AIが導く次世代事業創出モデルの構築

インサイト
2025.07.16
  • 新規事業開発
  • デザイン×アーキテクチャ
GettyImages-1770654774

AI技術の進化は、企業の事業開発に新たな潮流を生み出している。従来は市場調査や顧客ニーズをもとにゼロから構想していた事業アイデアも、今や保有する自社のアセット・ノウハウを出発点とし、人間が「考える」のではなくAIが作り出した事業アイデアから「選ぶ」アプローチが現実味を帯びてきた。なかでも生成AIをはじめとした基盤モデルの活用により、独自技術や保有データ、業界知見といったアセット・ノウハウの組み合わせや応用可能性を高速かつ網羅的に探索することが可能になる。

本インサイトでは、AIの持つ、大規模かつ高速に可能な情報処理能力や創発現象に見る構想力を活用し、自社アセットを出発点とした発想から選定までのプロセスをAI共創型の新しい事業開発プロセスとして再定義する。すなわち、経験者や専門家を中心に人が「考える」ことに軸足を置いた従来の事業開発プロセスを、AIが生成したアイデアをベースに人が「選ぶ」ことに軸足を置いた事業開発プロセスとして設計する。これにより、事業開発のスピードと精度を同時に高める──それが、本稿が提示する新たなアプローチだ。

  • 下田 友嗣

    下田 友嗣

    Director
  • 宮田 証

    Manager
  • 平 和馬

    平 和馬

1. 変化する事業開発 ── “ひらめき”だけでは立ち行かない時代へ

これまでの事業創出は、優れたリーダーや専門家、あるいは経験者の「着想力」に依存していた。つまり、市場調査や競合分析を踏まえつつも、最終的に事業化の糸口を見つけ出すのは、個人の経験と直感──いわば”ひらめき”であった。しかし現在、この“ひらめき依存モデル”は構造的な限界に直面している。その背景となる理由は二つだ。

第一の理由は、企業内に蓄積されるアセットとノウハウの量や複雑性が、過去に例を見ない規模に拡大している点だ。デジタル化の進展により、顧客や取引のデータといった事業活動に紐づいた情報資産のみならず、R&D活動により発生する製品やソースコード、開発ノウハウといった技術資産まで、多様な情報が日々生み出される。このため、リーダーの判断やチームのひらめきだけで、これら膨大な情報を横断的に咀嚼し、事業機会へとまとめあげることは現実的に困難になりつつある。第二の理由は、技術トレンドや顧客ニーズの変化速度が、従来の情報収集→仮説立案→検証という直線的プロセスのサイクルを凌駕し始めたことである。時として、事業創出までに年単位の時間を要する従来型の手法では、市場の動向や規制の変化に追随できず、競争機会を逸するリスクが高まっている。

ここで注目されるのが、生成AI をはじめとする基盤モデルの急速な進化である。自然言語ベースで蓄積された社内ドキュメントや議事録、技術仕様書といった非構造データを意味的に解析し、異なる部門・領域間の関連性を機械的に抽出できる能力は、人の経験や勘による探索を大きく補完する。従来は担当者のネットワークや偶然の気づきに頼っていた「関連性の発見」や「異分野の結合」が、AI によって秒単位かつ数千~数万件の大規模であってもアイデアを出力できるようになったことで、“自社のどの資産を起点に事業機会を見出すか”といった問いに対する可能性の洗い出しが容易になる。

もっとも、AI が万能というわけではない。AI が示すアイデアや仮説は、あくまで統計的・言語的関連性をベースにした可能性の列挙に過ぎず、それが実際の顧客価値や企業戦略と整合するかどうかは、人間の評価と意思決定を要する。したがって、これからの事業開発で求められるのは、人がアイデアを「考える」のではなく、AIが生成したアイデアを人が「選ぶ」というプロセスへのシフトである。AIが生成した膨大な候補や組み合わせから、戦略的に意味のあるアイデアを選び、短いサイクルで検証を回すことで、自社アセットの可能性を限界まで引き出すことと、事業開発のスピードアップを両立する。したがって、AI共創型の事業開発プロセスへと転換することは、事業開発の成功率そのものを高めることにつながる。

2. なぜ使われないのか ── アセット・ノウハウの“活用ギャップ”を超えられない理由

1.で述べた通り、事業開発における「構想フェーズ」は、もはや特定少数の専門家や経験者による、ひらめきや経験則だけで回すには限界がある。加えて、膨大な社内アセットやノウハウが存在するにもかかわらず、それらが事業開発の起点として必ずしも有効に機能していないという現実もまた、多くの企業が共通で有する問題である。

実際、R&D部門が蓄積してきた技術文書や顧客接点から得られたインサイト、業務プロセスに根差した知見などは、多くの企業で点在・分断された状態にある。一方、手元にある情報であっても、暗黙知として属人的に保有されている、または公開されているが一部の人にしか解釈できないといったこともある。「価値のある情報があることはわかっているが、見つけられない」「見つけても活用にまで至らない」──そんな状況が各所で発生している。

このような活用のギャップが生まれる背景には、いくつかの構造的な阻害要因がある(図1)。第一に、情報の複雑性と専門性の高さがある。技術情報や業務知識は、分野特有の言語や構造をもって記述されており、外部から見れば理解のハードルが高い。結果として、他部門や新規事業の担当者が既存資産にアクセスしても、すぐに意味を把握することができず、「使える情報がない」という認識を生みやすい。第二に、情報量の増大に対して、活用の仕組みが追い付いてないことである。デジタル化の進展により、企業は日々莫大なデータや文書を生み出している。しかし、それらを活用する仕組みが整備されずに溜まり続けていれば、探索コストが増すばかりで実質的には「使えない情報」となる。具体的には、検索性の悪さや関係性の不明瞭などが挙げられる。第三に、情報の変化・陳腐化の速さだ。顧客ニーズや技術トレンドは日々変化しており、かつては有用だった知見が、数年も経てば前提から見直す必要がある。にもかかわらず、情報の棚卸しや再評価が体系的に行われる機会は少なく、多くのアセットが、更新の要否が判断できないまま放置されたり、古いとわかっていても更新されないまま蓄積されていたりする。結果として、今使える資産がどれかが見えない状態では、判断材料が不明確になり、活用すべき情報と目的のギャップを適切に埋めることが難しくなる。その結果、意思決定の遅延や判断の誤りを招きやすくなる。

横にスクロールしてご確認ください

阻害要因 課題 主な問題・リスク

専門性の高さ
(理解のハードル)

技術資料や業務知識が専門用語や独自フォーマットで書かれており、他部門が理解しづらい 情報が“使えない”と判断され、活用されない可能性が高まる

情報量の多さ
(探索コスト)

未整理のデータやドキュメントが大量に蓄積され、必要な情報を探す手間が大きい 情報探索の時間・労力が増加し、意思決定や業務のスピードが低下する

変化スピードの速さ
(陳腐化リスク)

技術や市場ニーズの変化に情報の棚卸しが追いつかず、有用だが古い情報が放置されがち 陳腐化した情報により意思決定が遅れ、競争機会を逃すリスクが高まる

図1 アセットやノウハウの活用を阻む3つの阻害要因

こうした構造的問題が複雑に絡み合い、企業は「資産があるのに使えない」「活用する前に劣化してしまう」という状況に陥ってしまう。この結果、自社資産の活用によって得られたはずの収益化の機会を失うだけでなく、検討にかける時間やコストだけが静かに浪費されていくといった、“見えない損失”が生じる。

しかし、これらの阻害要因にはある共通点がある。それは「人間のリソースでは処理しきれない」という性質を持つということだ。意味の解釈、情報の構造化、膨大なデータの探索と整理、そして変化への追随──これらはまさに、AIが得意とする領域である。

AIを活用すれば、従来のように人間が1件ずつ文書を読み解き、整理し、分類していく必要はない。意味ベースで情報を横断的に解析し、用途やテーマに応じて再編成することで、「誰かがたまたま気づく」ことに依存しない、体系的な探索と再発見が可能となる。つまり、AIを活用することで、これまで埋もれていたアセット・ノウハウを“使える状態”に引き上げる準備が整うのである。

3. 「選ぶ」ことで変わる──事業開発プロセスの進化

2.で述べたように、企業内に蓄積されたアセット・ノウハウは膨大かつ複雑であり、そのままでは事業開発への活用が難しい。そこにAIを活用すれば、単なるデータの蓄積を競争力の源泉に変えることができる。

ここでは、AIを活用した次世代事業創出モデルの1つとして、「選ぶ」という考え方を軸にアイデアを生成する――《テーマ設定 → 発散 → 選定 → 検証・改善》という4ステップから構成される、AI共創型の事業開発プロセスを紹介する(図2)。

ステップ1. テーマ設定:探索の目的と評価の土台をデザインする

「テーマ設定」では、この事業開発プロセスを導入することで何を実現したいのか、何を解決したいのかといった目的に加え、生成したアイデアを選び取る際の制限事項や評価軸を言語化する。目的であれば、「社内の未活用技術・ノウハウを活かし、建設業界向けに新しいサービスを作りたい」や「社内技術をスライドして別業界におけるB2B事業を探索したい」といった内容である。さらに、「どのアセットを発散対象とするか」「発散の制約条件は何か」「最終的に何をもって価値ある成果とみなすか(評価軸)」といった探索設計上の要素も設定する必要がある。むやみにAIによる探索(発散)を実行するのではなく、探索の範囲や制限条件を意図的に設計することが、発散結果の質を左右する。

ステップ2. 発散:AIによる多面的な可能性の抽出

設定したテーマをもとに、AIを用いてアイデアを発散する。ここでは、単にチャット形式の生成AIツールを用いて質問をするのではない。テーマ設定に適した発散を行うために、例えば、社内アセット情報(過去の事業開発に関するデータや技術情報、営業情報等)や外部参照情報(市場データ、先行事例、業界トレンドなど)を取り入れつつ、プロンプトエンジニアリングなども活用し、人の常識にとらわれない視点で大量の仮説やアイデアを創出する仕組みを構築する。このステップの狙いは、“正解”を出すことではなく、選択肢の網羅性と多様性を最大化することである。つまり、選ぶべき材料を一通り並べきることが重要だ。

ステップ3. 選定:評価軸に基づいてアイデアを絞り込む

次に、発散したアイデアから、実際に取り組むべきテーマを絞り込む。ここでは、「事業戦略との整合性」「市場ニーズや成長性」「技術的・組織的な実現可能性」など、予め設定した評価軸に基づく多角的な評価を行う。このとき、事業創出を通じた目標や、対象としない事業領域を整理して取り入れるだけでなく、それらを常に適用するのか、それとも特定の事業開発機会にアドホックに適用することなのかを区別することで、効果的に選定の設計を進めることができる。

例えば、常に適用させる条件をAIによる初期スクリーニングとして実装し、最終的な判断は人が行うというハイブリッド形式がある。このステップの場合、AIがアセットをもとに、網羅的・多角的に出力したアイデアに対して、別のAIがプロジェクトの狙いに沿った形で初期スクリーニングを行った状態までを自動的に実行することになる。ここから、実行可能でより意味のあるアイデアを人が“選ぶ”ことで、有望な事業アイデアとして着地または発展させることができる。

ステップ4. 検証・改善:アイデアのブラッシュアップや事業計画の策定、後続の取り組みへ

選ばれたテーマは、リサーチやユーザーヒアリング、プロトタイピングを通じて、価値仮説のブラッシュアップを図る。結果として、筋のいい仮説としてブラッシュアップが出来た場合には、事業計画書を作成の上、後続のプロダクト/サービス開発へと駒を進める。

一方、得られたアイデアを検討してみたが、各種リサーチやユーザーヒアリング、プロトタイピングで思うような結果を得られなかった場合、またはよりいいアイデアを検討し直したい場合には、ステップ1~3の前提や条件、評価基準を見直し、再度発散や選定を行う。このように一度の「発散→選定」で終わらせるのでなく、“次の探索を良くする資産”として蓄積していくことで、事業開発プロセスとしての精度を上げることができる。

図2 “選ぶ”を軸としたAI共創型の事業開発プロセス(イメージ)

4. 「選ぶ」プロセス変革がもたらす効果と成功のポイント

「考える」から「選ぶ」へ軸足を移すAI共創型の事業開発プロセスを導入すると、質(Quality)・コスト(Cost)・期間(Delivery)の観点で、直接効果とそれに伴う波及効果が期待できる(図3)。

まず、導入直後に顕著に現れる直接効果としては、AIがアイデア生成や一次スクリーニングを担当することで、アイディエーションのリードタイムが大幅に短縮(期間の観点)され、さらにアイディエーションで発生しがちな合宿費やリサーチ費といった諸費用も削減される(コストの観点)。また、AIがアイデアを生成することで、人の経験や勘による思考の制約を取り払うことができ、より多角的で幅広いアイデアが生まれやすくなる(質の観点)。

さらに、波及効果として、AIがアイデア発散や一次スクリーニングを肩代わりすることで、人的リソースを事業価値の仮説構築や顧客探索といった他の高付加価値タスクにシフトできる。その結果、同一リードタイム内でより多くの検証サイクルを回したり、プロジェクト全体の稼働時間を圧縮したりといった効果が得られる。アイデア発散の前提条件や根拠、アイデア選定の評価観点や基準といった情報が明確になることで、属人化しがちな事業構想プロセスの標準化や言語化が進む。この結果、事業構想におけるステークホルダーとの意思決定の精度向上ができるだけでなく、検証すべき残論点を合理的に絞り込むことができ、PoCコストの削減を期待できる。

こうした効果を引き出すためには、「テーマ設定」の段階で明確な目的設定や制約条件をあらかじめ整理し、プロセスの一貫性を保つことが欠かせない。目的や制約を明確にせずにAIの活用を始めると、発散したアイデアの品質が低下するだけでなく、選定や検証が曖昧になることでプロセス全体が非効率化し、検証期間が伸びるという本末転倒な結果にもなりかねない。

テーマ設定の段階で目的や評価軸を明確化し、それらを一貫してプロセス全体に適用することで、AIの発散力を最大限に活かすことができる。このように明確なテーマ設定から一貫性を保ち、発散、選定、検証・改善のステップをやり抜くことこそが、AI共創型プロセスの効果を最大化するための成功の鍵となる。

横にスクロールしてご確認ください

Quality(質) Cost(コスト) Delivery(期間)
直接効果 人の経験や勘にとらわれずに多角的にアイデアを生成 アイデア創出のための合宿費やリサーチ費といった諸費用を削減 事業構想にかかるリードタイムを月単位から週単位に短縮
波及効果
(副次的)
AIの介入により、事業構想プロセスの標準化・言語化が進み、意思決定の精度が向上 AIの介入により、各プロセスの評価観点や基準が明確になることで、残論点を絞り込むことができ、PoCコストを削減 AIと人の分業体制が整うことで、それぞれがタスクに集中でき、事業構想にかかる時間が更に短縮

図3  AI共創型の事業開発プロセスの導入で得られる様々な効果

5. まとめ

本インサイトでは、「考える」から「選ぶ」へと発想を転換し、自社アセットやノウハウを活用した新たな事業開発プロセスについて紹介した。事業開発プロセスにAIを取り入れることで、これまで埋もれていた情報や可能性を可視化し、より短期間で、より的確なアイデアを導き出すための土台を構築することが可能となる。ただし、それを成果につなげるには、プロセス全体の設計や運用における整合性が欠かせない。検討の起点となる「テーマ設定」から、AIによる生成、人による選定(“選ぶ”)、検証・改善までを一貫した視点で結ぶことで、属人的なひらめきに依存しない再現性ある事業開発が実現できる。

今後は、AIエージェントのような支援手段の進化により、探索・選定・評価といった作業が一層自動化・高度化されていくことが想定される。だからこそ、人間側には「何を問い、どう選び、どのように進めるのか」といった設計力が、これまで以上に求められるようになる。

アビームコンサルティングでは、事業の構想段階から収益化までを一貫して支援可能な体制を整えている。本インサイトで紹介した新しい事業開発プロセスの構築も含め、弊社の支援が必要な際はぜひご相談いただきたい。


Contact

相談やお問い合わせはこちらへ