「新規事業取り組み実態調査」から見えた
新規事業の成功と失敗を分けるもの

2024年3月29日

近年、企業をとりまく環境は、デジタル化の更なる深化やサステナビリティ経営への対応などを含めますます変化が激しくなる中、新たな事業機会を求め新規事業を検討する企業が増えている。アビームコンサルティングにも新規事業に関する相談が多く寄せられているが、多くの企業からは「検討を始めてみるもののなかなかローンチまでたどり着かない」という声をよく聞く。
アビームコンサルティングが2023年9月に実施した「新規事業取り組み実態調査」の結果をもとに、「新規事業の担い手によってどのようなケイパビリティを獲得していくべきか」、「どのような社内支援を得るべきか」など成功企業の他の企業とは異なるポイントを紐解く。

関連インサイト:アビームコンサルティング、新規事業創出の実態調査を発表(2018年11月)

目次

はじめに:新規事業のアイデアの大半は事業として実現しない。また事業開始に漕ぎつけた事業のうち利益を出せるのは半数以下

「新規事業取り組み実態調査」は売上高200億円以上の規模の会社に勤める直近5年で新規事業開発に関与した経験者を対象に2023年9月11日~13日にウェブアンケートを実施し、620名から有効回答を得た。
今回の調査回答者が関与した新規事業がどのフェーズまで進んだのかの回答結果は図1の通りである。このような調査では比較的うまくいった案件に関わった方が積極的に回答する傾向があるとみており、実際にローンチまでこぎつけた割合や黒字化を達成した割合は世の中の実態よりも高めに出ていることが推測される。注目すべきは様々な苦労を乗り越えてローンチした案件においても半数以上は黒字化を達成できていないという結果である。あらためて新規事業において黒字化を達成することの難しさを認識する結果となった。

 

図1 関与した新規事業の検討が進んだフェーズ

図1 関与した新規事業の検討が進んだフェーズ

本インサイトでは、検討した新規事業が単年度黒字の達成フェーズ以降まで進んだプロジェクトを「成功」と定義し、成功した新規事業がどのような特徴をもって検討されたのかについて考察を行った。その結果、成功した新規事業にみられるいくつかの傾向を発見した。
また、新規事業開発を担当する組織はコーポレート部門(経営企画、事業開発、研究開発部門など)のケースと、既存事業を担う事業部のケースの両方のケースがあり、本調査からはどちらの組織で新規事業開発を推進したのかによって、成功要因が異なる結果も得られた。

「顧客課題」をどうやって理解するか

当たり前のように聞こえるかもしれないが、顧客課題の理解の深さが最も重要な成功要因であることが本調査から改めて認識された。

顧客の声を直接聞くか、代替となる声を集める
コーポレート部門では、事業部門と比べて顧客との直接接点が少ないことから、顧客課題をより理解するための施策に力点を置いた事業の成功確率が高い結果となっている(図2)。具体的には社内の事業部門が理解している顧客課題/顧客ニーズや、外部を活用したマーケット調査をしっかりと実施し、その結果から仮説立案された顧客課題/ニーズを起点とした案件の成功確率が高まっている。
そもそもコーポレート部門は基本的に顧客との接点を持たないため、社内外の入手可能な顧客課題/ニーズに関する様々な声を収集しなければ、顧客の理解度自体を上げることが出来ず、これらは基本的なことではあるが極めて有効な施策だと考えられる。

一方、事業部門においては、既存顧客からのフィードバックを起点とした新規事業であることに加え自社の先端技術を活用した新規事業の成功確率が高くなっている。つまり事業部門で新規事業を検討する際には、徹底的に自分たちが強みを持つ顧客資産、技術資産を活用することが重要だと考えられる。

 

図2 新規事業の事業アイデアが生み出された起点 

図2 新規事業の事業アイデアが生み出された起点 

既存顧客向けは事業部門、新規顧客向けはコーポレート部門が担うと成功確率は高い
成長の方向性を検討する際に活用されるアンゾフの成長マトリクスのフレームワーク(成長戦略を「製品」と「市場」の2軸に分け、更に「既存」と「新規」に分けて戦略を考える枠組み)で整理しても興味深い傾向が見られた(図3)。
既存顧客向けの新規プロダクト/サービスの提供においては事業部門が担うことが成功につながっているが、コーポレート部門が担うと失敗への影響がみられる。
一方で、新規顧客向けについては、既存プロダクト/サービス、新規プロダクト/サービス、何れであってもコーポレート部門が担うほうが成功確率は高くなっている。
既存顧客向けには深く顧客を理解していること、新規顧客についてはバイアスなしに顧客と向き合える部門が担うことが成功の要因といえるだろう。

 

図3 アンゾフのマトリクス視点で検討した新規事業の区分

図3 アンゾフのマトリクス視点で検討した新規事業の区分

客観的で定量的な課題把握が必要

顧客課題は、社内で考えた仮説レベルにとどまるのではなく、客観的な意見としてのアンケートやインタビューに基づいたものであるか否かが成功の分岐点となっている。顧客を理解している既存事業周辺領域ではアンケートにより「ニーズの定量化」を、一方顧客課題が特定できていない新規領域ではインタビューによって課題やその背景を理解し「機会の具体化」を精査することが重要になる。

既存顧客のターゲット選定時は企業データやアンケート分析が有効
既存顧客からターゲットとする顧客を選定する際は、事業開発の担い手がコーポレート部門でも事業部門でも、既存の顧客データやアンケート分析にもとづくことが成功要因となっている(図4)。構築済のチャネルを活用したコミュニケーションが可能である利点を最大限に活かし、アンケートで「量」を確保して事業機会を探索し、ユーザーテストで事業性検証を行い、必要であれば打ち手を見直す柔軟性を持つことが黒字化を実現できている背景と推測される。「情報量」を稼ぐのが成功要因のため、アンケートが成功要因であるのに対し、インタビューは成功要因には繋がっていない。

 

図4 既存顧客の課題特定方法

図4 既存顧客の課題特定方法

新規顧客のターゲット選定は実行し得る全ての情報収集が必要
新規顧客からターゲットとする顧客を選定する際は、事業開発の担い手がコーポレート部門の場合、あらゆるチャネルを使って幅広く情報収集することが成功要因になっている(図5)。
事業部門の場合は、外部の業界知見者へのインタビューが成功に大きく影響しており、自社が理解する顧客像に客観的な視点を付加することが成功につながっていると推測できる。

 

図5 新規顧客の課題特定方法

図5 新規顧客の課題特定方法

【外部活用】リソースがなければ外部から持ってくることを積極的に
新規事業の開発にあたり外部パートナーの活用に関しては、コーポレート部門と事業部門で成功要因は大きく異なる結果となった(図6)。
コーポレート部門は多くのナレッジを外部調達して新規事業を成功へ導いており、事業部門は最も重要なケイパビリティは自社のものを活用して成功へ導いている。
このことは、コーポレート部門に新規事業開発から成功までのケイパビリティがそもそも揃っていないことが主たる要因と考えられるが、既存事業の延長線上にないイノベーティブな新規事業開発を担うことが多いことも要因と考える。
一方、事業部では外部パートナーの活用割合そのものが低い。事業部主導の新規事業開発は、既存事業からの発生や派生が多いことが想像され、顧客、製造、物流、チャネルなど、現在保有しているケイパビリティを活用できる領域での新規事業が中心となっていることが要因と考えられる。

 

図6 外部パートナーの活用ケイパビリティ

図6 外部パートナーの活用ケイパビリティ

また、自社内の他部門から得た協力は、コーポレート部門では技術・特許や営業・販売チャネル、顧客データなどR&Dや製造、顧客へのアクセスなどにしっかり協力を得ることが成功要因になっている(図7)。事業部では資金、施設・設備、ブランド、外部コネクションなどへの協力を得ることが成功要因であり、いずれも保持しているアセットやブランドなどの制約にとらわれずに協力を得ることが重要である。
つまり、どの部門発の新規事業においても各々が保持しているスキルやアセットからの発想ではなく、自社に存在するものは積極的に巻き込み、自社にないものは積極的に外部パートナーを活用するなど、必要なスキル・アセット、ケイパビリティの獲得に躊躇しないことが新規事業の成功要因であると考えられる。

 

図7 自社内から得た協力内容

図7 自社内から得た協力内容

自社の役員クラスをいかに巻き込めるか

新規事業の推進にあたり自社の役員クラスの関与は、「事業開発を推進する立場」と「事業開発で支援を得るべき相手」の2つの側面で成功に影響を与える結果となった。

事業開発を推進する立場において取締役・執行役員が重要、事業部においては課長も重要

まず、「事業開発を推進する立場」について、実質的なリーダーシップを発揮した役職の回答結果を見ていく(図8)。

 

図8 実質的にリーダーシップを発揮した役職

図8 実質的にリーダーシップを発揮した役職

新規事業を実質推進したリーダーの役職を確認したところ、コーポレート部門が事業開発を担う場合、取締役・執行役員および部長クラスが実質的なリーダーシップを発揮する場合において成功確率が高くなっている。これはコーポレート部門の場合、自社の経営リソースを活用するために社内の多くの部門の協力を得る必要があるためだと考えられる。

一方で、事業部門が事業開発を担う場合は、役員クラスの関与が成功確率を高めていることは同様であるものの、課長クラスがリーダーを担った場合の成功確率が高くなっている。
これは日本の事業部部門で自部門の既存事業から多くの経営リソースを活用することを前提とした場合、課長の果たす役割が大きいことが理由と考えられる。

新規事業担当以外においても、取締役・執行役員からの支援獲得が重要で、自部門の制約にとらわれない協力を獲得すべき

次いで、「事業開発で支援を得るべき相手」について、社内で最も支援してくれた相手(新規事業担当以外)についても役員クラスからの支援の有効性が確認できた(図9)。

 

図9 社内における最大の支援者(新規事業担当以外)

図9 社内における最大の支援者(新規事業担当以外)

まず、コーポレート部門が事業開発を担う場合、事業部門の取締役・執行役員の支援の効果は絶大である。同様に事業部にて推進する場合のコーポレート取締役・執行役員の支援も成功確率を高めている。また、両組織とも自部門の取締役・執行役員の支援効果も見逃せない結果となっている。いずれにしても新規事業の推進においては自社の役員クラスの巻き込みは必須と言え、取締役・執行役員のもつ決裁権限やリソースを動かす力(推進メンバーや各種事業機能/営業、物流、マーケティングなど、資金など)を活用することが重要なのである。

では、どのような支援を得るべきなのだろうか(図10)。

 

図10 他部門からの支援内容

図10 他部門からの支援内容

既存事業部やコーポレート部門から得た協力内容については、コーポレート部門が事業開発を担う場合、営業・販売チャネル、顧客データ、技術・特許、購買力などの事業を行ううえで必須となる直接的なリソースの支援の有効性が確認できる。コーポレート部門ではこういった直接的なリソースをもたないためこれらリソースを有する部門とうまく連携できることが成否を左右すると言える。

次に、事業部が事業開発を担う場合は、基本的に既存事業を行うために必要なリソースを一定有していることもあり、それらの一部を新規事業に振り向けるために必要な資金(予算)の提供が大きく効いている点が確認できる。また、ブランド、施設・設備、外部コネクションの支援の有効性も確認できており、これらは立ち上げる事業の新規性や特性を適切に見極められ、相応しいリソースを活用するための協力を得られたプロジェクトが成功していると言える。

社内で整備するべき仕組み

新規事業を成功に導く社内の仕組みについては、「ナレッジマネジメント」と「社内の協力を促進する仕組み」の2つの視点が考えられる。

部門に閉じないナレッジの活用

まず、ナレッジマネジメントについて、社内で活用したナレッジの回答結果を見ていく(図11)。

 

図11 社内ナレッジの活用

図11 社内ナレッジの活用

新規事業開発時に、どのような社内ナレッジを活用できたかを確認したところ、コーポレート部門が担う場合、社内の新規事業開発事例を活用することの有効性が確認できた。これはコーポレート部門の場合、社内のどこに適切なナレッジがあるかを探せることが成功要因であると推測される。

一方、事業部が事業開発を担う場合、社内の知見者にピンポイントでアクセスできることの有効性が確認できる。これは事業部の場合、自部門にないナレッジについて適切な先にアクセスし深いレベルで知見を得ることが成功の秘訣と言える。

社内の協力を促進する仕組み

次いで、社内の協力を促進する仕組みについての回答結果を見ていく(図12)。

 

図12 社内の協力を促進する仕組み

図12 社内の協力を促進する仕組み

他部門から協力を促進するために導入されている社内の仕組みを確認したところ、コーポレート部門が事業開発を担う場合、いかに新規事業開発のための時間を確保できるのかが重要なことがわかる。実際に新規事業に時間を使うことを認める制度や組織的にそれを認める組織風土を創っていくことが成功要因となっている。

また、事業部が事業開発を担う場合は、草の根的に協力者を得ることの有効性が確認できた。既存事業とは違った新しい事業を立ち上げるにあたっては多様なナレッジやボランタリーな協力が有効なのだと考える。これはコーポレート部門においても同様に有効である。


では、協力者を獲得していくためにはどうしたら良いか(図13)。

 

図13 社内の味方・理解者を増やす取組み

図13 社内の味方・理解者を増やす取組み

社内での味方・理解者を増やすための取り組み内容を確認したところ、コーポレート部門では、部門の全体会議のような場での共有が有効だと分かった。近年ではデジタルを活用したコミュニケーションツールの発達や自発的な勉強会なども積極的に行われているが、参加者が限定されている場よりも全員で共有できる場のほうが、組織としてのオーソライズの雰囲気も醸成されるため有効なのだろう。

また、事業部が事業開発を担う場合は、デジタルツールや雑談の場での情報共有の有効性が確認でき、具体的な相手の顔がみえる状況での共有が協力者のコミットメントを引き出すことが重要なのだと考える。

まとめ:当たり前のことを軽んじていないか?

以上、ここまで回答企業の全体像と成功企業の回答結果の差分から新規事業の成功要因を考察した。本インサイトで紹介した内容は今回のアンケート結果の一部ではあるが、我々が重要と考えたものである。

■本調査結果から私たちが提言すること

  1. 上位者から与えられたテーマや旬な技術トレンドではなく、顧客課題とその解決に着目すべきである
  2. 顧客課題はユーザの声などに基づいて定量的・客観的に検証すべきである
  3. その事業に必要なナレッジやリソースは、自社の他部門や他社と積極的に連携すべきである
  4. 取締役・執行役員を巻き込み、決裁権限や経営リソースを動かす力を活用すべきである
  5. 社内のナレッジや協力を促す環境整備をすべきである

成功要因だけを取り出してみてしまうと、当たり前に思えるものも多いが、改めて成功企業と全体の回答結果を比較してみると、いかにこれらの要因に真摯に取り組んだプロジェクトが結果を残しているのかを我々も思い知らされた。
特に「顧客課題の理解」については、大昔から当たり前のように言われているが、昨今のデジタル化文脈のなかで本当に顧客課題を深く理解できているかについて、振り返ってみていただきたい。DXやデジタル活用という言葉に踊らされていないか?そのテクノロジーを活用してどういった提供価値を実現したいのか?どのような課題を抱えていえる顧客の不を解決したいのか? 
我々に相談いただく案件についても、必ずしも上記がクリアに設定されていないものも多い実感がある。

我々としてもクライアントの新規事業立上を支援するにあたり、当たり前とされていることも含めて、改めて今回の調査から得られたインサイトを活かしてクライアントの成功に貢献していきたいと考えている。
 

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