インフラ業界におけるデータ活用の要諦

2023年11月9日

産業や国民生活を支える基盤を提供する電力・ガス、交通・運輸・物流、通信、不動産などのインフラ業界は、少子高齢化、働き方の多様性、資源価格高騰などの外部環境変化にさらされ、既存事業のさらなる効率化と新規事業創出が求められている。こうした状況の中、インフラ事業者ならではの豊富かつ多種多様なデータを資産として積極的に活用しようとする動きが広がっている。しかし、インフラ業界の特性からデータ活用が進んでいない側面がある。
本インサイトでは、インフラ業界におけるデータ活用の課題、解決方向性について記載する。

インフラ事業者を取り巻く環境

人口減少などによる長期的な需要減少や資源価格の高騰・円安に加え、コロナの影響による急激な産業活動・生活行動の多様化/変容など、インフラ業界は、昨今の外部環境変化の影響を大きく受けている。老朽インフラの改廃など既存事業の継続性・安定性と効率性の両立に取り組む一方で、既存事業で稼ぐモデルから既存事業とシナジーのある新規ビジネスの創出や、新たなインフラ価値提供モデルを構築に取り組んでいる。しかし、既存のインフラ事業を支えるための貴重な資産(ヒト・モノ・カネ)を有しているが、新規領域への資産の配分が進まないという課題を抱えている事業者も多い(図1)。

 

図1 インフラ事業者で新規事業への資源配分が進まない課題 

図1 インフラ事業者で新規事業への資源配分が進まない課題 

この点は、データにおいても同じことが言える。インフラ事業者は提供しているインフラサービスの特性上、地域の企業活動・生活に関わる貴重なデータを多く保持している。しかし、公共サービスに近いインフラ事業で得たデータを、1企業の新規事業目的にどこまで活用して良いのかという、公益性・公平性と営利目的とのバランスなどの問題もあり、中々データ資産の有効な活用が進んでいない。

インフラ業界に限った話ではないが、企業においてデータを活用する目的は大別すると2つある。1つ目が、複数の事業データを組み合わせ、その分析結果やデータそのものを活用した新事業の創造、顧客提供価値の向上などの「新しい価値創造」。2つ目が、既存事業から新しい価値創造に資産をシフトしていくための経営管理の高度化を含む「既存事業のさらなる高度化、効率化」である。
これらのデータ活用の目的を達成していくにあたり、事業や部門が個別に推進していくべき事項と、全社横断で共通的に取り組むべき事項がある。何を個別で推進し、何を共通で推進すべきかは、各業界・各会社がおかれている経営環境や組織構造により異なるが、前述の通りのインフラ業界がおかれている経営環境やデータ活用に対する課題感を踏まえると、データを活用した新しい価値創造活動そのものは、ビジネス環境、市場ニーズにあわせて柔軟に、かつ、事業の特色を出して取り組むべき事項であり個別に推進すべきと考える。一方で、既存事業の更なる高度化や効率化については、部門別に推進すべき活動とデータに着目して部門横断で抜本的な変革を推進すべき活動があると考える。このように、活用は目的別に推進のあり方を検討する必要があるが、これらを実現するためのデータの蓄積基盤の整備、データ収集、事前加工、可視化・分析ツール整備などは全社横断で共通的に取り組むべき事項である。以下では、多くのインフラ事業者に当てはまる共通事項の推進にかかる課題、解決の方向性について言及していく。

インフラ事業者のデータ活用にかかる課題と解決の方向性

すでに、多くの企業がこれらの共通事項に対して、データ戦略の策定、専任組織の設立、基盤整備、ルール整備などの施策を実施している。しかし、専任組織の設立、データ活用基盤やツールの整備、ルール策定は順調に進んでいても、その後、「データが集まらない」「集まったデータがすぐに使えない」といった点に悩まされている声を聞くことも多い(図2)。これらはインフラ業界特有の課題ではないが、業界の特性から表面化している場合も多くある。これからの課題について解決策を考察していく。

 

図2 インフラ事業者のデータ活用に関する課題

図2 インフラ事業者のデータ活用に関する課題

課題1:組織間の壁、規定・方針未定義によりデータが集まらない

インフラ業界は、他の業界と比べて組織間、事業部門間の壁が厚い特徴がある。なぜなら、大規模な設備への投資とその後の安定した保守・運用のため、企業規模が大きく、担当役務別に分割された事業部門の規模が大きいからだ。さらに、事業部門ごとの個別の利益、論理が優先され、全社最適の視点が見落とされることがある。データ提供を依頼するため事業部門を訪れても「なぜ、他事業のためにデータを渡さなければいけないのか?」といった意見が挙がってくる。

また、社内規定や指針を重視する文化である点もインフラ業界の特徴である。多くのインフラ事業者は、長い歴史を持ち、社会基盤サービスを安定的に提供する責務を担っており、そのために公的機関や行政機関に近い組織文化が根付いていることが多い。事業部門の責務が社内規定などに明記されることで、属人性を排し、一貫性ある意識のもと、組織全体として安全で信頼性の高い安定した品質のサービスを提供する役割を果たしてきた。しかし、社内規定などの重要性が強調される一方で、そこに明記されていない業務は実施しなくても良い、といった考え方が根付いてしまっていることもある。社内規定などに「データ提供義務」が明記されていないため、「なぜ、データを提供しなければならないのか?社内規定のどこにそんな責務が記載されているのか?」といった話が挙がってくる。

社内規定などを改定し、各事業部門にデータ提供の責任を明記すれば良いのだが、この改定により責任範囲が広がることを懸念する事業部門からの抵抗にあう場合もある。データ活用の重要性を丁寧に説明し、コストや責任範囲の拡大についての懸念に対する妥協点を見つけ、データ活用文化を浸透させるなど、地道な活動が必要となる。改定までには長期的な取り組みが必要であることを認識し、無理のないデータ活用計画を立てることが重要である。

課題2:品質に関する共通認識がなくデータがすぐ使えない

全社のデータ活用基盤に収集されたデータが、すぐに利用できない課題がある。データ欠損やデータ間不整合など、データ品質向上が必要なデータであることが表面的な原因であるが、根本的な問題は主に2つある。

1つ目は、データの一次加工(共通利用目的で使いやすいデータに加工や補正を行う)を担当する部門が明確に定義されていないことである。事業部横断で設立されたデータ活用促進組織では、各事業部門から提供されたデータの詳細な意味や定義が理解しきれず、一次加工の役割を十分に果たせないことがある。一方で、事業部門にこの役割を与えようとしても、前述の通り、責任範囲の拡大についての懸念が解決を遅らせる。一次加工の要否やその加工規模は各事業部門のデータ特性に依存する。各事業部門の役割定義次第で一次加工の役割を付与する難易度が異なるため、自社の特性にあわせて、場合によっては時間をかけて対応していく必要がある。

2つ目は、データ提供部門とデータ利用部門の間でデータ品質に関する認識が異なることである。データ提供部門は、自身の業務にとって問題がないデータを提供しているという認識から、提供データの品質が低くないと考えていることが多い。例えば、提供データに欠損(一部のデータが空白など)があったとしても、データ提供部門側の業務において問題がなければ、品質が低いとは考えない。一方、データ利用部門は、欠損データを見て「データ品質が低い」と主張する。提供側と利用側の議論は平行線を辿り、水掛け論となることも多いが、これは、全社でデータ品質の定義がなく、提供側と利用側の間で共通認識がないために発生する。DMBOK(データマネジメント知識体系ガイド)やデジタル庁で公開されている「データ品質管理ガイドブック」などの資料でデータ品質基準が示されているが、これらは参考にしつつ、自社の状況にあわせた解釈や指標の選定を行い、独自の品質基準を設け、浸透させていく必要がある。例えば、いくつかある品質指標のなかで正確性、完全性、一貫性を自社における最重要の品質指標と位置づけ、自社独自の品質を定義したり、よく使うデータを例に「品質の高いデータ」、「品質の低いデータ」を具体的にわかりやすく説明する資料を社内で周知したりする取り組みを行うのも良いだろう。

まとめ

ここまで、インフラ業界におけるデータ活用の課題と解決方向性を整理してきた。
他の業界と比べても組織間、事業部門間の壁が厚く、社内規定などに重きを置く組織文化が、データ収集とデータ活用が進みにくい課題の真因であると考えられる。インフラ業界の特性に合わせて、社内規定などの見直し、データ利活用文化の醸成、データ品質などの共通指標の定義、データの民主化の浸透などの取り組みを、中長期的な計画で段階的に進めていく必要がある。これらの推進においては、数歩進んでは戻る、という場面も多々あると思われるが、その都度、柔軟に進め方を変え、確実に前進させていく、という考え方が重要である。

また、ここまで主にインフラ事業者内部でのデータ活用を中心に課題と解決方向性を記載したが、データの外部販売、外部公開など、外へも目を向けていく必要がある。前述のとおり、公益サービスに近いインフラ事業で得たデータの取り扱いは非常に難しいが、この貴重なデータを公共の利益のために外部に公開していく責務もインフラ事業者にある。一方で、今後、データの外部公開が進めば、データの保有による事業上の優位性は低くなるため、早期にデータの利活用能力の向上に、より重点を置いた取り組みが必要であると考える。

アビームコンサルティングは、データやAIの利活用に精通したコンサルタントとインフラ事業者のビジネスを熟知したコンサルタントの知見の融合により、インフラ事業者のデータ活用の高度化や新たな価値創造を支援している。データ活用における課題感を持つインフラ事業者にはぜひご相談いただきたい。

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