較して大きく3つの違いがあると考える。

1つ目は補償リスクの観点で、狭義のDeFi保険の定義に当たる。これまでの保険は人や財物などの物理的なもの(現物)に関わる金銭的(法定通貨ベース)損失リスクに対する補償を提供していたが、DeFi保険は、デジタル資産(DeFi上で取引される暗号資産など)に対するリスクを主に補償している。

2つ目は事業運営の観点である。これまでの保険は、株式会社や相互会社といった一つの組織体により運営されているが、DeFi保険は、DAOにより運営されるケースが多い。DAOとは「自律分散型組織(Decentralized Autonomous Organization)」の略で、共通の目的を持って結成されたブロックチェーン上に構築された組織を意味する。通常の株式会社は、トップマネジメントによって意思決定が図られ、ピラミッド構造の下に位置する従業員はその決定に従って動くことが一般的である。これに対し、DAOは立ち上げ時に一定のルールを策定し、ルールをもとにスマートコントラクトを構築する。参加者は参加権として取得した「ガバナンストークン」を使って意思決定の投票を行い、この投票はスマートコントラクトが規定する人数の承認があって初めて成立する。DeFi保険の中には、ガバナンストークンによる投票に基づき保険金支払い判断を行うものもある。

3つ目は支払プロセスの観点である。既存の保険では、各種診断書と共に保険金請求書を保険会社に送付し、保険会社の基幹系システムを利用して査定担当者が支払判定しており、通常この支払判定のプロセスはユーザーが参照することはできない。これに対しDeFi保険は、スマートコントラクトという誰でも参照可能なプログラムによって支払判定が自動化されているケースがあり、プロセスの透明性が高いという特徴がある。

図4 DeFi保険と従来型保険の違い 図4 DeFi保険と従来型保険の違い

4. DeFi保険は既存保険会社にとって機会か脅威か?

ここまでDeFi保険について解説したが、ここで、既存の保険会社にとってDeFi保険はどのような機会をもたらし、また脅威となるかについて、「市場」「ビジネスモデル」「サービス」の3つの観点で考えてみたい。

まず1つ目の市場の観点について。前述したとおり、web3の市場は一国の経済規模以上に拡大しており、この成長マーケットは保険会社への大きな機会である。一方、今はDeFi上の資産を中心にリスク補償しているDeFi保険プレーヤーが、将来的に既存の保険市場に対して参入してくる可能性もあり、この点は脅威となりうる。実際に、海外では、保険会社を含む複数の企業や団体、Tech企業によってDAOが組成され、農業リスク保険を提供する事例も出始めている※6

2つ目のビジネスモデルの観点について。現状の保険ビジネスは、契約者から支払われる保険料の中に、事業費として保険会社社員の給与や代理店手数料などを組み込むこむことが一般的であり、保険契約者はこれらの手数料分を補償リスクの対価の一部として支払っている。一方で、DeFi保険は、前述の通り、保険金の支払プロセスの多くがスマートコントラクトといったプログラムにより自動的に行われるため、既存の保険商品に比べ価格優位性が高く、保険会社にとっては手数料ビジネスモデルへの見直しといった脅威があると考えられる。他方で、保険会社として自社の機能をアンバンドル(切り売り)し、前述したDAOエコノミーへの参加などにより、新たな事業モデルによる収益化の機会があるほか、意思決定プロセスや業務遂行上のルールの透明性が高まることで、より顧客からの信頼性の獲得に繋がるとも考えられる。

3つ目の商品・サービスの観点について。ブロックチェーンやスマートコントラクトをベースとするDeFi保険は、インターネットさえあればどこでも誰でも加入することができる。既に海外では複数のDeFi保険が誕生し、ボーダレスな競争が始まっている。しかし、国内の保険会社がまだこの動きに関与できていないことは、今後国内の保険会社にとって大きなデメリットとなる可能性があると考える。また、ブロックチェーン技術を既存の業務プロセスに組み込むことによる効率化や、現在進行形で変化しているweb3のコンセプトやトレンドをもとに、新たなサービス開発の可能性が拡がることは、大きな機会であると考える(これについては次章で更に言及したい)。

図5 保険会社にとっての機会と脅威 図5 保険会社にとっての機会と脅威

5. 保険会社がとるべき対応

最後に、web3やDeFiが注目され大きな機会と脅威がある中で、保険会社が今とるべき対応について考察する。

現時点の我が国の各種制度や法律面の整備状況からすると、補償領域としての「DeFi上の資産に対する補償事業」への参入は課題が多く、容易ではないと考える。この領域に対しては、まずは、海外の先進事例やプロトコル(規格)の調査、DAOへ参加するなど、中期的な視点に立ち、DeFi保険を「知る」ことから始めるべきだと考える。また、短期的に保険会社がとるべき対応の一つとしては、web3コンセプトを踏まえた新たなサービス開発だと考える。一例として、web3ユースケースの一つであるGameFiのうち、特に健康や長寿リスクと親和性があるMove to Earnプロジェクトの「STEPN※7」を紹介する。

STEPNは、NFTスニーカーを購入してアプリ上に装着し、ランニングやウォーキングすることで暗号資産が獲得できるブロックチェーンゲームである。1日10分程度の運動で数千円に相当する暗号資産を稼ぐことができることから、外出が少ない在宅ワーカーや、運動習慣がなかったユーザーの行動変容を実現している。この行動変容の源泉となるインセンティブは、暗号資産ならではのトークノミクス(トークンエコノミー)※8による経済的価値設計に加え、運営会社がサービスローンチ当初から表明している「ゲーム収益の一部をカーボンニュートラル実現に向けたカーボンクレジットの購入に充てる」といった社会貢献的価値設計によって実現されている※9
このように、web3の仕組みや技術を活用すれば、顧客との接点が増えるだけでなく、従来の伝統的保険の枠組み/仕組みでは実現できなかったユーザーの行動変容や、社会課題解決につながるサービスが開発できる可能性があると考える。

アビームコンサルティングは、既存の保険ビジネスに関する戦略からオペレーションまでの深い知見と合わせ、このような先端技術・トレンドに対する知見の提供、さらには、新規事業開発に関するノウハウや人材の提供により、web3時代のWell-beingやSocial goodの実現に向けた事業化に取り組んでいる。今後もweb3関連のトピックについて発信を続けていくので、是非ご覧いただきたい。また、本インサイトに関心を持たれた方は、是非、お問い合わせいただきたい。

  • ※1
  • ※2

    2020年にはGAFAM5社合計の株式時価総額が東証1部全体のそれを上回った

  • ※3

    例えばInstagramの利用規約には「弊社は、(中略)いかなる利用者のコンテンツについても、その所有権を主張しません」と規定がある一方で、「利用者は、弊社が(中略)利用者のコンテンツをホスト、使用、配信、変更、実行、複製(中略)できる、(中略)ライセンスを弊社に付与するものとします」としており、サービスを利用する限りにおいては、実質的にコンテンツの利用権をメタ社に提供していると考えられる。また、a16zのレポート「2021年、イーサリアムベースのNFTの一次販売と、OpenSeaでの二次販売からクリエイターに支払われたロイヤルティは、合計39億ドルで、これは、Metaが2022年までにクリエイターに割り当てた10億ドルの4倍である」からも見て取れる(https://a16zcrypto.com/state-of-crypto-report-a16z-2022/)。

  • ※4
  • ※5

    一方でDeFiのリスクとしては、送金時の誤りやウォレットの「秘密鍵」の紛失など、人的ミスのリスク(損失は自己責任)や、暗号資産自体の価格変動が大きいことなどが挙げられる

  • ※6
  • ※7
  • ※8

    「トークン」と「エコノミー」を組み合わせた言葉。ゲーム内で発行されるトークンタイプやインセンティブモデル、トークン配布モデルなどがある。STEPNでは、ユーザーが獲得したトークンがすぐに換金されないように、靴の修理やレベルアップ、ジェムといったアイテムの購入にトークンを利用させることで、STEPN経済圏内でトークンを消費させることで持続的な行動変容に繋げている

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