マルチレール時代の決済変革 ~複数の決済レールを束ね、複雑性を競争力へ転換するアプローチ~

インサイト
2026.10.06
  • 銀行・証券
  • テクノロジー・トランスフォーメーション
  • グローバル
1320497735

クロスボーダー決済(国境をまたぐ送金)は、ISO 20022(国際的な送金電文の共通書式)への移行によって「電文フォーマットをそろえる」段階から、「構造化データを活用して業務全体を高度化する」段階へ移行しつつある。2025年11月に、国際送金ネットワークSwiftにおける電文フォーマットであるMTからMXへの移行が一定の節目を迎えたものの、銀行の決済基盤が単純化するわけではない。むしろ、既存レールの高度化、各国の即時決済網との接続、API化、トークン化預金の活用が並行して進み、金融機関が管理すべき複雑性は高まっている。

また、決済指図が高速に送信されても、受取人が直ちに資金を利用できるとは限らない。受取銀行における規制上の確認、入金処理、照合、例外対応などの業務が残るためである。標準化後の競争力を左右するのは、電文を送る速さだけではなく、その後に続く一連の業務をどこまで自動化し、複数のレールを横断して安定的に運営できるかである。

本稿では、標準化後の競争軸は、個別の制度やレールへの対応力から、異質性と複雑性を統合・管理する能力へ移ると捉える。その構造変化が銀行経営にもたらす影響を整理した上で、複雑性を競争力へ転換するための変革アプローチを考察する。

執筆者情報

  • Ryoya Sato

    Ryoya Sato

    Manager

1. 標準化後も残るクロスボーダー決済の課題

ISO 20022対応は構造化データ活用の出発点

標準化の重心は、電文フォーマットをそろえることから、構造化されたデータを使いこなすことへ移りつつある。

例えばSR2026(Standards Release 2026)では、CBPR+(クロスボーダー決済のためのISO 20022利用ガイドライン)の決済メッセージにおける完全非構造化住所が廃止され、完全構造化またはハイブリッド形式への対応が必要となる。2026年4月時点でも、送金依頼人住所の61.2%、受取人情報の62.9%が非構造化であり、金融機関には引き続きデータ品質の改善が求められる。※1

一方、Payments領域でMXへの移行が進んでも、Trade FinanceやCollectionsを含む他領域のMTが一斉に廃止されるわけではなく、銀行には当面、MXへの対応と、残存するMT資産の保守・更改を並行して進める負担が残る。※2

ここで本質的な課題となるのは、個々の電文項目を変更することではない。データの生成元、品質管理の責任、非準拠時の対応、既存システムとの連携まで含めて業務を再設計することである。制度対応を個別プロジェクトとして積み重ねるだけでは、接続先や変更の増加に比例して運用負荷も増え続ける。銀行には、将来の変更を前提として、データと業務を共通化できる構造が求められる。

ラストマイルの競争軸は業務判断・確認・照合の自動化

G20およびFSB(金融安定理事会)は、2027年末までに、ホールセール決済の75%を支払開始から1時間以内に着金させ、リテール決済の75%では受取人が1時間以内に資金を利用できる状態にすることを目標に掲げている。※3

一方、Swiftのネットワーク上では、クロスボーダー決済の75%が10分以内に受取銀行へ到達している。それでも受取人が資金を利用できるまでには時間を要する場合がある。この差を生むのが、受取国側の規制報告、営業時間、為替管理、受取銀行での入金処理や手作業である。※4

標準化後の主戦場はメッセージ変換ではなく、送金の適法性や整合性を判断し、確認・照合する業務の自動化にある。特に、オペレーション、コンプライアンス、経理、データ管理などに分かれている業務と責任を、End to Endで設計することが重要になる。この領域こそ、AIが具体的な効果を発揮する。

決済・市場インフラ委員会(CPMI:Committee on Payments and Market Infrastructures)は、現在のコルレス銀行チェーン(複数の金融機関を経由して国際送金を行う仕組み)において、電文修正や追加情報の照会が仲介銀行を一行ずつ経由するため、時間とコストがかかると指摘している。共通データ項目とAPIを用いて、関係銀行間で情報を直接かつ標準的に交換できれば、電文不備の修正、コンプライアンス調査、未着金調査を自動化し、リジェクト(拒否)や手作業を削減できる。AIは、この標準化・接続基盤の上で、原因推定や一次判断を高度化する役割を担う。※5

そのため、抽象的な「AI活用」ではなく、まずは実務に近い領域から活用を進めることが現実的である。

例えば、以下のようなユースケースが考えられる。

  • 送金目的・仕向国・金額に応じて必要な証憑や確認項目を自動判定する
  • 貿易金融書類やインボイスを読み取り、送金指図との整合性を確認する
  • 制裁リストやAML/CFT対応におけるヒット候補を絞り込み、人手確認の負荷を削減する
  • 未照合明細の原因を推定し、経理・オペレーション部門の調査時間を短縮する

もっとも、AIを導入すれば統制が不要になるわけではない。AIによる判断には、性能だけでなく説明可能性やエラー発生時の処理の透明性も求められる。AIは判断責任をなくすものではなく、意思決定を支援し、複雑な作業負荷を軽減するための仕組みとして位置付ける必要がある。

新たな決済レールは既存レールを代替せず、併存する

情報の共通化が決済レールの一本化を意味するわけではない。

BIS(国際決済銀行:Bank for International Settlements)は、クロスボーダー決済の将来像として、コルレス銀行モデルに加え、即時決済システム(FPS:Fast Payment System)の相互接続、Hub-and-Spoke型モデル、共通プラットフォーム、分散台帳技術(DLT:Distributed Ledger Technology)を活用した決済アレンジメントなどが並行して発展していると整理している。これは単一レールへの収れんではなく、複数モデルの併存を前提とした進化が進んでいることを示している。※6

こうした複数の決済モデルが併存する方向性は、2026年のSwift自身の施策にも二つの形で表れている。第一は、既存アレンジメントの高度化である。Swift Payments Schemeにより、既存ネットワークや各国インフラを活用しながら、手数料、為替、到着時間、取引追跡などの共通ルールを整備している。第二は、新しい決済アレンジメントの追加である。Swiftは既存インフラの高度化と並行して、トークン化預金などデジタル資産を扱うブロックチェーンベースの共有台帳の開発も進めている。トークン化預金とは、銀行預金をデジタルなトークンとして表現し、より柔軟な移転や決済を実現する考え方である。これらの施策は、既存の決済基盤が新方式に全面移行するのではなく、既存基盤の高度化と新たな基盤の追加が並行して進むことを示している。※7

銀行にとっての現実は、コルレス銀行チェーンや即時決済システム、共通プラットフォームなど、複数の決済アレンジメントを取引特性に応じて使い分ける世界である。

今後の競争軸は「どのレールを選ぶか」そのものではない。複数のレールを横断して、規制対応、データ管理、流動性管理、例外処理、顧客体験をどの程度一体的に運営できるかへ移りつつある。

言い換えれば、競争力の源泉は接続数そのものではなく、異なる決済レールや業務要件を統合・管理する能力へ移行している。

※1 Swift (2026). ISO 20022 in bytes for payments: Call-to-action for November 2026 / Unstructured address data.
https://www.swift.com/standards/iso-20022/iso-20022-bytes/call-action-november-2026
※2 Swift (2026). Standards releases (Knowledge Centre).
https://www2.swift.com/knowledgecentre/products/Standards%20MT/publications
※3 Financial Stability Board (2025). G20 targets for enhancing cross-border payments.
https://www.fsb.org/work-of-the-fsb/financial-innovation-and-structural-change/cross-border-payments/g20-targets-for-enhancing-cross-border-payments-2/
※4 Swift. Payment Optimization Playbook / Countdown to 2027 (Ahmed, N., 2026).
Payment Optimisation Playbook | Swift Countdown to 2027: Contributing to lasting progress against the G20 goals | Swift
※5 CPMI (2022) Interlinking payment systems and the role of application programming interfaces: A framework for cross-border payments
Interlinking payment systems and the role of application programming interfaces: a framework for cross-border payments
※6 BIS (2026). Cross-border payment technologies: innovations and challenges.
Cross-border payment technologies: innovations and challenges
※7 Swift (2026). A better cross-border payment experience is here.
A better cross-border payment experience is here | Swift

2. マルチレール化が銀行経営にもたらすインパクト

トークン化預金が拓く24時間365日の即時資金活用

こうした決済基盤の多様化は、銀行に二つの対応を同時に求める。第一は、既存・新規のレールを束ね、取引特性に応じて最適なレールを選択することである。第二は、新しい基盤を用いて、個々の決済プロセスや提供サービスそのものを再設計することである。

前章で触れたトークン化預金について、銀行にとって重要なのは、新しい決済レイヤーそのものではなく、既存勘定系を活かしながら決済運用を高度化できる可能性にある。

ただし、トークン化によって統制が不要になるわけではない。新たな基盤を利用する以上、即時性だけでなく、償還性・ガバナンス・セキュリティ・コンプライアンスを含めた設計が不可欠である。※8

したがって銀行の論点は、「新しいレールを追加するか否か」ではなく、既存の勘定系システムやAML、流動性管理、会計、顧客チャネルとどのように共存させ、どの領域から段階的に24時間365日対応へ移行するかに移る。

また、24時間365日決済が広がることで、銀行の提供価値そのものも変化する。「送金を処理すること」だけでなく、「企業の資金をいつでも使える状態に保つこと」へと提供価値が広がる。企業CFOの関心が「残高の可視化」から「資金をいつでも使える状態」へ移るのに合わせ、銀行は資金滞留の解消や即時利用可能性の提供を通じて、新たな価値を提供することが求められる。

こうした価値の拡大と、それに伴う複雑性の増加をどのように管理するかが、銀行経営における重要な論点となる。

銀行の負担は接続数ではなく、異質性の管理で決まる

マルチレール対応は、単にAPI接続を増やす問題ではない。各レールでは、決済確定の考え方、流動性管理、営業時間、返金ルール、コンプライアンス対応など、運用ルールそのものが異なる。ISO 20022によって「誰が、誰に、いくら支払うか」を共通の形式で表現できるようになっても、「いつ決済完了とみなすか」「誰がどこまで確認するか」「障害や失敗時に誰が責任を負うか」といった業務ルールまでは統一されない。

BISは、クロスボーダー決済の主要な課題の一つとして相互運用性の不足を挙げている。※6
ここでいう相互運用性とは、システム同士が通信できることだけではなく、データ項目の定義や業務ルールの整合まで含む。

したがって、銀行の統合負荷は単純な「レール数」だけでは測れない。レール数に加え、国・地域、商品、顧客層、規制差異、変更頻度などが重なることで、管理すべき複雑性は大きく増加する。

同じ即時決済でも、ある国では24時間の即時確定が可能である一方、別の国では上限金額や返金ルールが異なる。さらに、ステーブルコインやトークン化預金など新しい技術への対応も加わり、共通化できる領域と個別対応が必要な領域も変化する。銀行は、こうした異質性を継続的に管理していかなければならない。

法人顧客価値から見たマルチレール化

マルチレール化の価値は、銀行の運営効率だけで決まるものではない。銀行が複数の決済レールを束ねる目的は、その違いを法人顧客に意識させることなく、財務・経理業務に必要な価値を提供することにある。

企業の財務部門にとって重要なのは、単に送金が速いことではなく、必要な時点で資金を利用できることである。24時間365日の即時決済が広がれば、着金時刻の予測可能性が高まり、運転資金や現地口座の持ち方を見直せる可能性がある。一方で、利用するレールによって決済確定のタイミングや返金ルールなどが異なれば、資金管理はかえって複雑になる。

経理部門が期待する価値は、構造化された支払・入金情報を利用した消込・照合の自動化である。ただし、ISO 20022への対応だけで、企業が必要とする情報がすべて充足されるとは限らない。camt電文では従来利用していた情報を十分に取得できない場合もあり、標準データとERPなどの社内データをどのように組み合わせるかが課題となる。

したがって企業財務・経理にとっての論点は、「どの決済レールを選ぶか」ではなく、資金の即時利用と業務の自動化を、複数のレールにまたがって実現できるかである。銀行には、取引ごとに適切なレールを選択するとともに、その違いを吸収し、企業の財務・経理業務へ一貫したデータとサービスを提供することが求められる。

標準対応を守りの固定費で終わらせない

銀行に求められる決済基盤への投資は増えている。一方で、そのコストを吸収する収益環境が同じ速度で拡大しているわけではない。世界の決済産業は依然として成長市場であるものの、即時決済や口座間送金の拡大に伴い、収益成長率には下押し圧力が生じている。

そのような環境下でも、銀行は、ISO 20022対応、即時決済への接続、サイバーセキュリティ対策、不正検知、AML/CFT対応、データ管理などへの継続的な投資を求められる。さらに、規制や監督制度の違いによってコンプライアンス対応は複雑化し、コスト増加の要因となっている。※9

構造化データ対応や規制対応は、顧客からみれば付加価値ではなく、決済サービスを提供するための前提条件になりつつある。そのため、これらへの投資は差別化要因というより、市場に参加するための固定費としての性格を強めている。

銀行にとってより大きな経営課題は、特定の標準移行への対応に失敗することだけではない。増え続けるシステム接続や業務統制の維持・更新に投資を継続しながら、そのコストを十分に回収できなくなることである。だからこそ重要なのは、これらの投資を守りのコストで終わらせないことである。24時間365日の資金活用やデータ活用を通じて、新たな顧客価値へ転換できるかどうかが、今後の競争力を左右する。

※6 BIS (2026). Cross-border payment technologies: innovations and challenges.
Cross-border payment technologies: innovations and challenges
※8 BIS(2023) Trust bridges and money flows: A digital marketplace to improve cross-border payments
Trust bridges and money flows
※9 Financial Stability Board (2024). Recommendations to promote alignment and interoperability across data frameworks.
Recommendations for Regulating and Supervising Bank and Non-bank Payment Service Providers Offering Cross-border Payment Services: Final report

3. 複雑性を競争力へ変える変革アプローチ

アビームコンサルティングでは、マルチレール対応を個別システムの接続問題としてではなく、事業ポートフォリオ、業務統制、アーキテクチャ、ソーシングを横断する変革として捉えている。今後の競争力につなげるためには、増大する複雑性をどのように管理するかという視点が欠かせない。すべての機能を自前で抱えるのではなく、どの機能を競争優位の源泉として自ら保持し、どの機能を共通化・外部化するかを見極める必要がある。

こうした変革を具体化する上では、次の4つの観点が重要となる。

  • レール・ポートフォリオの経済性評価
    国・通貨・顧客・取引目的ごとに、取引量、収益、流動性負担、障害リスク、コンプライアンス費用、年次変更費用まで含めたCost-to-Serve(サービス提供コスト)を可視化し、直接接続する領域、パートナー経由とする領域、将来的に撤退する領域を切り分ける。
  • 共通化できる統制とレール固有統制の分離
    制裁確認や不正検知の仕組みは共通基盤に集約しつつ、「即時決済では何秒以内に判断する」「高額送金では追加確認を行う」といったレール固有の差分のみを個別に設定できる構造を追求する。
  • 変更を前提としたアーキテクチャとデータ設計
    新しいレールへの接続や制度変更が今後も発生することを前提に、行内で扱う情報の意味やデータの持ち方を可能な限り共通化する。AIはその共通基盤の上で、判断支援や作業削減の仕組みとして活用する。
  • ソーシングとエコシステムの設計
    標準対応、接続監視、照合、テスト、運用などは、外部活用が効率的な場合も多い。ただし、ベンダーロックインを避けるため、データ所有権、サービス終了時の移行性、障害時の責任分界まで設計し、将来の選択権と最終的な判断責任を銀行側に残す。

もっとも、これらを一度に実現することは現実的ではない。マルチレール化や制度変更が今後も継続することを前提に、優先順位を定め、段階的なロードマップとして描くことが現実的である。

これら4つの観点は、短期にすべてを完成させるものではない。短期では構造化データ対応と実務に近いAI活用、中期では統制・APIの共通化、長期ではトークン化預金を含む24時間365日対応へと、段階的に具体化する。

おわりに:マルチレール時代に求められる競争力

ISO 20022という共通言語は、クロスボーダー決済の電文構造をそろえる大きな前進である。しかし、各国の制度、決済資産、流動性、リスク、顧客ニーズまでを一つにするものではない。今後、競争力を持つのは、接続するレールの数が最も多い銀行ではなく、自ら保有すべき複雑性、外部化すべき複雑性、顧客価値に転換できる複雑性を見極められる銀行である。

標準化の先に始まるのは、フォーマット間の競争ではない。異質な決済レールや業務要件をどのように束ね、その複雑性を顧客価値へ転換するかをめぐる競争である。

アビームコンサルティングは、銀行・決済領域における業務改革、システム構想、データ活用、AI活用、グローバルプロジェクト推進の知見を組み合わせ、金融機関が複雑性を統制しながら新たな顧客価値を創出する変革を支援する。


Contact

相談やお問い合わせはこちらへ