デジタル時代のITサービスマネジメント
~IT部門と事業部門の価値共創を目指して
第1回 複数のサービスプロバイダーを繋ぐ統合サービスマネジメント

2023年11月20日

デジタル時代における多様化・複雑化するITサービスマネジメント

デジタルトランスフォーメーション(DX)の言葉が広く使われるようになって久しいが、不確実性や不透明性が高いがために未来予測が難しく、「スピード」や「アジリティ」もデジタル時代のビジネスを語るに欠かせないキーワードとなっている。同時に、ビジネス自体がモノ売りからサービス化(Everything as a Service)していることも周知の事実である。
ビジネスにスピードやアジリティが求められるのであれば、それを構成しているITサービスにもスピードやアジリティが求められており、その実現に向けて様々なサービス(Xaas:X as a Service)を利用しながら、自社のサービスを最適な組合せ(Best of Breed)で作りあげていくことが重要となっている(図1)。また、IT部門に依存することなくローコード・ノーコードツールを活用して業務部門が自ら業務のデジタル化を実現する、いわゆる市民開発の動きも加速化している。

 

図1 デジタル時代における多様化・複雑化するマネジメント

図1 デジタル時代における多様化・複雑化するマネジメント

このような様々なITサービス提供における変化に対して、管理方法についても変革が求められている。しかし、実態は旧来の単一ITサービスまたはサービスプロバイダー(以降、SP)個別で管理する時代から大きく変化しておらず、次のような課題が発生している(図2)。

(1)サービス視点の欠如(エンドツーエンドの管理)
1つ目は、「サービス視点の欠如」である。ITサービスを構成する個々のSPが個別に管理されており、ITサービスをエンドツーエンド(サービスの始まりから終わりまで)に管理されていないという課題である。顧客やユーザーの目線から見えるサービス単位での管理が不足することで、顧客およびユーザー満足度が低下し本来の価値にフォーカスできず、情報システム部門の評価が低下している。また、SPが契約ベースの業務範囲を遵守することに注力することで、SP間の共創の妨げとなっていることも課題となっている。

(2)マルチソーシング環境によるサイロ化
2つ目は、「マルチソーシング環境によるサイロ化」である。ITサービスという単位で管理することは上記(1)で説明した通りとなるが、組織全体として提供しているITサービスは1つではなく、複数のITサービスを展開しているため、それらを組織全体として一元管理する必要がある。旧来の通り、ITサービスまたはSPを個別に管理していると、作業の重複や品質のバラつきなどが発生し、無駄な工数やコストが発生してしまう。
また、市民開発など事業部門が主体となったITサービス(シャドーIT)に対する管理がSP側で適切に実施されておらず、セキュリティやコンプライスに対するリスクが高まっている。

(3)ベンダーロックによる柔軟性、スピードの低下
3つ目は、「ベンダーロックによる柔軟性、スピードの低下」である。情報システム部門ではリソース及び能力の不足により、SPにシステムの運用・保守をアウトソースしているケースがある。アウトソーシング自体は、戦略的に目的をもって実施している分には問題ないが、メリット/デメリットがあることは皆さんもご承知のとおりである。特に、1社に大規模アウトソーシングするようなケースでは、SPに依存しすぎることによって、独自の管理方法が定着してしまう恐れや、管理がブラックボックス化することで、SPを容易に入れ替えることが出来なくなってしまう恐れがある。結果、外部環境がスピーディに変化していくこの時代に、最適な組合せ(Best of Breed)で必要なサービスを柔軟に利用することが困難となっている。もちろん、大規模アウトソーシングを受託したSPが柔軟にスピード感をもってサービス改善や提供を全うできれば良いが、SP側のリソースがボトルネックとなり、実現できないケースも多く見受けられる。

(4)コア業務への集中またはシフトが困難
4つ目は、「コア業務への集中またはシフトが困難」である。(1)~(3)の課題も含め、複雑化したSPを管理するには、多大な工数が必要となってくる。そのため、現状の管理に工数が取られてしまい、本来集中したいDX化の議論や今後のIT戦略などのコア業務に工数を集中できなくなっている。その解決策として、複数SP管理をアウトソースすることで自社社員の工数を捻出するという方法もあるが、複数SPの管理手法が属人的な暗黙知のため、簡単にSPにアウトソースできないと言った課題が発生している。

 

図2 従来のITサービスマネジメントの問題点

図2 従来のITサービスマネジメントの問題点

では、IT部門はどのようにこの課題に対処すればよいか。
本インサイトでは、ITサービスマネジメントの課題に対する解決策の1つとして、統合サービスマネジメントの導入を提案する。
全2回のうち、第1回では従来の単一SPを前提とした管理手法から脱却するための総合サービスマネジメントの考え方や実践方法について解説する。

SIAMを基礎とした、統合サービスマネジメントとは

これまでITサービスを管理する手法として各組織が取り入れてきたフレームワークはITIL(Information Technology Infrastructure Library)である。
ITILは、元々単一SPを前提としており、昨今の変化を鑑みると、複数SPを管理するために更なる進化が求められる状況である。もちろん、この変化は今に始まったことではないため、各組織は試行錯誤しながらそのギャップに対処しているが、昨今は特に複数SP対応に焦点をあてた「統合サービスマネジメント」という管理手法が注目されている(最新のITIL4でも一部参照されているフレームワーク)。
統合サービスマネジメントとは、XaaSを含む多様化するITサービスを統合的にマネジメントする仕組みで、SIAM(Service Integration and Management)という考え方を基礎にしている。

SIAMの目的は、マルチソーシングのアプローチに存在するリスクを最小化し、サービス利用者からITサービスを構成する個別サービスや関係するSPなどの複雑さを意識させないことである。つまり、最善のサービスを組み合わせるマルチソーシングのメリットと、複雑性を覆い隠すシングルソーシングのシンプルさを同時に実現する方法論となっている。
SIAMそれ自体は、実はそれほど新しいコンセプトではない。しかしながら、価値を共創するためのエコシステムを構築するために、SIAMが必要不可欠なフレームワークであるという認識は新しい事象である。

では、この統合サービスマネジメントとは、どのような体制で進めていくのか、具体的な内容を解説していく。

統合サービスマネジメントの体制

統合サービスマネジメントの体制は、「1.顧客組織」、「2.サービスインテグレータ(SI)」、「3.サービスプロバイダー(SP)」の3つの階層で定義される(図3)。ポイントは、これまでSPと定義していた範囲を「2.サービスインテグレータ(SI)」という体制として切り出し、「3.サービスプロバイダー(SP)」と構造分解した点である。

顧客組織は、戦略、エンタープライズ・アーキテクチャ、ビジネスエンゲージメント及びコーポレートガバナンス活動など、自社として保有すべき機能として位置づけられる。サービスインテグレータ(SI)は、複数のサービスプロバイダーを管理し、エンドツーエンドのガバナンス、サービスの可視化と管理、サービス品質の保証及び調整を実施する。サービスプロバイダー(SP)」は、クラウドサービスやSaasを提供するベンダーなど、サービス提供に責任を負う役割を担う。

 

図3 統合サービスマネジメントの体制

図3 統合サービスマネジメントの体制

統合サービスマネジメント組織の形態は様々なパターンが考えられるが、ここでは、典型的な4つのパターンを紹介する(図4)。それぞれのメリット・デメリットを比較したうえで、各社で最適なパターンを選択し運営することが必要となるが、自社のみのケイパビリティでは実施しきれないという理由から、外部組織のケイパビリティを活用しながら、徐々に内製化を促進していく動きを取るケースが多い(ハイブリッドSIから開始し、内部調達SIへのシフト)。

 

図4 統合サービスマネジメントの体制パターン

図4 統合サービスマネジメントの体制パターン

サービスインテグレーション(SI)組織の主な活動

次に、統合サービスマネジメントの主な活動である、「組織横断型のチーム組成(SI組織)」「柔軟なガバナンス設計とコラボレーション文化の醸成」「エンドツーエンドのプロセス設計」「統合マネジメントツール設計」について説明する(図5)。

 

図5 統合サービスマネジメント構成要素

図5 統合サービスマネジメント構成要素

■ 組織横断型のチーム組成(SI組織)
まず、組織横断型の組織(またはチーム)を組成し、全体最適な視点で共通化すべき役割を定義する必要がある。例えば、サービスレベル管理、サプライヤ管理、報告・レポーティング、改善活動の推進、重大障害発生時の統制コントロールなどである。
図5は、重大障害発生時の緊急対策会議のイメージである。SPが自社の問題ではないとして、リソースの割り当てを最小限にするなどの行動をとった場合や、ナレッジ共有への抵抗を示した場合、SIはSPなどと交渉や調整を実施し、エンドツーエンドでのサービス品質を保証するために、オーナシップをもって対応を行う必要がある。

 

図6 重大障害発生時のコントロール

図6 重大障害発生時のコントロール

■ 柔軟なガバナンス設計とコラボレーション文化の醸成
次に、会議体を軸に、意思決定の内容、頻度、意思決定者など、各サービスの目的達成を意識した柔軟なガバナンス設計を行う。特に、ローコード・ノーコード開発や、クラウドなどのXaaSを事業部門が主体となって推進するサービスに関しては、俊敏性や柔軟性を損なわず、最低限の基準やルールを適用するといったガバナンスの設計が必要となる。
また、関係者が持続的に価値を提供する仕組みを作るために、その土台となるコラボレーション文化を醸成することも、統合サービスマネジメント組織の活動となる。例えば、共通KPIによる評価やコラボレーションを促進する改善活動の推進、褒賞制度の適用などである。事業部門とIT部門、開発部門と運用部門といった各部門の文化の違いを理解し、それぞれの共通目標や共通となる行動指針の達成に向けて、関係者を巻き込んで推進する役割を担う必要がある。

■ エンドツーエンドのプロセス設計
エンドツーエンドとは、サービス提供の始まりから終わりまで、全体のプロセスを管理することを指す。SIAMにおけるエンドツーエンドのアプローチでは、異なるSPが提供するサービスを一元的に管理し、エンドツーエンドのパフォーマンスや品質を向上させることを目的としている。これらによって、複数のSPが関与する複雑なサービス提供環境において、顧客にとって価値あるサービスを提供することが可能になる。
また、SIAMのエンドツーエンドのアプローチでは、サービスの全体像を見える化し、サービスの提供や改善を進める上での問題や改善点を洗い出すことができる。さらに、異なるSP間のコミュニケーションや調整を円滑に行い、SP間の調整や問題解決を促進することができる。

■ 統合マネジメントツール設計
そして、組織横断的な統合マネジメントを効率的・効果的に実現するためのツール設計を行う。これにより、統合マネジメントツールに蓄積されたデータを分析し、更なるコスト最適化やサービス品質向上の提案を行うことが可能となる。
最近は、統合マネジメントツールは導入されているものの、単なる実績管理に留まっているケースや、他サービスや地域への展開が進まず、効果が限定的と言ったケースが多く、統合マネジメントを実現するための設計見直しなどを図るケースも見受けられる。

このように、まずは、組織横断型のチーム組成(SI組織)を実施し、エンドツーエンドのプロセス・ツールを設計・運用することで、「(1)自社サービス視点の欠如(エンドツーエンドの管理)」が解消される。その結果、顧客・従業員の観点と合致することにより、さらなる満足度の向上を目指すことが可能となる。

次にSI組織にて、全体最適な視点で共通化すべき役割やプロセス、アウトプットなどを定義することで「(2)マルチソーシング環境によるサイロ化」を解消し、無駄な工数やコストを削減可能となる。

さらに、エンドツーエンドの管理方法の定義やサイロ化の解消によって、SPの俗人的なプロセスやブラックボックス化を解消することが可能となり、「(3)ベンダーロック」の回避を目指すことも可能となる。

最後に、SI組織を立ち上げるにあたって、自社で保持すべき機能、SI組織とSPでの役割の明確化を行うことで、イン/アウトソースの切り分けが可能となり、「(4)マルチベンダー管理をアウトソース出来ない」課題も解決することが可能となる。

顧客に価値を提供するエンドツーエンドのプロセス設計

ここまでSIの活動の概要を説明したが、事業部門に価値を提供するにあたって特に重要なエンドツーエンドのプロセス設計について、SLA (Service Level Agreement)を軸にした設計の変更ポイントを説明する。

SLAは、SPと顧客との間で取り決められる、サービスの品質やレベルに関する合意事項のことを指す。具体的には、SPが顧客に対して提供するサービスの品質やコスト、生産性に関する目標、約束、責任などが定められる。
また、本来のSLAは顧客視点でみた場合のサービスを指しているが、実態はSPとの契約=SLAとなっているケースが多い。結果として、顧客視点で見ると1つのサービス(例としてサービスA)ではあるが複数SP(SP①、SP②)が関与している場合、SLAを遵守しても顧客満足度が上がらないという状況が発生している。
このような状況を解決するためには、本来のSLAの考え方であるエンドツーエンドのサービス品質に責任を持ち、それらを保証するための合意が必要となる。ここでは、それを現実のSLAと区別するために「Integrated SLA(ISLA)」と独自に定義する。
ISLAを定義することで、顧客およびユーザーとSPの目線が合致し、顧客の期待する価値を満たすサービス提供が可能となる。

 

図7 新旧の管理手法比較

図7 新旧の管理手法比較

次世代ITサービスマネジメントへの進化

多様化、複雑化するデジタル時代において、ITサービスの管理の仕組みも複雑化している。その解決策として、今回は、統合サービスマネジメントの体制および活動についてご紹介した。また、エンドツーエンドのプロセス設計については、SP単位のSLAから、Integrated SLA(ISLA)への変革についてポイントを記載した。これらを実践することで複数SPが関与する複雑なサービス提供環境において、顧客にとって価値あるサービスを提供することが可能となる。しかし、統合サービスマネジメントを導入しただけでは、大きな効果は得られない。組成したSI組織が効率や品質を追求しシステム運用の改善に本気で取り組むことで、絵に描いた餅にすることなく、本来の効果を享受することが可能となる。アビームコンサルティングでは、効率と品質を追求したシステム運用経験を基に、SI組織の立ち上げから運用まで支援を行っている。興味のある方は、是非お問い合わせいただきたい。
 
さらに統合サービスマネジメントに留まらず、事業部門との価値共創に向けては、「事業部門を巻き込んだサービス設計」という観点が必要となる。
社内において顧客組織である事業部門に、真に価値があるITサービスを提供するため、顧客体験にフォーカスし、事業部門、IT部門さらに、SPが一体となって同じ方向を向き、共創することが、次世代のITサービスマネジメントの目指す姿である。

次回は、事業部門との価値共創にむけた顧客体験にフォーカスしたサービス設計について説明する。

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