トランザクションバンキングにおけるAPI活用戦略・Embeddedサービス戦略の分析と展望

インサイト
2025.09.18
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トランザクションバンキングは、送金・資金管理(Cash Management)や貿易金融(Trade Finance)を統括する法人向け銀行サービスであり、企業の国内外における経済活動を支える重要なインフラとしての役割を担ってきた。また、トランザクションバンキングは銀行にとってもコーポレートバンキング事業の主要な収益源であり、その安定と成長は金融機関の経営において極めて重要である。
金利変動の影響はあるものの、世界的に見てトランザクションバンキング市場は、Cash Management、Trade Financeともに安定的に成長傾向にある。2030年にかけては、年平均成長率(CAGR)約6%※1が見込まれている。この成長トレンドは、グローバル大手銀行の業績からも裏付けられる。たとえば、Citi BankのTreasury and Trade Solutionsは2022年度から2024年度にかけて約23%※2の成長率を記録、また、HSBCのGlobal Trade SolutionsおよびGlobal Payment Solutions(Commercial BankingとGlobal Banking and Markets収益を合算)は、同時期に約53%※3という伸び率を示している。

2010年代半ばから始まったOpen Bankingの潮流は、トランザクションバンキングのビジネスモデルに変化をもたらしている。銀行と企業間の関係性、そして金融サービスの提供方法が変化する中で、企業側が享受するメリットも多様化している。

本インサイトでは、トランザクションバンキングのサービスチャネルの変遷を踏まえ、特にAPIを活用したサービスモデルの特徴を解説する。さらに、今後のトランザクションバンキングサービスのチャネルモデルの動向を分析するとともに、これら新しいサービスモデルが銀行にもたらすチャレンジを考察するとともに、銀行がグローバル市場で競争優位を確立するためのアプローチを提示する。なお、調査にあたっては、Forrester社の協力を得て実施した。

執筆者情報

  • Yoshitaka Yasui

    Director
  • Aya Noguchi

    Aya Noguchi

    Senior Manager
  • Tatsuya Oyama

    Tatsuya Oyama

    Manager

1. トランザクションバンキングビジネスのトレンド

1) トランザクションバンキング サービスチャネルの変遷

トランザクションバンキングのサービスチャネルは、企業のデジタル化ニーズと技術革新に合わせて進化を続けてきた。Open Banking規制(特に欧州のPSD2)の推進やAPI(Application Programming Interface)技術の発展により、2010年代半ば以降、銀行は法人利用にもAPIを活用したトランザクションバンキングサービスの開発を推進している。リアルタイムでの決済実行や残高照会・データ連携に加え、非金融プラットフォームや企業のワークフローにシームレスに組み込む「Embeddedサービス」も登場している。(図1)

図1 トランザクションバンキング サービスチャネルの変遷

※4 ERP (Enterprise Resource Planning system), TMS (Treasury Management System)

2) トランザクションバンキングにおけるAPIサービスモデル

まず、トランザクションバンキング3領域における、API活用例を図2に示す。

図2 トランザクションバンキング サービスにおけるAPIのユースケース

※5 銀行によってはCash ManagementもしくはTrade Financeに分類することもある

グローバル大手銀行は、これらユースケースを基に、情報の交換相手に応じたAPIサービスモデル、付加価値を組み込んだサービスモデルを積極的に開発・展開している。

図3 トランザクションバンキングにおけるサービスチャネルとAPIサービスモデル
  • Client-led interfaces (Direct API): 企業は銀行が提供するAPIを通じて、自社システムに銀行サービスを埋め込む。提供される銀行サービスは、銀行によって異なるが、送金、残高照会、ステートメント還元などが代表的である。企業は普段使いのシステムを離れることなく、必要な銀行サービスを利用できる。Goldman Sachsのように、仮想口座もAPI経由で開設できる銀行もある※6
  • Partner-embedded Banking (Embedded): SAPなどのERPシステムやKyribaなどのTreasury Management System (TMS)、またFintech企業が運営する第三者プラットフォームに銀行のトランザクションバンキングサービスを埋め込むモデル※7。Direct API同様に企業は普段使いのシステム上で必要な銀行サービスを利用可能。
  • Infrastructure-as-a-Service/ Banking-as-a-Service (BaaS): 銀行は「裏方」として金融機能を提供し、パートナー企業が顧客接点を持つ。また、パートナー企業が銀行顧客や他の金融機関である場合もある。

※6 2025年8月時点
※7 日本においては、第三者による銀行システムへのアクセスは「電子決済等代行業者」のみが許可されている

3) トランザクションバンキング サービスチャネルの顧客セグメント別動向

では、企業規模や特性に応じて、トランザクションバンキングのサービスチャネル利用は今後どのように推移するのだろうか。企業規模ごとに、2025年現在の特徴を示し、2028年にかけた推移を以下に示していく(方向性パターンを示すものであり、地理、業界、銀行個々のケイパビリティ等により差異があることは留意いただきたい)。

多国籍大企業(Annual Revenue: US$1B以上)の利用
従来、複数銀行を利用する多国籍大企業は、送金等コア業務においてHost-to-Host (H2H)やSwift依存が強く、API利用はリアルタイムでの残高照会や支払状況の追跡などの使用が多い。Eコマース企業は取引量の多さとスピード需要から、リアルタイムAPIの利用、Embedded Collectionサービスなどのリーディングアダプターである。コングロマリットや製造業企業は、より高度なプーリング、企業内資金移動、ERR統合型の流動性管理を求める傾向がある。デジタルネイティブ企業は、ユースケース全般的にAPI利用を適用しやすい。
2025年から2028年にかけたサービスチャネル別シェア(取引件数ベース)の推移を、図4のように分析する。

図4 多国籍大企業におけるチャネル別取引件数シェアの予測(2025年~2028年)
  • Web Portalは例外対応、アドホックな利用、あるいは統合がまだ現実的でない市場においてのみ使用されていく。
  • 支払やレポーティングなどの大量バッチ処理においてはHost to Host (H2H)が依然として主流であるが、リアルタイム機能を持つDirect APIとの併用が増えており、支払状況の追跡、照合、残高照会などのユースケースで採用が進む。

中堅企業(Annual Revenue: US$100M以上 US$1B未満)の利用
上記多国籍大企業に対し、IT組織がスリムかつレガシーシステムの制約が少ないこともあり、送金、照合、残高照会など多岐に渡り、APIファーストアプローチへの需要が見られる。また、ERPやTMSプラットフォーム経由でのEmbedded Solutionの利用もみられる。ロジスティクスやサプライチェーン企業は、売掛金や出金の可視化をより求める特徴もある。ERPを利用する中堅の製造業企業は、特に照合や流動性機能において、Embedded型バンキングモデルを採用しつつある。
2025年から2028年にかけたサービスチャネル別シェア(取引件数ベース)の想定推移を、図5に示す。

図5 中堅企業におけるチャネル別取引件数シェアの予測(2025年~2028年)
  • Web Portalは、例外対応や小規模子会社で引き続き利用が見込まれる。
  • H2Hは減少傾向にあり、企業は接続・導入負荷のライトさ早さをより重視していく※8
  • セルフサービス型の統合ツールを通じてIndirect APIの利用が増加。会計や調達などのSaaSプラットフォームに金融機能を組み込む、Embedded型バンキングの利用も拡大。
  • BaaSは、金融機能を自社サービスに組み込むような成長企業が積極的に採用していくとみる。

※8 H2Hサービスを企業が利用を開始するにあたり、企業のファイルフォーマットを銀行側ファイルフォーマットへ変換するプロセスが必要となることが多く、マッピング定義からEnd to Endでのテスト実施まで、場合によってはオンボーディングには数か月を要することもある

中小企業(Annual Revenue: US$10M以上 US$100M未満)の利用
当該顧客層は銀行Web Portalの利用が主体だ。API利用はDirect APIより、ERPやSaaSプラットフォーム経由のplug-and-play modulesといったIndirectな利用が主流。BaaS提供銀行は、この層をターゲットにしている。Direct-to-consumer (D2C) ブランドやE-commerce企業は、Embedded financeやMarketplace bankingの一番早いアダプターだ。Long-tail SMEsは、第三者プラットフォームやマーケットプレイス連携経由で接続することも多い。
2025年から2028年にかけたサービスチャネル別シェア(取引件数ベース)の想定推移を、図6に示す。

図6 中小企業におけるチャネル別取引件数シェアの予測(2025年~2028年)
  • Web Portalは、自動化が難しい業務や技術的に成熟していない企業にて引き続き使用されるものの、利用割合は徐々に減少。
  • 中小企業がクラウド型プラットフォームを活用する中で、Embedded型バンキングが主流になると予想される。
  • BaaSは、アプリやマーケットプレイス内で融資や決済などの金融機能を提供する、デジタル志向サービスの提供企業にて活用が進む。

以下、調査から得た、トランザクションバンキング サービスチャネルの利用動向におけるキートレンドを図7に示す。

図7 トランザクションバンキング サービスチャネルの利用動向キートレンド

なお、各APIサービスモデルに共通して、開発者ポータルやサンドボックス環境の提供、ノーコードでのオンボーディングなどが求められる。特に開発者ポータルやサンドボックス環境の提供はAPIモデルを展開するうえでは最低限必要とされるインフラであり、さらにはAPIコールデータを分析しデータ分析結果を提供といったサービスを付加していくことで競合行との差別化が図られようとしている。APIモデルを展開する銀行においてはこれらの提供形態や付加価値も視野に入れておく必要がある。トランザクションバンキングのサービスモデル変化について、調査時に伺ったグローバル大手銀行関係者のメッセージを共有する。

2. トランザクションバンキング新サービスモデルへの挑戦とアプローチ

1) 銀行のチャレンジ

API主導のトランザクションバンキング新サービスモデルに、従来型の銀行が適応し市場で競争していくには、いくつかのチャレンジが存在する。以下例を示す。

戦略、ポジショニング

  • ERPプロバイダーやFintech企業等との協業がより進みエコシステムを形成しつつあるグローバル大手銀行との競争
  • 北米・南米・欧州・東南アジアなど、地域ごとに分断された、あるいは地域内の競争
  • Fintech企業、第三者プラットフォーマーとの競争など

実現に向けた課題

  • グローバルに統一された運用を維持しつつ、業界標準セキュリティやデータフォーマット、各国・地域の法規制※9に準拠したAPIセキュリティフレームワークの構築(図8)
  • 対外API取引拡大に向けたアーキテクチャーの整備
図8 APIセキュリティ・相互運用性のレイヤー例

※9 EUのPSD2などが代表的。また、UAEではCore42など当局が指定するAPI Platformを経由する必要がある

2) 競争優位性を確立するためのアプローチ

銀行にとって、サービス・チャネルのラインナップを充実させることは、新規顧客企業の獲得と維持に有効である。しかしグローバルトップ行と同じ土俵で戦うには、資金と技術力が求められる。IT投資重視型への転換に加え、銀行内の体制やオペレーションの変革も必要となる。

では、グローバルトップ行と同じ規模の投資が厳しい場合は、銀行はどのように事業戦略・競争戦略を描くべきか。API経由の取引を受付け、処理する銀行内インフラは最低限必要となるが、差別化可能な領域を見極め、投資の強弱をつける事業戦略・商品設計が現実的である。差別化には、自社の強みや市場を分析することに加え、顧客ターゲットの明確化、他プレイヤーとの戦略的協業、ビジネスモデルの具体化、付加価値の創出、マネタイズ方針を明確化することが求められる。

  1. 商品戦略
    • 競合先との差別化
      • ターゲット顧客の特定と差別化戦略の深堀り(例:世界でもユニークな企業体である日本の総合商社への高いプレゼンスとAPI導入に向けた共同開発プロジェクトの組成・推進)
      • 付加価値の提供(例:資金流動性の構造設計・プーリング戦略に関するアドバイザリーサービス、Data-as-a-Service・APIコールデータのビッグデータ分析、API接続に係る技術アドバイス・導入支援など)
      • 地域重視・ローカル化戦略(アジア、欧州、米州など)
      • 特定産業への特化型ソリューションの提供(例: 自動車会社と関連企業がオンボードしたサプライチェーンプラットフォームとのAPI連携)
    • 協業によるケイパビリティ向上
      • FinTech企業との協業モデルの深化
      • ERP・TMSプロバイダーとの戦略的パートナーシップ
      • 他金融機関との提携
    • マネタイズモデルの柔軟な試行
      • 顧客規模・取引量・APIコール数などに応じた、多様なプライシングモデルの適用
      • 中小企業向け、No-code/Low-codeサービスデリバリーの検討
      • 間接的収益の追求
  2. システム基盤投資
    • API開発者ポータル・APIマーケットプレイス、開発者用ドキュメント・サンドボックスの整備・充実化(もはや必須要件)
    • API取引基盤の整備
    • 協業先とのプラットフォーム開発・接続の構築
    • 顧客オンボーディングのオートメーション化
    • バックシステムでのSTP率向上、コアバンキングの処理能力拡大
    • AI駆動型プライシング・モニタリングツールの適用
  3. 銀行内事務整備
    • API経由での取引開始、サービス申込に応じた銀行内事務の構築
  4. 組織・人材変革
    • セールス体制の変革(RMセールスから、開発者体験主体へのシフト)
    • APIエコシステム構築人材の育成・雇用
    • 顧客オンボーディング専門部隊の構築と戦力化・体制充実化

上記のようなポイントを事業戦略・競争戦略に組み込むことで、銀行はトランザクションバンキング市場における競争力を高め、APIおよびEmbedded Bankingの潮流を新たな成長機会として捉えることができる。自社の強みを活かした独自の立ち位置を確立することが、成功への鍵となるだろう。

3.最後に

アビームコンサルティングでは、トランザクションバンキング領域において、グローバル・地域・各国事業戦略の立案支援から、サービス開発・導入支援、データ分析・利活用支援まで、幅広く対応している。また、企業側の資金・財務管理支援、サプライチェーンマネジメント支援、またERP導入においても、グローバルおよび国内で豊富な実績を有している。トランザクションバンキングに関わる各プレイヤー(銀行、ERP/TMSプロバイダー、フィンテック企業、利用企業)と成長戦略・事業戦略を描き、実現を支援することを得意としている。本領域にご関心をお持ちの企業担当者の方は、ぜひお気軽にお問い合せいただきたい。


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