総合商社が投じる未来への一手
~DXと共創で描く日本の社会・ビジネス課題解決の道筋~

2023年2月3日

はじめに

アビームコンサルティングでは、様々な業界や人を繋げることを生業としている総合商社の成功事例を他業界でも参考にできるよう、インサイト「総合商社が投じる未来への一手~グループ一体となったDX推進事例から読み解く~(前編後編)」(以下、前号)を掲載した。前号では総合商社が時代に合わせた事業ポートフォリオの組み換えや、ビジネスモデルの抜本的な変革を行っていることに着目し、その近年の取り組みの一つとしてグローバルレベルのメガトレンドであるDXを社内外で推し進めるために、デジタルリソースの柔軟な活用を企図した社内組織改革や、過去に例を見ないグループ会社及び産業を横断したデジタルプラットフォームの構築を進めている現状を紹介した。

本インサイトでは前号に続き、DX推進体制の強化をすすめる総合商社の日本の社会・ビジネス課題の捉え方、そしてその解決に向けての取り組みについて取り上げる。また、今回は総合商社と連携するステークホルダーとの関係性についても着目した。これらを通じて、諸産業のあらゆる企業にとって、総合商社が実践する新しい形の共創の取り組みが参考になれば幸いである。

「新機軸」の社会・ビジネス課題の対応を迫られる日本の諸産業

2021年8月に経済産業省が発行した「経済産業政策の新機軸~6月総会での議論を踏まえた方向性~」*1にて、同省は経済産業政策を通じて解決すべき課題として「グリーン」、「レジリエンス」、「デジタル」の3点(以下、新機軸の課題)を挙げ、その重要性においてはもはや議論の余地がないものとした。この新機軸の課題に共通する特徴は、それぞれの課題への対応が単にビジネスにおける日本の競争力を強化させるだけでなく、我々が抱える社会課題の解決に繋がることである。「グリーン」については脱炭素、気候変動適応などの昨今の環境問題の重要キーワードに直結し、「レジリエンス」の観点では感染症のまん延や国際紛争の最中において、我々は改めて自立・分散型社会の必要性や国外に依存したサプライチェーンのリスクを再認識した。また、社会課題の観点で「デジタル」を見つめなおすと、例えば少子高齢化が深刻化する地方都市が今後も機能していくためには、諸インフラへのDXの取り組みが鍵を握るといえる*2。実際に、近年の企業活動においては、これら社会・ビジネス課題に両輪で取り組んでいくことが求められており、その成果を公表することで企業価値を高め、新たな投資を呼び込むことに成功した企業も存在する。

一方、これらの取り組みには自社が生業とする業界、製品の知識の他に各課題に対する専門的な知識が求められ、人材面などでも新たなリソースが求められる。また、一定層を除く最終消費者からは依然として従来通りの製品・サービス品質やコストパフォーマンスを求められることなどから、社会課題への取り組みは短期的な企業業績に直結しないことも多い。このように、現代の社会・ビジネス課題への両輪での対応は、企業にとって簡単なものではないといえる。

総合商社の「新機軸の課題」の取り組みの加速

このような状況下、各産業では大企業を中心とした先進的な取り組みを進める企業が、新機軸の課題解決に向けた挑戦を始めており、諸産業と深い関わりを持つ総合商社もまた動き出している。総合商社の歴史を振り返ると、戦後の経済復興における生産材料の獲得と海外販路開拓、高度経済成長期から今日までに至るエネルギーの国内需要の充足、また国内流通業の支援として小売業界の再建や通信事業の充実などの役割を担うなど、日本がその時代ごとに直面する重要課題に率先して取り組み、諸産業の進むべき道を切り拓いてきた*3。

大手総合商社5社(三菱商事株式会社、三井物産株式会社、伊藤忠商事株式会社、住友商事株式会社、丸紅株式会社)が発表した近年の新規事業開発・投融資に関するプレスリリースを調査したところ、新機軸の課題に関するテーマが多くの割合を占めていることが分かった。

図1 2021年4月以降の「新機軸の課題」に関連する大手総合商社5社の プレスリリース件数の割合

図1 2021年4月以降の「新機軸の課題」に関連する大手総合商社5社の プレスリリース件数の割合

様々な案件を抱える総合商社において、プレスリリースとして発表される事業には各社の活動の指針を示す意思が込められていると考えられ、総合商社では新機軸の課題を重要なテーマとして捉えていることが伺える。さらに各社の取り組みを深堀していくと、新機軸の課題に対する解決アプローチの方向性が見えてきた。

「DX」と「共創」による解決アプローチ

ベンチャー/スタートアップとの積極的な連携
総合商社は、これまでも相互補完が可能なパートナーと、資本・業務提携などを行うことで生まれるシナジーを活かしたバリューチェーンの構築を課題解決の「型」としてきた。その中でも、図2の示す通り、近年では、ベンチャー/スタートアップとの積極的な連携を進める意向を示している。

図2 「ベンチャー/スタートアップとの連携」に関連する
大手総合商社5社のプレスリリース件数の推移

図2 「ベンチャー/スタートアップとの連携」に関連する大手総合商社5社のプレスリリース件数の推移

具体例に目を向けてみると、三井物産株式会社を含む複数企業が医療ICTベンチャーの株式会社アルムと資本業務提携を行い海外での遠隔診療や医療データを生かした新事業に取り組んだり*4、非デジタル分野においても伊藤忠商事株式会社がバイオ系スタートアップのLactips社を含む複数企業と環境配慮型の紙製包材を共同開発したりするなど*5、各社が新機軸の課題解決に向けた新たな取り組みをベンチャー/スタートアップと共に進めている。また、特定分野の新技術や、優れたビジネスアイデアを持つ将来有望な企業の発掘も積極的に進められており、三菱商事株式会社は日本郵船株式会社と共同で、低・脱炭素社会の実現に資するスタートアップ企業を支援・育成するプログラムを開始している。

総合商社がベンチャー/スタートアップとの連携を活発に行うようになった背景には、各社が中長期目線での戦略に組み込んでいるマテリアリティを軸に据えた経営方針、SDGsの達成などに向けた取り組みの活発化が影響しているだろう。新機軸の課題にも直結しているこれら諸テーマの解決には細分化された高い専門知識と、その打ち手としてユニークな技術開発が求められる。総合商社ではコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)なども立ち上げて、開発の担い手として活躍する有望なベンチャー/スタートアップと手を組み、社会・ビジネス課題に一丸となって挑戦している。また、副次的にはこのような総合商社の取り組みがオープンイノベーションの実績となることで、国内の若い企業の活性化に拍車がかかることにも期待が寄せられる。

複数の課題の連鎖的解決
新機軸の課題に対する解決手法のもう一つの特徴としては、「グリーン」、「レジリエンス」、「デジタル」の諸テーマに個別に取り組もうとせず、一事業の中で連鎖的な解決を試みることが挙げられる。この傾向は、逆説的に各課題を更に細分化・専門化した個別テーマに対する単独的な解決だけでは社会・ビジネス的に大きなインパクトを与えられないという可能性も示唆している。一方で、複数の課題を一挙に解決するには、異なる産業やバリューチェーンの川上から川下に位置するステークホルダーを縦横にまとめ上げる難しさが存在する。このようなDX推進の現場の中軸で、技術や知識を束ねた総合知*6を用いたサービス開発や、大企業なども巻き込んだ商流を構築するのが、オーケストレーションに秀でた総合商社の役割だと考えられる。

住友商事株式会社は住友三井オートサービス株式会社、日産自動車株式会社との間で「自治体向け脱炭素化支援パートナーシップ」を締結した。これは「2050年ゼロカーボンシティ」の実現に向けた各自治体における、地産地消型脱炭素社会の実現に向けた支援の枠組みである。3社の機能・知見によるモビリティ(EV車両の導入やカーシェアの環境構築)とエネルギー(再生可能エネルギー由来の電力の導入)に関する取り組みにより脱炭素化を図り、更にこれを掛け合わせた再エネ電力取引のプラットフォームの導入により、効率的なエネルギーマネジメントを実現し、レジリエンスを強化するとともに、地域内のエネルギー循環を確立することを構想している*7。

また、伊藤忠商事株式会社は大手総合リース会社の東京センチュリー株式会社と合弁会社IBeeTを設立。同社を通じて伊藤忠商事株式会社と株式会社NFブロッサムテクノロジーズが共同で開発・販売する家庭用蓄電システム「Smart Star」をサブスクリプションサービスで提供する。家庭用蓄電システムや中大型の蓄電システムは、再生可能エネルギーの普及や自然災害に対するレジリエンス向上・停電対策の観点から注目されており、将来的な世の中のニーズの拡大に先んじた取り組みとなっている。更にこの事業では将来的にEVリユース電池を活用した中・大型蓄電システム「Bluestorage」や、業務用蓄電池、太陽光パネル、EV本体及び関連機器などのサブスクリプションサービスの提供も視野に入れており、IBeeTが同サービスを通じて保有する分散型電源から生み出される余剰電力をAI「GridShare」を用いて相互に融通するなど、効率的な分散型電源プラットフォームの早期構築も企図している*8。

諸産業、バリューチェーンを包括したプラットフォーマーとしての期待
テーマに特化したデジタル技術の開発においてはベンチャー/スタートアップが活躍を見せている中、図3で示す通り総合商社ではこれらの技術を活用しつつ、三井物産株式会社が化学品バリューチェーン全体を巻き込んだトレーディングプラットフォームを構築したり、三菱商事株式会社や豊田通商株式会社が貿易プラットフォーム「TradeWaltz®」を運営する株式会社トレードワルツに出資したりするなど、産業の横断やサービスを軸にしたデータ集約や活用を意図したプラットフォーム構築を積極的に進めている様子が伺える*9。

図3 「データの集約・活用」の取り組みを紹介する大手総合商社5社のプレスリリース件数の推移

図3 「データの集約・活用」の取り組みを紹介する大手総合商社5社のプレスリリース件数の推移

この取り組みで将来的に期待されることは、すでに蓄積されたデータから各要素がさらに一元化され、これらを有機的に結びつけることによって実現する、より広範かつ付加価値の高いDX推進であろう。また、総合商社が目指す包括的なDXプラットフォーマーという共創の場を、諸産業のステークホルダーが有効活用することで、各社のコア領域の深耕や新領域での付加価値創出が実現し、社会・ビジネス課題の解決に大きく寄与することも考えられる。

おわりに

今回は大手総合商社5社の近年の日本の社会・ビジネス課題の捉え方やその解決に向けての取り組みを、通時的な比較も交えて取り上げた。本インサイトを通じて明らかになったことは、現時点ではまだ本格的なマネタイズが難しい「グリーン」、「レジリエンス」、「デジタル」といった社会・ビジネス課題への取り組みが率先して行われ、新時代のデファクトスタンダードとなる仕組みの構築が積極的に推進されているということ。またその特徴として、影響力のある諸産業の大企業やデジタルを中心としたユニークな技術を有するベンチャー/スタートアップと連携し、複数の課題をまとめ上げて一つのバリューチェーン、データ基盤で解決を試みるという、多面的なポートフォリオと高いビジネス視座を有する総合商社ならではのDX推進だった。将来的にはこの流れに、豊富な業界知見を有する中小企業も合流することが考えられ、あらゆるステークホルダーを巻き込んだ共創が日本経済・産業全体に大きな変革をもたらすことが期待される。

また、この潮流においてコンサルティングファームであるアビームコンサルティングでは、パートナーである総合商社及びステークホルダーが描く経営戦略の具体化や計画への落とし込み、社会・ビジネスの現場での実装を前提にした現実的な技術の目利きなどの役割を担い、加速するDXの取り組みを一過性のものにせず、確実に遂行するための伴走支援を行っている。

「Build Beyond As One.」をブランドスローガンに掲げる我々は、日本の主要産業やサービス軸などの様々な切り口によるご支援の実績と、蓄積された知見の総合力を活かし、その志を同じくするクライアントの共創パートナーとして、日本社会への貢献を共に果たしていきたい。

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