CXインサイト:
顧客体験を阻害する“壁“に着目した
CXトランスフォーメーションの要諦

2023年2月21日
 

昨今、様々なビジネスでCX(カスタマー・エクスペリエンス)の重要性が唱えられているが、その実態は商品開発・広告宣伝や店舗・Webサイトでの販促施策などを通じていかに体験価値を訴求するかといった「企業」を主語とした活動に終始するケースが散見される。こうした実態に対して、アビームコンサルティングでは「顧客の人生における体験(CX)を、人生において価値あるものに変容させる(トランスフォーム)」という「顧客」を主語としたCXトランスフォーメーションこそが本質であり、その本質を実現するために企業は自社のビジネスモデルを変革することが求められると考えている。

一方で、顧客視点を中心に「顧客の人生にとって価値ある体験」の構築を目指していく中では、図1の通り、大きく3つの阻害要因が存在しているため、企業にはこうした顧客心理を理解し、顧客がこれらを乗り越えるための支援を行うことが重要になる。

図1 顧客の人生において価値ある体験への到達を阻害する3つの要因

図1 顧客の人生において価値ある体験への到達を阻害する3つの要因

① 時々の誘惑
顧客が「自身の人生において価値ある体験」だと認識したとしても、「面倒くさい/忙しい」など時々の誘惑に負けて実現したいという思いが薄らいでしまうことが度々起こり得る。そのため、顧客が目指している理想的な体験という原点に立ち戻れるよう継続的に支援することが、企業には求められる。

② モードチェンジの壁
顧客自身が、これまでの行動では超えられない壁があることや今まさに壁にぶつかっていることを自覚することは困難である。そのため、事前に壁が存在することや、自分が壁にぶつかった際にそれがどのようなものでどのように乗り越えることができるかを知らせ、その方策を提供することが企業には求められる。

③ 「生き方」の複雑さ
例えば、ゴルフとキャンプを連動させることでアクティブな生き方を支援するように、自社が支援できる人生におけるシーンと親和性が高い別のシーンを連動させることで、顧客にとってより価値のある体験を創出することが可能となる。そのような連動は、自社のみでは困難であることから、他社などと連携したエコシステムの形成に向けた取り組みを行うことが、企業には求められる。

これら3つの阻害要因の中でも、とりわけ② モードチェンジの壁は「顧客の商品・サービス利用の成熟度合いに応じて、顧客が離脱する要因(=壁)が顧客も気づかないうちに変化する」という難解なものである。よって、顧客の自助努力だけでは突破が難しいため、壁の突破に向けた企業の能動的な支援が特に重要となる。
本インサイトでは、この「モードチェンジの壁」の突破について、アビームコンサルティングの様々な支援実績を基に、具体的な事例の紹介と変革実現に向けた3つのポイントについて解説していく。

演奏学習支援アプリにおけるモードチェンジの壁の突破事例

人々の日々の生活を充実させるエンターテインメントや趣味の一つとして挙げられることが多いのが楽器演奏だ。楽器の種類はピアノ・バイオリン・ギター・ドラムなど幅広く、楽器演奏の目的も、プロを目指して本格的に練習に取り組む人から趣味の一環としてある程度のレベルまで上達できれば良い人など、人によって目指すべきゴール(=ミッション)は多様である。その中で、一定の出費を行い高価な楽器を購入する顧客の多くは、「練習を通じて自身の演奏レベルを上達させて他者に共有・賞賛されること」を求めていると言える。また、企業である楽器メーカーとしては「顧客が自社の商品・サービスを通じて演奏レベルを上げてもらい他者から賞賛されるという成功体験を通じて、その演奏ができる楽器・サービスを提供してくれた企業への愛着を増してもらい、アップセル・クロスセルや自社商品・サービスの他者への推奨を期待したい」ものである。

しかし、現実には高額な楽器を購入すれば自然と演奏が上達するわけではなく、練習が継続できず、購入した楽器がそのまま「箪笥の肥やし」になってしまうケースも多数存在する。そうした状態を打破するために、昨今のデジタル活用の潮流も受けて「アプリを通じた演奏学習支援」を行う企業も増えてきている。今回は、こうした楽器演奏の学習支援アプリを題材に、モードチェンジの壁を突破するまでの一連の流れを見ていく。

① オンボーディング(購入直後)の壁
楽器の購入直後は、一般的に顧客はその高揚感から説明書や入門書を読み込むことよりも、早速楽器のセッティングを行い思い思いの演奏を行うことで、自分の演奏レベルに合った楽曲を高音質で演奏できることに満足感を得る。しかし、すぐには難易度の高い楽曲を上手に演奏できないことや、周囲やインターネット上の上手な演奏とのギャップに気づき、自分の技術不足に悩みだす。こうした悩みに対して、自発的に演奏技術向上に向けた取り組みができる顧客は問題ないが、演奏技術向上に向けた打ち手を見いだせずにこの段階で早くも脱落してしまう顧客が存在する。

このように、購入直後のオンボーディング段階で適切なサポートを受けられずに離脱してしまう顧客に対して、企業は購入前(例:楽器の販促と併せて学習アプリの存在を周知)から購入直後(例:楽器の開封時の導線に学習アプリダウンロードのQRコードを設置)のタイミングで上達のやり方自体を理解していない顧客に能動的にリーチし学習サポートの必要性を周知させ、まずは学習アプリのダウンロードを通じて顧客接点を構築していくといった対応が求められる。

② 日常化の壁
購入直後のオンボーディング段階で学習サポートの重要性を認識し、アプリを通じて演奏技術向上に向けた学習を開始した顧客が次にぶつかる壁が、「日常化の壁」である。最初は、学習アプリのサポートを受けて基礎的な練習を通じて着実に上達していくことで更なる成長に向けたモチベーションを保つことができるが、次第に扱う楽曲の難易度が上がってくるとアプリのサポートがあっても上手く演奏できない/譜面通りに演奏はできているものの上級者と比較すると表現が覚束ないといった、新たな悩みにぶつかることになる。また、趣味の一環で演奏をする人は、日常生活の中で継続的に練習を行う時間を確保することが難しいというジレンマも存在する。その結果、「学習アプリを通じた練習の習慣化/日常化」を作り出すことができず、結果技術向上が頭打ちとなり演奏から離脱してしまう顧客も存在する。

このように上達に向けては練習の習慣化/日常化が必須であるため、企業としては顧客が練習を日常化するためのサポートを行う必要がある。また、サポートにあたっては顧客の演奏技術レベルに合わせた最適な対応をしていくことも重要である。例えば、「入門レベル:まずは片手/一部音階に絞った練習を行い、それが上手くできた時にはきちんと褒めることで次のレベルの練習へのシームレスな流れを作り出す」「初心者レベル:徐々に両手/譜面通りに演奏するための練習に切り替えていく」「中級者レベル:表現力の向上に向けて、上級者からのフィードバックや指導を受けられる場を設ける(学習アプリを経由して、リアルでフィードバックを受けられるイベントへの送客を行う)」などのサポートが考えられる。加えて、日常化に向けては個人の練習だけではモチベーションを保つことが難しいため、同じく上達を志す顧客同士のコミュニティを形成し、お互いが励まし合いながら共に上達していくサポートも考えられる。

③ ファン化の壁
一定レベルの演奏技術を身に付けた顧客を、自社商品・サービス・ブランドの愛好家へと至らせるための最後の壁が「ファン化の壁」である。一定レベルの演奏技術を身に付けた顧客は、より高レベルな演奏を追い求め、高価格帯の楽器への買い替えや楽器・演奏に関連する有料サービスへの登録などアップセル・クロスセルの行動を取るようになる。また、そうした上手に演奏できる楽器やその楽器を提供している企業へのポジティブな感情を抱くようになり、同時にその感情を企業に気づいてもらい、企業から個別にポジティブなフィードバックをしてほしい/商品・サービスについての自分の想い・要望を聞いてほしいという欲求が芽生えてくる顧客もいる。こうした欲求に応えることに成功し、企業へのロイヤリティが高まった顧客は、自社商品・サービス購入に留まらずユーザーの視点から商品・サービスのフィードバックをくれることに加え、インフルエンサーとして自社商品・サービスの魅力を他の顧客に正しく訴求してくれる広告塔の役割も担うこととなり、企業にとって非常に強力なサポーターと成り得る。他方、こうした欲求に対して企業から特段リアクションがなされないと、企業自身に対するロイヤリティが高まり切らず、楽器の買い替えなどのタイミングで他社商品にスイッチされてしまうリスクを抱えることになる。

そのため、企業としてはこの層に対して学習アプリという接点を皮切りに自ら積極的に各顧客に個別最適なコミュニケーションを図り、「企業と顧客」の関係性を超えて、「企業と企業のサポーター」という関係性を構築していくことが求められる。

図2 演奏学習支援アプリにおけるモードチェンジの3つの壁

図2 演奏学習支援アプリにおけるモードチェンジの3つの壁

このように、顧客のミッション実現に向けては乗り越えるべき様々な壁が存在し、壁を乗り越えるためには顧客の自助努力に留まらず、企業としてそれぞれの壁に見合った適切なサポートを講じる必要があることが分かる。壁という理想の体験実現に向けた阻害要因を起点に顧客の行動変容を整理することで、従来とは異なる企業としての取り組みが浮かび上がってくると言えるだろう。

モードチェンジの壁突破に向けた3つの成功要因

では、こうした壁を乗り越え顧客のミッションを実現するために企業は何を行うべきなのだろうか。アビームコンサルティングでは、これまでの様々な支援実績から以下の3つがポイントと考える。

1. 顧客個別のミッションの見極め
最初に考えるべきことは、「自社のターゲットとなる顧客のミッションを“セグメントごと”に定義すること」である。

顧客は自社商品・サービスを購入・利用している以外にも様々な場面・価値観・制約条件などの中で行動する生活者である。ゆえに、置かれている状況に応じて自社商品・サービスを通じて実現したいミッションや期待値は様々である。先述した通り、楽器で言えばプロに近いレベルの演奏を追求する顧客がいる一方で、趣味の一環としてある程度のレベルで演奏できるだけで十分な人も存在する。

このように顧客ごとに実現したいミッションは千差万別であるものの、企業は「顧客は一様に高いレベルを求めている」という思い込みの下に顧客へのプロモーションを行うため、これに該当しないセグメントを取りこぼしシェアの拡大に苦戦するというケースが見受けられる。企業がまずもって行うべきことは、「顧客一人ひとりが自社の商品・サービスを通じて到達したい最終地点を明確にし、セグメントごとに整理すること」である。

2. 4つのタッチの使い分けによる壁突破のサポート
セグメントごとの顧客のミッションの定義の次に企業が行うべきことは、「ミッション実現に立ちはだかる壁の最適な突破方法を顧客に提示していくこと」である。

壁の突破方法は、顧客の特性や立ちはだかる壁の種類により様々であるが、カスタマーサクセス実現の手段として挙げられるテックタッチ(デジタルツールを活用した効率的なサポート)・ロータッチ(複数人に対して行うサポート)・ハイタッチ(特定の顧客に対して個別に行う丁寧なサポート)を適切に使い分けることがポイントと言える。楽器で言えば、「入門/初心者レベル(オンボーディングの壁突破):人数も多くリアルチャネルを通じた丁寧なサポートには及び腰であるため、デジタルを駆使したテックタッチで効率的に対応」「中級者レベル(日常化の壁突破):デジタルによる機械的なサポートだけでは対応しきれないため、音楽教室など1対複数でサポートするロータッチで適切に対応」「上級者レベル(ファン化の壁突破):企業との直接的なつながりを求めているため、一定程度コストをかけて個別最適なサポートを行うハイタッチできめ細やかに対応」といったように、壁に応じて企業の対応を使い分ける必要がある。また、これらに加えて「コミュニティタッチ」という4つ目のタッチにも着目すべきである。これは「顧客同士のコミュニケーションにより壁を突破する手段」と言える。例えば、楽器であれば、「初心者の自分には、スキルレベルがかけ離れた上級者のレクチャーは専門的すぎて理解できない/企業や上級者に相談するのは気が引ける」「一定演奏技術が向上したので、同レベルの人とつながり技術を高め合いたい」という顧客の心理に対して、近い演奏レベルの顧客のコミュニティを用意することで心理的安全性を担保し、互いに切磋琢磨しながら壁を突破することを可能にする。

このように、壁の突破に向けてはカスタマーサクセスにおける3つのタッチ+コミュニティタッチという4つのタッチを駆使することが、企業には求められるのである。

3. 企業自身の行動変容の実現
4つのタッチを駆使して壁の最適な突破方法を明確にした後に行うべきことは、「企業自身の行動変容の実現」である。

冒頭でも述べたように、いくら経営層や事業のリーダーが顧客視点で最適な顧客体験のモデルを提示したとしても、自社社員やビジネスパートナーなどの現場層が「旧来の成功体験に粘着した行動」に終始しているのでは、真の意味での顧客体験は実現されない。旧来の成功体験に粘着した行動の例としては、「自社商品・サービスを正しく理解した企業の感覚で顧客を捉えている(実際の顧客はそこまで商品・サービスのことを分かっていない)」「商品・サービスの販売においては機能的な価値を訴求することが正解であり、商品・サービスを通じて顧客の悩みにどう応えるかという視点を持ち合わせていない」「商品・サービスを売ることが自身のミッションであり、その後の利用については自身の与り知ることではないという姿勢となっている」「自部門のKPIや評価制度が商品・サービスを売ることを念頭にしているため、現場の行動も自然とそこに引きずられる」「部門間で役割が分担されているため、顧客に対して統一感のないコミュニケーションを取っている」「自社以外の代理店チャネルをコントロールできずに、顧客起点でのコミュニケーションができない」「変化/外圧を嫌う現場が、現場固有のインフォーマルルールを継続しようと抵抗する」などが挙げられる。

こうした現場の粘着性を取り除き、顧客のミッション実現に向けて企業自身も行動変容を実現していくことが求められるのである。

アビームコンサルティングでは、真のCX(カスタマー・エクスペリエンス)とは「顧客の人生における体験(CX)を、人生において価値あるものに変容させる(トランスフォーム)こと」であり、そのために企業は自社のビジネスモデルを変革することが求められると考える。その意味では、CXとは「顧客を起点に企業自身が抜本的な変革を実現していく=Customer centric Transformation」と言えるのかもしれない。抜本的な変革は一筋縄ではいかないものであるため、経営者が覚悟を持って取り組むべきアジェンダだと考えている。
アビームコンサルティングでは、真のCX(カスタマー・エクスペリエンス)の実現に向けて、顧客を起点にした企業の行動変容を実現する様々なソリューションを提供している。本インサイトが、企業の方々にとって真のCX(カスタマー・エクスペリエンス)の実現に向けた処方箋になれば幸いである。

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