案件のパターンによって取りうる従業員リテンション施策は大きく異なる。例えば国内のM&A案件の場合、従業員リテンション施策の多くが、Day1時のセレモニー(経営陣のスピーチなど)の単発イベント実施、社内報やイントラサイトなどでのマテリアル配信などに焦点・注力が集まる。しかし、対象会社の従業員に買い手側の組織文化・風土が浸透するには、一定の時間が必要であり、継続的なコミュニケーションが欠かせない。浸透期間の最中に、対象会社のキーパーソンとなる従業員が退職し、事業リスクが生じたケースは珍しいことではなく、各社従業員リテンションに苦慮している。
また、国内企業間のM&Aにおいて金銭的な施策を講じることもあるが、労働組合・従業員への説明の煩雑さや、情報開示によるモチベーション低下のリスクなどの理由から二の足を踏む企業が多い。ある国内企業間のM&A案件では、金銭的なリテンション施策を検討・支給準備を進めていたが、労働組合との折り合いがつかず、結果的に支給を断念したケースもある。
一方、海外企業のM&A案件に目を向けてみると、イベントやマテリアル配信に加え、キーパーソンに対する金銭的な支給を実施しているケースが多く見受けられる。これは国内企業との大きな相違点である。外資系企業では、キーパーソンの引き留めを最重要視しており、リテンションボーナスやタイトル変更などの金銭的な支給を実施することが一般的である。例えば、リテンションボーナスを支給する際には、DA締結時のロックアップ範囲よりも、対象スコープを広げてリテンションボーナスを支給するケースもある。このように、外資系企業では心理的な施策と金銭的な施策を掛け合わせることで、従業員の離職リスクの低減を図っている。ただし、特定の従業員に対する過度なリテンション施策は、従業員間のハレーションを生み、従業員モチベーションの低下を招くことにもなる。そのため、従業員感情を踏まえた施策立案・実行が求められる。