【イベントレポート】データドリブン志向で実現する、次世代の製造業エンジニアリングチェーン変革

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2025.09.02
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製造業を取り巻く環境が激変する中で、従来の部分最適型アプローチは限界を迎えつつある。そうした中、研究・開発からアフターサービスまでをシームレスにつなぐ、「エンジニアリングチェーン変革」が注目を集めている。しかし、日本ではいまだに多くの企業が個別工程の最適化にとどまっており、チェーン全体に関わる変革には至っていないのが実状だ。本稿では、アビームコンサルティング独自の調査結果や事例から得た洞察も交え、変革に向けた実践方法とそのポイントを解説する。

(本稿は、2025年7月3日に開催された日経クロステック主催「製造業DXサミット2025」での当社講演「製造業におけるエンジニアリングチェーン変革〜エンジニアリング×テクノロジーの実践〜」をもとに再構成しています)

執筆者情報

  • 橘 知志

    Principal 未来価値創造戦略ユニット長

1. ハノーバーメッセ2025に見るAI実装のトレンドと日系企業の課題

製造業のグローバルトレンド

2025年3月31日から4月4日まで開催された、世界最大級の産業技術見本市「ハノーバーメッセ2025」では、グローバルのあらゆる製造業において、生成AIの活用が地に足のついた実践レベルまで落とし込まれてきていることが示された。

特に注目すべきは、これまでサイロ化されていたシステム間のデータ統合が活発化していることだ。例えばシミュレーションソフトであれば、従来は個々に稼動するシステムのシミュレーションをいわゆるExcelのバケツリレーでつないでいたが、ハノーバーメッセ2025では積極的なデータの相互接続や統合の事例が示されていた。

その好例の1つが、「インダストリアルAI」である。ここでは、AIが目の前の物体を画像解析で判別し、ロボットによる作業手順とPLCプログラムを自動生成。仮想環境でテストし、リアル工程に自動反映するといったものである。

こうした動きを見ても、製品設計から製造現場、製造工程に至るまで、AI活用による「インダストリアルAI」の展開が本格化してきていることが分かる。

もう1つの注目は、ドイツが主導するGaia-X/Manufacturing-Xプロジェクトの進展だ。Manufacturing-X関連のサブプロジェクトは10数件から31件に拡大し、Catena-X、Transfer-X、Factory-X、Semiconductor-Xなど多岐にわたる。International Manufacturing-Xでは、独・米・日・韓・仏などからなる国際的データ連携についても具体的な動きがあることが示され、将来の具体的な産業連携の実現に向けたインフラ強化が進展している。

日系企業が直面する課題

図1 技術が進展する一方で、日系企業が直面する課題は深刻さを増している

こうした成果によって将来に明るい兆しを感じさせる一方で、日系企業をとり巻く経営環境はいっそう複雑な変化の真っ只中にある。中国の景気減退、米国のトランプリスク、欧州の環境規制など、国や地域ごとに情勢や課題は異なり、それぞれ個別の対応が求められている。加えて、欧州規制に対応した産業データ連携基盤の実装や、GAFA上に蓄積されているデータの信頼性(DFFT※1など)の担保、国際標準化および業界標準への対応も急務である。

ここに、日本独特の課題も重なる。世界でもまれなペースで進む少子高齢化、熟練技能者の大量退職などが、かつてないほどの人的リソースひっ迫を招いている。モノづくりのトレンドは、かなり以前から多品種少量生産や変種変量生産へとシフトしてきた。これを「勘・経験・度胸」など、熟練技能者頼みの属人的な解決に頼ってきたが、もはや不可能な状況になりつつある。人的リソースへの依存を抑え、製造工程の自動化、SCMの最適化などを推進することが、喫緊の課題となっている。

※1:Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通

2. 当社独自調査「製造DXレポート」結果から見る工場DXの現状

では、日系企業をはじめ私たちは、こうしたグローバルな動向への対応要請や人的リソースのひっ迫に対応する上で、どのように課題に立ち向かっていくべきか。アビームコンサルティングが独自に実施した「製造DXレポート」※2を参照しながら考えていきたい。

同レポートは、2024年から2回にわたり、売り上げ規模100億円未満から1兆円以上まで、多岐にわたる業種約500社を対象に製造Automation・DX(スマートファクトリー)の取り組みの実態と課題を把握するために実施された。

結果から明らかになった課題は、「デジタル化」と「自動化」である。前者の求めるところは、製造品質の向上といった従前からのテーマや技能伝承のデジタル化であり、後者は人手不足の克服である。

これらの課題解決を妨げる要因は、やはりデジタル化では人材や技術力不足、自動化では多品種少量生産・変種変量生産が大きい。企業規模と自動化度には、逆説的関係があるという興味深い発見もあった。

今回の結果では、売り上げ100億円未満の企業において少品種のために自動化は進む傾向にあるが、100~1,000億円未満の企業では多品種少量化により自動化度が低下。そして1,000億円から1兆円までは再び自動化度が上がっていくという結果が見られ、中堅企業が最も自動化に苦労している実態が浮き彫りになった。また自動化全体の現状は、取り組み意欲は高いものの工程別に進められるケースが多く、なかなか全体的なスマートファクトリー化に到達しない企業が多い状況も明らかだ。

一方のデジタル化の取り組みについても、「技能伝承のデジタル化が困難」という深刻な課題が判明した。この背景には、就職氷河期世代の不足により技能伝承が円滑に行われていないという構造的な問題がある。だがそれ以上に、五感活用部分、いわば「職人技」の解析は非常に困難であり、伝承できるのは結果的に形式知化できる部分に限られてしまうことが挙げられる。

これを克服できない理由はさまざまだが、明らかなのはデジタル化を推進できる人材の不足である。単にデジタル化を進めるだけでなく、生産技術を理解しセンシングもできるスペシャリストや、先進技術に詳しくどのようなデータを取るべきか判断できる人材が足りないということになるだろう。こうした複合的な人材・技術力不足がデジタル化の進展を妨げているのだ。

※2

3. 変革に向けた4つの実践

図2 製造業DXを進めていくためには大きく4項目の実践が欠かせない

こうした一連の課題に日系企業はどのように対応し、乗り越えていくべきなのか。将来像を今一度見直して明文化し、製造業における自動化やデジタル化の実現に向けた具体的かつ実効力のある取り組みを進めていくことが重要だ。

これまでの日系企業の製造業DXでは、「過去実績ベースの延長、個別最適の積み上げ」「単発で試すPoC、単一業務の自動化」「画一的なOJT、30年変わらない職能別育成方法」といった問題が指摘されてきた。

しかしこれからは、「自分たちの競争優位性はどこにあるのか」をしっかり棚卸ししてみることに重きを置くべきだろう。それは素材技術なのか加工技術なのか、あるいはナレッジなのかなど、どこに自社の強みがあり、それをどのようにマネジメントしていくのかについて、抜本的に変革していくフェーズが訪れている。

そして、その過程においては「グローバル企業へのキャッチアップとやグローバル標準への対応」「AIなどの技術導入や工学技術・化学技術の再獲得」「今後の人の働き方や新たなやりがいの提案、危機意識の醸成とリーダーシップ教育」などさまざまな取り組みが推進されていく。

しかし、こうした新しい取り組みも、従来の個別最適・工程ベースのアプローチのままでは、おのずと限界が見えてくる。そこから脱却するためには、エンジニアリングチェーン全体を俯瞰した施策の見極めと実行が求められる。その柱となるのは、次の4つの「変革へ向けた実践」である。

① R&D・設計開発の再構築

次世代のモノづくりには、「何を実現するために何の課題を解決するのか」、そしてデータドリブン開発を実現するための「データとナレッジのデータベース化推進」の2つが重要なポイントとなる。

まず目的と課題を明確にして、そのために必要なデータ活用となるR&D・設計開発の基盤を構築する。その基盤を活用する中から、標準化や企業間データ連携、さらにはデータ連携を起点にした新事業創出というダイナミクスが生まれてくる。

② 工程再設計による生産方式変革

変種変量生産の増加、すなわち多品種化は、従来のライン生産方式から、より柔軟な生産形態への移行を意味する。そのために、デジタル化を前提としたフレキシブルな生産方式を構築することが必須課題となる。

ただ、変種変量生産の膨大な部品や工程の組み合わせを人が判断するのは極めて困難であるため、デジタルツインを実現して各工程を管理する必要が生じる。その精度向上においては、さまざまなデータを正確に取る体制が求められ、工程の実態を把握できる精緻な実績管理こそが重要なポイントになるのだ。

③ 製造現場のスマートファクトリー化

製造現場では、個々のツールを単純導入するのではなく、解決すべき課題に合わせたプロセス全体の構築が重要である。「このデータが欲しいから、このセンサーが必要」、あるいは「プロセス全体の把握において、この設備のデータだけで足りるのか」といった、工程全体を俯瞰した視点での設計思想は欠かせない。

また、暗黙知要素をデータ化して、「次のステップ」を目指すアプローチも重要だ。五感や判断の基準、工夫、知識・経験といった暗黙知をデータとして蓄積し、パターン化することで、より高度な自動化とデジタル化への道筋が見えてくるだろう。

④ データドリブン経営の実現

上の①~③のようにデータを集めていくと、最後にデータドリブン経営が見えてくる。経営には、生産現場だけではなくあらゆる部門のデータが必要であり、それらにもとづく部門を超えたマネジメントが不可欠だ。

部門横断でデータドリブンマネジメントを実践するには、データをどう使って何ができたかという知見やノウハウをもとにした戦略の立案が欠かせない。そして、戦略実行においては関係部門を巻き込んで部門横断のユースケースを創出し、必要なデータを収集していくことがポイントになる。

図3 次世代のデータマネジメントには、エンジニアリングチェーン全体を
俯瞰する目と部門横断の取り組み姿勢が欠かせない

4. 自前主義と他社連携をすみ分け、変革への実践を加速する

改めて、モノづくり企業におけるデータドリブンの取り組みは、「何らかの知見なりをデータ化していきながら、それを判断や改善につなげていく活動」と定義することができる。しかしデータは、自社のシステムだけに存在するものではない。まして当人しか知り得ない暗黙知などは、その存在をどう把握するのかといった問題もある。

また仮に、それらのデータを幅広く収集し、組み合わせる仕組みを導入できたとしても、それでデータドリブン経営が実現するわけではない。むしろ最初に、将来のモノづくりの姿を描きつつ、先述した4つの「変革へ向けた実践」をもとに、データを活用して事業や業務モデルの変革を実現しようと考える視点がなければ、成果にはつながらない。そうした意味でも、製造業におけるデータドリブンの取り組みは、将来のモノづくりの姿を描くための考え方や、その再構築につながる。

長年「自前主義」で成功体験を重ねてきた製造業が、そうしたDX人材も含めたリソース不足に悩んでいるのは冒頭で見た通りである。しかし、会社の将来像は自社で描くべきである一方、それで足りない要素は他社の力を借りながら、伴走型で進める選択肢を弾力的に採用しなければ、変革はおぼつかない。デジタル時代の成長戦略を描き推進していくためには、経営と現場の距離を近づける「共創パートナー」が必要だ。

アビームコンサルティングは、経営層と現場層の両サイドの壁打ちができる共創パートナーとして、企業変革を伴走して支援していく。


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