「事業ポートフォリオ変革と社内外への人的資本
への魅力訴求に関する実態調査」から見える
エンプロイヤーブランディングの重要性

2024年1月22日

変化し続ける経営環境に対応するために、企業が事業ポートフォリオ変革に取り組むことは不可避であり、変革を支える人材の確保、人的資本経営の実現は最重要課題のひとつだ。しかし多くの企業では、パーパスやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定・浸透など、従業員のロイヤルティー醸成を中心としたインナーブランディングと、社外人材惹きつけの採用ブランディングに一体感がなく、人材採用・惹きつけの効果は限定的となっている現状がある。
アビームコンサルティングでは、「事業ポートフォリオ変革と社内外への人的資本への魅力訴求に関する実態調査」を実施し、日系企業の事業ポートフォリオ変革の取り組み状況と、そこに向けた人材調達に関する実態、そして変革推進に向けた課題および成功の要因を探った。社内外から魅力的な職場として認知される「エンプロイヤーブランディング」のアプローチがいま望まれている実態が、本調査から浮き彫りとなった。

目次

調査結果のサマリー:事業ポートフォリオ変革の緊急度と3つの成功要因

「事業ポートフォリオ変革と社内外への人的資本への魅力訴求に関する実態調査」は、年商500億円以上の大手日系企業の人事企画・採用企画の業務に関与した経験のある人事、経営企画に所属する課長以上301名を対象に2023年11月に実施した。直近5年間の売り上げ実績の年平均成長率から、「成長企業」(35%)、「堅調企業」(49%)、「マイナス成長企業」(14%)に分類し、結果を比較した。

今回の調査から、2つのインサイトが明らかになった。

1つは、多くの企業が生き残りをかけて事業ポートフォリオ変革に取り組んでいるものの、そのための人的資本は量(ヘッドカウント)・質(スキル・経験)ともに足りていないという実情があるということだ。企業にその自覚はあるものの、社内外のターゲット人材に対して適切に魅力の訴求ができていないことも分かった(図1)。

 

図1 事業ポートフォリオ変革推進状況

図1 事業ポートフォリオ変革推進状況

2つ目に明らかになったことは、事業ポートフォリオ変革に必要な社内外の人材に対して、適切に魅力を訴求するためには、3つの成功要因があるということだ。

その要因とは、①社内外への一貫した自社の魅力の定義づけ、②社内の気持ちを動かす施策実行、③社外の気持ちを動かす魅力訴求である。

これら3つの成功要因が実行できれば、社内外の人材に対して惹きつけが機能し、人的資本の量と質の充実を図ることができ、事業ポートフォリオ変革の実現が見えてくる。

人的資本の量と質は、多くの企業で充足できていない

ここからは、今回得た2つのインサイトについて深めていきたい。まず、事業ポートフォリオ変革推進状況については、図1の通り、85.7%の企業が事業ポートフォリオ変革を戦略の柱に据え、変革完了ないしは今まさに推進中のステイタスにあることが分かった。
また変革実現には、92.7%もの企業が人材確保の必要性を認識しているが、人的資本の量と質とも、十分に確保できていないと回答している。
さらに人材の量・質で分解したところ、人材の量が十分に確保できていると答えた企業は全体で12%に過ぎず、成長企業では19.2%、マイナス成長企業では9.5%にとどまった(図2左)。

現状確保している人材の質についても、全体の12.6%が十分ではないと回答している。十分に人材の質を担保できているとした企業は、成長企業でも21.2%、マイナス成長企業では9.5%に限られた(図2右)。

 

図2 必要な人的資本の量(ヘッドカウント)と質(スキル・経験)は充足できていない

図2 必要な人的資本の量(ヘッドカウント)と質(スキル・経験)は充足できていない

では、なぜ社内外の十分な人的資本の量と質を確保できていないのか。その理由については、「労働市場の人手不足」という不可避の環境要因を最大の理由としながら、続く理由として挙がったのは、量・質両面において「自社の魅力が不十分」というものであった。逆に、自社の魅力の発信によって社内外の人材を惹きつけることに成功している企業は、結果として人材を確保できていることも明らかになった。

働く人を惹きつける3つの成功要因

そこで、今回明らかになった2つ目のインサイト「働く人を惹きつける3つの成功要因」が重要な意味を持つことになる。個別に見ていきたい。

① 社内外に向け一貫した魅力訴求をすること
人的資本の充実において、社内外への一貫した自社の魅力訴求が欠かせないということは、他の調査でも判明している。これまで、社内外の働く人を惹きつける方法として、社内に向けてはインナーブランディング、社外に対しては採用ブランディングと、別々の施策を関連性なく行っている企業が大半だった。

インナーブランディングは、パーパス(企業の存在意義)やMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の策定・浸透などを通じて、従業員のエンゲージメントを向上させるといった社内向けの活動である。一方で採用ブランディングは、自社の採用HPの構築、就活・転職イベントの実施、採用広告などによる社外の新規・中途人材を対象とした発信だ。

今回の調査結果でも、約7割となる69.4%の企業において、インナーブランディングと採用ブランディングが、一貫した戦略のもとに実行されていないことが明らかになっている(図3)。

 

図3 インナーブランディングと採用ブランディングの関連性

図3 インナーブランディングと採用ブランディングの関連性

こうした実態はサーベイのフリーコメントからも見て取れる。インナーブランディング施策の多くは独自性がなく「他社がやっているならわが社も」といった横並び意識が取り組みの理由となっており、施策は散漫で全体の戦略なく乱立し、社内はおろか、社外に自社の魅力を訴求することにつながっていない。一方で採用ブランディングでは、表面的に見栄えを整えた活動に終始している実態もうかがえた。

インナーブランディングと採用ブランディングの連動を意識しなければ、効果的に社内外の人材を惹きつけることはできない。これは多くの企業が認識しており、75.1%の企業がインナーブランディングと採用ブランディングに一貫した戦略を定め、それにもとづいた統合された活動を行うべきだとしている。ただ現状では、実行に至っている企業は多いとはいえないようだ。

② 従業員の“気持ちを動かす”施策を実施すること
2番目の成功要因は、自社の魅力を定義し、それを打ち出す施策を計画的に実行すること。これはすでに多くの企業が試みていることであり、今回の調査でも施策の実行数の過不足について74.1%の企業が「多い」ないしは「過不足はない」と答えている。

一方で、せっかく施策を打ち出しても、社員に充分に活用されないといった課題感も浮き彫りになっている。施策は手厚いにもかかわらず、社内の人材の量・質とも担保できていない理由は、施策が散漫であり、従業員にも十分に活用されていないため、本来期待される効果が得られていない点にある。

施策を企画し実行する人事部に、自身が手掛けた施策をどれぐらい活用しているかについて尋ねたところ、積極的に活用している割合は13.6%と低調であり、この点を見ても、多くの企業で従業員の気持ちを動かすような施策が打てていないどころか、企画・実行する側の人物すら魅力に感じる施策になっていない現状が見て取れる(図4)。

 

図4 多くの企業で、従業員の心を惹きつける施策が打てていない

図4 多くの企業で、従業員の心を惹きつける施策が打てていない

例えば、経営陣と社員の「対話会」といった施策が試みられることは多いものの、自由なコミュニケーションの場というより、経営陣の独演会になってしまい、「何か聞きたいことがあるか」と従業員に尋ねても、会場からは何の反応もないといった例もある。

また別のフリーコメントからは、パーパスやMVVなどに関連するeラーニングの受講を必須としても、主導する人事部も含めて多くの従業員が早送りのボタンを連打し、内容も見ないまま受講履歴だけを残すといった例や、キャリアの自立を目指す施策では、自発性のないままキャリア目標を立て進捗を管理者に報告するも本人に当事者の意識がなく、メンターである上司も含めてキャリア計画開発の施策自体が形骸化しているという実態も垣間見えた。

③ 社外に向けて気持ちを動かす魅力訴求をすること
3つ目の成功要因は、社外に向けてのエモーショナルな魅力の発信が、人材の惹きつけにつながるというものだ。では、これができていないとどうなるのかといえば、「中途採用の数を確保できなくなる」「新卒採用の質が低下する」という状況を招き、社外に向けて気持ちを動かす自社の魅力訴求の必要性の高さが明らかとなった。

これについて、②の「従業員の“気持ちを動かす”施策を実施すること」を踏まえて考えれば、対外的にも社内向けの施策と一貫性のあるブランディングこそが、いま求められていることが見て取れる。

特に中途採用においては、人材の質が担保できていると回答している企業では、エージェントにかける費用の割合が低い一方、職場のブランディング施策への投資の割合が高く、他方で人材の質を全く担保できてない企業は、確保できている企業に比べて職場のブランディングにかける費用が50%ほどであり、採用関連のエージェントや人材紹介に対するコストの比率が多くなっている。こうして人材の質を担保するには、働く場所としてのブランディングに対する投資が重要であることが分かる(図5)。

 

図5 働く場としてのブランディングに掛ける投資の割合

図5 働く場としてのブランディングに掛ける投資の割合

LinkedInが行った調査でも、働く場所として高いブランド力を有している企業は、転職者の入社意欲に強い影響を与えていることを示している。

社内外に発信し、人材を惹きつけるエンプロイヤーブランディング

今回の調査結果を総括して、今後日本の企業は何を行うべきか。それは、エンプロイヤーブランディングという潮流に目を向けると見えてくる。

欧米ではここ10年ほど、社内外の人材への魅力訴求を、一貫した戦略のもとに行うエンプロイヤーブランディングが急速に広まりを見せている。今回の調査結果から、日本でもインターナルブランディングと採用ブランディングに分かれている施策を戦略的に統合して行う必要性を多くの企業が認識していることが分かっている。その双方を包含する概念が、エンプロイヤーブランディングである(図6)。

これは、エンプロイヤーすなわち雇用主が、働く場に対する統合されたブランドイメージを構築し、社内外のターゲット人材(採用候補者・従業員)に訴求する必要があるということを示している。
関連インサイト:エンプロイヤーブランディングとは?社内外から選ばれる企業になるためのアプローチ

 

図6 エンプロイヤーブランディングは、インナーブランディングと採用ブランディングを包含

図6 エンプロイヤーブランディングは、インナーブランディングと採用ブランディングを包含

3つの成功要因でも触れたように、まずは従業員に対してしっかりと定義された自社の魅力に裏打ちされた独自の施策を行い、次にそれを根拠に社外の働く人に対する魅力の訴求を行うことで、採用市場における差別化要因へとつながっていく。

その上で、人事施策にフィードバックし、独自性があり魅力的な施策にブラッシュアップしていく。そうしたサイクルを回してエンプロイヤーブランディングを高度化していくことが、社内外を問わず、自社に必要な人材を惹きつけ続けることにつながっていく。

また、魅力のあるエンプロイヤーブランディング施策を統合報告書で開示することにも大きな意義がある。投資家に対して、自社の無形資産が持つ価値の高さを訴求でき、PBR(株価純資産倍率)を高めるなどの効果を生み出すことができるだろう。

エンプロイヤーブランディングの確立に向けた3つのポイント

では、エンプロイヤーブランディングの確立のために何を行うべきなのだろうか。ここでは、先述の3つの成功要因を基に、ポイントとして次の3つを示したい。

1つ目のポイントは、働く場所としてのポジショニングをしっかりと定義すること。働く場所として何の魅力を打ち出していくのか。このとき核となる魅力がEVP(Employee Value Proposition=従業員への価値提案)である。
2つ目のポイントは、定義されたEVPの裏付けとなる施策の実行だ。
3つ目のポイントは、同様のEVPにもとづく施策を、社外に対しての魅力発信にも適用し、社内外に一体感のある施策のサイクルを構築することだ。これらによって、働く場所としてのブランド、すなわちエンプロイヤーブランディングが確立されていく。

EVPとは働く場所としての魅力や従業員の期待を明確に定義したものであり、これは取りも直さず、従業員自身が「なぜ私は他社ではなくここで働いているのか」という自問に対する端的な答えとなる。社内の人材に対する施策は、社外に向けての自社の魅力訴求と一体のものであり、エンプロイヤーブランディングは人的資本経営の戦略上、極めて重要であることを肝に銘じておきたい。
関連インサイト:人的資本経営が重視される理由と実現に向けたポイント

では、EVPを核としたエンプロイヤーブランディングとは、実際はどういうものなのか。事例を2つほど紹介したい。ある大手ファストフードチェーン(BtoC)では、EVP として①Best For Customers(お客さまのために行動できる権限を)、②Lead Yourself(自分次第でいくらでも成長できる機会を)、③A lot of Recognitions(さまざまな軸で認め合う制度と文化を)を設定、これらによって社内外の人材の惹きつけに成功している。

一方で、ある大手ソフトウエアベンダー(BtoB)では、①Meaningful Work(社会とあなたにとって意味ある仕事を)として、単純作業やつまらない業務は、自動化ないしはアウトソースすることを、②With Good People(互いに刺激しあえる優秀な同僚を)として、意識の高い組織で楽しく働けることを、③Competitive&Fair Reward(業界でも高く、そして公正な報酬を)としてEVPを発信、自社で働く意義を訴求している。

自社の状況がどうなっているのか、従業員は何を考えているのかを見える化し、働く場としての魅力を訴求するEVPの定義、仕組みづくりとマインドセット双方をシフトする施策の立案・実行・効果測定、そして採用ブランディングを意識した外部への訴求まで、エンプロイーブランディングを高めるための首尾一貫した戦略実行が求められる時代が到来している。
アビームコンサルティングは、企業・組織のエンプロイヤーブランディングの向上に向けたトータルな支援を行っている(図7)。今後も企業の変革パートナーとして、エンプロイヤーブランディングの実現を通した企業の持続的な成長に貢献していきたい。

 

図7 アビームコンサルティングのエンプロイヤーブランディング向上支援

図7 アビームコンサルティングのエンプロイヤーブランディング向上支援

事業ポートフォリオ変革と社内外への人的資本への魅力訴求に関する実態調査

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