AIヘルプデスク導入から得た学びとBPRへの応用

インサイト
2025.09.18
  • アウトソーシング
  • AI
  • 小売・流通
  • 銀行・証券
1701652586

登場以来、大きな注目を集めてきた生成AIだが、企業・組織での実装はまだ試行錯誤の段階にある。アビームコンサルティングにも連日生成AIの導入に関する相談が寄せられているが、生成AI導入後の大幅な業務の効率化などが確認された事例は依然として限られ、各社がベストプラクティスを模索しているのが現状だ。こうした状況において、当社は自社の経理業務にAIヘルプデスクサービスを導入し、経理関連業務を大幅に効率化する成果を得た。本稿では、社内でのAIヘルプデスクサービスの導入により得られた知見をもとに、生成AI活用の要諦と今後の展望を整理する。

(本稿は2025年6月公開の株式会社PKSHA Technology記事「7,500名の問合せをAIヘルプデスクで9割自動化―自社の改革から顧客のAIBPR実現へ」をもとに再構成している。)

執筆者情報

  • 西岡 千尋

    Principal
  • 隈田 樹一郎

    Senior Manager
  • Shim Hajae

    Senior Consultant
  • 吉村 哲哉

    吉村 哲哉

    Consultant

1. AI利活用における企業の問題

人口減少と人材流出が進行する日本では、採用難や人手不足が顕在化し、一人当たりの生産性向上が喫緊のテーマとなっている。人員が限られる一方、取り扱う情報量や手続きは増え続け、経理や人事、営業支援など社内横断的に行われる問い合わせの対応は複雑化し、属人的で非効率になりやすいといった問題がある。こうした問題を解決する手段として生成AIへの期待が高まるものの、導入はまだ試行錯誤の段階にある。株式会社PKSHA Technologyが2025年7月に実施したウェビナーの参加者アンケートでも、生成AI導入時の主な懸念として「社内のスキル不足」と「セキュリティ・情報漏洩」が上位を占めており、導入には至らないケースが多い。当社のクライアントでも「PoCまでは進むが業務効果に結び付かず失速する」という問題がある。例えば、ある企業では業務の効率化が期待できる生成AIを導入しても全社共通の汎用ユースケースにとどまり、部門固有で期待されていた業務効率化・高度化を実現できないままPoCが頓挫している。また別の企業では、営業部門の収益貢献ユースケースを描きつつも、AIに特有のシステム設計やデータマネジメントのノウハウ不足が障壁となり、構想段階で停滞している。
こうした現場起点の問題を解消するには、ユーザー価値を検証しながらナレッジを循環させる仕組みが欠かせない。当社が経理領域で実証したAIヘルプデスクのアプローチは、その具体策となり得る。次章では導入の背景とプロセスを詳述する。

2. AIヘルプデスク導入の背景

前章で述べたとおり、多くの日本企業は人手不足と業務複雑化に直面している。当社の社内問い合わせ対応業務についても例外ではなく、経理や人事、営業支援など社内横断的に発生する質問が担当者に集中し、当社でも同様に人手不足と業務複雑化に関する問題が表面化していた。特に経理部門では経費精算に関する質問が月に約100件寄せられ、3〜4名の担当者が兼務としてメールにて対応をしていたため、回答遅延と重複対応が常態化していた。
問い合わせのメール本文は生成AIで扱いやすい構造化データではなく、FAQサイトやRAG(検索拡張生成)基盤の整備を検討しながらも、データ整形に十分な工数を割けない状況にあった。
この問題を解決するため、当社は問い合わせ内容と回答を整理・蓄積し、再利用できるデータドリブンの仕組みへ転換する方針を立てた。限られた人数でサービスの品質を保ち、ナレッジを組織資産として活用することが目的である。
ソリューション選定では、単なるナレッジ検索にとどまらず、AIと有人対応を組み合わせて問題解決まで一貫して設計できること、そして問い合わせログを自動で学習データに構造化し、RAG以上の回答品質を少ない運用コストで実現できることを重視した。その条件を満たしたのが、生成AIを搭載したナレッジマネジメントサービス「PKSHA AIヘルプデスク(以下、AIヘルプデスク)」である。
AIヘルプデスクはチャット画面で質問を受け付け、社内FAQや関連ドキュメントを検索して回答案を提示し、対話ログを自動蓄積してFAQの追加・改訂を提案する三つの機能を備える。さらに、有人エスカレーションのワークフローを標準装備しているため、個別対応が必要な問い合わせも同じチャネルで完結できる。「Microsoft Teams (以下、Teams)」上で動作し、既存のコミュニケーション環境を変更せずに導入できる点も選定理由の一つとなった。次章では、この取り組みが具体的にどのような効果をもたらしたのか、定量・定性の両面から検証する。

3. AIヘルプデスク導入後の効果

AIヘルプデスクを本番稼働してから得られた成果は、大きく二つある。第一は業務効率化である。Teams上で稼働するチャットボットがFAQとドキュメント検索を組み合わせて一次回答を担う仕組みが定着した結果、受付件数は導入前と比べ約2.2倍に増えたにもかかわらず、有人対応件数は4割弱まで減少した。経理部門の担当者は従来の3〜4名体制から1名体制に移行しても対応を継続でき、夜間や休日を含む応答リードタイムも大幅に短縮されている。増加した問い合わせをAIが吸収し、人手を最小限に抑えながらサービスレベルを維持できたことは、AIヘルプデスクの拡張性と処理能力を裏づける定量データとなった。
第二は利用ハードルの低減と問い合わせの活性化である。問い合わせチャネルをメールからTeamsへ統一したことで、社員は「気軽に尋ねればすぐに回答が得られる」という体験を手にした。この心理的ハードルの低さが総受付件数の増加につながり、AIが対応しきれない約2割の問い合わせのみが担当者へエスカレーションされる流れが確立した。チャット形式の即時性が評価され、従来は翌営業日まで持ち越されがちだった夜間・休日の質問にもAIヘルプデスクへのアクセスが増えている。
こうした成果を支えているのが、週次の対話ログ分析とFAQ改善提案機能を組み合わせた継続改善サイクルである。ログを定期的に振り返ることで表記のゆれや重複質問を整理し、回答文書をブラッシュアップする手順が運用に組み込まれた。その結果、自動応答率は導入当初から高水準を維持しつつ質的にも向上している。チャットボットの回答が蓄積データに基づいてアップデートされるため、ユーザーはアクセスのたびに最新情報を得られ、「情報が古い」「回答が見つからない」といった不満が抑えられている。
業務効率化と利用ハードルの低減の両立は、AIヘルプデスクが単なるFAQ自動化ツールではなく、ナレッジ循環を促進するプラットフォームとして機能していることを示す。問い合わせ量が増えても処理能力が逼迫せず、利用者体験がむしろ向上した点は、今後の社内での横展開やクライアントへの提案におけるよい実績となる。次章では、この知見を踏まえ、全社展開およびクライアント企業でのBPR支援をどのように進めていくかを展望する。

図1 AIヘルプデスク導入後の効果

4. クライアントのAI×BPR実現に向けた今後の展望

前章で示した「業務効率化」と「利用ハードルの低減」は、AIヘルプデスクが経理部門だけではなく、社内横断の業務最適化を促す起点となり得ることを示している。現在、当社の総務部門でも問い合わせデータを構造化し、AIヘルプデスクを活用してTeamsの共通チャネル上にボットを段階的に展開する計画が進んでいる。各部門で蓄積されるQ&Aを用途別に整理・連携することで、生成AIが参照できるナレッジが拡充し、応答品質だけでなくドキュメント検索や業務フロー提案といった派生機能の活用範囲も広がることが期待される。
AIヘルプデスクは導入して終わりのツールではなく、社員が日常的に利用してナレッジを蓄積し、その蓄積が回答精度を高めることで価値を発揮するソリューションである。全社で「困ったらAIヘルプデスクに尋ねる」という行動様式が定着すれば、対話ログの量と質は一段と向上し、回答精度と業務プロセスは循環的に進化していく。社内で得られた検証結果や改善プロセスを継続的に整理・発信することは、クライアントへ提案する際の具体的な裏付けとなる。
当社は、社内導入で確立した事例を軸に、今後のAIサービス展開を三段階で進める計画を立てている。第一段階では、経理部門でPoCを実施し、一次対応の自動化とナレッジ蓄積による効果を確認した。この取り組みを通じて、AI利活用による業務効率化の社内実績を構築するとともに、導入検討を進める上でのノウハウが蓄積された。第二段階では、得られた知見を総務など隣接部門へ横展開しながら、主要クライアントにも AIヘルプデスクを導入し、社内外で並行して効果検証を行う。社内ではユースケースを拡大し、クライアントに対しては最適化したソリューションを提案する活動を強化する。第三段階では、AIヘルプデスクのTeams上のチャットを起点に、後続作業にも生成AIやAIエージェントを導入することで、問い合わせ領域以外の業務においてもAI×BPRを促進し、AIを基軸としたクライアントの業務改革支援へ発展させていく。

図2 アビームコンサルティングが掲げるAI×BPRのロードマップ

生成AIは日々新サービスが登場するほどの速度で進化しており、半年後には現時点で存在しない機能が実務で活用可能になる可能性も高い。当社はこうした変化に歩調を合わせ、労働力不足と業務複雑化に直面する多様な組織に対して段階的な自動化と標準化を支援していく。アビームコンサルティングは、デジタルテクノロジーとイノベーションを組み合わせ、クライアントの創造的パートナーとして社会課題・経営課題の解決を加速させていく。


Contact

相談やお問い合わせはこちらへ