メタバースを活用した教育の変革とその可能性

2024年3月22日

アビームコンサルティングは、琉球大学、株式会社MAIAとの共同研究で、メタバースを活用した教育をいかに進化できるかを探ってきた。現在、その一環として、琉球大学で「起業家精神教育におけるメタバース活用」という1年間のプログラムを展開している。今回は、すでに終了した前期プログラムの実証結果をもとに、メタバース空間が学生にどのような成果を及ぼし、その能力を引き出したのかについて振り返る。プログラム開発・実行に携わってきた講演者4名によるセッションから、教育におけるメタバースの可能性が見える。

(本稿は2023年12月22日株式会社Mogura主催イベント「XR Kaigi 2023」での当社講演「Play to Learn~起業家精神教育におけるメタバース活用~」をもとに再構成しています。)

目次

教育の現状と理想

本講演は、当社のメタバースの専門コンサルタントである飯田一紀と西宇基、そして次世代キャリア教育やイノベーション創出などに造詣が深く、現在は、メタバース×AI×多言語翻訳エンジンで教育DXを研究する琉球大学 国際地域創造学部教授の大角玉樹氏、女性のリスキリング・就労支援を行う株式会社MAIA代表取締役社長である月田有香氏 をお迎えし、パネルディスカッション形式で実施された。

はじめに、「大角氏が描く教育の現状と理想」を聞くと、「Play to Learn」というキーワードを挙げながら、「テクノロジーを生かせば、教育はもっと楽しく実効性のあるものになる」と、今回のテーマの核心に触れた。本来、学びは楽しいものであるはずなのに、日本の義務教育、高校、大学の学びはむしろその対極にある。その現状を、テクノロジーは革命的に変えると期待感を示し、「コロナ禍以降、オンライン教育が認知され始め、昨年はチャットGPT-3.5が大きな話題になりました。今こそチャンスです」と、今がテクノロジーによる教育変革の好機であると語った。
また、飯田も「メタバースというテクノロジーは、間違いなく楽しい」と応じ、メタバースの教育領域への応用の可能性を探る。その方向性は大きく2つあるとし、1つは、3Dの空間や物体を通じた学び、もう1つは、人と人との交流から生まれる学びだと紹介した。

本講演「起業家精神教育 におけるメタバース活用」では、起業家が持つ「0から1を生み出す」マインドを、学生と一緒につくっていくことをテーマにしている。ここに深く関与するのが月田氏だ。自身も「女性のキャリア形成」への強い課題意識からMAIAを起業した経歴を持ち、「学生1人1人に、何かしらの疑問や解決したい気持ちが眠っているはずです。起業家精神は、自分が深掘りしたいジャンルを見つけ、『熱』を持ったときに生まれると考えています」と今回のプログラムにかける思いを語った。
今回のプログラムでは、前期・後期を通して学生が自分のやりたいことを見つけ、形にしていくことを目指し、前期は「描く」というテーマで自分の「熱」を見つけ、それを言語化できるようになることをゴールとした。後期は「創る」をテーマに、自分のやりたいことを形にしていく(図1)。
前期のプログラムでは「1on1」の対話に注力し、ここに多くの時間が割かれた。これを振り返って西宇は、「自分自身と向き合って考えるのは、難易度の高い作業になります。コーチングに近いアプローチで学生に寄り添い、対話をしながら内省を促すようにしました」と解説した。これに呼応して大角氏は、「今回のように学生に寄り添って1on1でメンタリング、コーチングをするのは、現在の教育ではリソース的に不可能です。しかし、XR・メタバースとAIボットなどのテクノロジーを組み合わせれば、将来は教育の中心に対話を据えることができるようになる」と示唆した。

 

図1 「起業家精神教育 × メタバース」の概要

図1 「起業家精神教育 × メタバース」の概要

メタバース空間上での体験は、自分ごと化に繋がるのか

前期では、メタバースがどのように教育を進化させるのかという視点で、「メタバース空間上での体験は、自分ごと化に繋がるのか」、「メタバースは、心理的安全性の確保を容易にし、自己開示を促進できるか」の2つに検証ポイントを置いた。
まず、1つ目の「メタバース空間上での体験は、自分ごと化に繋がるのか」では、①体験、②熱の言語化、③熱の発信という3つのステップの構成とし、始めにメタバースでフィールドワークを行ったうえで社会課題を体験し、自分ごと化に繋げられるかを検証するものだった。しかし、「想定していたメタバース空間がつくれず、メタバース上でのフィールドワークは頓挫した」と飯田は報告した。
当初は「環境破壊」をテーマに、環境の変化をメタバース空間上で再現し、学生に体験してもらうことを想定していたが、過去の風景の素材を集めることが難しいため断念し、代わりに北谷(ちゃたん)町を実際に訪問し、過去の開発に携わった人や、環境保全活動をしてきた人たちにインタビューするフィールドワークを行い、その後、メタバースで対話を行う形で実施した。
西宇は「『時を超えられる』ことはメタバースの大きな特徴の1つです。いつか自分の一人称視点で、過去と現在との差を体験できるフィールドワークが実現できれば自分ごと化に繋げられる」とコメントした。(図2)

 

図2 「描く」(前期)と「創る」(後期)の検証ポイント

図2 「描く」(前期)と「創る」(後期)の検証ポイント

一方、教育プログラムとして一定の成果が見られたのが、プログラムの受講生18人に対して、能力に関する51項目のアンケートを用意し、プログラム前後の伸び率を5段階で自己評価してもらったところ、あくまで平均値ではあるが、プラスの値が多く見られ、受講者が能力の伸びを体感できたことである。上位には「チームワーク」「情熱・想い」「自己肯定感」といった項目が挙がった(図3)。
2つ目の検証ポイント、「メタバースは心理的安全性の確保を容易にし、自己開示を促進できるか」については、異なるパターンで1on1の対話を実施して比較した。
まず、18人の学生を3つのグループに分け、グループ①はHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を使ったメタバース空間で実施し、グループ②はスマートフォン版のメタバース空間、グループ③は会議アプリケーションのDiscordを使い、出会って間もないメンバー同士で、30分から1時間ほどの1on1を実施し、対話の中で「過去の自分の辛かった経験」をどこまで話せたのかを指標とした。
その結果、自分の本当に辛かった経験を話した学生の割合は、グループ①が60%、グループ②が40%、グループ③が33%となった。母数は少ないものの、この結果はHMDを用いたメタバース空間上での1on1では、空間効果やアバター効果によって、より心理的安全性を高めている可能性と傾向を示していることが分かる。
このメタバース空間上の1on1では、はじめにオープンマインドになりやすい美術館を一緒に歩いて距離を縮めた上で、学校の教室のような空間で対話を始めるという設計になっており、自分も体験したという飯田は「美術館で少し仲良くなったところで教室に行くと、お互い学生に戻ったような気持ちになり、自然な感じで話せるのです。ただ、同じメタバース空間でも、HMDはより没入感があると感じます。スマートフォン版では自分の身振りや目線に相手が集中していない印象を受けました」と振り返った。
月田氏は「自分はメタバース初心者」と断った上で、「自分がメタバース空間に置かれると、気持ちが変化するのを感じました。その空間に他の人がいて、何かを一緒に体験するのは面白いですし、不思議な一体感、親近感が生まれます。メタバースは、人をオープンマインドにする環境だと強く感じました」と、その体験の意義を語った。
一方大角氏は、「大学で行っているキャリア教育で1 on 1をしても、本音で話す学生はほとんどいない」と指摘する。例えば、自分の夢を話す目的の講義でも、単位や評価のための整えられた話しか語らないというのだ。「学生がメタバース空間で、『こんな雰囲気なら、本音を話してもいいかな』と思える場がつくれるのであれば、リアルな空間より優れているといえるでしょう」と、心理的安全性を高める効果に言及した。

 

図3 前期プログラム実施後アンケート結果

図3 前期プログラム実施後アンケート結果

経験の場、実践の場として活用できるメタバース空間

前期プログラムの参加者で新しい道に一歩踏み出した学生3名の行動分析を考察すると、
まず、1人目のAさんは転職に悩む社会人大学生だったが、メタバース上で初心者コミュニティに参加し、職場を退職してプログラム後の夏休みにやりたいことに挑戦した。次に自らの学生生活に悩む大学生Bさんは留学を決意し、後期から留学準備を始めるという。そして3人目の就職先に悩んでいた大学生Cさんは、メタバース上の様々なワールドを自発的に巡り交流し、沖縄で予定していた就職先を東京に変更したのだ。
3人の共通点として、プログラム以外でも、メタバース空間で他のコミュニティや他のイベントに参加しコミュニケーションを取っていたこと、また新しいことをするという体験は、人をポジティブにする傾向があり、3人ともリアルと同じ感性でメタバース空間に接し、そこを「新しいことを実践する場」にできたことから、現実でも新たな方向へ気持ちが動いたのではないかと分析できる。

大角氏は「こうした学生の変化は、客観的なアンケートなどで実証するのは難しいですが、間近で見ると学生たちの変化が明確に分かります」と述べた。新しい道に進むきっかけを構成する要素は複数あるが、その一つとしての経験をメタバース空間で代替でき、経験の場、実践の場として活用し、意思決定をサポートできる可能性があるのだ。

今回の検証から、メタバースが心理的安全性構築をサポートすることにより自己開示を促進し、1on1やディスカッションをより効果的に実施できること、また経験の場、実践の場として活用することでお金や距離に関係なくクイックに学習をより効果的にでき、メタバースにより教育をアップデートできる可能性を捉えることができた。
後期プログラムでは、学生が考えるサービスの価値が助けたい人の悩みを解消できるかを検証するために顧客体験設計を実施予定で、現在メタバース空間の開発を推進中だ。新規事業アイデアの検証の場としてこれらを活用できるか、可能性の模索は続いている。

アビームコンサルティングは、教育の他にも金融業界などにおけるメタバースサービスの相談にも対応している。今後もクライアントのニーズに応じて最適な体制で支援、伴走していく。

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