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OPEN INNOVATION BEYOND
~大企業とスタートアップが共創により社会課題に取り組む理由~

事業開発チームリーダー向け
ミドルマネジメント
スタートアップ共創
ディープテック
リーダーシップ

2023年10月27日

OPEN INNOVATION BEYOND~大企業とスタートアップが共創により社会課題に取り組む理由~
アビームコンサルティングでは、ディープテック領域で国内屈指の実績を誇るベンチャーキャピタルBeyond Next Ventures株式会社といくつかの取り組みを協働推進しています。
そのなかで、企業でも整備が進められつつあるオープンイノベーションの枠組みを活用する際に、キーとなる現場のミドルマネジメント層がどのように取り組みを進めるべきかをテーマに、オンラインイベント「OPEN INNOVATION BEYOND」を開催しました。
本イベントでは、「大企業×スタートアップ」との連携の課題や現状、具体的な成果の創出に向けた取り組み方法について、経済産業省の政策動向を踏まえながら、先進的な事例としてスタートアップとの合弁会社の設立に至ったNTT株式会社と連携スタートアップであるリージョナルフィッシュ株式会社の内幕と大手企業の目指す成果創出の鍵を探りました。
(本稿は2023年7月14日共催セミナー「OPEN INNOVATION BEYOND」をもとに再構成しています)
大企業におけるスタートアップ連携の成功への手引き(第一部)
第一部では、経済産業省(以下、経産省)産業技術環境局 技術振興・大学連携推進課長の野澤泰志氏をお招きし、岸田内閣から示された「スタートアップ育成5か年計画」を受け、経産省が大企業とスタートアップの連携を推奨する政策的背景を共有いただきました。

写真:野澤氏

(写真:野澤氏)

経産省産業構造審議会では、社会課題解決に資する「技術・アイデア創出→新たな価値創造(製品・サービスなどの開発)→社会実装」を広く進め、そこで得た成果を研究開発・人材・技術・設備に向けた投資に回していく一連の活動を「イノベーション循環」と定義しています。(図1)

野澤氏は、「イノベーション創出の主な担い手はスタートアップである」と明言し、特に、技術力で社会課題解決に向けた社会実装を支えるディープテック・スタートアップへの期待は大きいと語りました。

図1 イノベーション循環


図1 イノベーション循環


しかし、スタートアップには「①研究開発の成果の獲得やその事業化・社会実装までに長期間を要することにより不確実性が高い」「②多額の資金を要する」「③事業化・社会実装に際しては既存のビジネスモデルを適応できない」といった課題を有します。この課題を乗り越えるためにも、大企業との連携が重要になります。

また、大企業とディープテック・スタートアップの連携には、課題が多いのも事実です。そこで経産省では、「研究開発に係る無形資産価値の可視化研究会」で調査・議論した成果を「ディープテック・スタートアップの評価・連携の手引き」として公開しています。「事業会社(大企業)側のあるべき姿と現状の課題」として大項目(A.事業戦略、A’.権限委譲、B.体制、C.スタートアップの評価・見極め、D.スタートアップとの連携・協業プロセス、E.コミットメント・マインドセット)を挙げ、大企業がスタートアップ連携を自社のオープンイノベーションの1つの手法として活用する上での「優先すべきポイント」をまとめています。(図2)

図2 事業会社(大企業)側のあるべき姿と現状の課題


図2 事業会社(大企業)側のあるべき姿と現状の課題


「スタートアップとの連携を進める事業会社は、A~Eの各要素において課題を抱えていることが多い傾向があります。よく見られるのは、『スタートアップを下に見て無理難題を持ちかける』『目的があいまいなまま連携などの手段だけ先行する』『戦略リターン・財務リターンのいずれかを重視し過ぎてしまう』といったパターンです。それを踏まえた上で、『現状の課題』を『あるべき姿』へと変えていくことが重要です(図3)」(野澤氏)

図3 事業会社側のあるべき姿と現状の課題


図3 事業会社側のあるべき姿と現状の課題


さらに野澤氏は、大企業がディープテック・スタートアップとの連携における「反面教師15箇条」について説明されました。ポイントとなる観点については、①事業戦略においては、「オープンイノベーション」 を掲げているが、どの領域で、どのような軸で優れたスタートアップと、どのような手法で連携するかが明確になっていない。②戦略や連携意思の発信が少なく、IRの観点で適切な評価が受けられず、さらにはスタートアップ・ベンチャーキャピタル等との情報交換の機会も失ってしまっている。➂「オープンイノベーション」 の方針を掲げているがミドルマネジメントに裁量が無く、全ての案件が経営会議にかかり前に進まなくなってしまうなどです。
ディープテック・スタートアップのアプローチの仕方は「1勝9敗」でいかに大きい「1勝」を得るかの勝負であり、事業内容の変更、現場レベルでの試行錯誤が必要になるため、
全部成功することはなかなか難しいということを念頭にいれながら進めていく必要があると話しました。

(詳細は、外部リンク「ディープテック・スタートアップの評価・連携の手引き」からご確認いただけます)

最後に、具体的な政策について「ディープテック・スタートアップのプロジェクトは、他のスタートアップと比較して社会実装までの時間が長期間に及び、先行投資期間も長くなります。そのため経産省では、大企業×ディープテック・スタートアップの支援策として「ディープテック・スタートアップ支援事業」「研究開発税制」「オープンイノベーション促進税制」「研究型スタートアップとのモデル契約書」などの支援を提供しています。是非活用してください」と呼びかけ、締めくくりました。
大企業におけるスタートアップ連携の成功のポイント(第二部)
第二部では、合弁会社の設立に至ったNTTとスタートアップのリージョナルフィッシュの取り組みを先進的な事例として取り上げ、キーパーソンによるディスカッションが実施されました。提示された主な観点は、下記のとおりです。

・大企業としての全社アジェンダの実現とスタートアップの活用
・事業戦略とミッシングピースの特定
・ビジネスと価値観の両面でパートナーとの相性を判断

パネリスト:
NTTグリーン&フード株式会社 代表取締役社長 久住嘉和氏
リージョナルフィッシュ株式会社 代表取締役社長 梅川忠典氏
Beyond Next Ventures株式会社 Partner 有馬暁澄氏
アビームコンサルティング株式会社 戦略ビジネスユニット BizDev Mentor 菅原裕亮

モデレーター:
アビームコンサルティング株式会社 戦略ビジネスユニット ユニット長 斎藤岳

(写真左より:斎藤、久住氏、梅川氏、有馬氏、菅原)

(写真左より:斎藤、久住氏、梅川氏、有馬氏、菅原)

2023年6月、NTTとリージョナルフィッシュは、合弁会社としてNTTグリーン&フードを立ち上げ、同年7月1日より魚介類の生産・販売事業を開始しました。事業内容は「各自治体などと連携し、陸上養殖施設を構築して魚介類を生産」「生産した魚介類はブランド魚として地元スーパーや飲食店などへ販売する他、大手小売・流通企業を通じた販売や、ふるさと納税返礼品としても活用する」としています。

NTTグループが複数のスタートアップ連携を進める中で、環境問題への対応に関する機運の高まりが大きな転機となりました。データセンターや通信基地局を多数保有するNTTは、日本国内で最も電力を消費している企業でもあり、グループでは新たな環境エネルギービジョン『NTT Green Innovation toward 2040』を発表し、2040年までにグループ全体でカーボンニュートラルを達成することを掲げました。

このようなグループ全体の動きがある一方で、NTTグループではCO2を吸収する藻類の培養技術など、環境負荷低減に資する研究開発にも注力してきた経緯があり、今回の共同研究では、リージョナルフィッシュが持つゲノム編集技術をヒントに、藻類のさらなる増殖速度向上・炭素固定量増加に成功しています。さらには、リージョナルフィッシュとともに「既存環境に影響を与えない陸上養殖のプラットフォーム開発」に取り組んだのが今回の共同事業です。(図4)

図4 合弁につながる取り組み


図4 合弁につながる取り組み


久住氏は大企業側の立場から、またリージョナルフィッシュの梅川氏はスタートアップ側の立場から、大企業×スタートアップ連携において注意すべき点を共有し、特に梅川氏は、後のパネルディスカッションの論点にもつながる知見を示しました。

「ゲノム編集のようなディープテックを見てワクワクする人はなかなかいません。しかしディープテックが産業連携し、新たな価値を創出できることを分かっていただければ、その途端にビジネスとして興味を持ってもらえます。今回の連携においても、NTTのトップマネジメントに本テーマに興味を持ってもらえたことで、現場のミドルマネジメントまでそれが浸透し、圧倒的なスピードで提携が実現しました。スタートアップ側として望むことを1点申し上げるなら、極力早いタイミングで意思決定権者と腹を割って話せる機会を設けていただくことが重要です」(梅川氏)
共創を成功させるための論点1:ミドルマネジメントの推進力で連携を前進させる
大企業におけるオープンイノベーションの取り組みが一般化したことで、推進に必要となる施策・環境は整いつつあります。しかし実際の現場では、既存事業とは異なる事業ドメインに戸惑い、成果を出せていない実態もあります。

アビームコンサルティングの菅原は、その背景にある課題は「それぞれの施策の推進部門が異なり連携できていない」「全社戦略に基づいた各施策の利活用と推進ができていない」「組織内部で推進できる人材を確保できない」からなる「3つの『ない』」だと語ります。(図5)

図5 オープンイノベーションの類型と推進における課題


図5 オープンイノベーションの類型と推進における課題


これを受け、久住氏は同社の具体的実践について話しました。

「私自身のリージョナルフィッシュとの合弁会社構想を実現するには、まずは経営幹部の合意を得るまでの『空中戦』を制することが近道だと思いました。先述の梅川氏の発言にも重なりますが、経営幹部とスタートアップ経営者を引き合わせる、経営幹部に社会課題解決や自社アジェンダについて熱く語ってもらう、検討チーム(大企業・スタートアップ連携の現場)のワクワク感を、経営陣と共有するといったことに専念しました」(久住氏)

一方、事業化の仲間を集める「地上戦」では、Know Who(社員の誰が何を知っているかを共有し合うこと)の輪を広げる草の根活動に注力したといいます。NTTグループ企業数は1000社以上に及び、そこには社会貢献に興味のある社員が多数います。久住氏は、組織ではなく個人の思いを掘り起こし、その思いを起点としたワーキンググループを設置し、チームビルディングしていったのです。

さらに久住氏は、スタートアップとの共創には、「熱量を持つ人の共感を得る対話の場が必要」と強調。この発言と受けて梅川氏は、「現場に近いミドルマネジメントの推進力がなければ、事業会社との連携は前に進まない」と付け加えました。
共創を成功させるための論点2:大企業とスタートアップ双方の強みを生かしたビジネスモデルの構築
共創のきっかけは、同じ思いを持った者が出会い、対話し、距離を詰めることにあります。しかし、必ずしも最初から「共有可能なテーマやアジェンダ」が生み出されるとは限りません。菅原は「Win-Winが成立するアジェンダと、それを実現するビジネスモデルの設計がなければ抽象的なまま進み、やがて取り組みの火が消えてしまう」と話します。

特に大企業はスタートアップに対し「上下の意識」に陥りやすく、正しい対話ができないこともあるようです。梅川氏と有馬氏も「事業会社とスタートアップとの出会いが生まれる接点づくり」や「背景にある思いを起点に組み立てていくプロセス」が重要であると提言。ここで共通しているのは「大企業とスタートアップがお互いに戦略から考え、後は相性で見極める」という視点でした。大企業×スタートアップ連携の要点は、以下3点に集約できます。

・潤沢なリソースがある大企業だからこそ「社会課題解決」のような大きなテーマやアジェンダを掲げながら推進する力がある。一点突破をしようとしているスタートアップの取り組みと、大企業経営層が提示するビジョン実現は親和性が高い。

・大企業とスタートアップが相互に共有できるテーマおよびアジェンダに関して、議論するきっかけづくりが重要。大企業の取り組みを具体化するための力がスタートアップにはある。

・大企業側の「本業ではない」領域ほど、外部連携の余地がある。既存事業と利害対立が起こるテーマだと社内の推進力も十分に活用しにくい。強みとする分野が異なる方が補完関係を築くことができ、役割分担もしやすくなる。

お互いの強みを生かしたビジネスモデルを構築することが、Win-Winのビジネスモデルへの近道です。NTTグリーン&フード設立に至った連携も、商流における取引を含めた事業全体という広い視点で両社の利害調整を図ることができたのが、大きなポイントでした。

特に合弁会社の出資比率はNTTが多くの持ち分を取りつつも、リージョナルフィッシュの事業参画へのモチベーションを高めるため、同社が生み出す製品を合弁事業で買い取るというスキームにすることで、経済的なメリットの調整を実現しています。とはいえ合弁事業は、調整難易度が高い事業スキームの一つです。合意に至る過程で両社はさまざまな課題に直面しつつも「スタートアップからの知見を持つ人材の拠出など、出資比率のアンバランスを超えた解決の糸口を探る」「無理に出資比率のアンバランスを解消する複雑な合弁形態ではなく、分かりやすいシンプルな形態を選択(ステークホルダーが多い中で、全員が理解できる分かりやすさを追求)」「大企業内部での調整や承認を得るに当たり、検討チームとスタートアップが一体となって議論し、検討内容の質を高めるとともに、双方ともに本事業への熱量が高いことを示す」といった方法を選択し、それが奏功しました。
共創を成功させるための論点3:越境経験で共創を推進できるリーダーを育成する
アビームコンサルティングによる過去の調査によると、いわゆるイノベーション人材やデジタル変革人材と呼ばれる人材開発の最たる要件は「越境経験を持つこと」でした。

久住氏もNTTグリーン&フード推進に当たり、特別な越境プログラムを組んだわけではありませんでしたが、「外部との共創の必要性や、自前主義に対する危機感は自分の周辺でも出始めている」と話します。その点、思いを原動力に、真剣にテーマについて考え、困難を突破する実体験を踏まえて議論するワーキンググループは、小さな取り組みながらも越境経験の一助になったといいます。

「アントレプレナーシップ(企業家精神)を発揮する機会が少ない大企業の人材は、スタートアップのように振る舞うのが難しい」という問題もありますが、有馬氏は「やりたいこと、思いを持っている個人は社内に必ずいるものです。それがイノベーション推進の原動力になる」と話します。そうした人材を組織内で意欲的に集め、越境を経験させるのが1つの手立てとなります。

では、「共創を推進できるリーダーの要件」についてはどうでしょうか。入社からずっと大企業内で育成された多くのリーダー人材は、数々の難関を勝ち抜いてきた「失敗を知らない人たち」です。しかしイノベーションやスタートアップ連携においては、「失敗を厭わない人」や「失敗を乗り越えられる人」が、リーダーの素養として求められます。大企業とスタートアップが求める人材像に違いはありますが、パネリストからは「大企業側から越境経験のプログラムにしばらく派遣されていた社員が、スタートアップ人材として戻ってきた」というエピソードも明かされました。

いずれにせよ、大企業には、イノベーション人材やデジタル変革人材になる可能性がある社員が存在するはずです。経営幹部や人材開発部門がすべきは、確実にその素養のある、意欲ある人材を把握し、その人たちが活躍する場を提供すること。すなわち越境経験という異なる世界で新しい視野・気づきを手に入れてもらうことが重要なのです。
Open Innovation Beyond Vol.1を終えて―新しいことに挑戦し続ける大切さ
本イベントは、新しいことに挑戦する上で、そこにある「思い」の重要性を改めて知る機会となりました。同時に、大企業×スタートアップ連携の実現に向けたステークホルダー同士が、互いの立場を超えて共創することの難しさと、実現したときの価値の大きさについても再認識するところです。
「共創成果」を出すために重要なことは、解像度の高いビジネスモデルの構築、そして、何よりも熱意を持って新しいことへ挑戦しつづけることです。これこそが、イノベーション推進の加速と、共創による真の成果につながります。

アビームコンサルティングでは今回のセミナーを起点に、共創やイノベーション創出に向けた人材育成、カーブアウト型の事業創出など、複数のテーマでフォローアップのセッションを実施していく予定です。

戦略ビジネスユニット BizDev Mentor

菅原 裕亮