SEA銀行業界のデジタル時代を制する人材マネジメント

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2025.03.14
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SEA地域の銀行業界は、かつてない変化の波に直面している。モバイルバンキングやフィンテックの急速な普及、そして銀行口座を持たない「アンバンクト」層の存在は、従来の銀行業務のあり方を根本から覆している。こうした変化への対応として「デジタルファースト」な組織の確立は喫緊かつ重要なテーマとなっているが、その実現には単なるデジタルスキルの獲得のみならず組織文化の変革が必要である。
本レポートでは、SEA銀行業界における人材課題を分析し、データ・テクノロジーを駆使した革新的な解決事例を紹介するとともに、デジタル人材の獲得および組織文化の変革を実現するための道筋を示す (図1)。

図1 エグゼクティブサマリー

  • Eiji Matsumoto

    Senior Manager
  • Daisuke Kuge

    Daisuke Kuge

    Senior Manager
  • Naoaki Saeki

    Naoaki Saeki

    Manager

1. SEA銀行業界の人材課題

1.1 業界を横断したデジタル競争の激化

SEA(South East Asia)地域では、モバイルバンキングの爆発的な普及やAIを活用したパーソナライズドサービスなど、デジタル化が進展し、他地域と比較してもその速度と規模は急速である。シンガポールのDBS銀行が、AIチャットボットを導入し、問い合わせ対応の効率化とサービス品質の向上を実現するなど、銀行業界のデジタル競争は激化している。加えて、テクノロジー企業による金融サービスへの参入が、さらなる競争を生んでいる。例えば、GrabやGojekといった配車サービス企業は、モバイル決済サービスを展開し、銀行の顧客基盤を脅かしている。 

1.2 SEA特有の人材課題の分析

激化するデジタル競争で銀行が勝ち残るためには、当然ながらヒト・モノ・カネをはじめとするリソースが必要となるが、特に課題となるのがヒトの獲得である。デジタル競争下ではデータ分析、サイバーセキュリティ、デジタルマーケティングなど、これまでと異なる専門性が求められている一方で、それに応えるスキルを持つデジタル人材は不足している。例えば、シンガポールではデジタルスキルを有する外国人に対して労働ビザの発行を優遇するなどの施策が行われており、デジタル人材需要に対して供給が不足している状況が窺える※1

2. 人材獲得 ~育成・調達~

行内に不足するスキルの獲得に向けては、大別すると内部人材の育成、外部からの人材調達の2通りのアプローチがある。それぞれのアプローチで人材獲得までのリードタイムや従業員のモチベーションに与えるメリットとデメリットが異なることを踏まえ、両アプローチを組み合わせて人材獲得を計画することが肝要である(図2)。

2.1 内部人材の育成

本アプローチを採用する場合、現有リソースを活用できるため、要員計画が立てやすい一方で、育成にかかるリードタイムや従業員の学習に対するモチベーション維持が障壁となる場合がある。この障壁に対し、先進的な銀行を中心にテクノロジーを活用した対応を試みている。例えば、カスタマイズされたデジタルスキルトレーニング、データリテラシー向上プログラムなど、従業員のスキルセットに合わせたリスキリングの計画によって、障壁を取り除きながら人材育成を推進していくことができる。シンガポールのUOB銀行は、従業員を対象にデータリテラシー研修を実施し最低限の水準までスキルを引き上げたうえで、従業員の適性・スキル・役割等を加味して、データ分析の基本的なスキルから、ビジネス課題解決への応用まで、実践的な育成プログラムを提供している。また、シンガポールのStandard Chartered銀行は、従業員のスキルと社内業務をマッチングし、スキルアップの機会を提供している。更に近年発展の目覚ましい生成系AIを活用すれば、パーソナライズされた学習支援やキャリア開発も実現できる。

2.2 外部からの人材調達

社内での人材育成を待てない場合、一時的なコストや既存社員へのモチベーションへの影響は発生するものの、外部からの人材調達も有効である。SEAでは、給与水準の異なる周辺国の労働力を活用することが比較的容易である。時差や文化にそれほどの障壁を感じることなく、優秀なデジタル人材を安価に調達できるのはSEAならではの人材調達手法だ。
狙った人材を外部から獲得するためには、デジタルビジョンを明示し、革新的な職場環境と成長機会をアピールする他、高度な専門性を有するテクノロジー企業や「アンバンクト」層出身者をターゲットとした採用を行うことも一案である。例えばタイのKasikornbankは外部からテクノロジー人材を新規に採用し、包括的な地域テクノロジー企業になるという目標を設定している。また、シンガポールのOCBC銀行は、シンガポール国立大学等に対して奨学金を提供することで、デジタルスキルを学んだ優秀な若手の調達を計画している。外部からの人材調達は採用に限らず、有期で専門人材からサポートを得るアウトソーシングも活用することで、より柔軟な選択肢を持つこともできる。

図2 人材育成・調達戦略

3. 組織文化の変革

人材育成や期待する人材を獲得できてもそれらの人材が価値を発揮できるよう、組織全体がデジタルファースト組織に変革しなければ、一過性のものとなってしまう。過去の支援事例等では、現状を変えたがらない抵抗勢力からの納得が得られず、思ったように変革が進まないケースも散見される。このような障壁を克服するためには組織文化の変革も併せて推し進めるべきである。組織が備えるべき文化を明示するとともに、銀行トップがその文化の模範となる言動・行動を示すことで文化をトップダウンかつスピーディに変えていくこと、また、組織の目標設定や従業員の評価にも目指す組織文化を反映することで、組織全体に確実に新しい文化を浸透させることが重要と考えている。

<デジタルファースト組織が備えるべき主な文化>

  • 革新的・顧客中心のサービス創出への挑戦 
  • 強固なデータガバナンス・データ品質管理
  • 全従業員の自律的な学習 
  • 市場の変化や顧客ニーズへの迅速な対応

なお、組織に文化を浸透させるには、各国固有の文化を考慮することも忘れてはならない。例えば、SEAの中でも特に銀行業界が主要産業となっているシンガポールにおいては、一般的な傾向として綿密な計画を立てるよりも、規則は最小限として新しいことに取り組む文化が根付いている。この文化背景もあってか、シンガポールのDBS銀行は世界で最も優れたデジタル銀行に選出されるほど、銀行業界において新しい取り組みが盛んにおこなわれている※2

※2 DBS named World’s Best Digital Bank
https://www.dbs.com/newsroom/DBS_named_worlds_best_digital_bank

このような文化的な特性を持つシンガポールの人材に対して、トップダウンのルールやプロセスで行動を統制する変革手法は馴染まない可能性が高い。組織文化の変革を進めるにあたってはSEA各国の文化的な特徴を押さえたうえで、個社ごとに組織変革手法をテーラリングすることが、現地の人材の賛同・協力を得て、変革を円滑に進めるうえで重要と考えている。 

4. SEAにおけるアビームの支援領域

本レポートではSEAにおいて銀行業界がデジタル競争を勝ち抜くために必要な人材・組織の施策を事例を交えながら紹介した。
最後にアビームコンサルティングの人材マネジメントに関する支援領域を紹介したい。
アビームコンサルティングでは人材獲得・組織文化の変革をはじめとする豊富な支援事例をSEAのみならず日本をはじめとする多地域・多業界で経験しており、理論・実践を踏まえた支援が可能だ(図3)。

図3 ABeamの支援事例

4.1 文化・習慣を考慮したデジタルスキル評価・育成プログラムの設計・導入支援

アビームコンサルティングは、SEA地域各国での銀行DX支援実績を持ち、現地の文化・慣習を熟知したローカルコンサルタントと、グローバルな知見を持つ日本人コンサルタントによる最適な支援体制を構築している。従業員のデジタルスキルを評価し、個々のニーズに合わせた育成プログラムを設計・導入する他、ケーススタディを元にした実践的な研修を通して、デジタルの基礎教養習得を支援している。

4.2 データ駆動型人材戦略の策定と実装サポート

IPAなどの標準的な人材モデルをベースに、企業独自のDX戦略に合わせた実践的なDX人材モデルを定義する。各DX人材モデルに必要なスキルやマインドを明確化し、必要人員数の試算、育成方針/育成計画の策定、人事制度の見直しなど、企業のDX戦略推進に必要な人材を獲得・育成することを支援している。

4.3 先進的HR技術の導入とチェンジマネジメント

AIやデータ分析、クラウドHRシステムなど最新の人事テクノロジーを導入すると共に、関係者とのコミュニケーションやサポート体制を構築することで従業員の負担/抵抗感を最小限に抑え、変革への適応を支援している。

ご興味のある企業担当者の方はディスカッションや意見交換の実施など、問い合わせいただきたい。


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