【イベントレポート】企業が切り拓く新たな価値評価の潮流―IVC(Impact Value Consortium)設立が示すインパクト会計の可能性

インサイト
2025.10.30
  • 経営戦略/経営改革
  • 企業価値経営

企業活動がもたらす社会的価値が注目されるなか、その価値を適切に測定し、経営判断に生かすための手法として「インパクト会計」が世界的な広がりを見せている。

アビームコンサルティングが設立したIVC(Impact Value Consortium)は、インパクト会計のデファクトスタンダードの確立と、企業の実質的な利益をもたらす活用促進を目的とした企業共創型のコンソーシアムである。参画企業が連携し、社会的価値の適切な「測り方」と「語り方」を追求することで、社会的価値と企業価値の接点を明確化し、日本企業の持続的な企業価値向上につながる新たな評価軸の確立を目指して活動している。

2025年9月4日、アビームコンサルティングは、企業共創型コンソーシアム「Impact Value Consortium」(IVC)の設立記念セミナーを開催した。

本セミナーでは、インパクト会計の日本における第一人者である柳良平氏(当社エグゼクティブアドバイザー/早稲田大学大学院客員教授)による基調講演や、早稲田大学教授で同大学院会計研究科長の清水孝氏を交えたパネルディスカッションを通じて、日系企業がインパクト会計に取り組む意義と実装への道筋が示された。

(本稿は、2025年9月4日に開催された「企業共創型コンソーシアム「Impact Value Consortium」設立記念セミナー」の内容をもとに再構成しています)

左からアビームコンサルティング企業価値戦略ユニット プリンシパル 今野愛美、早稲田大学教授 大学院会計研究科長 清水孝氏、当社エグゼクティブアドバイザー/早稲田大学大学院客員教授 柳良平氏

IVCとは、企業自身による「企業価値と社会的価値」をつなぐ共創の場

最初に登壇したアビームコンサルティング企業価値戦略ユニット プリンシパルの今野愛美はIVC設立を取り巻く状況について、「これまでもグローバルでは、IFVI(International Foundation for Valuing Impacts)、VBA(Value Balancing Alliance)、Capitals Coalitionなど、多様なインパクト会計の国際的イニシアチブが発足してきました。これらは近年、戦略的提携を進めながら、共通の枠組み構築に向けた動きが加速しています」と説明した。

こうしたなかで、単なるトレンドの追随にとどまらず、独自の視座とアプローチを提示することで、日系企業におけるインパクト会計の普及・定着にアビームコンサルティングとして主体的に貢献していきたいと述べた。

その具体的な例が、「企業価値マネジメントサイクル」である。これは、企業価値向上のために必要な要素間のつながりを、アビームコンサルティング独自の視点で体系化したモデルである。具体的には、非財務資本の強化を起点として、事業活動の活性化を促し、顧客価値の創造を経て企業価値の向上へとつなげる一連の流れのなかに、社会的価値の創出を明確に位置づけることで、インパクト会計を経営管理に実装可能な形で組み込むことを目指している。

2025年8月に設立されたIVCは、企業のみで構成される共創型の産業横断コンソーシアムであり、企業活動がもたらす社会的インパクトの適切な測定と活用、非財務資本と事業戦略の接続、社会的価値と企業価値の相互作用の可視化・ストーリー化を通じて、企業間での知見共有と実践的な価値創出のプロセス設計を推進する点に特徴がある。投資家やアカデミアの視点は重要だが、「まずは企業が主語となり、企業自身の視点でインパクト会計の活用方法を主体的に検討する必要があります。そのため、企業として実現可能な方策をあえて模索するとの意思が込められています」と今野は語った。

図1 IVCが目指す姿

IVCの活動は、大きく3つの主要施策を軸に展開される予定である。具体的には、①インパクト可視化のロジック汎用化、②社会的価値から企業価値へのストーリー化、③日系企業全体への対外発信である。すでに、アサヒグループホールディングス、ANAホールディングスなど4社が主要参画企業として検討を進めている。

図2 IVCの主な取り組み

インパクト会計の歴史およびグローバル動向。高まる日本への期待

基調講演では、日本のインパクト会計の第一人者である柳良平氏が登壇し、「インパクト会計の意義と投資家の視座」と題して専門的な知見を提供した。同氏は現在、早稲田大学大学院会計研究科で客員教授を務めるほか、当社のエグゼクティブアドバイザー、M&Gインベストメンツジャパン株式会社副社長を兼任しており、IVC設立に際しても多方面から助言を行ってきた。

柳氏は「インパクトとは、企業活動が社会全体に及ぼす外部経済性であり、環境問題や人権問題など、財務情報ではとらえきれない社会的影響を定量化・可視化する概念です」と説明した。インパクト投資とは、その社会的影響に着目し、意図的に資金を投じる投資手法であると概念を補足した。

インパクトに対する議論は、時間の経過とともに本格化してきたが、大きな転換点となったのは、インパクト投資の父とされるイギリスのロナルド・コーエン卿が、従来の「リスク」「リターン」に加えて、「インパクト」を第三の軸として導入したことにあると述べた。

この概念は、2019年にハーバードビジネススクールによって「インパクト加重会計」として体系化された。さらに2022年には、IFVI(International Foundation for Valuing Impacts)という国際財団が設立され、インパクト加重会計の理論構築と実装適用に向けた研究・開発が本格的に始動した。

IFVIはその後、グローバルな非営利団体であるCapitals Coalitionと統合され国際的な枠組みの整備が進められている。一方で、ドイツに本拠を置く非営利団体VBA(Value Balancing Alliance)には約80社が参画し、インパクト会計を戦略立案や財務分析に積極的活用している。

概要を整理した柳氏は、インパクト会計分野における日系企業の先進的な取り組みに強い関心を寄せていると語った。

「IFVIが選定した2024年のインパクト加重会計の優良開示事例では、グローバル企業12社のうち、日系企業ではKDDI株式会社、五常・アンド・カンパニー株式会社、エーザイ株式会社の3社が選出されました。投資家や官公庁の取り組みを除いた企業単独のベストプラクティスとして、日本企業が3社も選ばれたことは、国別でみれば事実上世界第1位の評価と言えます」(柳氏)

VBAのCEOクリスチャン・ヒラー氏も、2025年5月の来日時に「現在アメリカでは、ESGやインパクト投資に対して懐疑的な見方(USバックラッシュ)が広がるなか、ヨーロッパと日本での展開に期待したい。特に日系企業は社会貢献の意識が高く、インパクト加重会計のさらなる進展に向けて大きな可能性を秘めている」との発言があったと柳氏は紹介した。さらにG7インパクトタスクフォースでも、日本発のインパクト会計事例が取り上げられるなど、国際的な注目が高まっていると述べた。

投資家が求める厳格な評価基準に応えるためのポイント

一方で柳氏は、投資家がインパクト会計における厳格な評価基準と客観的根拠を求めているとし、「USバックラッシュの影響により、根拠の乏しい取り組みは自己満足や理想論とみなされ、容易に否定される」傾向があると指摘した。

投資家が重視する要件として、頻繁に挙げられるのが「マテリアル(重要性)」と「メジャラブル(測定可能性)」の2つの評価軸だという。「マテリアル」とは、自社のパーパスやマテリアリティに整合し、かつ金額ベースで一定の影響度が認められるかどうかを意味する。「メジャラブル」とは、主観的な理論ではなく、信頼性の高いエビデンスと透明性のある詳細な情報開示が伴っているかどうか」を指す。

加えて「アディショナリティ(追加性)」の観点を評価基準として問う傾向もある。これは、業界全体で一般化された取り組みではなく、自社独自の付加的な社会的価値の創出がなされているかを評価する視点である。

では実際に、企業はインパクト会計に取り組む際、どこから着手すべきなのか。柳氏は、自身が開発した「柳モデル」とインパクト会計を併用することを提唱している。柳モデルとは、ESGのKPIが将来的にPBR(株価純資産倍率)にどのような影響を与えるかを定量的に示す価値関連性の実証モデルであり、インパクト会計が示す社会的価値の絶対量と組み合わせることで、投資家に対する説得力と納得感を高める効果が期待される。

企業が実現したインパクト会計の価値を、誰にどう伝えるべきか

セミナー終盤では、今野がモデレーターを務め、柳氏と早稲田大学教授で大学院会計研究科長を務める清水孝氏をパネリストに迎え、インパクト会計の実施と伝達に関するパネルディスカッションが実施された。

インパクト会計の導入に際して企業が直面する課題とその解決策について、管理会計の専門家である清水氏は、「インパクトの測定結果が社内管理にどう活かされるか」という視点を重視するべきであるとした。これは、社外への発信力を高めるには、まずの従業員の理解とエンゲージメントの向上が不可欠であるとの理由からであると説明した。

「『社会や環境によいことをする』という理念先行の取組みではなく、自社の製品やサービスが具体的な社会課題の解決にどう貢献しているかを、定量的に把握・評価することが重要です。そうした成果が社内で共有されることで、従業員は自らの業務が社会に与える意味や価値を実感し、仕事への誇りや主体性が高まります。つまり、社会的貢献を“目的として掲げる”のではなく、“事業活動の結果として生まれる”社会的価値を可視化することが、社内の理解と納得を生み出す鍵となります。実際に、こうしたエンゲージメントの向上はデータでも裏付けられています」(清水氏)

柳氏はこれに対し、自らの実体験を踏まえて次のように応じた。

「エーザイのCFOを務めていた当時、インパクト会計と柳モデルの成果を、決算労使協議会で継続的に説明していました。そこでは、企業価値の向上と社会貢献の度合いを、毎回具体的な数値で提示し、従業員組合を中心とした関係者に共有していました。その結果、組合委員長から『社員のモチベーションが向上した。全国で共有すべき取り組みだ』との評価を受け、人的資本経営のKPIとして正式に採用されました」(柳氏)

ただしこれらの実装に当たっては、3つの大きな障壁があると柳氏は補足した。

第1に「経営層のコミットメントを得る難しさ」である。インパクト会計に関心を寄せる経営層は増えているものの、その導入目的やタイミングについて、経営層と推進部門の間で十分に議論されていないケースも多い。そのため、両者が同じ方向を向き、共通理解を持つことが導入の前提となる。
柳氏は「CEOの部屋で1時間かけて説得し、『任せる』と言われたのでようやく進めることができた。誰かが覚悟を持ってリスクをとる必要がある」と語り、経営層の意思決定を引き出すには、推進側の強い意志と戦略的な働きかけが不可欠であることを示唆した。

第2の壁は「測定の複雑さ」である。特に製品・サービスインパクトの評価は、業界や企業ごとにカスタマイズの余地があるため、柔軟に活用できる一方で、測定手法が複雑化しやすく、実装の難易度が高まる傾向がある。
そのため、評価が主観的にならないよう、信頼性の高いエビデンスを丁寧に積み上げることが不可欠であり、インパクトの妥当性を担保するための設計と検証が求められる。

第3の壁は、「投資家の理解の乏しさ」である。清水氏は、ある地方銀行の外部取締役を務めていた際の経験として、「IRの場で、ESG関連の質問を一度も受けたことがない」と振り返った。このことから、投資家の理解を促進するには、企業自らがインパクトを測定し、積極的に開示・発信する姿勢が不可欠であると指摘した。

課題を乗り越える、3つの実践的アプローチと導入のポイント

インパクト会計における課題に、企業はどう対応すべきか。まず「トップのコミットメント獲得」については、IVCが提供するリソースや知見を活用することが有効な手段となる。柳氏は、「日系企業に根強い横並び志向を逆手にとり、『他社はこういう取り組みをしている』と示すことで、経営層の理解と賛同を得やすくなるのでは」と提案する。

次に「測定の複雑性」については、専門家の知見を活用することが重要な鍵となる。測定には高度な専門的技術が要求され、自社だけで取り組むのは現実的に困難である。日系企業にありがちな自前主義に陥ることなく、外部の専門家やコンサルティング会社と連携することが、確実な成果への道筋となる。

そして3つ目の「投資家の理解不足」については、投資家とのエンゲージメントを築くには粘り強い熱意と継続的な対話が不可欠とした。柳氏は、エーザイでCFOを務めていた際の経験を振り返り、「年間800件のIR面談で、最後に『あと10分だけください』と懇願しエレベーターピッチを行いました。そうしてようやく理解を得ることができるのです。統合報告書をWebに掲載するだけでは、誰も積極的に読んでくれません」(柳氏)

ここで重要なのは、「たとえネガティブな数値であっても開示する勇気を持つこと」だという。「数字が悪くても開示することが重要です。なぜならそれが議論の出発点となり、課題が明確になれば改善・成長につなげることができるからです。例えば女性管理職が低い場合でも、改善プランを提示すれば投資家は納得します。情報を隠していては何も始まりません」と柳氏は強調した。

清水氏も同意見を示し、「良い数値が出たから開示するのではなく、悪い結果が出たことで『今までのアプローチが間違いだった』と気づける。それが次の改善につながるのです」と述べ、PDCAサイクルの実践と情報開示の重要性を指摘した。

また、導入に際しては、全社一斉にインパクト会計を始める必要はないという。アビームコンサルティングが支援する100社以上が、柳モデルを採用しているが、詳細開示を行っているのは11社のみであり、その他は主に内部改善や分析に活用していると今野は説明した。

IVCは、企業による企業のための「新たな知識創造の場」

ディスカッションの最後では、今回設立されたIVCの意義について、清水氏が経営学者として知られる野中郁次郎氏の知識創造理論に触れて、次のように語った。

「野中先生は、知識創造のためには『場』の形成が不可欠であると指摘されています。IVCは、まさに企業間で知識を共有する『場』であり、今後の活発な展開が期待されます」(清水氏)

一方で柳氏は、「インパクト会計は、企業理念や社会貢献といった暗黙知を形式知として可視化・共有する試みである」と説明。「官庁・投資家・学術界だけでなく、企業が主体となって構成する、企業のためのコンソーシアムであることにこそ意義がある」と強調した。

IVCは今後も主要参画企業による月次検討の場を継続し、オブザーバー企業との座談会、2026年初頭には成果発表が計画されている。また、すでに参画が確定している4社に加え、オブザーバー企業の募集も開始されており、参加の裾野が広がりつつある。日本発のインパクト会計を世界に向けて発信する取り組みが、IVCの設立によって大きく動き出したと言える。


Contact

相談やお問い合わせはこちらへ