EVシフトで自動車販売は変化するのか?
~EVシフトの収益インパクト検証に基づく自動車ディーラーへの提言1

2023年11月29日

日本国内の自動車販売台数に占めるEV(電気自動車)の割合は2022年時点で1.7%2。環境意識の高まり・政策的後押し・各ブランドのEVモデルラインナップの拡充などにより、今後もEV比率が上昇していくことは間違いなく、自動車販売台数だけでなく保有台数も徐々にEVへとシフトしていくと見込まれる(EVシフトで先行する中国では、既に2022年時点で、EV化率が21%に達している3)。
EVシフトが確実視される中、テスラ社のオンライン販売や株式会社ヤマダ電機の自動車販売への参入などが注目を集め、「EVシフトでクルマの売り方が変わる」と言われている。また、EVシフトによって自動車ディーラーの収益は大きく減少すると言われている。そのため、自動車ディーラーが生き残るためには、いわゆる「ビジネスモデル変革」が必要との論調が強まっている。自動車ディーラーの中には、新たなマネタイズポイントの創出にチャレンジする事例も出始めている。

アビームコンサルティングでは、自動車販売・アフター領域におけるEVシフトへの対応を検討するには、「EVシフトによって、何が変わり、何が変わらないのか」を具体的に把握することが前提と考えている。
そこで、本インサイトでは、新車販売領域およびアフターサービス領域においての変化点を整理した。特に、収益インパクトについては、簡易的なモデルケースで定量化を試み、EVシフトによるアフターサービスの台当たり売上の減少を約3割と推計した(この収益インパクトの詳細は、後段で解説する)。
本インサイトでは、EVシフトが新車販売領域およびアフターサービス領域に与える影響および収益インパクトを詳述した上で、自動車ディーラーに求められる対応を解説する。 
なお、本インサイトにおける分析は、自動車ディーラー12店舗の現地調査および自動車ディーラー関係者へのインタビューに基づいている。また、自動車ディーラーの新車販売とアフターサービスの領域*での影響を主たる対象としている。

  • *自動車ディーラーの収益は粗利ベースで、「新車販売で3割、中古車販売で2割、アフターサービスで4割、その他手数料などで1割」という構成であり、重要な2領域に注目

    本インサイトでは、BEV(バッテリー式電気自動車)をEVと表記し、普通乗用車軽乗用車を自動車と表記する
    一般社団法人日本自動車販売協会連合会「燃料別販売台数(乗用車)」、一般社団法人全国軽自動車協会連合会「軽四輪車通称名別新車販売確報」より算出した
    3 中国自動車工業協会公表の「Automotive Statistics」より算出した

新車販売領域における変化

販売台数の変化
EVシフトにより、車両本体価格の上昇が予測されるが、これは主にEV比率に影響し、販売総数への影響は限定的と考えられる。よって、EVシフトによる新車販売台数の変化は限定的と考えられる(ただし、新興EVメーカーの台頭による、既存の自動車ディーラーでの販売台数減少は一定程度発生すると想定される)。

「売り方」の変化
「EVによって売り方が変わる」と言われているが、この点は、冷静に「何が変わり、何が変わらないか」を受け止める必要がある。
自動車ディーラー現地調査から見えてきた実態は、「生活者目線」「買い手目線」で見れば、「クルマの買い方」は大きく変わらないということである。生活者目線で言えば、ガソリンで動くエンジン車であっても電気で動くEVであっても、「命を預ける数百万円もする高額商品」であることは変わらない。生活者の購買行動としては、自らが買う商品(車両本体)およびアフターサービス・保険・ローンなどを確認して、納得した上で契約するという流れは変わらない。また、EVはバッテリー劣化のため残価設定が難しいため売り方が変わるという点においても、買い手から見ればローンの設定やリースなどの契約形態の問題であり、大きな変化ではない。あわせて、自動車ディーラーの販売現場でも、これまで残価設定型ローンの導入などで経験してきた変化の振幅内の事象である。

EVシフトで起こる変化
EVシフトが新車販売にもたらす変化は、「説明項目の差異」と「EV補助金の申請サポートの有無」の2点である。
1つ目の、EVとエンジン車との説明項目における差異は、顧客への車両説明の中での、充電設備やバッテリーに関する説明の有無と、エンジンに関する説明の有無である。EV車では前者があり後者がなく、エンジン車ではその逆である。全営業スタッフがEV関連およびエンジン関連の全ての説明を行えるようにすることは実務的に難しいため、EV専門の説明要員を設置するなどの試みも行われている。しかし、このような試みも、これまでもブランド説明要員を設置する試みがされてきたことと類似しており、全く新しい試みではない。
2つ目の、EV補助金の申請サポートは、EV購入に対する国や地方自治体からの補助金を購入者が得るための申請作業をサポートすることである。これらも、申請書類自体は複雑ではあるが、これまでも車両の登録書類や下取書類、アフターサービス・自動車保険・ローンなどで多種多様な書類作成を行ってきた中に追加されるものであり、全く新しいことではない。

EVシフトが自動車ディーラーの新車販売に与える影響はオペレーションレベルのものであり、かつこれまでも自動車ディーラーが行ってきたことの範囲内であることから、「売り方が変わる」というほどのものではない。

アフターサービス領域における変化

アフターサービスにおいては、構成部品の違いから点検・整備項目が大きく異なることは明らかである。ここで重要な点は、その違いが自動車ディーラーの収益に与える影響である。
当社の分析から、車種や自動車ディーラーにもよるが、新車販売後5年間での車点検(エンジン除く)・整備(エンジン部分)からの収入において、EV車の場合は、エンジン車の場合と比較して、13~30%の売上減少が見込まれることが判明した(図1)。3~20%が車点検(エンジン除く)の売上減少によるもので、これは部品点数の減少に伴う工数減少の影響である。10%が整備(エンジン部分)の売上減少によるもので、これはエンジンオイルなどのエンジン関連の消耗品交換がなくなる影響である。板金は、EV車とエンジン車共に、新車から5年程度では事故がない限り必要になる可能性は低いので、変化はない。

 

図1 エンジン車とEV車のアフターサービスからの収入の比較
(エンジン車での収入を100と指数化)

図1 エンジン車とEV車のアフターサービスからの収入の比較

今後の自動車ディーラーの収益見通し

前述の様に、EVシフトで注目するべき変化は「売り方の変化」ではなく、アフターサービスからの「収益減少」である。この変化に備えるには、まず「収益減少」の影響度を把握する必要がある。
新車販売におけるEV比率が1.7%の現状では全体への大きなインパクトはない。しかし、2030年以降の世界を想定し、保有台数に占めるEV比率を20%と仮定すると、自動車ディーラー全体の利益を粗利ベースで現状から0.3~2%押し下げる。

  • エンジン車からEV車に変わることで、前述の新車販売後5年間のアフターサービスにおける13~30%の売上減少を参考に、1車両当たりのアフターサービスからの収益が粗利ベースで13~30%減少すると仮定して算出。実際には5年経過後のタイヤ交換などは、EV車でもエンジン車でも発生するため、実際の減少よりは大きい数値になっている可能性が高いと想定
  • 各収入源における売上と粗利の関係性は必ずしも相似ではないため、その影響での実際の数字との乖離は生じている

自動車ディーラーに求められる対応

EVシフトによるアフターサービスの収益減少が顕在化するには時間を要するが、確実に訪れる未来である。さらに、前述の収益インパクトは粗利ベースであったが、実際には、絶縁ピットの設置やサービススタッフの感電事故を防ぐための安全投資も必要となってくるため、営業利益ベースではさらなるマイナスインパクトが想定される。加えて、新興EVメーカーの台頭による、既存の自動車ディーラーでの販売台数減少も想定される

そのため、自動車ディーラーも将来的にアフターサービス単価への転嫁(値上げ)および新たなマネタイズポイントを模索する必要があり、実際にこれらの動きの検討・準備が始まっている。

当社の考える、今必要な対応は、自動車ディーラーの将来的な動きに備え、EVシフトの収益インパクトが顕在化するまでの時間とEVシフトの注目度の高さを使って、「顧客基盤」を強固することと自動車ディーラーの基本を再強化することである。
具体的には、顧客とのつながりを強め、将来のアフターサービス単価の上昇および新たなマネタイズポイントを受け入れてくれる顧客との信頼関係を構築することであり、収益面では、サービス入庫率を高め収益のとりこぼしを減少させることである。
サービス未入庫対応は、自動車ディーラーが長年に渡り取り組んできたことである。しかし、現状の未入庫率を踏まえると「これまでもやってきた」以上のことが期待されている。本インサイトでは、「どの程度」の改善が期待されているかを明らかにするため、目指すべきサービス入庫率の目安を定量的に示す。

収益減少をカバーするために必要なサービス入庫率
自動車ディーラーの収益は粗利ベースで、4割をアフターサービスが担う。一方で、自動車ディーラーで新車を購入した顧客が、自動車ディーラーに車点検などで入庫する割合は5割程度である。残りの5割は、カー用品チェーンやガソリンステーションに流れている。つまりは、この流出の低減による収益向上の余地が十分にあるのである。
実際に、前述のEV比率20%を前提とした、現状からの粗利ベースでの0.3~2%の落ち込みを、アフターサービスにおける流出率の低減によってカバーすることを考えると、現状で50%の流出率を0.4~3%pt.低減させる必要がある。

販売重視から顧客基盤重視への転換
サービス入庫率向上の打ち手に秘策はなく、顧客への活動量が重要であることは、自動車ディーラー関係者も熟知している。しかし、その活動量が十分でないことが現状である。その背景には、販売台数が重要KPIであり、「セールス」が花形と捉えられている実態がある。販売が優先された結果、「売りやすい先」に活動が集中し半数程度の管理顧客は放置されているというのが現状だ。
いま必要とされている顧客基盤の強化とは、サービス未入庫率を約半減させるレベルが求められる。この強化に向けた活動量を担保することは、現状の営業・サービスの役割分担や評価体系、店舗でのチーム体制やディーラー本部の支援体制では不十分な可能性が高い。

実現に向けては、メーカー・ディーラー本部主導で、これまでの販売を「花形」とする現場から、顧客基盤を「花形」とする現場へと、現場の行動変容を導いていくことが重要である。アビームコンサルティングでは、自動車販売・アフター領域での支援実績および現場意識変革・行動変容の支援実績に基づき、自動車の現場力転換を支援していきたいと考えている。
 

関連ページ

page top