ESG×農業×データで読み解く次世代ビジネス
第2回 農業(一次産業)をリ・デザインする

2023年1月10日

古くから続くビジネス形態である農業の現状と動向から、次世代ビジネスのヒントを紐解く本シリーズの第1回では、昨今の経営においてESGが重要な経営アジェンダであることを紹介した。日本企業は、「三方よし」の精神で、SDGsなどの概念が出来上がるはるか昔から、地域や消費者を鑑み、財務的な成果とは別軸で企業活動を続けてきた。つまり、短期的な価値だけではなく、長期的な目線を持つべきという昨今の潮流は、古くから日本企業が行ってきた活動そのものであり、昨今のデジタル技術の発展と世界的優先度の向上による最先端のデータ活用によって、それらが財務的な成果や企業価値へ貢献することを「見える化」させてきた。これは、従来定量的にとらえられなかった多くの事象がデータ活用によって見える化できた試みであると考える。
第2回では、一次産業の中で特に農業にフォーカスして、農業を取り巻く昨今の傾向や課題、次世代ビジネスへの手がかりを考察する。

農業(一次産業)のポテンシャル

近年多くのビジネス分野において、DXやVRなどに並んで一次産業、特に農業が注目されはじめ、新規事業としての参入が相次いでいる。筆者が関与している新規事業創造のコンサルティングにおいても農業に興味を持つ企業は多くなってきている。
なぜ、新技術の発展(例えばIT技術や通信技術の発展に伴う5Gやメタバースなど)によって生まれるブルーオーシャン市場と並んで、有史以来営まれてきたレッドオーシャンの筆頭ともいえる農業が再び着目を集めているのだろうか。その理由は、人口爆発が進み今後100億人に達しようとしている地球人口を支える食料が今後不足することが喫緊の課題になってきていることや、100億の人口を支えるためには旧来の農法では水が足りなくなり、それに伴い水資源の効率的な利用が不可欠となることなど、農業の持つ従来の地域レベルの課題から、地球規模の課題として顕在化してきていることが大きいと考えられる。また、農業(一次産業)は工業などとは大きく異なり、いわゆる産業革命を経ていないのではないかと考えられており、機械化は進んだもののその形態は有史以来大きく変わっておらず、工業化の余地が大きいと言え、大きなポテンシャルを秘めていると考えられる。
以上の背景より、農業の持続性の担保(収穫量の確保と栽培の効率化)が地球的課題として認識されつつあること、IT化や工業化の余地が大きいと想定されることが、農業が現在新規事業として注目されている理由だと考える。
このような中で、日本企業の多くが農家を対象として新規サービスを提供しつつある。
筆者らは、農業の抱えている課題を踏まえてこれらのサービスを5つの取り組みにカテゴライズしている。

  1. 生産性の向上(IT技術などを用いて、収量の増加を目指す)
  2. 売上の向上(IT技術などを用いて、生産者と消費者を直接つなぐ、売上単価を向上させる)
  3. 担い手の大規模化(少ない人数で大量に生産する体制の構築)
  4. 担い手の育成(次世代の農家を育てる)
  5. 新たな農業の創出(新技術を用いた新たな農法の確立)

これらのサービスを特性別に分析すると様々な個別の課題が見いだされ、多くの企業が現段階では試行錯誤の状態であり、事業として「成功」にはまだまだ時間がかかる状態だと考えている。
その理由はなぜだろうか。それは、日本における農業の実態が正しく理解されていないことが主因だと考えている。次章では、日本国内の農業実態について述べていきたい。

農業は儲からないという実態

我が国の農業の大部分を占める従来型の家族労働を中心とする農業の多くの場合、ビジネスとしては儲からないのが実情である。例えば大阪の例を示すが、田んぼ1,000㎡(いわゆる一反)を耕作すると、約500kgのコメが収穫でき、売上は約11.6万円(これを反収と呼ぶ)ほどとなる(コメの買い取り価格は都道府県によって異なるが、概ね60㎏で14,000円となる計算である)。
上記条件で、売上1,000万円の実現を考えると約8.6haの栽培面積が必要になる。これだけの面積で栽培しようとすると、トラクターや田植え機、コンバイン、乾燥機など、栽培などに係る機械だけで数千万の投資が必要になるのが実態である。1,000万円の売上のうち、減価償却費などを除いて約半分が手元に残ると計算すると、約8.6haの田んぼを栽培して得られる収益が500万円という状況である。実態は諸条件によって変わるものの、楽観的に見てもこのような数値である。余談ではあるが、日本の農家の平均経営耕地面積(北海道除く)は2020年で2.15ha(出典:農林水産省「2020年農林業センサス」)であり、8.6haは通常農家の4倍の規模であるとともに、年収1,000万円の世帯所得を得るためには、約17haの面積を耕作して農業を経営する必要があると言えよう。
なお、筆者の知る限り施設農業などでイチゴや高収益果菜などを栽培すると反収800万の例もあるが、ごく限られた例である。ビジネス観点で考えると、稲作中心で従来型の家族農業では収益を上げることがいかに難しいかイメージされるであろう。
農業で収益を上げ、きちんと生計を立てていくためには、稲作などの穀物は土地を集約化し広い面積を少ない人数で効率的に栽培するか、野菜などは高収益の作物を選定し効率的に育てていくことが基本戦略となる。もちろん国もこのことは認識しており、土地の集約化に向けた多くの取り組みを展開しているが、なかなか進んでいないのが実情である。

農地は個人の持ち物

では、なぜ土地の集約化が進まないのか。その理由は、当たり前であるが、農地が個人の財産だからだ。農業を営んでいる農家の多くは先祖代々より引き継いだ土地で農業を営んでいる。特に日本では兼業農家の割合が約77.9%、給与収入が主である第2種兼業農家が約58.6%を占めており(出典:農林水産省「2015年農林業センサス」)、多くの農家が生活のために農業を営んでいる状況でなく、どちらかというと先祖の残してくれた財産(農地)を守るといった観点で農業をいわば義務的に実施しているケースが多い。特に都市農業でのその傾向は顕著である。
アビームコンサルティングが大阪府立大学生命環境科学研究科緑地計画学研究室の加我教授と2016年に実施した大阪府堺市北区金岡町での調査(図1)でも農家の世帯主の約20%と次世代の約30%が義務的に農業を実施しており、ビジネスではなく、先祖代々の土地を守るというモチベーションで農業を実施していることが明らかとなっている。また、農業従事者の多くが高齢化しており(農業は70代、80代の現役が多く、60代はまだ若いと表現される世界)、新しいことに取り組んだり、なかなか変化を受け入れたりすることが難しく、大きな構造改革が成し得にくい背景にもなっていると考えられる。
以上から、日本の農業は高齢化が進行していることに加え、農地の不動産的価値が残されている地域で農業を営んでいる農家の約半数は義務的(消極的)に農業を行っているのが実態であり、農地を集約しようにも個人の財産であるため、集約化がなかなか進まないという実態が浮かび上がってくる。

図1 農業実施の理由と継続に向けた課題

図1 農業実施の理由と継続に向けた課題

農家に新サービスを提供するということ

ここまで述べてきた事実や調査から、多くの新規事業者が農業への参入を試みながら、なかなか規模を拡大出来ない理由が見えてくる。大きな儲けを出すことが難しく、先祖代々の土地を受け継ぐことを大切にして農業を行っている農家が、DX技術を用いて情報を集めてより高効率な農業を推進するために数百万円もする機器を購入するかというと、費用面や農業実施の目的から考えると難しいことが容易に想像できる。また、農家・農家といわれるが実態は個人事業主であり、一人一人が経営者であり、個々人の判断で農業経営を営んでいることを鑑みると、サービスの開発や提供においても、通常の企業間ビジネスの常識を当てはめるのではなく、彼らの志向に寄り添ったサービス開発などが必要になると思われるが、現実的にはそこまで理解してサービス開発しているケースはまれであると考える。
従って、農家を対象としたビジネスというのは、DXや新たな商品を供給するにせよ、いずれにしても経営拡大を考えている農家の数が少ないことや投資の規模を考えるとなかなか進展しにくいというのが実態ではないかと考えている。
では、農業自体は魅力のない市場なのだろうか。アビームコンサルティングでは、上記の観点を踏まえ、農業自体のビジネス的な側面の追求よりはむしろ、既存事業に農業を組み合わせるなかで、自社のビジネス価値を高める方法論のほうが有効ではないかと考えている。その理由は、日本の食糧生産上の課題や農家の高齢化、担い手不足といった課題を解決していくためには、個々の農家の努力よりも、企業価値の向上といった側面で農業に新規参入しビジネス遂行のノウハウと組み合わせて、より高効率化を図っていくことが有効であると考えるからだ。そして、農業に価値を感じている個々の農家は上記の潮流のなかで、より高付加価値型のきめ細かい生産を実施するほうが全体戦略として理にかなっていると考えているためである。

新しい農業ビジネス分野の取り組み方

アビームコンサルティングが考える農業のもつポテンシャルは、一つは、グリーン(環境にやさしい)というイメージにあると考える。農業は言うまでものなく植物を扱い環境と共生しているイメージがあるほか、地域の農風景は重要な地域資源でもある。また、植物は唯一、二酸化炭素を吸収し、気候制御の力を保持した生き物である。“植物を効率的に人間に有用な形で栽培する営みが『農』”(出典:日本学術会議「持続可能な都市農業の実現に向けて」2017年7月発行)とも定義され、他の産業と比較し環境制御という特徴的な力も保持しており、地球規模での環境問題を背景としてその活用のポテンシャルを有していると考えられている。
上記を踏まえ、日本学術会議では今後循環型社会の実現に向けて環境共生都市の構築が不可欠で、その中で循環型の施設農業の活用及び農業形態の多様化の推進、参加型の情報システムの構築が重要であることを提言しており(図2)、これらの機能を活かした新たなビジネスフィールドの創出が期待できる状況である。

図2 農業のポテンシャル

図2 農業のポテンシャル

また、従来型の農業形態に変わり、「植物工場」への展開が進むなど、工業化に向けた取り組みも始まっている。植物工場は、気候に左右されず安定的な植物栽培ができ、安定的に収穫量が期待できる夢の栽培方法として開発されたが、なかなか採算ベースに乗ってこない状況が続いている。近年はLEDの普及やITツールの普及により減価償却が低減し、レタスなどの栽培サイクルの短い葉物野菜であれば、一般の市場に出始めるようになってきている。現在は葉物が主流であるが、今後の技術革新によってほかの作物の栽培が進むことも期待される状況である。また、地域創生という観点からも、地域農家が協力する形で高収益型農業へのシフトや六次産業化の取り組み、地域住民と農家が協働で地域の魅力を再定義し地域を挙げて新たなビジネスに取り組んでいくことも、地域間格差が大きくなる中で、重要な戦略になってくるものと想定される。
このような、農業のもつポテンシャルを考えると、農業自体で採算性を担保していくよりも農業の持つ多面的な価値を付加価値に転換し、既存ビジネスに生かすことや新規ビジネス要素として活用する考え方(農業をリ・デザインする)が、今後有効ではないかと考えている。

農業をリ・デザインする

アビームコンサルティングが考える農業をリ・デザインするための事例をいくつかご紹介する。

・グリーンのイメージをいかす
近年、植物を取り扱う農の技術をいかし、オフィスに自然を取り入れ自然を感じられる環境に整えるバイオフィリックデザインの導入が、AmazonやGoogleなど多くの企業で進んでいる。また、都市の中で、植物工場の機能とオフィスの機能という双方の機能を兼ね備えたビルの事例(スウェーデンのWorld food building) も出始めている。そうしたケースでは、企業イメージの向上や、働く人のモチベーション向上に加え、植物工場としての野菜の生産も可能となる。

・植物工場の活用
植物工場も技術革新(LEDやロボテックなどの導入)によって、生育期間の短いレタスなどの葉物野菜であれば採算ベースに乗るようになってきている。植物工場経営のみで採算ベースに乗せるためには、コスト(設備費・光熱水費など)を下げるのが価格競争力を持つために重要な観点であるが(図3)、昨今のように電気代の高騰などの影響を受けると、露地ものに対する価格競争力がなくなるため、採算ラインの維持が厳しい。

図3 植物工場のコスト構造

図3 植物工場のコスト構造

従って、植物工場のみの経営に着目するだけでなく、例えば製造業であれば工場の排熱を利用した植物工場や、オフィスとの組み合わせなどを行うといったハイブリッド型の設計をすることで農業の持つ採算性の低さを補うとともに企業イメージの向上につながる取り組みとして実施することもできるだろう(図4)。

図4 植物工場活用の可能性

図4 植物工場活用の可能性

・CO2吸収の機能をビジネスに
農業にはその栽培土壌に炭素を貯留する機能がある。すなわち、農業を実施しながらCO2の固着に取り組み、企業のCO2排出の抑制などに換算することができれば、企業イメージの向上だけでなく、農家の副収入(CO2を吸収する)にもつながり、双方でWin-Winの関係を構築できると考えている。

・地域ビジネスの基盤として
筆者が長く支援してきている、大阪府堺市のいわゆるアーバンフリンジに立地する金岡町では、地域の専業農家が中核となって、地域の農家の持つ土地の利用権を集約することで一定の規模を確保し、合わせて機械などの共同利用よる減価償却の低減を行うとともに、六次産業化に取り組んでいる。また、地域に残る豊かな農空間の維持と次世代に続く新たな農業の形を模索するために、2021年には「農事組合法人かなた」を設立し、活動を行っている(図5)。

図5 農業を核として地域創生のビジネスモデルイメージ

図5 農業を核として地域創生のビジネスモデルイメージ

地域を元気にするこれらの草の根活動を、自社の既存事業とコラボさせることで、新たな経済活動の創出や企業イメージの向上などに寄与するとともに、新たなビジネスフィールドが生まれるのではないかと考えている。

最後に、農業の生産性をあげていくことや、リ・デザインした新しい農業を実施していくためには、様々な事象(例えば生育記録や施肥量、灌漑水量、作業形態別労務量など)の様々なデータを取得し、シンプルに理解し、客観的なデータに基づき次の行動につなげていくことが重要だと考えている。そのような観点から、アビームコンサルティングでは、Data Management Analyticsという複雑なデータ体系をシンプルに表現していくサービスを実施している。
今回ご紹介した農業を活用した新規事業や地域創生に今後取り組んでいきたいという方はぜひお声がけいただきたい。
次回、第3回では、複雑なデータ体系をシンプルに表現する観点から、農業(一次産業)を事例に次世代ビジネス創出に向けた示唆を紹介していく。

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