脱炭素は現在でも重要な経営テーマの一つであるため、既に多くの企業においてサステナビリティ活動などの一環で、自社の排出量を収集し公表するなどの取り組みを行っている。一方で、筆者が知る限り、その多くはサステナビリティ推進部門や経営企画部門などが中心となり必要なデータを、各部門から手で収集し、年一回程度の頻度で集計・公表するというレベルにとどまっており、システム化はされていない状況である。また、「1.見える化」や「2.モデリング」はある程度できているものの、「3.戦略の検討決定」は一部、「4.実行とモニタリング」の特に「モニタリング」の部分については、単に数値を集計することが主になってしまっており、全体的なPDCAサイクルを回して、自社の戦略的優位性を担保することにつながっている事例はごくわずかであると考えている。今後、脱炭素経営が今まで以上に企業にとって重要な経営アジェンダになってくると仮定すると、現状のような年一回の活動ではなく持続的に脱炭素の活動を企業戦略に取り込んだ活動が必要になってくると考えられる。そして、その活動を支える経営基盤(システム)の形も変わってくるものと考えられる。本章では脱炭素経営の実現に向けた経営基盤(システム)の将来像について考えてみたい。
まずは筆者らが考える、経営基盤(システム)について定義していきたい。一つは、ヒト・モノ・カネを管理する基幹系システム(どの企業活動でも活用する会計や購買や販売などを管理するもの)と、事業活動の競争優位性を構築するための企業活動の強みとなる事業系のシステムの2つであると定義した。では、脱炭素を実現するための基盤となるシステムはそのどちらに位置づけられるであろうか。筆者としては、「1.見える化」や経営に与えるインパクト(コストなど)の把握、モニタリングという側面からは、基幹系システムにその機能を持たすもしくは基幹系システムと一体的に運用(情報連携)し、戦略の実行やその実行状況の管理・把握といった面からは、事業系のシステムに機能配置するという考え方があっているのではと考えている。
その理由は、基幹系システムには、ヒト・モノ・カネといった企業活動の実績に関わるデータが入っており、企業活動の結果排出されるGHG量と既存の情報との連携(例えば、会計情報と紐づけてコストインパクトとの相関性をとらえるなど)と親和性が高いと考えられること。基幹システムに情報を入力する際(例えば伝票入力など)にサステナビリティ情報などを一緒に入力することで各種実績データとの一体的な相関関係の分析などにも有用だと考えられること。事業活動自体がモデリングできていれば、ほぼリアルタイムで、GHGの排出や削減の効果まで見える可能性が高いことなどがあげられる。一方で、事業系のシステムは、事業の競争優位性を担保するためのシステムであるため、例えばGHG削減の戦略を実行する部分のしくみを盛り込むには、競争優位性の担保などを含めて最適であると考えるためである。つまり、脱炭素経営を一つの経営アジェンダとしてとらえ、PDCAサイクルを回していくためには、プロセスの全体感を意識しながら企業経営基盤にアドオンしていくことが重要で、その際にはシステムの特性などに応じて、バランスよく機能配置していくことが重要だと考えられる。
最近では多くのシステムベンダーでも上記の状況を認識しながら、次の経営基盤の覇権を握ろうとさまざまな取り組みを行ってきている。しかし、その多くは、「見える化」に特化したシステムであり、筆者らが考えるような基幹システムにGHGデータを持たすような発想自体を具現化したシステムは知る限り存在しない。そうした中、2024年12月に経営基盤大手のSAP社より「SAP® Green Ledger*」というサービスが新たにリリースされた。機能詳細は後述するが、基幹系のシステム情報(会計情報)とGHG排出情報(炭素情報)などのサステナビリティ情報を紐づけて、可視化しようとする発想のしくみであり、真の脱炭素経営の実現に向けた第一歩として今後の展開が期待される。また、大企業向け経営基盤のパッケージソフトとして世界で最大のシェアを持つSAP社がこのような取り組みをスタートしていることについては、本インサイトが想定する未来を見据えた動きが始まりつつあることを示していると考えられる。
さらに当社では、2025年1月に戦略的業務提携を締結したbooost technologies社が提供するサステナビリティ情報を取り扱う統合型SXプラットフォーム「booost Sustainability Cloud」とSAPをはじめとするERPシステムと連携し、サステナビリティ情報を収取・開示するための財務データと非財務データを統合的に管理できるデジタルプラットフォームの構築支援も開始している。「booost Sustainability Cloud」は、国際基準に準拠したサステナビリティ情報の収集・集計を自動化し、リアルタイムモニタリングを可能にする統合型SXプラットフォームで、80ヶ国以上、約2,000社(186,000拠点以上、2024年11月末時点)の導入実績を有する。今後もクライアントの特性に合わせて一体的なシステム構築を含めた導入支援を多面的に行っていきたいと考えている。
参考:プレスリリース「アビームコンサルティングとbooost technologiesが戦略的業務提携」
脱炭素経営の実現に向けては、多くの企業が模索している。今後10年という中長期を考えた場合、脱炭素に取り組む企業が競争優位性を持続的に担保していくと考えられる中で、「1.見える化」「2.モデリング」「3.戦略の検討決定」「4.実行とモニタリング」をスピーディかつ一体性と持続性をもって、先々を見据えて計画的に準備していく必要があると考えている。経営基盤の更改自体は頻度が高くないため、このようなシステム更改のタイミングなどを見計らい、経営基盤全体に、脱炭素経営に備えた機能を組み込むことを検討すると良いのではないだろうか。
実現に向けては、経営基盤システムの刷新やGXに向けた取り組みを総合的かつ一体的に支援している当社のようなコンサルティングファームの活用も一つの選択肢となると考えられる。脱炭素に向けた経営基盤構築を検討されている企業にはぜひご相談いただきたい。