総合商社が投じる未来への一手
~グループ一体となったDX推進事例から読み解く~(前編)

2022年10月19日

VUCA時代で好業績を上げている商社の取り組み

コロナ禍、米中覇権争い、ロシアのウクライナ軍事侵攻など先が読めないVUCA時代に突入し、激変する事業環境の影響を総合商社は強く受けるポジションにも関わらず、各社それぞれの強みとする領域で好調な業績を上げている。5大商社の22年3月期連結決算を見ても各社が過去最高益を記録、中期経営計画の利益目標を大幅に上回っており(図1)、2019年頃に複数の総合商社に対して多額の投資をした著名投資家のウォーレン・バフェット氏も満面の笑みを浮かべているのではなかろうか。

商社の歴史を振り返ってみると、戦後復興を契機とした貿易ビジネスを本格化させ、高度経済成長期に更に業績を伸ばし、バブル崩壊を起因とした商社冬の時代に突入するも、商社は事業投資モデルへ事業形態を変革し、生き残っていった。その後、リーマンショックやエネルギー価格の激しい上下に翻弄され、一時的に業績が悪化するが、事業投資から事業経営へのシフトやバリューチェーンレベルの変革断行などグループ全体のポートフォリオを見直しながら、常に危機をチャンスに変える強力な一手を打ち続け、力強く業績を伸ばし続けている。

 

図1 総合商社上位5社の当期純利益推移

図1 総合商社上位5社の当期純利益推移

グローバルレベルのメガトレンドの一つとして、デジタルテクノロジーの進化が加速していく中で、様々な業界からテクノロジーを武器としたディスラプターが登場し、強大なネットワーク・資本力を持つ総合商社も、その脅威を感じている。各社とも、旧態依然のビジネス形態では競争力がなくなってくることが目に見えており、幅広い産業分野を横断するグループ一体型のDX(デジタルトランスフォーメーション)への取組みに着手している。いくつかの商社ではグループ一体型のDX推進部署を立ち上げており、その効果が出始めている。
具体的には住友商事株式会社(以下、住友商事)の「DXセンター」、三井物産株式会社(以下、三井物産)の「デジタル総合戦略部」、三菱商事株式会社(以下、三菱商事)の「産業DX部門」といった組織で、専門的な産業知見とデジタルテクノロジー知見を併せ持った人材を多数有すると共に、データ分析やプラットフォームサービスなどに強みを持つ専門会社を複数主管している。更に住友商事では、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の立ち上げなども実施している。

アビームコンサルティングでは総合商社を十数年来ご支援しており、DXに関しても、各社と一心同体となって推進した実績を多数有している。様々なDX関連の支援実績から、商社業界に留まらず、多くのグループ経営をする企業にも通用するであろうDX推進方法があると考え、本インサイトでは総合商社のグループ一体となったDX推進事例をもとに、DX成功の要諦となる組織づくりや人材育成方針、エコシステム構築に関して紹介する。

DXの取り組みの序盤に発生した課題とその対策

総合商社では2015年頃からDXをビジネスチャンス、そして将来登場するであろうディスラプターへの対抗策と捉え、各社のトップからDXを積極的に推進するよう指示が出されている。ここ数年の各社社長の年頭あいさつを振り返ってみると、必ずDXについて言及されていることからも、その重要性が読み取れる。

ただし、各社ともに初めから順風満帆に取り組みが進められていたわけではなく、様々な苦労やチャレンジがあった。商社に限った話ではないが、日本企業の多くはこれまで特定の事業・顧客に対して個別最適を進めていくことこそが商品やサービスの付加価値であると認識・推奨されてきた傾向がある。そのため、事業や顧客といった単位でサイロ化が進み、取引における商習慣、業務プロセスやITなどがバラバラに設計・実装されてきた。

総合商社においては、いわゆる「タテのライン」と呼ばれるように、その事業形態の多様性により一般企業以上にサイロ化が進行しており、各社グループ企業や事業部門においてDXに関する方針や理解度のバラつきが発生し、DX推進に必要な戦略・方針、組織・人員、ナレッジ・ツールなども含めて、多くの領域で十分な整備ができていないことが序盤から浮き彫りになった。

各社はその対策としてグループ全体のDX推進を統括・サポートするための部署を立ち上げ、全社方針に基づき、DX推進方針の策定・役割分担の整理などを行いつつ、グループ企業や事業部門との擦り合わせを実施。そこから得たフィードバックを基に更に方針・役割の考え方などをブラッシュアップして、CDO(最高デジタル責任者)の任命やビジネス部門・情報システム部門の融合/機能分担の明確化、DX専門会社の設立など矢継ぎ早に施策を打ち出してきた。

総合商社のDX推進組織の位置づけ

2020年に総合商社として初の「DX銘柄」に選定された住友商事では、幅広い産業分野に及ぶビジネス現場の課題にデジタルテクノロジーを掛け合わせて新たな価値創造を図るための施策や、産業横断で社会課題を解決する施策などに取り組む組織として「DXセンター」を2018年にデジタル事業本部に設置している。

DXセンターは住友商事グループ会社のITサービスカンパニーであるSCSK株式会社と密に連携し、グローバルで百名以上の人員がDXに取り組んでおり、数百件のDXプロジェクトが生まれている。また、CVCの拡充やハードウェア領域でのアクセラレーター事業(HAX Tokyo)、データマーケティングやDX技術専門会社Insight Edge(インサイト・エッジ)の設立など、DXを推進する体制を整えており、営業部門の中に攻めと守りの一体型組織を擁している。

三井物産は2019年に経営企画部とIT推進部を統合した「デジタル総合戦略部」を設立。更に各事業部門よりビジネスとデジタルの両方に精通した社員を集約して、住友商事と同様に攻めと守りを一体で推進できる体制を構築した。管掌役員も「CDIO(チーフ・デジタル・インフォメーション・オフィサー)」となっており、マネジメント体制としても鮮明にそれが表れている。

三菱商事ではこれまで「ITサービス部」「デジタル戦略部」がDX推進の中心であったが、2022年7月よりデジタル戦略部を母体として「産業DX部門」を創設。産業DX部門はデジタルテクノロジーを活用した事業創出・価値向上により特化した形となり、ITサービス部は三菱商事グループ全体のDXケーパビリティの強化や業務効率化・高度化をデジタルテクノロジーによって促進している。
 

図2 DX推進組織のポジション

図2 DX推進組織のポジション

各社の共通項として見えてくることは、VUCA時代を勝ち残っていくためには、特定の事業・顧客に閉じることなく、各社グループ企業も含めて横断的に聖域なく取り組むことが必要不可欠であり、そのためにトップ自らが積極的に行動し、経営層も含めて不退転の決意で臨んでいることである(図2)。商社以外の業界であっても、規模の大小こそあれ同じような取り組みが求められている。

後編では各社の取り組み内容の具体的な事例を紹介しながら、様々な業界で普遍的に活用可能と思われる取り組み内容を解説する。
 

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