地域密着型インフラ事業者が主導する「エリア価値創造」とは
~カギを握る共創とデジタル化~

第1回 エリア価値の創造:ヒト(生活者)を起点としたエリア価値デザイン

2023年11月13日

はじめに

昨今、国全体の人口減少が進む状況の下で、その地域の持続的な発展と生活者のニーズに対応する役割を果たすことが求められる地域密着型のインフラ事業者においては、自社の事業エリアの定住人口の減少やサービス利用者の減少が想定されている。また、その結果として、事業の継続性や事業エリアの存続が危ぶまれる状況なども懸念され始めている。その一方で、新型コロナウイルスの流行により、多くの企業がリモートワークを導入し、遠隔地からでも仕事が可能となったことで、生活者においても居住の選択肢が広がり、都市部から郊外や地方へ移住するケースも多く見受けられるなど、人口流動性が増大している。また、コロナ禍に伴い、生活者の健康と安全への意識が高まり、これまで以上に健康促進や安全な生活環境・生活サービスを求めるようになっている。併せて、地域コミュニティへの関心も高まっており、地産地消のニーズが増加するなど、地元の商品やサービスに関する多様なニーズが生まれている。

このような人口流動性の増大や生活者ニーズの多様化は、地域密着型のインフラ事業者にとって新たなビジネスチャンスをもたらす可能性がある一方で、迅速かつ適切な対応が求められる課題でもある。そのため、地域密着型のインフラ事業者においては、これらの変化を前向きに捉え、自社の事業継続、及び事業エリアの持続的な発展に向けて、主体的に事業エリアの価値を創造し、魅力的な地域づくりに貢献していくことが求められている。

魅力的な地域づくりは、地域住民のQOL(生活の質)を高め、域外からの移住や観光客を呼び寄せ、事業者などが集まり、経済的な発展や社会的な活性化が促進される。それは、地域に魅力的な環境やサービス、施設、コミュニティなどが提供されることで、より良い地域社会と地域のヒト(生活者)におけるウェルビーイングを実現することである。そのためには、経済的・環境的・社会的な面で、そのエリアに存在するヒト(生活者)を価値の基軸として、持続可能な形でエリア全体の価値を高めていくことが求められている。ただ、地域における価値を構成する要素の活用や価値創造に向けたプロセスは、多様なステークホルダーが関与することからも容易ではなく、また、ヒト(生活者)を価値の基軸とするため、地域の「生活者」における潜在的なニーズを捉える洞察やマーケティングも重要となってくる。更に、価値創造を実現するためのイノベーションには、様々なステークホルダーとの共創・協働が求められ、その共創関係を形成し、効果的に価値創造を継続できる仕組みの構築も必要になる。
しかしながら、エリア価値創造を目指す過程で、様々なステークホルダーとの共創関係の構築まで至ることなく頓挫するケースや、地域のビジョン策定からサービスの企画設計、デジタル技術の導入やデータ活用まで、様々なフェーズで求められるスキル・ノウハウが不足し、道半ばで推進が滞るケースなども見受けられる。
アビームコンサルティングでは、多様なインダストリーやセクターに精通した専門性を持つプロフェッショナルな人材が、企業や組織の目指すゴールに向かって、サスティナブル(持続可能)な変革を実現するために、様々なステークホルダーと共に価値提供に取り組んでいる。エリア価値の創造においても、ヒト(生活者)中心のまちづくりの実現や、地域資源や特性を活かしたサービス提供に向けた共創のコーディネート役も担っている。

本インサイト(全2回)では、地域におけるエリア全体の価値を構成する要素と、その繋がりを明らかにし、地域密着型のインフラ事業者が「ヒト(生活者)」を起点として、エリア全体の価値を高め、更に新たな価値を創造するためのプロセスや方法について考察する。 第1回では、エリア価値を形成する構成要素とエリア価値創造に必要なプロセスや視点について紹介する。

エリア全体を構成する基本要素

エリアの価値を定義する上で、エリア全体の構成要素を整理して考えてみると、そのエリアに存在する「ヒト(生活者)」を起点として、地域の気候や地形、山や川、森林、海や湖、その自然界が提供する生態系などの「自然資本」、ヒトの生活に必要な施設・設備など、物理的に造り上げた「インフラ資本(ハード)」、また、生活者のコミュニティにより形成される「社会・文化・価値観(ソフト)」などがある。そして、その「ヒト(生活者)」が快適な生活を送るために必要なニーズに対応して、多様な分野で生活に必要な様々な「サービス」が提供されており、生活するなかで利用する「サービス」もエリアを構成する要素となる。
更に現在では、それら「サービス」もデジタル化が進展しており、その「デジタル」層によって取得できるデータ情報もエリアを構成する一つの要素であると考えられる。このデータ情報は、「インフラ資本(ハード)」に埋設されたセンサーやカメラ等から得られるインフラの状態データや生活者の利用接点から取得できるデータまで様々である。そして、生活者に提供される各種サービスにおいても、デジタル化が進展したことにより、利用データや顧客データなどが収集されており、また、これらが「サービス」の質向上に寄与している。

 

図1 エリア構成要素の全体像

図1 エリア構成要素の全体像

ヒト(生活者)を起点に捉える「エリア価値」

エリア全体の価値には、地域の基盤資本となるランドスケープ(地域の空間や風景)が大きな影響を与えている。ランドスケープとは、その土地の地形、自然環境、人工物などの要素が組み合わさった風景全体を指し、視覚的な特徴や要素が統合されたものであり、自然の風景から都市の景観まで、さまざまな環境や場所そのものであり、広い意味で、地域の空間や風景、景観全体を指す。ただ、ランドスケープ(地域の空間や風景)は、地域の暮らしや文化と切り離して捉えることはできない。自然が広がる景色に限らず、建物の連なる町並みや、そこに住む人々が生活している姿なども含めて地域の空間や風景は作られる。

つまり、地域固有のランドスケープ(地域の空間や風景)というものは、その土地の自然や、そこで営まれてきた人々の暮らし、育まれてきた文化や産業、歴史の集積であり、また、その地域文化や人々の価値観の集積が染みついたものなのである。そして、そこでしか体験できない地域ならではの自然や町並みなどの建物・空間があるからこそ、人々はその地域に魅力や価値を感じるのではないだろうか。
したがって、その地域の魅力や価値とは、風景が単に美しいというだけではなく、自然や人々の営みによる長い歴史の積み重なりであり、思想や精神性が凝縮されたものである。

特に、地域の自然の営み(環境・景観・生態系)などの自然資本は、ランドスケープ(地域の空間や風景)を構成する要素のひとつである。自然資本は、人間社会にさまざまな利益や価値を提供する役割を果たしており、エリアの価値を構成する重要な要素になる。そして、地域の生活習慣や生活文化、水や食などの資源、観光など多くの側面で人間の生活に影響を与えている。自然環境への負荷を最小限に抑え、将来の世代も良好な生活環境や地域資源を享受できるようにすることは、その地域の長期的な持続可能な発展にも繋がる。したがって、自然資本の価値を理解し、適切に管理することも、サスティナブルなエリア価値創造において必要になってくる。

また、人工物であるインフラ資本もランドスケープ(地域の空間や風景)を構成しており、地域の経済や社会の様々な側面に影響を及ぼす重要な要素である。
電力やガスなどのエネルギー関連の供給や上下水道の他、通信設備などの産業活動や生活を支える設備のインフラ、鉄道・道路・橋・海港・空港、公共交通機関などの交通関連のインフラ、列車やバス等のターミナル施設、商店やデパートなどの商業施設、学校・病院などの公共施設、博物館や美術館、レジャーなどの文化娯楽施設、マンション・戸建住宅など、建造物・不動産などのハードもエリアの価値を構成している一つの要素である。

そして、これらの自然資本による要素とインフラ資本など人工的な要素が織り成す色彩やフォルム、建物や構造物のデザインや配置など、視覚的な特徴がランドスケープ(地域の空間や風景)の印象や美しさ、地域の魅力や価値に影響を与えていると思われる。
よって、自然環境にも配慮しながらランドスケープ(地域の空間や風景)の美しい情景や生活環境を維持すること、あるいは、空き家の増加などで乱れた町並みや荒れ地などの空間や風景を以前の魅力ある状態に再整備することは、人々の生活の質を向上させ、自然の保護と人々の暮らしとの調和を実現していくためには不可欠である。

一方で、ランドスケープ(地域の空間や風景)とは、人々の暮らしや価値観の集積でもある。有形の建物や構造物の文化的な遺産や歴史的な背景は、ランドスケープ(地域の空間や風景)の意味や価値にも影響を与えており、その地域の人々の暮らしの中で形成されるコミュニティや人々の関係性・相互の繋がりと、その中での交流や協力を通じて醸成される地域の社会や文化、価値観などの無形の資産もランドスケープ(地域の空間や風景)を通じてエリアの価値を構成している一つの要素であると考えられる。ただし、このような無形である地域の「社会・文化・価値観」をエリア価値として表すには、その地域の居住者(住民)が、いかなる価値として捉えていくか、あるいは、その地域の来訪者(観光客・移住希望者)に対して、その地域にしかない魅力や価値として伝えるとともに、地域ならではの体験として提供していくか、という意識を持って地域の魅力や価値を表現していくことが求められる。

そのためには、現状の地域を分析して客観的な視点で、現在までに形成されてきた地域の「社会・文化・価値観」などを認知し、地域に現存する生活文化・歴史伝統など蓄積されたエリアのイメージと、将来に渡り残していくべき地域の遺産などについて、地域の生活者で共通した認識を持てるように意識形成を図っていく必要がある。そして、同時に、主観的な視点で将来を想定して、地域における未来のありたい姿や将来像、新たに創造していくべき価値など、地域の生活者を中心にウェルビーイングの観点で理想像を具体化し、地域共通のビジョンとして具現化してくことが求められる。
また、このような生活者の意識形成そのものにも、ランドスケープ(地域の空間や風景)は大きく影響を及ぼしており、特に地域の自然の営み(環境・景観・生態系)など自然資本に対する認識は、地域のサスティナビリティに対する意識などにも影響するはずである。
更に、このようにして意識形成されて具現化した地域の共通認識や地域の共通ビジョンは、逆にその地域の生活者の行動そのものにも影響を及ぼすようになり、その地域の生活者の行動変容などにも繋がっていくはずである。

したがって、その地域の価値を向上させる生活サービスを考える上では、生活サービスの受益者である地域の生活者が認識している「社会・文化・価値観」に基づく価値あるものが選択される可能性が高いことを意識する必要があり、受益者である生活者(ヒト)を起点としたサービスを設計する必要がある。
また、これらの生活サービスは、都市化やテクノロジーの進化に合わせて様々な領域(例:行政手続き、教育・子育て、医療・介護、エネルギー供給、防災・防犯、物流、金融・決済、移動、観光など)において多様な形態で提供されており、日常生活を支援し、生活を便益で満たすための重要な役割を果たしている。更に、昨今では、これらのサービスの一部はデジタル化が進展しており、便益や効率を向上させる役割を果たしている。

エリア価値を創造する「体験価値」のデザイン

エリア全体の価値を高め、創造していくためには、その地域が持つ地域ならではの固有な文化や自然の営み、人々の暮らし、地域の空間や風景の本質的な価値を捉え、多様な視点でその価値を見立て、生活サービスとして転換し、創造的に高めていくプロセスが必要である。

対象エリアの本質的な価値を捉えるためには、そのエリアの構成要素を把握し、客観的な視点で現状における地域資源や地域特性、及び地域の生活者を分析し、価値創造に活かすべき地域固有の「自然資本」「インフラ資本」や共通認識した「社会・文化・価値観」など、有形・無形の活用すべき資産や既存の価値を抽出することである。同時に、主観的な視点で地域の将来像・ありたい姿としての地域ビジョンを具現化し、地域として提供すべき価値を明らかにする。その際には、理想とすべき類似の地域などがあれば、そのモデルを分析して類似比較からイメージすることも有効である。その上で、その「提供価値」をサービスとして転換するため、共創パートナーとの協働体制を構築し、共創パートナーともに地域マーケティング戦略を策定していくことが求められる。そして、地域マーケティング戦略に基づき提供サービスを開発するが、その際には、理想とするイメージの生活者(居住者・来訪者)を深く洞察して、理想とする生活者の体験イメージを持ってサービス設計する必要がある。

つまり、生活サービスの開発において重要なことは、生活サービス受益者である生活者の価値観やニーズを満たす体験を価値あるものとしてデザインすることである。また、生活者の価値観に合わせて、地域の活用すべき資産や既存価値から見立てた本質的な価値を具体的なサービスとして転換させる、あるいは高付加価値化させていくことが必要である。

 

図2 「エリア価値創造」のアプローチ

図2 「エリア価値創造」のアプローチ

このような「提供価値」には、性能・品質などの「機能的価値」もあるが、新たな「価値創造」においては、「体験価値」のデザインが特に重要である。地域における本質的な価値を体験価値としてサービスに転換する上での視点としては、①五感に訴えかけ、日常にはない新鮮な刺激を感じられるもの(感覚的)、②斬新なコンセプトや細やかなサービスなど、地域に愛着を抱かせるような要素(情緒的)、③新たな発見や気付きなど知的好奇心に訴えかけ、感動や高揚感を感じる要素(創造的)、④生活に新たな変化を与える効果が得られるもの(ライフスタイル)、⑤人々との交流や伝統・文化への共感によって、地域のファンと成り得る要素(地域への帰属意識)などが考えられる。

加えて、地域の生活者としては該当しない外部の視点も取り入れることが望まれる。その地域の生活者にとっては、地域での暮らしや生活文化は当たり前に日常にあるものなので、地域ならではの固有の価値を見落としがちである。価値を見出す視点は多様である方が良く、特に、マーケットや常識に囚われない感性や価値観、固定観念を排除したアート思考(既成概念にとらわれない自由な思考法)の観点から飛躍した価値への問い、あるいは価値の磨き上げも望まれる。また、その外部からの問いを通じて、地域の生活者もそのエリアに対して主体的に関心を持ち始める。

したがって、エリア価値創造に向けては、地域の価値の源泉でもある「文化」や「暮らし」を外部にも開き、その地域ならではの魅力や価値に触れられるようにすることで、その地域の魅力や価値に対する地域の生活者や共創パートナーの熱量を高め、その地域のファンや支え手を増やしていくことで、価値創造に向けた「地域の活動熱量」や「関わりを持つ人口」を増やしていくことが求められる。
また、そのエリア内に地域の魅力や価値を向上させる主体的な活動を起こす人たちがいる状態を創出することが必要で、かつ愛着を持って地域を訪れる来訪者と居住者(住民)の双方向に良好な関係がある状態も求められる。それにより、開かれた地域文化を中心とした交流と、様々な産業を接続するまちづくりが促進され、更に経済圏が広がっていく。そして、地域資源を活かした商品・サービスの高付加価値化などにより、生まれ広がった経済的利益がエリア内に循環することで、対象エリアの継続的な価値創造が図られると考えられる。

つまり、エリア価値創造とは、地域と生活者(居住者・来訪者)を繋げ、生活者を起点として、有形・無形の地域固有の価値を捉え、地域の価値創造に向けた活動熱量を高め、地域を支えていく関わり人口を増やすことにより、様々な事業やサービスを通じて、その価値を転換して高付加価値化することである。更に、その活動によって、その地域の生活者が便益を得られ、かつ地域にも還元される経済循環を作っていく、というヒト(生活者)を起点に好循環を生み出すプロセスなのである。

第1回では、エリアの価値を構成している要素と「ヒト(生活者)」を起点にエリア価値を創造することが重要であるということを紹介した。第2回では、エリア価値の創造に向けた活動を推進する主体となり得る「地域密着型インフラ事業者」に求められる役割とエリア価値創造の推進に必要な要件やアプローチ方法などについて紹介する。

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