日欧プロジェクトに横たわる「見えない断層」 ―グローバル変革を阻む構造課題の本質―

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2026.02.19
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はじめに
日本企業による欧州展開は加速しており、製造、物流、販売、管理などさまざまな領域で日系企業の欧州拠点プロジェクトが日常的に立ち上がっている。システム導入、業務改革(BPR)、ガバナンス再設計、M&A後の統合支援など、プロジェクトのテーマも年々多様化・高度化している。とりわけ近年は、地政学リスクの高まりやサプライチェーン再編、ESG・規制対応といった外部環境の変化が重なり、海外拠点経営の複雑性が一段と増している。こうした状況下において、分野や業種を問わず多くのプロジェクトで「共通のつまずき方」が 繰り返し発生している。この「つまずき」は、ITの難易度やスキル不足といった表層的な問題にとどまらず、日本本社と欧州現地の間に横たわる構造的な断層に起因するケースが多い。意思決定プロセスや現場裁量の範囲、ガバナンスの捉え方など、組織構造や価値観の違いが根本的な障壁となっている。
本稿では、この「見えない断層」を構造的に整理し、その代表例としてERP導入を取り上げる。プロジェクト推進において顕在化する課題の本質と、現場起点での解決アプローチについて論じる。

執筆者情報

  • 中嶋 健人

    中嶋 健人

    Manager

1. 日欧プロジェクトに共通する「三層構造のズレ」

日欧プロジェクトでは、日本本社・欧州現地マネジメント・現場メンバーの三層が、それぞれ異なる合理性を持って動いている。本社は「統制とグローバル最適」、現地マネジメントは「市場競争と本社要請の両立」、現場は「現状最適と専門性維持」を重視しており、いずれも妥当な判断軸で動いている。しかし、この“三つの合理性”が共有されないままプロジェクトが進むことで、摩擦や停滞が生まれやすくなる。
多くの日本企業が欧州で展開するプロジェクトにおいては、「本社」「現地マネジメント」「現場メンバー」という三層構造に起因する視点や利害のズレが、共通の課題として頻繁に散見される。この現象はERP導入のみならず、BPR、SSC化、ITアウトソース、M&A後の統合など、ほぼ全てのグローバル案件に通底している。

① 本社:全体最適と統制を志向する論理

日本本社は、グローバル経営の高度化を背景に、スピード、ガバナンス、コスト最適化、リスク統制といった観点から、海外拠点にも「あるべき姿」を求める。戦略としては極めて合理的であり、数字の即時把握、内部統制の強化、グループ全体の透明性向上は、企業にとって不可欠である。
一方で、本社は構造上、現地オペレーションの細部や、日々の業務に内在する暗黙知・属人性・顧客との微妙な力関係までは把握しきれないという構造的制約を抱えている。
ある日本企業の本社では、海外拠点全体を俯瞰する立場から、アジアと欧州を同列の「海外拠点」として捉えていた。しかし実際には、欧州拠点は地理的にも心理的にも日本から最も遠く、日常的な業務実態に触れる機会は極めて限られていた。アジア拠点では日本人駐在員を通じて現場の状況が比較的リアルタイムに共有される一方、欧州拠点では現地採用比率が高く、業務も高度にローカライズされていたため、本社が把握できる情報は月次レポートや定例会議で報告される数値や進捗にほぼ限定されていた。
その結果、本社は「数字上は順調に見える」「特段の問題は報告されていない」という認識を持ちながらも、現場でどのような判断が積み重ねられているのか、顧客やベンダーとの微妙な力関係の中でどのような調整が行われているのかまでは把握できていなかった。現地化が進むほど業務は自律的に回るが、その前提となる暗黙知や属人的な判断は、本社からは一層見えにくくなっていったのである。

② 現地マネジメント:市場競争と本社方針の板挟み

現地マネジメントは、欧州市場の競争環境や顧客との関係性、現場オペレーションの実態を熟知している。そのため、本社が描く理想像が、現地の収益構造や顧客満足度、競争優位にどのような影響を与えるかを冷静に見極めており、単純な賛同ができない立場に置かれる。
短期的な業績責任を負う立場であるからこそ、「改革による中長期的な合理性」と「今期・来期の数字」のあいだで葛藤が生じやすいのが実情である。
ある欧州拠点のマネジメントは、本社から提示された業務標準化・システム統合の方針について、その必要性自体は理解していた。しかし、既存のプロジェクトと同時進行のスケジュールである点に強い懸念を抱いていた。
現地では、「今大幅な業務変更を行えば、顧客対応のスピードや柔軟性が落ち、今期の業績に直結するリスクがある」という認識が共有されていた一方で、本社からは「中長期的には不可避な改革であり、今こそ着手すべきである」というメッセージが繰り返し示されていた。
その結果として、現地マネジメントは、表向きは本社方針に賛同しつつも現場への展開については慎重な姿勢を取らざるを得なかった。これは改革に消極的であったわけではなく、「中長期的な合理性」と「短期的な事業責任」の双方を同時に背負う立場ゆえに生じた、現実的な判断であった。

③ 現地メンバー:現状最適に基づく抵抗感

現場レベルでは、「今のやり方で問題なく回っている」「顧客も満足している」という実感が強く、変革は「外から押し付けられるもの」として受け止められがちである。特に欧州では、職務分掌が明確で、専門職が長年同じ業務を担うケースも多く、自らの専門性や裁量が脅かされる変革に対して慎重になるのは自然な反応である。例えば、長年使い慣れた業務システムや独自の業務プロセスがERP導入によって一律に置き換えられる場合、現場メンバーは「自分たちのノウハウや工夫が否定される」と感じ、受け入れに強い抵抗感を示すことがある。実際、現場担当者からは「新システムは本社には便利かもしれないが、現地の業務には合わない」といった声が上がることが多い。

この三層の視点はいずれも合理的であり、論理としては成立している。しかし、互いの前提が十分に共有されないままプロジェクトが進行すると、意思決定の停滞、施策の形骸化、現場の疲弊といった現象が静かに進行していく。
このように、三層構造のズレは日欧プロジェクトが構造的に抱える本質的な難しさの一つである(図1)。

図1 日欧プロジェクトに共通する「三層構造のズレ」

2. 「構造課題」が最も顕在化しやすい象徴的テーマとしてのERP

日欧間に横たわる構造課題が最も顕在化しやすいテーマの一つがERP導入である。ERPは本社にとってはグローバル統制、内部統制強化、IT投資最適化を実現する王道施策であり、経営基盤整備として避けて通れない。一方、欧州拠点では全く異なる風景が広がっている。
欧州企業は歴史的に、業務領域ごとに高度に最適化された業務特化型システムを選定し、長年にわたり磨きこんできた。製造・物流・販売・品質・アフターサービスなど、事業競争力の源泉となる領域には、現場の裁量と暗黙知に根ざしたシステム群が深く組み込まれている。また、欧州市場は国ごとの商習慣・税制・規制が異なり、個別対応力が高いほど競争力を持ちやすい構造でもある。
そのため、欧州現地ではERPが業務や競争力の根幹に踏み込む改革として受け止められやすい。特に、現地独自の業務プロセスや顧客対応力が競争優位の源泉となっている場合、ERP導入は単なるITシステムの刷新ではなく、現地の強みそのものに影響を及ぼす施策と認識されることが多い。
グローバル標準化の対象領域と、現地が維持すべき独自領域の境界線が曖昧なまま進むと、三層構造のズレが一気に露呈する。ERPは横断的な業務に影響を与えるだけに、本社の“統制の論理”と現地の“競争力の論理”が衝突しやすく、象徴的なテーマとして構造課題が最もわかりやすく可視化されるのである。

3. プロジェクト停滞の「見えないコスト」

欧州拠点では、業務領域ごとに高度に最適化された業務特化型・業界特化型のシステム群を長年にわたって磨き込んできた企業が少なくない。製造、物流、販売、品質管理、アフターサービスなど、それぞれの業務がこれらのシステムによって支えられているケースが非常に多い。
これらのシステムは、グローバル標準という観点では非効率に見えるが、実際には、

  • 顧客対応スピード
  • 特定市場での高いシェア
  • 業務の属人性を前提とした柔軟性
  • ローカル規制や商慣習への即応力

といった、現地ならではの競争優位を支える中核資産でもある。ERP刷新がこれらを一律に置き換えようとすると、「業務効率は上がるが、顧客対応力が落ちる」「統制は取れるが、現場判断のスピードが落ちる」といったトレードオフが顕在化する。
同時に、現場にとっても単なるIT更新ではなく、自分たちが長年培ってきた競争力の基盤そのものに踏み込まれる行為に等しい。ここに、本社の論理と現場の心理の決定的なギャップが生まれる。
これらのギャップが埋められないままプロジェクトが動き出すと、ERPは「合理化施策」ではなく、「競争力の脅威」として認識されてしまうのである。

この構造ギャップが埋まらないままプロジェクトが進むと、表面上は「大きなトラブルは起きていない」ように見えながら、実態としては次のような失敗コストが静かに積み上がっていく。

  • 本社・現地間の調整に半年から1年単位で時間を失うケースが多発
  • 新旧システムの二重運用によるコスト肥大
  • 人材が「変革」より「調整」に忙殺される
  • 事業の成長に投下すべきリソースが、社内摩擦の解消に消えていく

これらはどれも決算書やKPIには直接表れにくい。しかし、気付かぬうちに企業体力を確実に削っていく「見えないコスト」である。これはERPに限らず、BPR、組織再編、SSC化、ITアウトソーシングなど、あらゆる日欧プロジェクトに共通する現象である。

4.解決の本質は二項対立ではなく、切り分けと合意形成

本質的な論点は、「ERPが正しいのか」「現地システムを守るべきか」という技術論の対立ではない。
真の論点は、

  • どの領域はグローバルで統制すべき経営インフラなのか
  • どの業務は現地の競争力の源泉であり、容易に触れてはならないのか

を、日欧双方が同じ解像度で理解し、納得感のある境界線をひけているかどうかである。例えば、会計や財務報告などグループ全体で統一すべき領域と、現地市場での競争力の源泉となる顧客対応やサービス設計など、現地独自性が求められる領域を明確に切り分けることが不可欠である。
重要なのは、“統制”と“競争力”のどちらを優先するかではなく、両者を両立させるための構造的な切り分けを、日欧で共通言語化できるかである。この切り分けが曖昧なまま議論が進むと、ERP化は「効率化」ではなく「競争力の毀損」につながりかねない。一方で、現地最適を守り続ければグループ全体のガバナンスが機能しなくなり、「統制不能な経営」に陥るリスクが高まる。このジレンマこそが、日欧プロジェクトの核心にある構造課題である。

5. 「現場起点」の実装アプローチと“実装のハブ”の役割

こうした構造課題に対して当社が最も重視しているのは、表層的な構想策定や理念の提示ではなく、現場に深く入り込み、構造課題を実務レベルで分解するアプローチである。
実際の業務がどのように運用されているのか、どのプロセスが人の判断に依存し、どこがシステムによって支えられているのかを、現場の視点で一つずつ明らかにしていくことが不可欠である。しかし、これらはヒアリングだけでは決して見えてこない。
現地メンバーとの業務同席、データ・ログ分析、既存システムの実操作の確認、顧客対応の現場観察など、多角的な方法で現場の実像に触れることで初めて、統制すべき領域と競争力を発揮する領域の切り分けが可能となる。

アビームコンサルティング英国支店では、現在複数の欧州案件を通じて、次のような実践的なプラクティスを段階的に確立している。

  • 短期間で現地業務・システム・競争力を把握するアセスメント手法
  • 本社・現地が同じ絵を見て議論できる、業務×IT統合マップ
  • ERP全面更改を前提としない、段階導入・段階統合型アプローチ
  • ERP+Best-of-breedの共存を前提としたハイブリッド構成設計
  • 現地ベンダー・現場人材との協働を前提とした運用・定着モデル

これらの取り組みは、日欧間に存在する抽象的な理念対立を、現場レベルの実務へと着地させるための知恵の集合体である。理念や理想論だけでは解決できない現場の課題に対し、実践的かつ段階的に対応することで、プロジェクトの成功確率を高めていく。

日欧プロジェクトの本質的な難しさは、単なる文化や言語の違い起因するものではない。

  • 経営スピードの捉え方
  • ガバナンスに対する距離感
  • 現場裁量と本社統制のバランス感覚

といった、意思決定や業務運営の構造そのものの違いに根ざしている。こうした構造的なギャップが、プロジェクト推進の現場でさまざまな摩擦や停滞を生み出しているのである。
だからこそ必要なのは、「戦略を描く人」と「現場で手を動かす人」を分断するのではなく、その両者を実務レベルで接続し、翻訳し、実装できる存在である。単なる調整役や通訳ではなく、双方の論理や価値観を理解し、現場で実際に機能する仕組みへと落とし込む「実装のハブ」が不可欠である。
ERPは、その構造課題が最も分かりやすく顕在化する象徴にすぎない。アビームコンサルティングは、今後も欧州の現場に深く入り込みながら、日欧間に横たわる「見えない断層」を一つずつ埋め、変革を確実に実装する「実装のハブ」として価値を提供し続けたいと考えている。


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