人事データ基盤の整備が企業ガバナンスを変える―人事システムをコーポレート基盤として経営に活かす方法

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2026.09.24
  • 人的資本経営
  • データドリブン経営
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人事システムは、人事部門の業務効率化ツールにとどまらない。従業員マスタは、「誰が、どの組織で、どの役割を担うのか」を示す企業活動の基礎情報であり、承認・会計・IT・サプライチェーンなど、コーポレートと事業の双方を動かす起点となる。

しかし実際には、人事情報が企業活動の基盤であるにもかかわらず、その情報が業務やシステムの運営に十分活用されているケースは多くない。誰がどの組織でどの役割を担い、どの業務を実行できるのかという情報が個別管理されているため、人事情報が全社共通の統制情報として機能していないのである。

この状態を解く鍵は、人事情報を全社で信頼できる源流として整備し、組織運営や業務権限の管理と連動させることである。これにより、企業はガバナンス強化と省力化に加え、コーポレートとバリューチェーンを一体で運営する基盤を獲得できる。本稿では国内製造業の実践事例を題材に、人事が人と組織に関する情報を通じて企業運営に新たな価値を提供するための考え方とアプローチを示す。

執筆者情報

  • 坂本 孝司

    Principal
  • 中村 淳哉

    中村 淳哉

    Senior Manager

1. 人事情報はコーポレートとバリューチェーンをつなぐ

本章では、人事システムが人事部門の基幹システムから全社の業務基盤へと役割を変えつつある現在地を整理する。人事情報がどの業務に、どの範囲まで利用されているかを製造業の実例に即して確認し、人事部門が担うべき価値がどこへ移動しているかを示す。 

人事システムは長らく、人事部門の業務を支える基幹システムとして位置づけられてきた。給与計算、勤怠管理、人事異動、評価管理といった人事機能の効率化が主な目的であり、多くの企業では人事部門内のテーマとして議論されてきた。
しかし、人事情報の利用範囲は、すでに人事部門を大きく超えている。
企業活動のデジタル化が進むほど、「誰が」「どの組織に所属し」「どの役割を担うのか」という人と組織に関する情報は、コーポレート業務だけでなく、購買・生産・販売・サプライチェーンなどのバリューチェーンを動かす統制情報となる。人事情報は、人事施策の材料であるだけでなく、企業が組織として意思決定し、業務を実行するための共通言語である。
この意味で、人事システムは人事のための仕組みではなく、コーポレートと事業をつなぎ、企業運営を一体化する基盤として捉えるべき段階に入っている。

実際、人事情報は以下のようなコーポレート業務と事業活動の双方で利用されている。

  • ID・アカウント管理
  • 権限管理
  • ワークフロー承認
  • 会計システム
  • 購買システム
  • サプライチェーン管理
  • 工場運営
  • 各種業務システム

特に製造業では、グループ会社、工場、営業拠点、海外拠点、出向者、兼務者など、多様な組織と人材が一つのバリューチェーンを構成する。そのため、人事情報の品質と提供方法が、企業全体の業務効率、統制水準、さらには組織変更への対応力を左右しやすい。

本稿で参照する製造業事例では、人事情報を利用する組織・システムが全社に広がり、関係するシステムは300以上に及んでいた。ここから読み取れるのは、源流となる従業員マスタは一つであっても、その情報は多数の業務へ展開されるという構造である。源流の改善は人事部門の効率化にとどまらず、下流に位置するコーポレート業務と事業活動の双方に効果を波及させる。

下図では人事情報の流れを「発生」「中継・加工」「利用」に分け、下流に行くほど関係者・関係システム・業務量が増える構造として整理している。

図1 人事情報の源流から全社利用までの構造

この構造の要点は、負荷が一箇所に集中せず分散して現れることにある。一つひとつの利用部門や業務だけを見れば、確認・加工・手修正の負荷は大きく見えない。
しかし、それが数十、数百の部門・システムで繰り返されると、全社では大きな運用負荷となる。人事情報の品質や提供方法の影響は、人事部門の中だけでなく、下流の業務に分散して現れるため、全社視点でなければ捉えにくい。
だからこそ、人事が担う価値も「人事業務を正しく処理すること」だけでは不十分である。全社が利用できる人事情報のあり方を設計し、コーポレートとバリューチェーンの一体運営を支えることに、新たな価値がある。
人事情報の品質と流通が整えば、組織変更を承認経路やシステム利用へ迅速に反映し、必要な人に必要な業務を担わせ、不要な権限を残さない運営が可能になる。人事は他システムの運用そのものに責任を負うのではなく、企業活動の前提となる「人と組織の情報」に責任を持ち、その情報価値を全社へ提供する役割を担う。
投資の対象は、人事システムそのものではない。人事情報を起点として、コーポレートとバリューチェーンをつなぐ企業運営基盤である。

2. 認証の先にある「認可」が人事情報を経営基盤に変える

本章では、人事情報を経営基盤へ引き上げる鍵として「認可」を取り上げる。認証と認可の違いを整理したうえで、多くの企業で認可が各システムの個別設定に委ねられてきた構造的な要因を確認し、人事情報を起点として一貫して制御を行うことの意味を示す。

人事情報の価値を一段引き上げる鍵が、「認証」から「認可」へ視野を広げることである。認証は、利用者が誰であるかを確認する仕組みである。これに対して認可は、確認された利用者に対し、業務やシステムにおいて「何をさせるのか、何をさせないのか」を決定する仕組みである。
多くの企業では、ID発行やログイン管理などの認証は整備されている。一方、認証された社員が、どの会社・組織に属し、どの機能を担い、どの事業に関わるかに応じて、承認・購買・会計・生産・販売などの業務をどこまで実行できるかという認可は、各システムの個別設定や手作業に委ねられやすい。

この状態が続いてきた背景には、二つの構造的な要因がある。第一は、業務システムの導入経緯である。各システムは業務ごとに異なる時期・異なる担当で導入され、認可の要件もその都度、個々の導入プロジェクトの中で設計されてきた。全社を通じて認可を定義する主体が置かれてこなかったため、結果としてシステムの数だけ設定方式が積み上がっている。第二は、責任分担の曖昧さである。人事情報をどの範囲まで提供するかは人事部門の判断に委ねられる一方、認可の設計はIT部門や各業務部門の領域と整理されてきた。その境界が定まらないまま今日に至っており、どちらの側からも全社最適の設計には踏み込みにくい。認可が個別最適にとどまる要因は、技術的な制約ではなく、こうした設計主体と責任分担の不在にある。

この個別管理を人事情報を起点に一貫して制御できれば、人事情報は単なる属性情報から、事業とシステムを動かす経営情報へ変わる。

例えば、人事システムに組織変更や異動が反映された時点で、承認経路、購買権限、会計上の閲覧範囲、工場・業務システムの利用範囲を適切に切り替えられる。これは省力化やセキュリティ向上だけではない。事業責任と意思決定権限を一致させ、組織設計を実際の業務運営へ反映することである。
認可を設計することは、どの組織単位に事業責任を持たせ、誰に最終判断を委ねるかを決めることでもある。
このため、人事情報の管理・活用の設計は単なる人事システムの設計ではなく、組織論・経営管理・システム設計が交わるテーマなのである。

人的資本経営の観点でも、論点は人材情報の可視化や分析にとどまらない。日々の事業運営に人事情報を組み込むことが人的資本経営を実務に接続する条件となる。アビームコンサルティングでは、このテーマをHR領域に閉じたシステム導入ではなく、経営管理、人事、IT、業務変革、ガバナンスを横断するコーポレート一体改革として捉えている。人事情報を起点に、組織・権限・業務・システムをつなぐことは、その具体的な実践テーマの一つである。

3. 人事情報を起点に認可とデータ流通を設計するアプローチ

本章では、国内製造業の実践事例をもとに、人事情報を企業運営基盤として機能させるための四つのアプローチを示す。事業と組織の構造から認可モデルを設計し、人事システムを情報の源流に据え、認可を組織に紐づけ、データの流通を統制する。

人事情報を企業運営基盤として機能させるには、単に従業員マスタの項目を整理するだけでは不十分である。まず、事業責任や組織設計を踏まえて、業務やシステムにおいて「誰に何をさせるのか」を定める認可の世界観を描く。そのうえで、必要な情報を、必要な業務へ、適切な形とタイミングで提供する仕組みを設計する必要がある。

3-1. 事業と組織の構造を踏まえ、認可モデルを設計する

認可モデルとは、業務やシステムにおいて「誰に何をさせるのか」を定義するモデルである。その設計は、従業員マスタの項目選定から始めるのではなく、自社がどの単位で事業を管理し、意思決定権限を持たせているかを捉えることから始めるべきである。

組織設計では、一般に「機能」「ビジネスライン」「地域」などの軸が用いられる。特にグローバル企業では、ビジネスラインと地域の組み合わせが損益管理や意思決定の単位となり、それに応じて認可のあり方も変わる。

本稿の事例では、人事情報を利用する約300のシステムを視野に入れ、サンプリングを通じて利用実態を確認した結果、所属会社、機能、ビジネスライン、雇用形態などを全社統制の中核情報として採用した。

図2 全社共通で制御する属性の定義と例

一方、国・地域、担当顧客、等級、役割、部下、組織、出向なども候補として検討したが、全社共通の認可情報には採用していない。判断の基準は、その属性で利用者を制御する仕組みが全社にどれだけ存在するか、そして要件の個別性がどれだけ高いか、の二点である。
本稿の事例では国・地域を軸に制御する仕組みは比較的少数であり、管掌範囲のように業務ごとの例外が想定される属性は、全社共通で定義しても運用が煩雑になる。これらは必要に応じて各業務システム側で管理する方が、全社運用を簡素に保ちやすいと判断した。

この採否の線引きには、認可モデル設計における重要な原則が表れている。
認可モデルは、考え得る属性をすべて盛り込むほど高度になるわけではない。全社共通で制御すべき項目を少数に絞り、個別性の高い条件は各業務へ委ねることで、統制と運用性を両立できる。重要なのは、一般的な組織軸を出発点としながら、自社の事業管理単位と実際の利用実態に即して取捨選択することである。
どの項目を全社共通で制御し、どの条件を各業務に委ねるかという境界には、企業それぞれのガバナンスに対する考え方と意思が反映される。
すべてを従業員マスタに集約するのではなく、全社共通の認可に必要な最小限の項目を、源流となる人事情報として管理する。この境界設計こそ、人事情報をコーポレート基盤として機能させる出発点である。

3-2. 人事システムを認可情報の源流にする

ガバナンス上の課題の多くは、各システムが人事情報を独自に管理し、個別に認可を設定することから発生する。
例えば、あるシステムでは所属情報を独自管理し、別のシステムでは役職情報を手作業で補正し、さらに別のシステムでは退職者情報の反映を個別に確認しているとする。一つひとつの運用は小さく見えても、全社で積み上がると大きな負荷になる。また、各システムが独自の判断で人事情報を再利用すれば、データの整合性やセキュリティの観点でもリスクが高まる。
ここで求められるのが、人事システムを認可情報の源流と定め、各業務システムへ提供する仕組みである。

本稿の事例では、この考え方を次のように具体化している。人事システムから認可に必要な情報を提供し、各業務システムではその情報をもとに利用範囲や権限を自動設定する。これにより、必要な認可の自動付与、不要となった認可の自動削除、各システムの独自運用の削減を図る構想である。
下図では他システムからの人事情報収集を禁止し、人事システムを情報提供の起点とする考え方が示されている。

図3 認可情報の源流となる人事システム

当社が重視するのは、システム連携の方式ではない。人事情報を誰が正本として管理し、どの業務に対して、どの情報を、どのタイミングで提供するかという企業全体の責任分担を定めることである。
人事システムが信頼できる源流となり、各業務がそこから必要な情報を受け取る。この構造が整えば、各業務の個別性を一定程度維持しながら、全社共通の認可と統制を実現できる。

3-3. 人ではなく、組織に認可を組み込む

認可を個人に直接割り当てる運用は、一見すると柔軟である。しかし企業規模が大きくなるほど例外設定が増え、異動、兼務、組織改編のたびに個人単位のメンテナンスが必要になる。その結果、手作業が残り、事業責任と実際のシステム利用範囲が乖離しやすくなる。
この乖離を防ぐ方式が、組織起点の認可である。

本稿の事例でも、この方式が採られている。機能やビジネスラインを社員に直接紐づけるのではなく、組織に紐づける方針であり、社員は組織に所属することで、その組織が担う機能やビジネスラインの情報を間接的に付与される。

下図は、機能やビジネスラインを組織情報として定義し、社員がその組織に所属することで、これらの情報を間接的に付与する考え方を示している。この方式は、社員ごとの個別設定を抑えつつ、組織デザインと認可を連動させる。

図4 組織への所属を通じた認可の付与

組織の登録・変更時に、機能やビジネスラインを定義する。これにより、どの組織がどの業務機能を担い、どの事業領域に責任を持つのかが定まる。組織改編や業務変更があっても、承認経路、業務システムの利用範囲、意思決定権限は組織定義に追随して整合する。

当社がこの方式に見るのは、運用負荷の軽減にとどまらない価値である。組織起点の認可は、人事情報の役割を単なる個人属性の管理から、事業責任と意思決定権限を実装する仕組みへ拡張する。
人事情報の整備とは、社員情報を精緻にすることではなく、組織の意味と責任を明確に定義し、企業運営に反映することである。

3-4. 人事情報の流通を統制し、全社で活用する

認可の基盤を機能させるには、人事情報そのものの流通も設計しなければならない。
人事情報は、人事部門だけが利用するものではない。法務、総務、IT、経営企画、工場運営、システム運用、各種事務局など、多くの部門が日々の業務で利用している。だからこそ、守秘性を理由に人事部門へ閉じ込めるのでも、無秩序に複製・再利用させるのでもなく、利用目的を明確にし、所定の申請・承認とアクセス制御のもとで提供する必要がある。
さらに本稿の事例では、人事情報を人事システムに集約し、各業務システムによる直接的・無秩序な取得や再利用を抑制する構想が整理されている。
下図では、人事情報の取得を申請制とし、無申請での取得や各業務システムから他システムへの人材情報の再利用を禁止する考え方が示されている。

図5 申請・承認による人事情報の流通統制

これは単なるデータ提供方式の変更ではなく、人事情報を誰がどのような目的で利用できるかを定め、申請・承認やアクセス制御を通じて、データの流通そのものを管理する構想である。
また、利用者が必要なタイミングで必要な人事情報を取得できるようにすることも重要である。従来のように、人事部門が都度ファイルを作成し、メールなどで提供する運用では、人事部門に負荷が集中するだけでなく、提供遅延や誤送信などのリスクも発生する。

下図では人事データの利用者が、適切な権限のもとで必要なデータをシステムから直接ダウンロードできる仕組みを整備し、人事部門の労力削減、必要なタイミングでの情報取得、セキュリティリスク低減、データガバナンス強化を図る考え方が示されている。

図6 人事部門を介さない情報取得の仕組み

本事例から得られる示唆は、人事情報の流通を整えることで、人事部門の省力化、利用部門側の業務効率化、セキュリティ向上、統制強化を同時に実現できる。
人事情報は、適切に保護すべき情報であると同時に、適切に活用することでコーポレートとバリューチェーンをつなぐ経営資産となる。
求められるのは、隠すことでも、無制限に開放することでもなく、利用目的を明確にしたうえで、所定の申請・承認とアクセス制御のもとで必要な業務へ必要な情報を提供することである。

4. まとめ

人事システムの価値は、人事部門の業務を効率化することだけではない。人事情報を源流として、コーポレートとバリューチェーンをつなぎ、組織の意思決定と日々の業務実行を一致させることにある。
その実現には、認証の先にある認可、すなわち業務やシステムにおいて「誰に何をさせるのか」という世界観から人事情報の管理と活用を設計する必要がある。
具体的には、自社の事業管理・組織設計を踏まえて全社共通の認可項目を絞り込み、人事システムをその情報の源流とし、組織への所属と認可を連動させ、人事情報の取得・提供・再利用に関するルールまで一体で設計することである。
これにより、人事情報は管理対象から、事業責任、意思決定権限、業務実行をつなぐ経営資産へ変わる。人事部門にも、人事業務を遂行するだけでなく、企業全体が正しく動くための情報基盤を担うという新たな価値が生まれる。
もっとも、この転換は全社を一度に見渡すことから始まるわけではない。 経営・人事・ITが最初からすべての利用先と再配信経路を完全に把握しようとすると、調査そのものが目的化し、実行が進まない。まずは人事部門が把握している主要な配信先や、権限・承認・会計など統制上の重要性が高いシステムに対象を絞り、利用目的、使用項目、更新頻度、再配信の有無を共通様式で確認することである。そのうえで、回答結果とサンプリングをもとに全社共通で制御すべき領域を特定し、影響度の高い領域から段階的に対象を広げる。このように、網羅的な追跡を目標にするのではなく、リスクと効果に応じて可視化の粒度を設定する。この見極めが、コーポレート一体改革の現実的な第一歩となる。

アビームコンサルティングでは、このテーマをHR領域に閉じた課題としてではなく、経営管理、人事、IT、ガバナンスを横断するコーポレート変革テーマとして位置づけている。構想策定から組織・認可・データ・業務の設計、システム実装、運用定着までを一貫して支援し、人事情報を起点とした全社変革の実現に貢献する。


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