「理念経営の実現に向けたインパクトドリブンの経営管理の要点」後編 社会インパクトを組み込んだ事業ポートフォリオ経営

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2026.04.03
  • 企業価値経営
  • 経営戦略/経営改革
91496533

執筆者情報

  • 吉田 佳輔

    Director
  • 桑原 ひとみ

    桑原 ひとみ

    Senior Manager

事業ポートフォリオ経営の難しさ

東証からの要請もあり、PBR1倍割れの解消、すなわち企業価値向上に向けた考え方として、長期ビジョンや中期経営計画を発表するほぼすべての企業で「事業ポートフォリオ変革」が掲げられている。既存の基盤事業を改善することやキャッシュカウとしての役割と、成長事業への投資を謳い、右肩上がりで成長しながら全社の事業構成も変化していくストーリーをよく目にする。しかし、多くの企業は事業ポートフォリオ変革が道半ばにとどまり、業績は依然として既存業務に依存している状況にある。また、成長投資の対象であった事業でM&Aを行うも、立ち上げが想定通りに進まず、結果的に減損を計上するケースもあり、当初想定したビジョンを実現できていないケースもある。結果、投資家からの厳しい評価や、企業価値が低調である場合には買収リスクにさらされる。
改めて、なぜ事業ポートフォリオ経営は難しいのか。様々な要因がメディアや書籍等でも語られているが、本質的には3つの問題が存在する。
1点目は、全社目線と事業目線の対立である。全社最適と事業最適は構造的に相反しやすく、誰かが得をすると、誰かが損をする意思決定になりやすい。個々の事業担当者は、担当する事業を自ら断ち切ったり縮小したりする判断はできず、基本的には事業継続を前提に成長に向けた施策を考える。一方で、コーポレートの全社目線では、全ての事業の要望を同時に満たすことはできない。
2点目は、意思決定の不確実性である。市場成長率、競争優位、技術トレンドは予測不能で不確実性が高く、「今は正しそう」に見える判断が3年後に誤りと判明することもある。正解は後からしか分からないため、経営者は常に「不完全情報で不可逆な決断」を迫られる。
3点目は、静的なポートフォリオ評価の限界である。時間軸が事業ごとに異なるため、長期ビジョンや中計の断面で切り取っても、事業の実体や将来性を正しく評価するのは難しい。四象限のマトリクスに各事業をバブルチャートでマッピングするだけでは、現状の可視化に留まり、事業ポートフォリオ変革に向けたボトルネックは見えてこない。
つまり、事業ポートフォリオ変革は経営目標としては十分に語られている一方で、評価手法やマネジメントが追い付かず、実行段階で壁に直面する企業が少なくない。こうした課題に対し、意図的に事業ポートフォリオを動かしていく考え方・フレームワークとして、アビームコンサルティングでは「企業価値向上を実現するポートフォリオ・マネジメント支援サービス」を提供している。
https://www.abeam.com/jp/ja/expertise/sl407/

一方で、こうした整理だけでは解決できない、「経営者の意思決定」という課題が残る。

経営者の意思決定を支える評価軸としての社会インパクト

事業ポートフォリオ変革を志向すると、まず事業間の資本効率を横並び評価するためにROIC経営の導入に向けたモニタリング体制の整備が検討されることが多い。ただし資本効率だけに目を向けると、短期的に投資を抑制した縮小均衡に陥りやすい。そこでROICに加え、収益成長率やその前提となる市場成長率も踏まえて事業評価を行う。
具体的には、X軸にROICスプレッド、Y軸に収益成長率を置き、収益規模をバブルの大きさとしてプロットすると、現状またはビジョン最終年度のあるべき事業ポートフォリオが可視化され、稼ぎ所や成長のタネとしての事業が見えてくる(図1)。しかしここで2つの課題に直面する。
1つ目は、成長性が低く、資本効率性の低い、所謂「問題事業」の取り扱いである。事業ポートフォリオのバブルチャートでは第3象限に位置し、端的に言うと企業価値を毀損し、成長の可能性も低い事業である。客観的にデータを見れば継続性を問い直すべき事業であるが、これが祖業である場合や、過去からの顧客との繋がりなど、「しがらみ」によって縮小・撤退の判断は難しい。よくある手法としては「アラートライン」を設定し、例えば2期連続赤字が改善しない場合は縮小・撤退を検討するなど、判定基準を設けて体質改善施策の効果をモニタリングする。それでも意思決定の遅さや基準・ルール運用の曖昧さといった課題は残るが、基準運用の徹底を図るという方向は変わらない。

図1

ここでの本題は2つ目で、「どの事業を成長事業と位置づけ、いつまでに、どれだけ投資をするか」の判断が難しい点である。1つ目の「問題事業の取り扱い」のように、企業価値を毀損している事業については、一定の財務指標やデータに基づき、ある程度論理的に判断できる。一方で、成長事業への投資判断は、市場調査による成長可能性の見極めや、自社の強みとの適合性を踏まえたとしても、先行き不透明かつ未経験領域への挑戦となることが多く、最終的に経営者の判断や直感に委ねざるを得ない領域であるこで「前編」で述べた「社会インパクト」の考え方が、成長事業を選定・評価する際の一つの判断材料になり得る点を指摘したい。

図2

先ほど述べた自社の資本効率性と収益成長性だけでなく、各事業の社会インパクトを評価軸に据え、よりインパクトの大きな事業に成長投資をしていくという考え方である(図2)。

そもそも社会インパクトの大きな事業に取り組むことは、耳あたりの良い大義や単なるIR対策ではない。各事業が社会に与える影響を定量的に評価することは、事業の存在意義の大きさを可視化することであり、関連する市場規模や成長余地を示すことにもつながる。つまり、社会起点の事業価値を評価することは、自社目線の売上高や営業利益、ROIC等の資本効率性指標でなく、社会からの評価を通じて事業ポートフォリオを捉え直す行為とも言える(図3)。

図3

成長事業を「成長事業」と定義し、リソースを集中投下する判断は、しばしば経営者の“アート”に属する。将来になって初めて、当時掲げた目標設定や戦略が正しかったのか、そしてそれを実行できたのかによって評価されるからである。一方で、ここに「社会インパクト」という事業評価軸を加えることで、なぜその事業に賭けるのかという経営判断の妥当性を説明しやすくなる。理屈では説明し切れない、成長事業として取り組む意義や存在価値を、社会インパクトの概念を用いて補強することは、社会的価値と経済的価値の両立が求められるこれからの時代における、事業シナリオや成長投資を判断する一つの解になり得る(図4)。

図4

社会インパクトを経営判断に活かすという方向性経営企画や事業戦略を担う機能は、短期から長期の事業収益だけにフォーカスするのでなく、社会インパクトにも目を向けるべきである。そもそも社会インパクトは、事業から離れた立場で分析・評価することを目的にしているものではない。むしろ、つい近視眼的になりがちな事業運営から一歩引いて、当該事業の意義・存在価値を社会インパクトとして定量的に捉え直すことは、事業の当事者にとっても、経営者や経営企画といったコーポレート側にとっても意義深い。

アビームコンサルティングは、こうした理解のもと、社会課題・パーパス起点での事業構想から、社会インパクトの定義・定量化、財務指標との接続、さらには事業ポートフォリオ評価や成長投資判断への組み込みまでを一貫して支援してきた。構想にとどまらず、KPI設計、業績管理プロセス、ガバナンス、データ基盤やシステムへの落とし込みまで踏み込むことで、社会インパクトを「語る概念」から「経営で使われる評価軸」へと転換することを重視している。

パーパス経営やサステナビリティ経営を、単なる標語に終わらせず、経営の意思決定に組み込むことで、社会インパクトに基づく事業ポートフォリオ評価と、成長投資事業の「ありたい姿」を具体化していくことが重要である。

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