Doer事業開発:大企業におけるイノベーション創出の実践的プロセス

インサイト
2025.09.04
  • デザイン×アーキテクチャ
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既存事業の成長が鈍化する中、AIなどの技術革新・社会課題を背景に、新規事業開発の取り組みが加速している。従来の「綿密な計画を立ててから投資する」スタイルに代わり、実際に試作・検証を繰り返しながら学習するリーンスタートアップやアジャイル型の事業開発手法が広く浸透しつつある一方で、現場ではMVP(Minimum Viable Product:顧客に価値を提供できる必要最低限の機能を備えた製品)の具体化や開発に至る前段階(構想フェーズ)で足踏みする事例が後を絶たない。その背景には、大企業特有の組織構造や権限設計、企業風土など複合的な要因が存在するが、その中核的な要因のひとつとして「複数人のチームで一つのアイデアを企画化する」という従来型の新規事業開発アプローチに構造的な課題が存在すると考えている。
本インサイトでは、こうした構造的課題に対し抜本的な解決策を提示すべく、デジタルサービス領域における新規事業の構想フェーズを対象とした、新たな新規事業開発アプローチ「Doer事業開発」について具体的な進め方と実践におけるポイントを解説する。

図1:構造的に回避が難しい問題とDoer事業開発の効果

執筆者情報

  • 下田 友嗣

    下田 友嗣

    Director
  • 宮田 証

    Manager

Doer事業開発とは?

Doer事業開発とは、新規事業開発の構想フェーズ(図2)において、各メンバーが共通のテーマに対してそれぞれ個別にアイデアを事業構想へと具体化するアプローチである。チーム内における「考える人(Thinker)」と「実行する人(Doer)」の分断を回避し、すべてのメンバーをDoerとすることで、新規事業開発の構想フェーズにおけるスピードと試行回数を最大化する。つまり、メンバー間の相談や合議は原則として行わず、リーダーの支援を受けながら、各自が独立した企画を進めることとなる。(図3)

図2:Doer事業開発の適用範囲
図3:Doer事業開発チーム

新規事業案の成果に直結する要因:成功率という誤った判断軸の罠

新規事業がスムーズに進まない要因の一つに、事業アイデアの成功率を事前に見極めようとする過度な期待と、それに基づく判断の偏りがある。一般的に新規事業の成功数は、試行回数と成功率の積で求められる。だが、事業アイデアの成功率を事前に算出することは極めて難しい。顧客ニーズや競合状況が絶えず変化し、技術革新も加速度的に進展しているなど、現代のビジネス環境は非常に複雑かつ動的なためである。成功を信じて設立されたであろうスタートアップの生存率が依然として低水準にとどまっている現状は、アイデアの不確実性の高さを如実に物語っている。それにもかかわらず、多くの現場ではいまだに「アイデアの成功率の予想(=筋の良し悪し)」を主要な判断基準とする傾向が根強く残っている。しかし、アイデアの成功率の高低は実行と検証を通じて初めて明らかになるものであり、事前に判断できるものではない。Doer事業開発はその前提に立脚している。
そして、アイデアの筋の良し悪しよりも成果に直結する要因として、担当者の熱意やモチベーションを重視している。同じアセットをインプットしたにもかかわらず、アウトプットに大きな差が生じる場合、その差は必ずしも能力の違いによるものではなく、知識や経験といったスキルセット、あるいは熱意や自発性等のマインドセットの違いに起因している。大企業は潤沢なアセットや知見、優れた人材を多数擁しているにもかかわらず、新規事業でスタートアップに後れを取るケースが少なくない。その理由について、経営学者クレイトン・クリステンセンは、「イノベーションのジレンマ」が本質的な原因であると喝破した。筆者はさらに、その一因として、担当者のマインドセットを左右する動機形成の構造的な違いがあると考えている。スタートアップでは、自らがリスクを取りリターンを得る構造がある一方で、大企業では成功しても担当者が得られるリターンは限定的であり、かつ他部署との摩擦や慣習の壁に直面するなど困難な場面も多い。そうした中で成果を出すためには、担当者の事業に対する強い熱意が欠かせないが、スタートアップのような報酬体系を用意することは現実的に難しい。この課題を回避するため、Doer事業開発では「筋の良いアイデア」よりも「担当者をモチベートできるアイデア」であることを企画の継続判断の基準とする。

Doer事業開発の本質:個の力を最大化する3つの原則

Doer事業開発において重要な原則は3つある。まずは前述した、「筋の良さそうなアイデア」よりも「担当者をモチベートできるアイデア」を優先すること。次に、チーム内での相談や協議よりも、「各メンバーが一人で一つのアイデアを事業構想まで主体的に進める」ことだ。新規事業開発責任者としては、担当者が一人で個別の事業構想を完成させられるのか不安を感じる場面もあるだろう。それでも、あえて一人に任せることには、その不安を上回るだけの合理的なメリットがある。
大企業の新規事業担当者にヒアリングすると、必ずと言ってよいほど承認プロセスの煩雑さが課題として挙がる。しかしそれは大企業の企業構造に根差したものであり、新規事業に限らず、あらゆる意思決定を迅速化する上で取り組むべき企業経営上における課題である。それよりも、新規事業開発責任者が本当に着目すべきは、チーム内の相談や検討に要する時間、さらには会議と会議の間に生じる待機時間である。意思決定がなされる以前の、内向きのやり取りにこそ、より多くの時間が費やされており、ここに本質的なロスが存在している。大企業においては、必然的に新規事業にかかわるメンバーの数が多くなる。アイデア着想から事業構想へと進むアイデアのシード段階ではチームメンバー間でのアイデアに対するイメージの差分が大きいため、そのイメージのすり合わせに膨大なコミュニケーションコストを必要とする。

図4:コミュニケーションコストが下がることでDoerとしての業務量が増加する

また、失われるのは時間だけではない。様々な視点からの意見を詰め込むことによりアイデアのエッジや革新性も損なわれる。さらには、意見調整や妥協を繰り返すうちに、担当者が当初抱いていた事業への想いや熱量が次第に薄れ、モチベーションの低下を招くことも少なくない。Doer事業開発では、それら内向きのやり取りを最小限に抑えることで、当初のアイデアの魅力や想いを損なうことなく、最短距離で事業構想へと昇華させることを原則としている。
3つ目の原則は、「アイデアを洗練させるよりもアイデアを生み出す」こと、そしてそのためにアイデアを積極的に終わらせることである。アイデアは担当者のモチベーションが維持できる限り、何度も試行錯誤を繰り返し、リーダーや承認者のフィードバックを受けつつ反復的に完成へと近づけていく必要がある。ただし、Doer事業開発では構想段階でアイデアが打ち切られることも少なくない。しかし、それを問題とは捉えない。新たなアイデアを生み出し、試行していくには、既存のアイデアを適切なタイミングで終わらせることこそが重要である。アイデアを事業構想化するまでのサンクコストを最小化することで、多産多死のサイクルを成立させることこそがDoer事業開発の狙いである。

図5:Doer事業開発のアプローチ

Doer事業開発における主要な役割

Doer事業開発のスムーズな運用には、チームの役割の明確化が重要である。Doer事業開発における4つの主要な役割(ロール)は「メンバー」、「リーダー」、「オーナー」、「承認者」に分類される。
メンバーは1チームあたり2名~5名程度を想定しており、それぞれが新規事業開発の担当者として、個別のアイデアを起点に事業構想を進め、最終的には事業企画書までを自ら作成する。ただし、市場分析や収益設計、検証計画の策定など、多くの工程を要する事業企画を一通り設計できるだけのスキルを全メンバーが持ち合わせているわけではない。そこで重要となるのが、リーダーの存在である。
リーダーは、メンバーの壁打ち相手(Thinker)ではなく、スキルの不足を積極的に補うことが求められる。つまり、アドバイスや指示だけでなく、メンバーの意図を理解したうえで、具体的な資料を代わりに作成したり、仮説を構造化したりと、実務面での支援(Doer)を担う。さらに、リーダーにはもう一つ重要な役割がある。それは、メンバーの企画に対する熱意を常に監視し、熱意が低下した企画を終わらせ、早期に次のアイデアに取り掛かれるようコントロールすることである。ゆえに、リーダーはDoer事業開発のサイクルを回していくにあたり最も中心的な存在となる。
オーナーは、新規事業開発部門の責任者として、Doer事業開発チームの組成および、Doer事業開発の組織内周知を担う役割を持つ。リーダーとオーナーは、規模の小さい組織では同一人物が兼任することもあり、その場合は業務効率が高まるが、実務上では役割が分かれるケースも多いため、両者の間では常に現状や進捗に関する認識をすり合わせ、密接なコミュニケーションを維持することが望ましい。
最後に、新規事業開発における予算の裁量を持ち、MVP開発およびPoC実施の判断を担うのが承認者だ。リーダーと最終決定権者の間に複数の意思決定機関が存在することも多いが、ここでは、PoC実施における資源配分と開発推進の決定権を握っている人や組織の全てを承認者と定義する。

図6:Doer事業開発における4つの役割

Doer事業開発を進めるための5ステップ

Doer事業開発のプロセスは、「チーム編成」「テーマ設定」「アイデア着想」「事業構想」「PoC実施判断」という5つのステップに分かれている。

図7:Doer事業開発における構想フェーズの開発フロー

「チーム編成」においては、1名のリーダーのもとに複数のメンバーを編成したワンチームを組成する。チーム内では各メンバーがそれぞれ共通のテーマに基づいた異なる事業アイデアの企画に取り組むこととなる。
「テーマ設定」においては、新規事業開発が求められる背景や目的、想定予算、スケジュール感、承認フロー、制約条件などの前提情報をプロジェクトブリーフ(図8①)としてまとめ、本事業開発のテーマとして全メンバーに共通認識を持たせる。チーム内で目標に対する認識に齟齬があると、事業構想の方向性がぶれ、いくら試行を重ねても本来の目的にたどり着けない。そのため、個別作業の比重が大きいDoer事業開発においては、目標に関する共通理解が極めて重要である。リーダーは、全メンバーの認識が一致していると確信できるまで、丁寧に対話を重ねる必要がある。
テーマに対する共通認識が形成されたと判断されれば「アイデア着想」に進む。このステップでは、各メンバーが各自3案以上の事業構想シート(図8②)を持ち寄り、全員でディスカッションを行う。事業構想シートは、自社にもたらされる利益、顧客への提供価値、想定ビジネススキーム、類似事業の状況、収益規模や成長ポテンシャル、そしてどのように市場へ届けていくかというマーケティング戦略の輪郭までを含み、事業の全体像が他のメンバーに具体的に伝わるレベルで作りこむことが求められる*。簡易なアイデアを後から一つずつ掘り下げていくような進め方では、度重なる再検討が生じ、結果として推進効率を大きく損なう。この事業構想シートを基に、チームで議論を重ねてアイデアの統合・分割を行い、最終的には、全ての案の中から各メンバーがそれぞれ1案を選び、担当する。納得できるアイデアを選びきれないメンバーが出た場合には、該当者を集めて繰り返しアイデアディスカッションを実施する。Doer事業開発では個人主体の活動が中心だが、このアイデア着想においては全員での議論を推奨する。他者のアイデアや視点に触れることが、思考の幅を広げる契機となるためだ。また、議論は時間を区切って行うため、時間を浪費する心配もない。
次に、各担当者のアイデアが選定されれば、「事業構想ステップ」に移行する。このステップの目的は、検証フェーズへの移行判断に必要な情報を収集し、選ばれたアイデアにより得られるものやコスト、そしてリスクを可視化し、事業企画書(図8③)として取りまとめることである。市場受容性など、PoCで検証すべき内容は仮説ベースで構わないが、コンセプトやMVP開発コストのように、PoCの検証対象ではない事項については事前に可能な限り明らかにし、承認者が実施可否を判断できる水準まで情報を揃えることが求められるため、事前に把握すべき情報とPoCで明らかにすべき情報とを整理し、両者を明確に切り分けておくことが望ましい。
このステップにおいて、リーダーは各メンバーの事業企画書作成の進捗を常に把握し、メンバーに十分なスキルが備わっていないパートについては、丁寧に意図を汲み取りDoerとして不足を補完することが求められる。そして、企画の多産多死を実現するため、この段階で停滞する企画は迅速に打ち切り、メンバーがより熱意を持てる別のアイデアへの再挑戦を促す。一つの目安として、2週間にわたって動きが見られない場合は、継続検討の是非を見直すタイミングと捉えるとよい。

図8:構想フェーズにおける作成物内容例

Doer事業開発における最終ステップは、承認者による「PoC実施の可否判断」である。リーダーが十分なクオリティに達したと認めた事業企画のみが、この判断の場に付されることになる。PoCは顧客との接点を伴う工程であり、企業としては実施において一定のリスクを取ることになる。また、MVPの開発には相応のコストもかかるため、企画をPoCフェーズまで進めるべきかどうかは、慎重に見極めなければならない。判断において重要なのは、「検証に要するコスト」と「検証から得られるリターン」のバランスである。コストとは単に開発費用だけではない。顧客との接触によって生じる信用リスクや、失敗した際の社内外への影響といった、目に見えにくいコストも含める。一方、リターンも単なる収益見込みにとどまらない。仮に失敗しても、得られる示唆や学習効果、対外的なアピールとしての価値など、間接的な利益も含めて総合的に考慮する必要がある。ここでリーダーや承認者に求められるのは、市場感覚的な「売れそうかどうか」に依存した判断を避けることである。市場受容性はPoCを通じて初めて明らかになるものであり、事前に確信を持つことはできない。直感ではなく合理的な評価こそがPoC判断における最も重要な視点となる。

PoC実施の判断が下された事業企画は、企画内容に基づいてMVPの開発へと移行し、検証フェーズに進むこととなる。この段階においては、もはや一人での推進は現実的ではないため、リーダーが適切な人員をアサインし、チーム体制を再構築することで、チームとしてPoCを行い、検証と改善のサイクルを回せる体制へと移行していく。

* アイデアそのものが出ないという課題を抱える企業には、アビームコンサルティングが提供するアイディエーションワークショップの活用も、ぜひご検討いただきたい。

承認者に求められる姿勢と期待役割

ここまでDoer事業開発の進め方について述べてきたが、特に留意すべきポイントとして、承認者が果たすべき具体的な役割について補足する。PoC実施可否判断のプロセスにおいて、承認者は企画の市場受容性に対する印象や感覚ではなく、リターンとリスクのバランスを冷静に見極めることが重要である点は、すでに述べたとおりである。
加えて重要なのが、一度却下された企画であっても、修正を経たうえで何度でも再度決裁の場に付議することを許容する姿勢である。ときに組織では、一度否決された企画を再提出しづらい雰囲気が生まれることがある。しかしそれでは、フィードバックを受けて構想を修正するという試行のサイクルが成立しない。

特に、Doer事業開発では各メンバーが自らの手で企画を一貫して組み上げていくため、アイデアは往々にして個性が強く、先鋭的な構想となる。承認者の役割は、そのような企画を組織としての全体最適の観点から繰り返し評価し、必要に応じて企画の方向性を調整することで、PoCに進められる水準へメンバーと共に品質を引き上げていくことである。したがって、判断の場では単に承認・否認を示すのではなく、現時点における過不足を毎回明確にし、具体的な検討の指針を提示しなければならない。このように承認者が適切に関与できる環境を整えるには、オーナーが組織内のマネジメントにとどまらず、組織の上位責任者や意思決定機関である承認者と対話を重ね、Doer事業開発の特性に対する共通の理解を築きながら進めることが求められる。

アビームコンサルティングのDoer事業開発導入支援

前述のDoer事業開発の実践により、新規事業開発の構想フェーズにおいて陥りやすい典型的なアンチパターンの多くを打破できると考えている。一方で、導入に際しては、組織内の合意形成の難しさや多産多死の過程における撤退判断の曖昧さなど、さまざまな課題が顕在化することも想定される。

アビームコンサルティングは、新規事業開発における構想から実行までを一貫して支援可能な知見・体制を有しており、Doer事業開発の実現に向けた組織づくりを多面的に支援している。特に、各メンバーが主体性をもって取り組むプロセス設計や、撤退判断における基準設定に対しては、独自のアプローチを通じて実効性の高い支援を提供しているため、ぜひご相談いただきたい。

図9:Doer事業開発を使ったアビームの新規事業開発アプローチ

誰もがリーダー足り得る状態の実現

新規事業開発においては、生み出されたプロダクトやその成果に注目が集まることが多い。しかし、新規事業開発部門にとって本質的に重要なのは、成果そのもの以上に、成果に至るプロセスや体制設計であり、それこそが真に向き合うべきイシューである。プロダクトは一時的な成果に過ぎない。しかし、優れたプロセスは何度でも成果を生み出す。企業が長期的に持続可能な競争力を持つには、新規事業開発において「何をつくるか」ではなく「どうやって生み出すか」に注目する必要がある。

新規事業の創出には、ビジネスとデジタルの両面にわたる知見が欠かせない。これまでは、これらを補完するために、多様なスキルを持つメンバーがチームとして協働することが前提とされてきた。しかし近年、AIの進化により、こうしたスキルの一部をAIが代替・補完できるようになりつつある。それでもなお、Doer事業開発においては一定数のメンバーが事業構想の途中で立ち止まってしまうことは避けがたい。だからこそ、適切なタイミングで介入し、本人の意図や構想を尊重しつつ、不足を補完できるリーダーの存在が不可欠である。

リーダーに求められるのは、新規事業の着想から事業化、そして拡大までをメンバーとして実践的に経験し、その過程で得たプロセスや組織間連携におけるセオリーを汎化して適用する力である。そういった経験や知見を持つ者は組織内に限られているかもしれないが、Doer事業開発のサイクルを繰り返すことで、いずれ全メンバーが事業企画の策定に必要な全領域の経験を積み重ね、誰もがリーダー足り得る状態が実現される。それがDoer事業開発の目指す新規事業開発組織の在り方である。

アビームコンサルティングは、数多くの新規事業開発プロジェクトを通じて、汎化されたプロセスやセオリー、さらにはサービスデザインに関する多様なメソッドを蓄積してきた。これらを活用し、貴社の最初のリーダーに伴走することで、Doer事業開発の導入を支援していきたいと考えている。


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