ABeam Financial Market Insight 第六回(最終回) RAF導入の期待効果と留意点

2019年5月 発行

概要

 これまで5回にわたり、中期経営計画の事前準備に関する事項や内部KPI設定の重要性等を通じてRAFを説明してきたが、実際にRAFの導入を検討する際に「期待効果がわかりにくい」という問題が浮上する。RAFを導入することによって行員の意識改革が進み、リスクコミュニケーションが密になるということが期待されても、経済的価値としての効果を示さないと、銀行全体としては費用先行と捉えられる可能性もあり、経営者の意識が低い場合には二の足を踏むことであろう。そこで最終回となる今回は、RAF導入の期待効果がどのようなものか、導入を進めるうえで留意するべき点はどのようなものかを整理する。

 また、「ABeam Financial Market Insight」と題しRAFについて様々な提議を行ってきた本連載は今回をもって最終回となる。
これまでの連載も見返していただいた上で、経営計画策定の一助としていただければ幸いである。

 

1.RAF導入の期待効果


1-1.リスクカルチャー醸成と期待効果

 RAF運営を行ううえで、導入効果を高める重要なキーワードの1つに「リスクカルチャーの醸成」があげられる。リスクカルチャーの定義そのものは各金融機関によって多少の違いはあるものの、平たく言えば「業務運営の中で、役職員が業務遂行の中で感じるリスクを役職員間で共有化し、何らかの措置を行えるような企業文化」ということであると言えよう。正しく共有化できるように共通言語的にKPI等を設定し、そのKPIに関する状況説明等を行うことによって共有化できるという考え方が根底にある。つまり、使用されるKPIが決定された経緯や導入理由が関係者間で正しく認識されている前提条件が必要で、KPIを使う意味合いが理解できていなければ、的確な情報も共有することが困難になると考えられる。

 一般的に単年度業務計画や中期経営計画の内容は説明会等を経て全役職員に共有されるが、中期経営計画で掲げられる重要な経営指標について、その選択理由が伝わらなければ、会社全体がどこへ向かっているのかの把握が困難になる。重要な経営指標からもう一段細分化し、経営指標達成のために不可欠な要素を満たすものがKPIであると考えれば、会社の方向性に関する補助的要素を持ち、役職員も理解をする可能性が出てくる。しかしながら、KPIを見ても方向性が伝わらないようであれば、逆にリスクカルチャーの醸成にはかなり時間を要することであろう。

 話を戻し、KPI導入経緯等が共有されている前提では、どのような意識改革をもたらし、どのようなメリットが生じるかを考えてみよう。重要な経営指標やKPIが選定されている理由を把握しているということは、単年度業務計画における役職員個人や所属している部門に目標設定として落とし込まれていると考えられるため、業務運営の中での無駄が削減されることにつながる。例えば貸出の新規取引先獲得の目標が設定されている場合、業種や貸出対象期間、債務者格付レベル等、より選定要件がクリアなものとなるため、業務の優先順位付けができるということになる。

 本部と収益部門との連携という点で考えると、収益部門における目標設定の意味合いが伝わっていることにより、目標達成への達成度(逼迫度)が共有できるようになる。達成困難な部分が出てくれば、セカンドベスト的な選択をすることも可能になってくる。会社全体を見渡した感覚(本部)と、実際の市場感覚(収益部門)の温度差も理解できるようになれば、最終的には妥当性のある計画策定が実現し、環境認識も大きくずれなくなることが期待できると考えられる。

 こうした内容に関しては、数値化した形での期待効果を算出することは困難であるが、RAFをすでに導入している金融機関にヒアリングすると、概ねリスクカルチャーの醸成による効果があると感じている印象である。


1-2.財務面でのRAFの期待効果

 財務的な期待効果を把握するためには前提条件が必要となる。理由としては、例えばバンキング勘定の債券運用における資本配賦とポジション量を考える場合、想定通りのオペレーションを実施したとしても、想定外の金利上昇によって評価損益も含めたベースではマイナスパフォーマンスにもなりうるといった、期待効果に関する基準を考える必要があるからである。この例では、想定ポジション量に対する達成度で評価すれば100%達成であっても、想定外の金利上昇によって、場合によっては追加的な資本配賦も必要になることになることや、期待効果の基準が評価損益を含めた収益額(へのインパクト)ということであれば、期待効果は出てこないことになってしまう。一般的に経済効果という言葉を使う場合、どうしても収益的なプラス効果をイメージしやすいため、同じイメージでRAF導入効果を示すとなると難しくなり、RAF導入が前に進みにくくなる。

 RAF導入効果という観点でまず重要と考えられるのは、「理想とするポートフォリオ像にどれだけ近づいているのか」という着眼点である。わかりやすく言えば、資産の質やデュレーション等を勘案した理想的ポートフォリオをボリューム的に捉え、過不足がどうなっているかを考えるということである。ボリューム面において理想とするポートフォリオ像に近づけることは、低収益環境にある現状の国内市場において、資本の有効活用につながっていく効果が期待できる。ただしこの方法に関してはあくまでボリューム面からのアプローチであるため、導入効果は損益計算書よりも貸借対照表に表れやすいということになる(図1参照)。


図1 視覚的なRAFの導入効果について

図1 視覚的なRAFの導入効果について

 損益計算書にまで影響するRAFの導入効果を考えるには、もちろん評価損益を勘案するかどうかという点も論点となるものの、それ以上にポジション変化がいつ発生するのかの問題の方が大きいと考えられる。まず理想とするポートフォリオ像から生み出される期待収益の把握があり、その期待収益はどのようなシナリオに基づくものかが必要になるということである。オペレーションが想定シナリオに基づいていなければ当然(想定上の)期待収益とは異なる結果が生じることになり、場合によっては「許容できない評価損の計上」にもつながりかねない。

 財務的な面でのRAFの導入効果については、「計画策定と目標達成の精度が向上することが期待できる」ということである。リスクカルチャーの醸成によって、無駄な会議が減ることによる(原価計算上の)コストカット効果があるかもしれないが、逆に綿密なコミュニケーションによって会議時間が増える可能性もある。コストカットという点では、理想のポートフォリオ像の共有化によって、リスク管理部門が予め収益部門のオペレーション内容を想定できるということや、事情変更に伴うオペレーション停止を機能させやすいということであり、こうしたものは数値化しにくい。

 国内銀行においては、収益部門のポジションリスクや損失に対しては従前より統制を行っており、RAFを導入したからと言ってリスク上限に関する事項で劇的な変化はないと考えられる。むしろ報酬制度との関連性が低いことで、収益部門による追加資本配賦要請が出にくい文化があるため、資本を有効活用するような力がRAFによって出てくるようであれば願ったり叶ったりとなる。しかし、仮にRAFを浸透させるべく様々な業務フロー見直し等を行ったとしても、収益部門による「是が非でも資本配賦を勝ち取る」というエネルギーが出てくるとは正直考えにくい。つまり、低収益環境下における資本稼働として、ポジション面でのプッシュアップ効果が現状のRAF導入に関する最大の期待値と考えられ、プッシュアップ効果を持たせるような手法が必要になる。フォワードルッキング的視点を含めたリスク管理方法という概念も含めて考えれば、「理想のポートフォリオ像の共有化+シナリオに沿ったオペレーションの実現」を促すことによるプッシュアップ効果を考えるのが重要であろう。

 理想のポートフォリオ像に近づけるオペレーションの実現の領域まで近づけるということは、結果として計画に近い実績を残せる可能性が高まるということであり、これが財務的なRAF導入の期待効果と考えられる。問題点としてシナリオがどれだけの的中率なのかということは指摘されるものの、B/S、P/Lの両面で計画値に近づけるということになるので、ステークホルダーや経営者からすれば、少なくとも実現損益に関する収益予想の実現可能性は期待できると言えよう。

 

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