メタバースにおける決済と金融機関の事業参入
~主流となり得るデジタル通貨・ビジネスモデルの展望考察~

2022年10月28日

はじめに

昨今、バーチャル上の3次元空間であるメタバースは様々な業界・業種のプレイヤーが参入表明するなど、注目を集めている。メタバースの関連市場は、2020年から2024年までCAGR13.1%で急拡大し、グローバルで7,833億ドル(約100兆円)規模に到達すると推計1されている。現実世界と同様にメタバース空間においてもモノ・コト・ヒトに関する経済活動が存在し、経済活動を下支えする金融活動(例えばモノを買う際の決済)もメタバースの発展に最適化した形で進化していくものと考えられる。このことから、金融機関にとってメタバースは大きなビジネスチャンスを秘めた存在であると推察する。メタバース空間における金融サービス全般に関しては、「メタバースにおける金融サービスの現状と今後の展望」のインサイトをご参照頂き、本インサイトでは、金融活動の中でも、メタバース空間における決済サービスにフォーカスをあて、決済の主流となり得るデジタル通貨や、金融機関が事業参入する上でのビジネスモデルについて考察したい。

メタバース上の決済サービスの現状

現在のメタバースにおける決済サービスは、図1の通り、概ね次の2類型で提供がなされている。類型①は、現実世界の決済手段(クレジットカードなど)を使うパターン。メタバースサービス上で決済画面が立ち上りそこから手続きをするものや、事前に支払い設定などで決済手段を登録しておくものがある。類型②は、事前購入した電子マネー・暗号資産・ゲーム内通貨などで決済するパターン。事前購入は、取引所を介して行うものと、直接クレジットカードなどで購入するものがある。メタバースの性質によって決済体験が異なり、現実空間に近いコミュニケーションなどの提供を主眼とするデジタルツイン2(現実空間と相対したバーチャル空間)では類型①が、ゲームに代表される仮想空間3(現実にはないバーチャル空間)においては、サービス世界への没入感をそこなわない類型②が採用される傾向にある。

  • 1 Bloomberg「Metaverse may be $800 billion market, next tech platform」
    https://www.bloomberg.com/professional/blog/metaverse-may-be-800-billion-market-next-tech-platform/

    2,3 本インサイトでは、リアルな世界の空間的な対として構築されたバーチャル空間を「デジタルツイン」、現実世界とは関連性のない独自のバーチャル空間を「仮想空間」と定義する。前者はバーチャル渋谷などのバーチャルシティ、後者はThe Sandboxなどのオンラインゲームなどが該当する

図1 メタバースで提供される決済の類型

図1 メタバースで提供される決済の類型

また、足元では、様々なプレイヤーがメタバースにおける決済サービス拡充に向け、検討を進めている。米メタバースプラットフォームでは、メタバース内から直接法定通貨を使用して、ゲーム内通貨を購入可能なメタバースATMサービスを開始している。また、米決済大手はメタバースにおける商標を申請し、国内メガバンクは、スマートフォン決済サービスの基盤を活用したメタバース決済サービスの検討を行っている。将来のメタバース経済活動の発展を見据え、決済領域をビジネス機会と捉えているプレイヤーが優位性を築くべく、あるいは現実世界の主導権をメタバース空間にも拡大するべく、検討活動を開始したものと考えられる。これまで参入タイミングの見極めを行っていたプレイヤーも競争劣後の回避に動くと考えられ、メタバース決済拡充に向けた検討活動は、今後更に多くのプレイヤーに広がるものと推察される。

メタバース上の決済サービスの今後の方向性と課題

前述した現状を踏まえ、メタバースにおける決済サービスの今後の方向性を考察していきたい。現実世界で決済機能そのものがユーザーにそれと意識させることなく各種サービスの体験・行動導線に溶け込む方向性で進化してきたこと4を踏まえると、メタバース上の決済機能も同様に、メタバース(デジタル)世界の体験・行動導線に溶け込み、ユーザーに意識させない(負荷が少なくなる)ように進化していくものと考えられる。
例えば、虹彩情報やジェスチャーモーションなどの生体情報を活用した認証や決済実行機能や、ブロックチェーン技術を活用したスマートコントラクト(ブロックチェーン上で契約を自動的に実行する仕組み)による決済の自動化などが考えられる。
加えて、Walletサービス(特に、アバターと実在人を本人確認を実施して紐づけたもの)を活用したデジタル通貨(暗号資産5、ステーブルコイン6、CBDC7など)による、新しい決済サービスの実現も期待される。
では、これら世界観の実現に向けて、解消が必要な課題について考察していく。

  • 4 一例として、某タクシー配車アプリでは、降車の際、運転手に料金を支払う手続きを必要とせず、登録したクレジットカードから自動で料金が引き落とされる。決済機能をサービスの体験・行動導線に溶け込ませることで、ユーザーに決済手続きの煩わしさを意識させないことを実現

    5 代表的な暗号資産としてビットコインやイーサリアムなどがあげられる

    6 取引価格が安定することを企図して設計された暗号資産の一種

    7 中央銀行デジタル通貨(Central bank digital currency)

課題①:グローバル共通のルールが未整備
メタバースの特徴として実在人が世界各地から越境してメタバースに参加できる点があるが、実在人が在住する国の法体系や商取引の習慣の違いを踏まえた画一的なルールが、決済サービスのみならずメタバース全般として未整備な状態にある。このことから、メタバースサービス提供者やファイナンス提供者が制度やルール面の違いを吸収したプラットフォームを提供することが難しい状態にあるものと推察される。
メタバース上の決済サービスにフォーカスした動きではないものの、足元では2022年6月に33の企業や団体が参加した「Metaverse Standards Forum」が発足し、オープンなメタバース構築に向けた相互運用性の標準策定に着手している。また、メタバース周辺テーマでは、暗号資産に対するFATF勧告(FATF[Financial Action Task Force:金融活動作業部会]が策定したマネーロンダリング・テロ資金供与対策の国際基準)が2021年10月に改定された。規制化の流れを受け、国内ではステーブルコインを電子決済手段として法整備(犯収法の適用対象とし本人確認を義務付け)、業界自主規制(トラベルルール)が導入された。この様に、ルールメイクに向けた論点整理や制度設計などが徐々に進んでいくものと考えられる。

課題②:主流となるデジタル通貨が不透明
現状、どのデジタル通貨がメタバースで主流となるかは、不透明な状況にある。いずれのデジタル通貨も一長一短があり、技術的にも制度的にも成熟していく必要がある状況と言えるだろう。プラットフォームを跨いで汎用的に利用できることに加え、メタバース空間内で完結する決済体験を見据えた場合、信頼性・価格変動を優先すればCBDCの発行が望まれるが、現実的には技術や制度の確立によりステーブルコインを用いた決済が有力な選択肢となるのではないかと推察する。国内の法律・規制を前提とした、将来のメタバースで主流になるデジタル通貨を考察したものが、図2である。
 

図2 国内の法律・規制を前提とした将来のメタバースで主流となるデジタル通貨についての考察

図2 国内の法律・規制を前提とした将来のメタバースで主流となるデジタル通貨についての考察

主流通貨になるためには「A.メタバース親和性(手数料/地理的制約/Wallet親和性(ブロックチェーン技術)」が極めて重要であると推察する。 “手数料”の有無や多寡は事業者のビジネスモデルや収益構造に影響し、メタバースが国境を越えて利用されることを鑑みると“地理的制約”を受けないことが重要となる。また、アバターと紐づいた本人確認済Walletをベースとして、メタバース金融サービスが発展していく場合は “Wallet(ブロックチェーン)との親和性”も重要である。図2に記載した「B.普及しやすい通貨特性」もふまえ総合的に評価すると、現時点では民間発行のステーブルコインが有力と考えられる。

金融機関(特に銀行・資金移動業者)のビジネス参入

まだ課題の多いメタバース決済であるが、参入を検討するタイミングとしては、2023年前半が一つのターニングポイントとなると考える。特に銀行・資金移動業者にとって参入余地があると考えられるため、その点について述べていきたい。
メタバース上での商取引が発展するに際し、決済手段は重要なポイントとなる。先に述べた通り、ステーブルコインは価格変動リスクが低く、決済利用に適している。日本においては、2022年6月に法律(資金決済法等改正法)が成立(1年以内に施行)し、ステーブルコインの発行は銀行(信託銀行を含む)、資金移動業者、信託会社に限定されることとなった。また、現在国外で流通しているステーブルコインも、日本で発行・利用するには、取り扱う事業者が金融庁へ登録する必要がある。そのため、グローバル展開している事業者にとって、日本のマーケットだけのために資金移動業などを取得しなければならず、登録・維持コストを考慮すると、日本での取り扱いを回避する動きが出る可能性がある。そのため、既存国内金融機関にとっては、海外で先行していたステーブルコイン事業を、フラットな状況でスタートできるタイミングとなる。
メタバース金融活動は、アバターと実在人が紐づいている状態で行われる必要性があると考えられるが、銀行や資金移動業のサービスを利用しているユーザーは、既に本人確認を行っているケースが多く、メタバース金融サービスの申込ハードルが低いことも利点である。また「銀行口座」という切り口でアプローチが難しくなっているZ世代・ミレニアル世代に対しても、Walletという新しい資金管理ツールを提供することにより、アプローチを行う契機になると考えられる。
ただし、銀行においては、ステーブルコイン以外の暗号資産などを管理するWalletの提供が、銀行法における業務範囲規制、および暗号資産交換業に抵触する可能性があり、留意が必要となる8。Walletに関してはもう一点動きがあり、内閣府令の改正9により、信託銀行が暗号資産の信託の受託(カストディ業務)を行うことが出来る方向性が示された。

これらの動きを踏まえると、金融機関が取り得る基本的なビジネスモデルとして、以下3つの案が考えられる。
 ①ステーブルコイン発行事業
 ②Wallet事業
 ③カストディ事業
①および②は、主に銀行(信託銀行含む)や資金移動業者が、③は信託銀行が、必要な登録を行った上で事業展開することが想定される。単体で事業として成り立つものもあれば、②のWallet事業など、基本無料で提供されている他社サービスがあり、どのように競争優位を築き、マネタイズ可能な事業とするか、検討が必要な場合もある。顧客との新たなタッチポイントとして捉え、既存事業とのクロスセルを実現するなど、①~③の基本的なビジネスモデルから、更にマネタイズの幅を広げることが重要であると考える。

金融は世界を発展させるのに不可欠なイネーブラーとして重要な役割を担い、それはメタバースにおいても同様である。メタバース上のより自然な決済体験を実現するために、決済に関するUI/UX(ユーザー接点およびユーザー体験)の洗練は今後も進展していくものと考えられるが、その裏側の新しい決済手段(ステーブルコインなど)も、法改正などをきっかけに急速に浸透する可能性がある。

アビームコンサルティングでは、メタバースに関する技術動向やニーズをいち早く捉え、インサイト発信などの業界発展に向けた活動や、ビジネス構想策定などのクライアント支援を行っている。
メタバース空間で、誰もが様々な商品を安心して購入できる世界が、早期に実現されることを期待している。

  • 8 セルフカストディ型のWalletを提供する場合は、暗号資産交換業に該当しない旨が、金融庁のパブリックコメントで示されている(ただし、個別事例ごとに実際に即して実質的に判断されるもの、との注釈あり)
    https://www.fsa.go.jp/news/r1/sonota/20200403/01.pdf No20,21
    9 2022年6月30日、改正案(金融機関の信託業務の兼営などに関する法律施行規則(内閣府令)など)を公表

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