製造業DXの実現
~デジタル時代の発想・組織・マネジメント~

2023年5月31日

産業変化の加速、社会課題の急速な多様化、デジタル技術の更なる進展と、不確実性が高いこれからの世界で日本の製造業が勝ち進んでいくためには、「ものづくりの技術」「現場をマネジメントする技術」「市場に製品やサービスとしての価値を提供する技術」といった日本固有の特徴、強みを活かした一層のDX推進が急務である。
DX推進における課題の本質に迫り、デジタル時代における物事の見方や捉え方を探り、どのようなDX人材を育て上げていくべきか考察する。

(本稿は2023年3月3日当社主催セミナー「製造業DXの実現~デジタル時代の発想・組織・マネジメント~」での講演「Beyond Manufacturing~未来の産業モデルをつくる価値創造マネジメント~」をもとに再構成しています。)

1.DXにおける課題認識

日本の製造業ではDXの取り組みが遅れている、とはよく言われることだ。しかし、なかなか進まない理由は何だろうか。
考えるに、日本企業は、欧米の手法を学ぼうと「しすぎ」ではないだろうか。特にメディアでも取り上げられることが多い米国型の手法を妄信する傾向がある。学ぶことは決して悪くはないが、実は製造業に関するテーマを扱う米国研究機関の多くは、日本企業のやり方を研究している。にもかかわらず、それは日本企業にとって学ぶべき対象に見えているのだ。
その理由は、欧米が、1つの物事を「コンセプト」や「モデル」、「理論」にまとめ上げてみせるのが得意だからだ。まとめ上げたコンセプトなどが業界で注目を集め、やがてそれがデファクト・スタンダードとなって業界の流れを変える。一時期、業界をにぎわせた「アジャイル開発」や「スクラム開発」は、その典型的な例である。
欧米企業が形にしたものを日本企業が受け入れること自体には無論問題はないが、その中身の本質を見極められているかが問題なのである。

次に、多くの企業がDXを推進する中で、大きな課題として浮上しているのが人材不足だ。DX推進における人材、組織観点の課題として、経営層からは、DX推進リーダーの不足、人材不足、事業全体や産業全体を理解している社員がいないといった声があがる。また、現場層からは、総論賛成・各論反対とありがちな議論の帰結、そして経営層へのアプローチ方法やデジタル技術の活用方法が分からないなどの声があがっている。
そもそも「DX」という学問はなく、どちらかといえば専門用語が厳密に定義されるというよりもバズワードが先行しがちでありながら、DX推進が汎用性が高いデジタル技術を幅広い領域に適用させる取り組みであるため、産業や自社のビジネスの特徴を踏まえた個社の将来像を描けていないことが課題なのである。

2.DXならではの「発想」で未来に向けて事業を変革させる

産業界における「DX」とは、未来の産業を創造し、デジタル全体で新しい顧客提供価値をつくり出すことである。変革自体が目的なのではなく、変革によって価値を生み、収益化することで、未来の産業をより豊かに発展させることにある。そのために、まずは、自社が対象とする産業・業界の現在地を確認し、産業を俯瞰して発想するのである。
未来の産業像(未来産業)を描くと、業種や扱う商材など、企業それぞれの特性によって異なる取り組み方があるはずだ。
その発想や取り組みを促進するための一手段が、デジタル化である。そこにも、デジタルならではの発想の仕方や物事の捉え方、データの見方や取り扱い方などの「発想する技術」がある。例えば、顧客の価値観や地域とのつながりなどを鑑みた顧客ニーズ、働き方や働く意味が得られる現場にしたいという従業員のニーズを合わせた形で構想してみる。常に高品質を維持できる製品の生産と供給には、情報収集のインフラ整備が必要になってくる。そこで、デジタル技術を利用することにより、原料から出荷までのトレーサビリティの担保ができ、納品のタイミングの最適化を図ることができるようになるのだ。データを可視化することで、顧客需要に応えることができ、また製造ラインの省人化や工数の削減にもつながる。
もちろん、発想だけすればよいというものではなく、その発想を「形」にするための仕組みづくり、そして変化を許容しながらDXを推進していくための仕組みづくりが重要になる。
「発想する技術」で脳内を活性化し、広い視野で発想する。そして、ものづくりと新ビジネスを両輪で回し循環させる「事業変革プログラム」という形で全体を俯瞰しながら、未来産業から構想することで、“Digital Transformation”という字義通りのDX推進が可能になるのである。(図1)

図1:事業変革プログラム

図1:事業変革プログラム

ところで、製造業でうまくいっていない「DX」の共通項とは何だろうか。それは、価値創出につなげられているかどうかと、取り組みの継続性の欠如が大半である。
DXの構想には3つのフェーズがあり、まず1つ目のフェーズでは未来産業の全体を把握することである。例えば、スマートシティやモビリティ、宇宙航空などといった対象産業の探索と論点出しを行い、そこから深堀りする対象を絞り込んでいく。次に2つ目のフェーズでは、絞り込んだ対象それぞれのさらなる深堀と構想案を出していくのである。最後のフェーズでは、新規事業の構想や共創型ビジネスの構想、業務プロセス改革やICT・デジタル技術設計などを構想することにより顧客提供価値が生まれるのである。また、DX推進組織の構想や働き方改革などを構想することで従業員価値も同時に生まれるのだ。未来産業の対象テーマを複数選定し、全体から詳細へ制約条件や論点の絞り込みを進めることが未来産業DXなのである。
価値創出につなげるためには、ある程度おおざっぱであっても、「未来産業DX」のモデル化を検討してみることが有効だ。未来産業DXとは、未来の産業を創造し、自社の強みを生かしながら、デジタル技術やデータを活用し新たな顧客価値をつくり出すことである。
その実現に向けたロードマップを描きつつ、1つのユースケースでも、顧客提供価値の構成要素の一部でも推進できれば、DXに対する見方が変わり、より将来に向けた見方ができるようになるはずだ。DX推進が進んでいる企業であっても、一度構想して終わりではなく、1年後や2年後に見直すことも多い。もし、過去に検討したことがあれば、その過去の構想を参考に再度検討してみてはどうだろうか。DXといっても、業務の仕組みをただデジタル化しただけでは業務の効率化や合理化が進むだけに終わる。そのためには、取り組みを継続させなければならず、「データを誰がどう使えばどのような価値が生まれるか」を思考し続けることで、新しい顧客価値に転換されていくのである。

3.製造業の「組織」も「人材」もDX推進に向けて進化できる

未来産業DX推進の成否は、組織の在り方にも依るところが大きい。主な観点は、「組織構造」「組織能力」「人材育成」の3つの要素である。「組織構造」においては、組織の役割や体制、制度やルール、支援方法や意思決定方法などが必要な要素で、とりわけDX推進においては自部門内に閉じた取り組みよりも、部門横断、企業横断の取り組みが効果を発揮するため、その作り方が非常に重要である。
「組織能力」においては、必要な知識やスキルを身に着けるだけでなく、物事を俯瞰する力、発想力や思考力、構造化力や仮説検証力を身に付けながら行動変容を促し、経験を積み上げていくことが必要な要素となる。上に述べた産業構造を俯瞰し発想していく能力はもちろんのこと、外部とのネットワーキングや様々な関係者を巻き込む行動力なども求められる。
「人材育成」においては、産業に対する深い知見を基にDXを企画構想する「構想力」、デジタル技術を活用した新たなビジネスをデザインする「応用力」、そして、部門横断や外部連携の仕掛け作りができる「思考力」の3つの要素が求められる。活用事例などから本質を読み解き、応用力を身に着け、構想力を培うことが必要になるのだ。
デジタルを活用する能力と人材を育成する能力を併せ持つ知的創造空間を創り、その空間をマネジメントすることで、新たな顧客価値を醸成するのである。(図2)

図2:未来組織を創る3つの要素

図2:未来組織を創る3つの要素

4.循環型「マネジメント」で提供価値を永続的に更新し続ける必要性

国内・グローバル市場に対して、継続的な価値提供とフィードバックのサイクルを生み出すソリューションビジネスの考え方や進め方を解説する。まず、国内・海外のビジネストレンドや先端事例を有識者から情報収集を行い、それを自社のDX領域に当てはめて、戦略や構想の策定を行ってみる。次に、インサイトの発信や、イベントでの講演・出展を通じた市場や顧客へ情報発信をし、そこからフィードバックを得ることで解像度があがり、新たな知見や経験を継続的に積み上げるのだ。また、外郭団体への積極的な参画や活動は、新たな経験を積み上げるだけでなく、人的ネットワークの形成にも役立ち、今後の協業、案件獲得に繋げられるのである。そして、ユースケースや事例の蓄積、ソリューション化することで、自社が提供できるサービス、課題解決を実現するソリューションとして顧客へ価値を提供し、また自社ビジネスへの貢献ができるようになる。このように循環型のプロセスを自社に当てはめ、何度も改善を図ることが、製造業DXの実現に向けた近道なのである。
日本の製造業における循環型のマネジメントとは、自分たちの強みをコンセプトやモデル化して表現し、世界に発信することである。コンセプトを発信すると、産業や自社ビジネスの展開がしやすくなり産業構造の変革を起こし、世界と共創しやすくなるのだ。(図3)

図3:ソリューションビジネスモデル

図3:ソリューションビジネスモデル

最後に、継続的に製造業DXを推進していく(常態化していく)ためには、「企業・組織構造変革」と「産業・事業構造変革」の両輪を合わせた循環型の活動が必要になる。
未来を構想し、未来産業をモデル化するうえでは、産業構造俯瞰型での事業や業務のデザインと、それに携わる人が持つべきスキルや、それを発揮しやすい組織のデザインの両方向からアプローチすることで、製造業DXの実現により近づくのである。
具体的には「産業構造を俯瞰する」「データ起点に発想する」「グローバルトレンドのテーマに準ずる」などといった手法で未来を構想するのと並行し、それぞれの未来の実現において、実践型での人材育成や行動変容を促す仕組みづくり、DXを推進していくための組織づくりと必要な役割の配置などを考えていく。その後、DX構想後に具体化施策の立案とそのロードマップを策定していくことになるが、そのロードマップも1度描いて終わりではなく、アップデートし続ける必要がある。また、DXの取り組みを一過性のもので終わらせないためにも、自社内にどのような事例が存在するか可視化し、DXの推進手法や陥る罠などが記載されたノウハウ集などをまとめていき、DX実績の方法論やナレッジの図書化をし、活用していくのである。そして、定期的に自社におけるDXの推進度合いを見定め、次の戦略や施策につなげていくことで循環型の活動になり、活動全体をマネジメントしていくプログラム化が進み、経済や社会、環境の変化に応じた新しい進化のストーリーがつくり上げられ、この先の未来をつくる新たな日本の製造業ができていくのだ。(図4)
日本の製造業は自分たちが保有する技術を他国よりも優れていることを再認識し、製造業DXの実現に向けて心躍らせるような発想をしていくべきだと考えている。

図4:循環型で進める製造業DX(DX Activity Circulation)

図4:循環型で進める製造業DX(DX Activity Circulation)

アビームコンサルティングは、未来産業・未来組織のDX構想策定、DX人材育成などデジタルとビジネスに関する広く深い知見と多くの実績を活かし、実践的なサポートで製造業DXをこれからも支援し続けていく。

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