ESG×農業×データで読み解く次世代ビジネス
第1回 データ活用によるESG経営の深化

2022年12月19日

はじめに

昨今、新技術の発展に伴って多くのビジネスが誕生しているが、それらと並んで有史以来営まれてきた農業が、再び経営者をはじめとする多くのステークホルダーの関心を集めている。日本の伝統的な一次産業である農業は、バリューチェーンの川上に位置付けられる産業として生産過程などのトレーサビリティが求められているだけでなく、人口爆発による食料不足への解決策として、もう一方では環境破壊から守るべき産業としても、イノベーションが期待されている分野である。
本シリーズは、有史以来継続してきた古いビジネス形態、いわゆるレッドオーシャンである一次産業について、特に農業の持つ多面的な価値に着目して新たなビジネスの創出に向けたヒントを紹介する全3回のインサイトである。
第1回では、近年のビジネスの潮流であるESGと農業の関係性を考察する。第2回ではその潮流を踏まえて、農業のリ・デザインから見えてくる新たなビジネスを提案・考察する。第3回では、IT技術の発展によるビックデータ活用と農業を組み合わせたビジネスのあり方の考察を通じて、農業のような一次産業における次世代ビジネスのヒントを得ようと試みる。

新しい資本主義への変化と、非財務への説明責任の増加

農業を取り巻くESGのビジネス環境を整理していく中で、まず着目したのはこれまでの利益第一主義ではなく、企業活動の多面的な価値を評価するESGが注目されはじめていることだ。この世界的な潮流の中、儲からないといわれてきた一次産業もESG(特に環境や社会)といった文脈から新たな価値が見いだされる可能性や、企業活動における非財務の取り組みの一環として従来の企業活動と組み合わせることで新たな価値を創出できる可能性が発生し、それが新たなビジネス創出において重要なヒントになると考えるからである。
ここでは、企業のESGの取り組み(非財務情報の可視化・定量化)について、潮流を踏まえながらご紹介する。
企業の非財務の取り組みをどのように評価し、その価値を計測するかについては、これまで様々な議論がなされ、関連する指針や事例が発表されてきた。しかしながら、非財務の意味するところは地球環境から個々の従業員の働き方まで幅広く、その内容も重要度も業界・市場動向、ひいては企業戦略によって多種多様であり、さらに定量的な把握が難しい。このような難しさを抱えつつも、近年は統一的な指針策定に向けて社会全体が大きく動き出している。過去、財務会計の領域でIFRS基準(国際財務報告基準)が発表されたのと同様に、非財務活動についても画一的な説明の方法が即座に出来上がり、企業には非財務活動の説明責任がより厳しく課される可能性が高まっている。

企業の対応事項と対応策 非財務×データの重要性

非財務領域への説明責任を果たすには、企業は非財務情報(特に非財務データ)の透明性や連続性といった「非財務情報の質担保」と、非財務面への資本投下がいかに成果を上げたかという「成果に関する説明」、この2点に対応しなければならない。
非財務情報は、その種類や責任組織が多岐に渡り、環境負荷の軽減や地域貢献のような非常に定量化しづらい情報が多い上に、資本投下が成果を生むまでに一定のタイムラグが生じるという特性がある。この特性から、継続的に管理すべき情報、即ち自社の価値創造により貢献し得る活動は何かを見極め、それらの定量化方法を検討し、連続性を確保した上で情報を管理していくことが非常に困難だという背景がある。そのため、企業はその重要性を理解しつつも、非財務のデータ管理に投資するという決断ができないことが多い。
このように難易度の高い非財務データの管理、そして、その先に控える非財務領域への説明責任を果たすべく、対応策になり得るものがアビームコンサルティングの提唱する「Digital ESG」だ。図1の通り、企業内にある活用しきれていない非財務データを用い、どのような非財務活動が、どのような道筋で、どのような価値向上に寄与しているのかを解明し、その結果を更なる価値向上のためのアクションに活用するというESG経営の方法論だ。

Digital ESGの認知が広がり、活用し始める日本企業が近年増加している。Digital ESGでは、企業自身が独自に自社の非財務戦略とその成果である企業価値の関係性を見極め、非財務への資本投下の意義を外部へデータという根拠と共に説明すること、そして非財務活動を価値創出へと繋げるべくマネジメントの仕組みを整えていくことを目的にしている。Digital ESGを活用する企業群は、迫りくる非財務データの開示厳格化と、それに伴う開示情報の正確性担保も見据え、社内の非財務情報を集約・蓄積し、それらを分析、目的に応じた可視化を実現しつつある。
 

図1 Digital ESGによる非財務データの活用基盤

図1 Digital ESGによる非財務データの活用基盤

ESG経営先進企業のかかえる3つの重要論点

非財務の開示基準確立やその義務化を待たずしてDigital ESG活用を推進している先進企業が、「非財務×データ」の実現にあたり着目している点を3つ紹介する。これらは、アビームコンサルティングと共にESG経営の実現を進めている企業から実際によく聞かれるポイントである。

論点1 環境関連データの正確性の担保
環境関連の取り組みは、製造業を中心とする幅広い企業で重要視されてきたため、既にCO2排出量や廃棄物量といった定量データを開示している企業は多い。世界的な危機意識の高まりにより、係数を用いた数値の概算も精度を増しつつあるものの、データ取得範囲は特定会社や事業など一部分に限定した実績の開示にとどまるケースも多いのが現状である。
Digital ESGに取り組む先進企業でも、このような環境関連の活動を「コスト」に留めず、きちんとその意義や成果を投資家や取引先・消費者といったステークホルダーへ訴求することで企業価値へと繋げ、「投資」と認識させるべく活動を進める企業も多い。実際に各社の非財務活動のうち、資本市場視点での企業価値(PBR)の向上に寄与しやすいものを挙げると、その上位に多くの環境関連指標がランクインしていた。近年、外部ステークホルダーから環境関連の取り組みに対して寄せられている期待値の高さが浮き彫りとなっている。
さらにその内容を細かく読み解くと、最終的な廃棄物の処分量にとどまらず、事業活動における様々な資源投入量を最小限とし、再利用を促進できていることを測る指標がランクインしており、資源循環の一部分ではなく全体を通じていかに環境負荷を軽減できているかといった視点が重要視されていることが明らかとなっている。また、CO2排出量を取っても、企業全体としていかに事業を継続しつつ効率的に削減できているかを測る原単位より、サプライチェーン全体の中で自社の電力使用におけるCO2排出削減を示すスコープ2が上位にランクインしている。これらの結果から、環境関連のデータについては、全体感を捉えた上で、より細かく正確なデータの計測と管理・開示が求められているとも捉えられる。
(参考:インサイト「企業価値を向上させるESG指標TOP30 ~ESGを起点としたデータドリブン変革の実現に向けて~」)
以上より、環境関連の取り組みにおいては、事業活動を俯瞰した目線で正確なデータを管理していくことが、企業価値向上へのポイント、即ち投資家をはじめとするステークホルダーが企業へ求めることだと捉えられる。

論点2 データ&デジタル技術活用によるトレーサビリティの担保
非財務情報の正確性に関して企業に求められる説明責任の高まりは、決して環境関連だけの話ではない。従業員の不正労働がないか、製品の安全安心は担保されているかなどを、バリューチェーン全体で把握し、関連する非財務情報を管理することも求められている。例えば製造業なら一次産業からのトレーサビリティの担保が必要だ。特に食品業界では、安全な原材料をいかに調達し、健全な労働環境下で加工し、消費者へ安全に届けるか、それが必達事項となっている。当然、このようなトレーサビリティの担保には、農業・畜産業といった分野のデータ活用も必要になる。どの地域で、誰によって、どのように育てられた原材料を、企業がどのようなプロセスを経て最終製品化しているのか、その全てを可視化しモニタリングできる仕組みを整えることで、ステークホルダーリレーションズにおいても先手を打つことが可能となる。

論点3 マルチステークホルダー価値の追求
論点2で取り上げたトレーサビリティの担保に関連して、非財務面での取り組みと効果を説明するためには、いかに周辺のステークホルダーを巻き込むことができるかが重要となる。裏を返すと、企業活動は今や一法人で完結するものは少なく、様々な企業や事業体を巻き込んだ活動となっていることが再確認できる。即ち、一次サプライヤー、二次サプライヤー、得意先、地域企業、協業先など自社を取り巻く様々なステークホルダーへ価値を提供し、共創できるかが非常に重要な視点となってくるのだ。
特に大企業は、サプライチェーンを代表してこのような活動を推進する役回りが求められる。企業の枠を超え、サプライチェーン全体を通じていかに環境資源を有効活用できているかといった情報の把握を、先頭を切って推進する必要に迫られている。

データによる日本企業の真価顕在化のチャンス

非財務に関する企業への外部要請の高まりと、それに対応する企業の検討ポイントを整理してきたが、立ち戻ると、非財務活動は事業利益の向上を目的として始められたものではない。
こと日本企業は、「論語と算盤」「三方よし」などに代表されるように、ESG/SDGs/サステナビリティなどの概念が拡大する以前から、消費者のため、地域のため、社会のため、未来のためという発想をもって企業活動を続けてきた。短期的な財務価値だけではなく、長期的な目線を持つべきという昨今の潮流は、古くから日本企業が行ってきた活動そのものであり、昨今のデジタル技術の発展と世界的優先度の向上により進んだデータ活用によって、それらが財務的な成果や企業価値へ貢献することが「見える化」されてきたと捉えるのが自然である。
このような潮流の変化や技術の進化による非財務価値の見える化は、単なるビジネストレンドや企業責任への対応にとどまらず、日本企業の内に秘めた価値が顕在化される機会になり得るはずだ。

伝統的な一次産業「農業」のポテンシャル

このような日本企業の古き良き考え方と深く紐づく産業が、日本の伝統的な一次産業である「農業」だ。農耕民族として自然や周辺の人々と共存し、発展してきた日本人にとってはルーツとなる産業である。
そしてこの「農業」は、冒頭触れたように、バリューチェーンの川上に位置付けられる産業としてトレーサビリティが求められるだけでなく、人口爆発による食料不足への解決策として、もう一方では環境破壊から守るべき産業として、イノベーションが期待されている分野でもある。大企業もこの農業の転換期をビジネスチャンスと捉え、多くの企業が新規事業の創出や既存事業への取り込みを検討している。
アビームコンサルティングでは、上記の背景を受け、まだ活動は端についたばかりであるものの、大学と協働で不動産業を中心とした企業の新規事業創出の部署と農業の新規事業における可能性や新たな価値創出の取り組みの検討などを始めている。
第2回では、この農業に着目し、どのように一次産業が事業を通じて価値を創出していくことができるか、「農業(一次産業)をリ・デザインする」をテーマに考察する。

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