サーキュラーエコノミー(循環経済)の
実現に向けた 製造業のデジタル活用

2023年8月9日

昨今、地球環境・資源への危機意識の高まりを背景に、世界的にサーキュラーエコノミー(循環経済)への社会的要請が一層強まっている。特に取り組みの進んでいる欧州では、サーキュラーエコノミー関連の法規制の整備が進められており、必要な対応を行わない企業については、SDGs経営をなし得ない企業として、欧州市場から締め出される可能性が非常に高い。欧州の取り組みはグローバルに広がっていく見込みであり、グローバルでビジネスを継続するためにサーキュラーエコノミーへの対応は必須といえる。
サーキュラーエコノミー実現に向けては、デジタル技術の活用がカギを握ることは言うまでもない。特に、製造業など製品を生み出す「動脈産業」と使用済み製品を回収し、再生利用や適正処分を行う「静脈産業」を繋ぎ循環を円滑に回すためには、デジタル活用によるトレーサビリティ(商品の生産から消費までの過程を追跡すること)の確保、さらに消費者の行動変容は欠かせない。
本インサイトでは、欧州をはじめとした先進的な事例をもとに、サーキュラーエコノミー推進におけるデジタル活用やトレーサビリティ確保、消費者行動変容に向けて、今製造業が取り組むべき対応について考察する。

1.サーキュラーエコノミーにおけるデジタル活用の潮流

AI、ブロックチェーン、オンラインプラットフォームなどのデジタル技術の進歩に伴い、サーキュラーエコノミーにおいてもこれらデジタル技術を活用する潮流が加速している(図1)。 

図1 サーキュラーエコノミーにおけるデジタル活用 

図1 サーキュラーエコノミーにおけるデジタル活用

原材料を調達・加工して製品を製造・販売する「動脈産業」では、シェアリングサービスの進展など、ビジネスモデル変革も進んでいる。廃棄物を回収し再資源化することで廃棄物を再び社会に流通させる「静脈産業」ではソーティングマシーン(物流向け仕分装置)の高度化などの技術革新が進んでいる。一方でそれぞれの取り組みは動脈産業と静脈産業の各産業に閉じたものとなっている。サーキュラーエコノミーを推進するためには、動脈産業と静脈産業の連携を強化し、産業間で分断している情報を繋ぎ、トレーサビリティを確保すること、またその情報の価値を消費者に訴求していくことが重要となる。 

2.トレーサビリティの確保に向けた欧州の動き

欧州ではすでにトレーサビリティを確保するために法整備を進めている。2022年3月、欧州委員会は「持続可能な製品のためのエコデザイン規則案」を発表した。同案は現行の「エコデザイン指令」を大幅に拡張したもので、欧州市場で上市するあらゆる製品(食品、医薬品など一部除く)に適用される。同案は対象製品に対して、耐久性、再利用可能性、改良・修理可能性、エネルギー効率性などの情報開示を要件としている。 
この情報開示の要件を担保する手段が「デジタル製品パスポート(DPP)」だ(図2)。デジタル製品パスポートとは、デジタル技術を活用し、商品ごとの原材料調達からリサイクルに至るまで、ライフサイクル全体にアクセスできるデータを指す。欧州では、製品の持続可能性を証明する情報として、製造元、使用材料、リサイクル性、解体方法などの情報をデジタル製品パスポートに記録し、製品のライフサイクルに沿ったトレーサビリティを確保することを目指している。 

図2 デジタル製品パスポートにて想定される情報開示範囲 

図2 デジタル製品パスポートにて想定される情報開示範囲

エコデザイン規則案において、デジタル製品パスポートには製品特性を考慮の上で、カーボンフットプリントなどの環境負荷、リサイクル材料使用率やリサイクル性など資源循環性、耐久性、再利用可能性、改良・修理可能性、エネルギー効率性などの各種情報および消費者が必要としうる情報開示などが義務付けられるとされている。 
2026年にまずはバッテリーを対象とした制度の導入が有力視されており、バッテリーの他には、繊維品、建設資材などが対象領域として選定され、優先して制度設計が行われる見込みである。 
欧州では、先行的に建築資材のトレーサビリティを確保するための取り組みがすでに行われている。Building as Material Banks (BAMB)は2014年から2020年にかけて実施された欧州連合の研究助成プログラム「ホライゾン2020」の採択事業として、欧州連合が出資した国際研究プロジェクトである。価値があるにもかかわらず建物の解体や改修後に建築資材が再利用されることはほとんどなく、廃棄されている現状を受けて、このプロジェクトでは、建築資材の再利用を進めるためにBAMB Materials Passports プラットフォームを構築した。 
プラットフォームでは、建築資材を追跡する継続的な機能を提供することにより、計画、建設から入居、修理、改築、再利用、廃棄までの建物のライフサイクル全体で資材に価値があるかどうかをユーザーが判断可能になる。本プラットフォームを利用することで、建築資材の再利用の機会を増やすことができ、結果的に建築業界の循環経済への移行をサポートすることができる。 

BAMB以外にもIBMやSAPといった巨大IT企業だけでなく、オランダのCirculariseやイギリスのCirculorをはじめとするベンチャー企業もそれぞれブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティプラットフォームの提供を始めている(図3)。 

図3 トレーサビリティプラットフォームを提供する企業例 

ベンダー 提携先 対象 サービス概要
Circularise 旭化成、Borealis、Neste、Trinseo、Shell、OEM、Arcelik、Philips Domestic Appliances、EVBox、丸紅、伊藤忠商事 プラスチックなど化学品 本実証は認証取得者の監査を効率化し、認証データの整合性を強化するために行われた。参加企業は、マテリアルフローと関連するサステナビリティ属性を検証するデータの認証、分散化、暗号化を可能にするパブリックブロックチェーンを活用した。
本取り組みのほかにも、リサイクル原料を対象とした実証実験など他取り組み多数。
Circulor ジャガーランドローバー 皮革 novate UKが資金提供した研究の一環として、原材料の「デジタルツイン」が作成され、その進捗状況を皮革サプライチェーンを通じて現実世界とデジタルで同時に追跡できるようになった。GPSデータ、生体認証、QRコードの組み合わせを使用して、ブロックチェーンテクノロジーを使用して、プロセスのすべてのステップで革の動きをデジタルで検証した。
本取り組みのほかにも、リチウムを対象とした実証実験など事例も有り。
IBM 三井化学 再生プラスチック材 2021年4月より開発しているブロックチェーン技術の高度なセキュリティーを有した資源循環プラットフォームを活用し、トレーサビリティを付与した再生プラスチック材(メタクリル酸メチル樹脂/PMMA、ポリカーボネート樹脂/PC)の販売を開始した。本取り組みのほかにも、ペットボトルや食品を対象とした実証実験など他取り組み多数。
SAP
(Green token)
Eastman 特殊プラスチック ブロックチェーンによって実現されるデータの透明性を通じて、サイクル原料の割合など、製品の持続可能性に関する追跡可能な情報を消費者に提供する。本取り組みのほかにも、パーム油や食品容器を対象とした実証実験など他取り組み多数。
Bext360 BASF
CODA COFFEE
PACHA SOAP & SOLI
コーヒー、綿花 コーヒー豆や綿花が消費者に届くまでの全てのプロセスを、ブロックチェーンで管理する仕組みを展開している。消費者は違法労働が行われていないか、遺伝子組み換えコットンが使用されていないかなど透明性が高い情報を享受することができる。
TEXTILEGENESIS East Man 人工セルロース ブロックチェーン技術を使用して、原材料から最終的な衣服までたどる経路を特定および追跡している。
Arianee ヴァシュロン・コンスタンタンなどのハイブランド ハイブランド品 ブロックチェーンを使い、デジタル証明書を発行し、所有者の時計の購入記録、修理記録、その後別の所有者へ渡った時等、時計に関わるすべてのトレーサビリティをブロックチェーン上に記録し、偽造品ではないことを証明する。
DeepDive RecycleGO 廃プラスチック 企業が出すリサイクル可能な廃棄物の運搬フローや運転しているドライバーの移動に関する情報をリアルタイムにブロックチェーン台帳に記録して管理する。さらに収集された廃棄物が新たなリサイクル商品となった場合、その過程はすべてブロックチェーン上に記録され、RecycleGOのアプリケーションを通じてリサイクル過程を確認することが可能となる。
Waste2Wear C&A China 衣類 Waste2Wearは廃プラスチックから衣服を製造しているメーカーであり、独自のブロックチェーンにてトレーサビリティプラットフォームを展開している。チック廃棄物から最終的な繊維製品に至るまでのトレーサビリティを記録している。

出典:各社HP開示情報よりアビームコンサルティングにて作成

3.消費者の行動変容に向けたチャレンジ

さらに、サーキュラーエコノミーを推進するためには、自社で取り組むだけでなく、消費者の理解・参画・行動変容が重要になる。例えば、廃棄物の洗浄や適切な分別に始まり、環境情報への意識向上、エシカル消費(人や社会、環境に配慮した消費行動)など、資源循環プロセスにおける一機能として、消費者が果たす役割は大きい。消費者の巻き込みに関しては、制度的な枠組みの支援も必須と考えるが、現時点では民間主導ながら、グローバルにおいて様々なチャレンジ・実証実験が行われている。 

図4 ポイント還元サービス取り組み例

図4 ポイント還元サービス取り組み例

図4はサーキュラリティが高い商品を購入し、そのレシートをアプリにアップロードすると、5%以上のポイントバックがもらえるサービスを展開している、米国の取り組み例である。
この他にも、クレジットカード・デビットカードをアプリに登録すると、消費者が購入した商品のCO₂排出量を可視化するサービスを展開している米国企業もある。 

4.今、製造業が取り組むべきこと

冒頭にも述べた通り、欧州では循環経済実現のための関連法規制の整備が進められている。循環経済に対応しないと欧州市場から締め出される可能性が高く、欧州でビジネスを展開する日系製造業も欧州の法規制に準拠していく必要がある。
ここからは特に本インサイトで言及してきたトレーサビリティ、消費者行動変容の観点から、今取り組むべきことについて説明したい。
これまで欧州を中心とした取り組み事例を紹介してきたが、トレーサビリティの確保、消費者の行動変容、いずれにしてもサーキュラリティ(循環性)に関するデータの取り扱いがポイントになる。 

図5 サーキュラリティーデータの要件整理に向けた視点とスコープ 

図5 サーキュラリティーデータの要件整理に向けた視点とスコープ 

まずは今後の資源循環社会の本格化を見据え、必要なデータの要件検討・整理から着手していただきたい。
図5 はサーキュラリティーデータの要件整理に向けた視点とスコープをまとめたものだ。□にサーキュラリティーデータの要件整理する際のスコープを、〇にサーキュラリティーデータの要件整理する際の視点を記載した。
サーキュラリティーデータの要件整理に際しては、ステークホルダーとの対話や開示規則への対応、消費者への価値訴求、競争優位性といった視点を前提としつつ、フィジビリティ(実現可能性)の観点からサプライチェーンやグローバル、事業・製品、時間軸の範囲の設定やデータの整合性・正確性に留意して検討する必要がある。
サーキュラリティーデータはデータ収集範囲が、グローバルも含めたサプライチェーン全体と広いため、これらの検討は社長直轄の横断的組織などを組成し、トップダウンで情報を収集、整理していくのが良いだろう。 

図6 デジタルプラットフォーム構築のステップ 

図6 デジタルプラットフォーム構築のステップ

サーキュラリティーデータの活用に向けては、プラットフォームを構築し、サプライチェーン上のパートナーとの連携強化や、データの透明性・正確性の担保、処理の自動化などを進めていくことになる。
プラットフォーム構築のステップをまとめたのが図6だ。まず、データの要件を整理した上で、実際にデータを収集し、課題を把握することが重要だ。散在するデータの収集はグローバルや子会社まで及び、その数は膨大となる。そもそもデータが揃っていないことや、現場の意識の違いなども障壁になると考えられる。
データ整備においては、サプライチェーン上のパートナー同士がデータの形式や粒度を合わせ、標準化することが求められる。一方で、企業間での様々な情報の開示が必要となるため、予め連携可能なデータの範囲を設定しておくことも必要となる。
プラットフォームの構築、またその先のデータ活用高度化においては、業務プロセスの構築やマニュアルの整備、データ分析スキル・人材の確保、社会から要請されるデータのアップデートなど、その対応は多岐にわたる。
短期的にはデータの取り扱いに慣れた外部の専門家に依頼して直面する課題を解決しつつ、並行して社内メンバーをデータ高度活用ができるように育成し、中長期的には各種のデータ活用に係る課題に社内で対応できるようになるのが良いだろう。

本文の中では欧州の取り組みを中心に述べてきたが、日本国内でのサーキュラーエコノミーに関する取り組みも始まりつつある。例えば、内閣府のプロジェクトでは、日本版DPPの開発に早急に取り組む必要があると言及されている。欧州の製品起点のサーキュラーエコノミーに対して、物質の流れ(マテルアルフロー)を可視化する素材起点のサーキュラーエコノミーを実現する日本版DPPの開発を目指している。 
情勢を見極めながらではあるが、国内企業は欧州版DPPだけでなく、中長期的には日本版DPPにも対応していく必要がある。

アビームコンサルティングは、サーキュラーエコノミー推進におけるケイパビリティ、システム構築とデジタル技術・データ活用のノウハウを数多く有している。ぜひ、データ要件の検討・整理から伴走しながら、資源循環システムの実現に貢献させていただきたい。 

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