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ジョブ理論を読み解く
~応用編(理論の実践)~

事業開発責任者・推進リーダー向け
新規事業開発
事業領域の探索

2022年9月16日

ジョブ理論を読み解く ~応用編(理論の実践)~
「ジョブを中心に考える」とは、これまでと何が違うのか?
 今回の応用編では、基礎編でご紹介したメイヨー・クリニックの事例を普通の病院と比較することで、図1にあるような「ジョブを中心に統合する」プロセス、すなわち、顧客のジョブを特定し、それを中心とした体験やその提供に向けた社内プロセスを統合する方法についての理解を深めていきましょう。まず、ジョブに着目した価値提供のストーリーをビジネスモデルのレベルまで、どのように昇華させていくのかについて解説します。

図1 「ジョブを中心に統合する」とは


図1 「ジョブを中心に統合する」とは


 具体的に、一般的な病院の価値提供のプロセスと、ジョブを中心に考えるメイヨー・クリニックのプロセスを図2のように比較することでその違いを捉えていきましょう。一般的な病院の場合、各診療領域の専門性の発揮において効率的に問題を発見し、治療を進めていくとことで、患者への価値を提供するプロセスとなっています。これに対して、ジョブを中心に価値を提供するプロセスは、「患者にとっての価値が何か」を前提に組み直すという転換が起こります。

図2 「生産性を中心に運用する」 vs 「ジョブを中心に統合する」

一般的な病院
(生産性中心)
メイヨー・クリニック
(ジョブ中心)
価値の起点 特定医療分野の専門性を患者に処置として提供していくこと 患者が抱えている医療的な課題を解決する総合的なサービスとして提供していくこと (専門的か否かは論点にならない)
医師の役割 個別の専門医が自身の知見で患者の状態や希望に合った処置を提供(専門的な診断や施術) 担当医を中心に患者が抱えている課題の最適な解決に向けて、個々の専門性をもった医療チームとして応える
各部門と価値の関係性 問診結果によって、選別/特定された専門医が専門知見によって独立して対応する 患者の課題を中心に、関連する専門医どうしが連携して、処置にあたる
管理手法
(KPIの設定など)
個別の専門領域における処置の数や対応における生産性で図る 柔軟な対応と結果としての顧客の満足度や掛かるコストとの総合的な判断
ブランドや実績の根源 個々の専門医とその実績 病院が提供しているサービスが組織や文化として定着

 最近では、SaaS型のビジネスモデルの中で、「カスタマーサクセス」という言葉がよく使われています。継続的に利用し続けてくれる顧客を生み出すために、顧客体験の価値を最大化することの重要性を示しています。図2のメイヨー・クリニックが実践していることは、この「カスタマーサクセス」と同じです。顧客価値の最大化のためには、継続的に利用したいと思える環境を作るというサイクルを一連のプロセスとしてビジネスモデルに組み込むことが必要です。これには、顧客に提供されているソリューションがどのように使われて、どういったところに価値/不便さを感じているのかを常にモニタリングすることが不可欠です。ほかにも、価値提供するには事業資産(医師やサービス提供のためのプロセスなど)を目的に向かって組み替え続ける努力をすることで、生産性を起点に効率化する普通の病院のサービスとは異なる付加価値(差別化)を生み出しています。
 理論と実践のギャップは、どのようにメイヨー・クリニックのような状態を実現するのか、という過程やその工夫の仕方に出やすいと言えるでしょう。ジョブ理論の6章以降にでてくる「ジョブ中心の統合」するという運用を通じて、ビジネスモデルを組織文化として定着させていくことが、まさにこの工夫の仕方に通じるものです。  
実践に必要なアプローチ
 メイヨー・クリニックの例と同様に、ジョブに根差したプロセスを構築できている例としてPixerとトヨタが紹介されています。どちらも自社のスタジオや工場を外部に公開していますが、プロセスの運用が文化としてのレベルまで高められているため容易に模倣できません。
 すべての企業がそうした域に達するのは難しいものの、ジョブ理論のアプローチを活用することで、現場レベルでどのような実践を通じて、ジョブを中心にビジネスモデルを構築していくかについての理解を深めていきましょう。

①目的共有による意思決定の分散化
 現場が共通の目的(顧客のジョブの解決に向けて動く)を正しく理解して、意思決定や行動の判断基準にするためには、分かりやすい目標として落とし込んでいくことが必要になります。一方、ピラミッド型の中央集権的な組織では、現場の判断を軸に動的に動かしていくことが難しくなります。
 図2の普通の病院であれば、自身の専門領域の判断の中で完結するため、自分の担当領域の診察において、別の医師に判断を求めるといったことは起こらないでしょう。しかし、メイヨー・クリニックは患者の諸症状に対し、解決すべき課題(明確な目的を共有して連携する)をおき、まずは複眼的な視点で、チームのメンバーそれぞれが知見を持ち寄り相互にアドバイスしあうことで、患者へ医療サービスとしての付加価値を提供するという組織構造を作っています。
 事業開発の現場では、限られたリソースの中でチーム内のメンバーそれぞれの強みを生かして、判断するといったことが求められます。そのためチームが一枚岩で検討に当たるためには、明確な目的を共有することが有効な手段になります。ジョブ理論の中では、共有された目的に則して、個別の意思決定が実現するためのツールを「直感的な作戦ノート」と定義しています。
 「直感的な作戦ノート」の具体的な運用は、最近注目を集めているOKRという手法そのものだと理解しています。詳細は別のコラムで取り上げたいと思いますが、OKRの手法はObjective(最終的に実現したい状態:目的)とKey Result(目的の実現を成果としてとらえる成果)の2つを起点に、直近の状況や環境変化に合わせてリソースを目的に向かって集中投下していくための管理方法です。ポイントは、いかに目的達成のために、チームのリソースを集中投下するかです。

②優先順位づけによる資源の最適配分
 事業開発の現場において不足しているのは予算や人的なリソースです。限られた経営資源の中で、常に優先順位をつける判断が求められます。考え方の論理的な正しさよりも、起こっている状況や文脈において、何が適切かを考え続ける姿勢が必要になります。そうした状況の中で、「直感的な作戦ノート」があることで起こる変化に応じた適切な優先順位づけの判断をしていきます。
 メイヨー・クリニックが顧客満足と医療費の削減の両立ができている一つの要因は、複眼的な思考で早期に対応の要否を判断して、最小の労力で最大限の価値を発揮できるような資源の最適配分を実現できているからです。
 これまで我々が支援したプロジェクトの中でも、仮説検証の過程で検出される不都合な事実や仮説の反証を目の当たりにしてしまうと、意思決定がおよび腰になることや、判断できないという状況に陥ってしまうことも多くありました。こうした状況では、前述の共通の目的に立ち返り、別の事業機会に着目することを促すなど、細かい意思決定を積み重ねることで、勇気あるチームが主体的に判断してくための素地を作っていきました。
 最近では、こうした状況判断やリソース配分を実現するためのOODAといった考え方や前述のOKRといった手法も登場しています。

③適切な目標設定と成果の見える化
 OKRのKey Resultの設定と同様に、ジョブ理論でも目標の定量化の重要性を説いています。KPI管理といった言葉はよく耳にされると思いますが、どこまでそれを徹底できるかという実務的な観点で、悩みを抱えている方も多いでしょう。ジョブ理論では、顧客のジョブの直結している数値化の重要性をアマゾンの事例で紹介しています。
 『ジョブ理論』の中で「アマゾンは、顧客のジョブを解決するための3つのポイントを、豊富な品揃え、低価格、迅速な配送を重視して絶えずプロセスを改善してきた。プロセスを組み上げていく上で、それぞれの項目がどの程度改善されたのかを分単位で計測している」という細部にまで見える化を徹底している例を挙げています。日々のこうした取り組みが、組織として原理原則の様に文化のレベルまで、定着してくることに寄与します。
 これまで解説してきた通り、ジョブは複数の要素が複雑に絡み合って存在していることから、日常的なビジネスの現場ではジョブを特定することが難しかったり、特定したものの都度変化したりするといったことが起こります。何を正しい基準にするべきかについては、ジョブによって大きく異なりますが、一定の仮説を置き初期的な特定と計測、結果と検証による見直しを愚直に実行していくことで、例示されているトヨタやアマゾンの様に企業文化になるというレベルにまで高めることができきるでしょう。

④文化醸成による意欲の向上
 事業開発の現場で最も難しいのがこの「やる気を引き出す文化の醸成」です。現場で断続的に意思決定していくにはかなりのエネルギーが必要になります。経営者は、情報が完全ではない中で様々な意思決定を繰り返している訳ですが、事業開発の現場では影響は小さいものの現場の一人ひとりが、経営者と同じような判断していくことが求められます。特に、大企業の中で新しい取り組みの推進や既存事業の変革といった取り組みになると、抵抗勢力からの圧力や、変革に対するバイアスが掛かるので、必要なエネルギー(負荷)も多くなります。
 この様な突破力が求められる環境において、個々の取り組みを支えるため様々な工夫や支援が必要になります。例えば、経営層をはじめとするリーダーの方針を明確に示し、それに合致している取り組みであるというお墨付きや権限を与えることや、取り組みを継続的に支える枠組み(検討のフレームワークや予算を確保する)などを整えるといったことです。
 また、事業開発にはトップのコミットメントが必要といったものが出てくる理由もこういった社内での調整に対して労力を最小限に抑えていくための一つの工夫だとも言えます。最近では、企業のビジョンやパーパスと顧客の抱えているジョブの解決を合致させることで、取り組みの推進の動機付けや人材獲得にもつなげているといった例もあります。

 この様に、捉えどころのない(文脈が複雑に入り組んで、顧客すら認識していない)ジョブを捉えてビジネスとしての価値に変えるには、上記のどれがかけてもうまくいかないため、それぞれの要素を円滑に連携させて推進していくことができるチームや組織の構築がカギになります。
新規事業開発の現場での実戦での課題感
 事業開発の現場で実行推進の難しさは、前述の4つの全部の条件が揃っていることはほとんどないことです。また、個別の要素は、整っていても有機的に連携しておらず、機能していないといったことも多くあります。新たな挑戦が生み出されやすい環境は、図3の様にそれぞれが連携して相互作用を発揮する状態になることです。

図3 ジョブ起点でビジネスを作るための4要素と4つの仕掛け

図3 ジョブ起点でビジネスを作るための4要素と4つの仕掛け

 例えば、以前相談を受けたスタートアップ企業では、社内に浸透している「スクラム」というフレームワークが部分的に機能不全(狙いとする目標に向けた優先順位がつけられない)を起こしていました。原因は、経営層と現場マネージャーの間で目的の共有が曖昧な状態でとどまり、事業成長によって増加するタスクを短期的な視点で処理していくことに時間と労力が取られているといった状況にありました。本来であれば、次なる成長に向けた投資や、増加するタスクを効率的に捌くための体制づくりへのリソース配分が必要な局面で、チーム全体が共通の目的に準じて、現場としての正しい優先順位による対応を実現していくことが必要でした。そこで、経営層が現場に降りて対話や検討の推進、組織内の合意形成をリードすることで、共通イメージを言語化して共有することで、現場として持ち前のスクラムを機能させるという結果につながりました。
 この例は、前述の「①:目的共有による意思決定の分散化」と「④:文化醸成による意欲の向上」を有機的につなぐためのコミュニケーションの密度や経営層と現場での心理的な安全性を確保することで透明性の高い情報連携の環境が担保されるといったことが重要になります。
 その他の要素の関連性については割愛しますが、それぞれの要素間を有機的に連携させるためには時間と労力がかかりますが、それが高いレベルで実現できることで、ビジネスとしての競争力を生み出します。ジョブ理論はジョブが特定されることで終わるのではなく、それを解決に導くための一覧のプロセス/ビジネスモデルとして体現するために、どんな準備をしていくべきかを網羅していると言えるでしょう。
新規事業のみならず、どんなシーンでも使える良さ
 これまで事業開発の文脈でジョブ理論を解説してきましたが、最後に、新しい事業領域のみならず、既存事業における差別化戦略の見直しという観点でも活用できるという補足をして締めたいと思います。
 基礎編の中でLittle Hire(間に合わせ)vs Big Hire(愛用)での対比を解説しましたが、常に競合や未知の代替のProductの脅威に晒されるという点では、1995年にマイケル・トレイシー氏が「The Discipline of Market Leader」という著書の中で差別化戦略における解釈を図4のように整理もしています。既存の製品・サービスの中でどのように差異化をしていくかについての投げかけをしていますが、ジョブ理論をここに適用することも可能です。

図4 差別化戦略とジョブ理論の関連性

図4 差別化戦略とジョブ理論の関連性

 ジョブ理論の中で紹介されたトヨタは、価値提供のためのプロセスの形を徹底的に磨き込まれたOperational Excellenceの例です。また、好例の一つとして、世界中で財務・会計・税務ソフトウェアを提供するIntuit社は、中小企業にとって十分な専門性を担保できるわけではない税務・会計周辺での悩みをProductの周辺で価値提供をしています。常に顧客側のジョブに寄り添い、掘り出すことで新しいサービスや機能に変換していくというビジネスモデルは、価格や機能的な勝負に晒されやすいパッケージ提供会社からの脱皮をし続けている例だと言えるでしょう。
 この様に既存事業における差別化の検討においてもジョブ理論が適用できるという点も含めて、『ジョブ理論』をビジネスに関わる人にとっての良書と紹介させていただきました。本を読んだからといって実践できるわけではありませんが、個人的には「理論は使って、アレンジしてなんぼ」だと考えているため、皆さんの社内での検討に対して、ジョブ理論をどの様に組み込むべきかなどの悩みポイントがあれば、お問い合わせいただければ幸いです。

戦略ビジネスユニット BizDev Mentor

菅原 裕亮